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福島での幸せな日常

昨日から日中でも13度程しか気温の上がらない甲子高原に来ました。ラブラドールと阿武隈源流沿いの原生林を歩くと、旅館を衝動買いした理由であるこの森が自分が戻るべき場所だと感じます。天国と呼べそうな場所はここをおいて他に見あたりません。卓越した景色とか、ずば抜けた自然ではありませんが、轟々と流れる美しい水とブナ原生林の緑に心が落ち着きます。人が本来住むべき場所は森なのだと思います。ここでは草を刈れば自分だけのトレイルが作れ、そんな小道を通って阿武隈源流を見下ろす崖の上にある自分しか知らないメディテーションルームに行きます。いつも寄る那須湯本温泉の鹿の湯は夏の雑踏が嘘のように静まり返り、秘湯風情が立ち込めます。この温泉と源流の森、裏那須の静かな山があれば他には何も必要ありません。幸せはミシュランレストランや海外旅行に行くことではなく、自分が本来いるべき場所と日常を見つけることだと思います。源流の森に佇む瞬間、鹿の湯の湯船に身を沈める瞬間、早朝の那須連山を駆け下りるその瞬間が愛おしく、東京に拠点を移して初めて福島での生活が幸せだったことに気づきます。

熱しやすい日本人

例年この季節に行くホテル業界の会合があって、6年前の今頃2020年夏季五輪の東京開催が決まった直後の参加者の表情が一様に明るかったことを思い出します。景気が悪く沈みがちだった雰囲気が一変して設備投資など前向きの話題が盛んでした。にわかなインバウンドブームと重なり、アパホテルが3万円で売られる狂乱の時代がそこから始まるのですが、少なくない識者が指摘したように2019年不況説が現実味を帯びてきたと思います。国内宿泊需要は旅行参加率が低下し社会保険料の増額懸念など団塊世代の需要にも暗雲が立ち込め、主要空港の発着枠がほぼ限界に達し、7月、8月のインバウンドも良い話を聞きません。一方リミテッドサービスのホテルは完全な供給過剰になっていながら今年以降も恐ろしい勢いの新規開業が続きます。大手参入が本格化する民泊は全てのOTAがホテルと並列してこれらの施設を販売しています。各地の空き家活用や世界最大規模のOYOの参入、16万トン超の客船が係船可能な東京国際クルーズターミナルが来年稼働を始めれば数千室単位の供給が増えます。観光立国を掲げる日本に投資が集まり、不動産開発が活発化して供給過多が止まらない狂乱を見ると、熱しやすいのは隣の国だけではないと思います。

不調の手がかりは内側に

年初からしびれるような腰痛が気になっていて、スーツを着ている頃ならその異変に気づいたのですが、半年ぶりに体重計に乗ると4、5kg増加していました。現代人を悩ます体調不良の多くは原因不明の不定愁訴とされ、医師からはストレスや疲れといった曖昧な説明を受けます。大半の不調は人体のデフォルトから逸脱した生活への警告で、その原因は食べすぎ、運動不足、サーカディアンリズムを無視した生活の3つに収束します。これらは、更年期以降に襲ってくる様々な不調と生活習慣病の主犯であり、商業主義優先の間違ったライフスタイルが奨励される社会では誰にとっても無縁ではありません。産業が誘惑する快楽と安楽を断ち切り、食べないことや運動をすることを我慢ではなく、そこに快を見出すことは簡単ではないように見えます。しかし、一見複雑に見える人体は、実は非常にシンプルな法則に基づいて動いていて、体が戻るべき本来の居場所である生体恒常性のデフォルト状態さえ理解してしまえば、糖質過剰社会における食欲の嘘や、安楽さを求める生活の不健全さ、スマホ依存の健康被害の深刻さを体が直感的に理解します。人は外から不調を治そうとしますが、治す手がかりはいつも自分の内側にあると思います。

幸せの屋上屋を架す

18年前の今日は大阪にいて、昨日のように日中は暑く珍しく空気の澄んだ一日でした。ホテルの客室から見た瀬戸内海を、キラキラと照らしながら西に沈む太陽が上空の雲を美しく照らす光景が印象的でした。2機の767が貿易センタービルに激突したのを知るのはその4時間後の緊迫したニュース番組です。一種のトラウマなのかその日の情景はよく記憶しています。当時勤めていた米国系企業の社員3名が犠牲になったことは後日知りました。悲劇が起こるたびに、あるいは週末に首都圏を直撃した台風の影響による不便な生活も同様ですが、当たり前の日常生活の有り難さを人は忘れます。すでに十分満たされていることを忘れ、何事にも人と自分を比較しさらなる幸せを求めて屋上屋を架そうとします。ことに仕事での成功を人生の成功と捉える傾向が強い日本人は、その尺度を金に求めます。金に置き換えられない日常生活の充実はいつも片隅に追いやられ、SNSは幸せを誇張するメディアとして執着を拡散します。誰もが幸せを目指す権利は当然視されますが、いびつで野放図な幸せ追求の一方で、毎日同じ満員電車に乗るような不幸は一向に改善されません。

安楽の代償

UTMBが終わり、FB友達の何人かは全長330km、累積標高24,000mのTor des Géantsや450km、32,000mのTor des Glaciersを今も走っています。100mileでも想像を絶するのに、極限まで自らの肉体を追い込むトレラン界の長距離化トレンドは200mile時代に入ったようです。レースやトレーニングで体を壊したり免疫力が低下する不調も心配されますが、一方で世間にはびこる不調は体を動かさな過ぎることに起因します。体は鍛えることで強くなることが分かっており、飢餓など極限状態にある生物が長生きする傾向を多くの研究事例が示しています。高齢者が増える社会が否定的に見られるのは、年を取ればやがて体が動かなくなり、アルツハイマーや癌になる人が増えるという運命論的な前提です。オジサンやオバサンがときにネガティブな意味合いを持つのは、中年を境に面倒や苦労を避け、自分を変えようとせず、受け身で生きる人生に安住しようとするからかもしれません。生きるのが楽だと寿命は短く、体は弱くなるように生物進化がプログラムされているため、安楽な生活はいずれ代償を払うときが来ると思います。

18世紀と変わらぬ仕事の本質

昨日は台風が近づく陣馬山(857 m)に登りました。天気が崩れるためかハイカーの姿はなく、早朝のバリエーションルートの森は静寂に包まれます。20kmほど歩いて最後は小下沢に下りラブラドールと沢で泳ぎ、裏高尾するさしの豆腐店で寄せ豆腐を食べて帰っても昼前には自宅に戻れて、お金もかからずそれなり贅沢な気分になれます。思えば福島に住んでいる頃は登山口が目の前というこの上ない贅沢な暮らしでした。天気が良ければ山に上がり、9時には戻って仕事が始められます。嫌なことがあっても裏那須の稜線から走って下ると悩みは霧散し、脳の血流が上がり仕事もはかどります。ワーケーションが叫ばれる昨今ですが、満員電車で疲れ果てて着いた淀んだ空気のオフィスで、蛍光灯の下で一列に並んでパソコンに向かう光景は18世紀の工場と変わりません。工場の生産方式が現代のオフィスに続くのは、仕事の本質が大量生産の工場と変わらないからだと思います。知らぬ間に実用化が進んだRPAがホワイトカラーの仕事の大半の業務時間を置き換え可能な事実に世間が気づけば、都心のオフィスのあり方を見直さない理由は無くなります。

大衆の気持ちが分からない

「働かせ方」改革などと揶揄され、ワーク・ライフ・バランスという言葉も最近では聞かなくなりました。一方で成功者は、自分の仕事は職業ではなく生き方そのものであり、仕事が生きがいなら義務的なレイバーは存在せずバランスを取る必要が無くなると言います。その考え方はやや理想的で、好きなことでも仕事になった瞬間にストレスになり、仕事と純粋な楽しみは性格の異なるものだと思います。その点で、スキーが生きがいで年間60日滑走すると公言する星野リゾートの星野佳路氏の考え方は妥当に見えます。1年のスキーの予定を書き込み残りの日でホテルや旅館の運営会社を経営することは、純粋な仕事だと線引きします。ホテルや旅館事業は趣味性が強く、ともすると自分の生きがいだと錯覚しますが、そこには冷静なビジネスとしての割り切りが必要です。ウォルト・ディズニーが大衆の気持ちを直感的には理解できなかったように、おそらく星野さんも星野リゾートに来る客層の気持ちは分からないと思います。穿った見方をすると、星野リゾートが標榜するフラットな組織は大衆の気持ちを解釈するプロセスとして必須だったのかもしれません。

不健康な偽の食欲

先月インドに行った娘によると、衛生的な問題なのかインドでは8月に肉を食べない人が多いそうです。菜食の人が多く1人あたり年間3kgと世界最低の肉消費量のインドですが、エアインディアでは残されることが多い国内線エコノミークラスの肉の提供を中止したといいます。肉が腸内環境を悪化させることは便を観察していれば明らかです。雑食性の人類は肉も食べてきましたがそこには節度が必要で、年を取ったら肉を食べろといった肉食礼賛は間違いだと思います。多くの宗教が伝統的に肉食を制限していることも長年の知恵でしょう。肉食をしなかった時期もありますが、今は食べたいものを食べる主義です。正常な食欲は自分の体に必要な栄養素を欲しますが、グルメブームが加熱した飽食社会では正常な食欲が失われていることが問題です。世間の中年男性のお腹を見れば3、4割食べ過ぎ説には説得力があります。本当の食欲は体に必要な栄養素と適量を判断できますが、注意深く食欲を観察しなければ見過ごしてしまいます。パブロフの犬のように昼休みにお腹が空くのは条件反射ですし、料理の匂いで喚起される食欲も偽の食欲です。

高級という野暮

あおり運転が注目されたのは容疑者のステレオタイプの高級志向です。おそらく彼が幸せでなかったように、高級であることと幸せの間には相関関係も因果関係もないと思います。高級車、高級ホテル、高級レストランに共通する出自は支配階級の生活の模倣ですから、自分の内面とは無関係に得られる幸せは野暮で継続しません。高級に理想を求める思い込みは刹那的な幸福と、それよりはるかに長い欠乏の時間を与えます。多くの人が最晩年に後悔するのは自分らしく生きなかったことです。社会が規定する高級という尺度に囚われて生きると、そこには自分らしさの入り込む余地はありません。街中で車と乗っている人を観察すると、偏見も含まれますが高級車に乗った人はどちらかと言うと憂鬱に見え幸せそうではありません。記憶に残る車は以前都心で見た、駄作だと思っているフィアットの2代目パンダです。4人の中高年の男女が小さな車内でさも愉快そうに談笑していて、開け放たれた窓から見えたカジュアルな服をたなびかせながら走り去った光景が印象的でした。高級と言おうが上質と言おうが同じことで、外部の尺度を用いた瞬間に審美眼の無さを晒すだけだと思います。

オルタナティブがない東京礼賛

英金融大手HSBCが例年行う海外駐在員の生活調査レポートHSBC 2019 Global Report(https://www.businessinsider.jp/post-198008)によると、日本は33カ国中32位とブラジル、インドネシアと並んで最下位グループにランクされます。にわかなインバウンドブームで気を良くしていた日本人にとっては意外な結果ですが、自分の感覚とかけ離れたものではありません。海外のどの都市を旅しても旅行者の目を割引くにせよ生活にゆとりを感じます。日本は短期の旅行で行くには良いけど住みにくいという声は正しい評価でしょう。外国人駐在員が暮らすのは圧倒的に東京ですから、これは世界最大の都市圏東京への評価と読み替えることができます。定着の容易さ、収入、ワークライフバランス、友達づくり、教育の項目でいずれも最低評価をされ、唯一10位以内にランクしたのは、政治的安定だけという評価は辛口に思えますが、日本人にとっても異常な通勤風景やモチベーションを維持しにくい日本の労働環境は身に覚えがあります。それでも東京が礼賛されるのは、豊かな地方というオルタナティブがない日本にとって仕方のないことかもしれません。

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