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何かに支配される依存体質

肥満していた40代後半まではどうやっても痩せる気がしませんでした。10kg程度の減量に成功しても気づくと元の体重に戻ってしまいます。糖質制限で20kg痩せてから7、8年経ちますが、体重変動はわずかで今は逆に太る気がしません。糖質制限で痩せない人やリバウンドする人は本当の空腹と脳が伝える空腹感を混同しているのが原因です。この違いを理解しないと、結局我慢を強いるのでそのストレスからいずれ過食に戻ります。過食を防ぐには無意識、無自覚に食べることをやめて、食べている自分を分析的に見る習慣が必要です。普段の朝食は糖質抜きですが休日の朝などにパンを食べると昼前にはとてもお腹がすきます。これは本当の空腹ではありませんからナッツでもつまんで空腹感を回避できます。今食べているものが何時間後にどのような変化を身体にもたらすかを理解していれば食べ物に支配されるのではなく、自分で体をコントロールできます。3ヶ月で50万円以上するジムで痩せることは、自分でボディーメイクするせっかくの機会を失い、いつまでも何かに支配される依存体質を脱却できないと思います。

与えられる幸せ

昨日はH&Mでトレイルランニングに使うスポーツタイツを買いました。高機能製品は1万円前後と値が張りますが、疲労を軽減する着圧もあり、質感もデザインも優れながらH&M なら2千円台で買えます。今の日本ではなまじっかお金を持たないほうが幸せだと思います。最低価格のフィアットを愛用する自分はフェラーリやマセラティに乗る金持ちよりもフィアットしか買えない庶民の方が幸せだと信じています。出せるスピードは桁違いですがその価格差に見合う楽しさがあるかは疑問です。日本の狭い山道は小さい車を走らせた方が楽しめます。購入以来5年間ワックスがけはおろか自分で洗車もしませんが、一方高級車の塗装は洗車機にかけられないとか面倒な時間と出費が増えるだけです。駐車場にも気を使いますが、フィアットならお腹を擦るようなダートでもお構いなしに走れる自由があります。お金があれば、ビジネスクラスで海外に行けたりものを買う自由は増えますが、お金を持つリスクも背負います。生きていくためにお金は必要ですが、一方で人生に降りかかる災難や不幸の原因もお金だと思います。贅沢な生活は概して身体に悪く、美食や運動不足は生活習慣病の要因です。問題は贅沢がさらなる贅沢を呼ぶことで、執着が執着を生み、いつしか人から与えられる満足でしか幸せを感じられなくなることだと思います。

朝焼けの力

2019年も折返し地点を迎えようとしていますが、今朝から東京の日の出時刻は遅くなり始め冬に向かいます。再び反転するのは来年1月の上旬ですが、日の出前に起きる自分にとっては早くも夏が過ぎゆく感覚です。週末の雨で空気が澄んでいた影響なのか、昨日は東京でも美しい朝焼けが見られました。朝焼けを見ると福島で眺めた那須連山の美しい空を思い出します。一生の間に見る美しい朝焼けの回数は人生の満足に少なくない影響を与えると思います。年初にご来光を見ながら新たな気持ちで新年を始める人は多いのに、毎朝繰り返される自然のサイクルに関心が払われないのは不思議です。神々しい一日の始まりを見逃している夜型生活は、体内時計の補正ができずにサーカディアンリズムが狂うことで老化を早め、新しい一日を迎えることに感謝する機会も失います。

味覚を失う現代人

週末は出張に行き一日一食の24時間断食をしました。その一食もわずかしか食べていないので、味覚が鋭くなります。断食をするのに仕事は最適で、何より手の届くところに食べ物がないことが重要です。空港ラウンジの食べ物や機内食に手を伸ばすのは、空腹だからではなくそこに料理があるからです。食べてから後悔しますが、「食べたい」という自分と思いとどまらせる自分のどちらが悪魔かは言うまでもありません。欲望の対象に手が届けば悪魔が勝ちます。人間には2つの味覚があり、脳に操られ舌が感じる錯覚と、体が欲するものを五感で感じる本当の味覚です。美味しいものは自分の身体に必要な栄養素で、味覚を取り戻すのには数日間の断食が最適です。断食後の食事では普段気づかない食品添加物の薬の味が分かり、食欲を失います。本来の人間の味覚は、こうして危険回避をしていると思います。鋭くなるのは味覚ばかりではなく、匂いや音にも敏感になり、車に乗ると怖いほどのスピード感があり、人間本来の感覚を取り戻します。贅沢な生活がカルロス・ゴーンを狂わせたように、刺激的な食事をしている一部の料理評論家は味覚障害と言われます。

調理しない美食

絵を描かない人が美術館を楽しめないように、音楽をやらない人が演奏会を楽しめないように、調理をしないことは料理の楽しみの半分を放棄していると思います。しかし、一人で料理をしたくない時はそばや冷や奴にします。そばは茹でるだけの健康食品ですが、調理なしで健康によい食材はたくさんあります。多くの野菜は洗うだけですし、豊富な食物繊維とビタミン・ミネラルを含むバナナは剥くだけです。シナモンパウダーをかけてトースターで焼けばデザートになります。見切り品の黒いバナナは熟成が進みスクラーゼ酵素が活性化してショ糖を分解するのでGI値は30に下がりオリゴ糖が増えます。さばやイワシなど青魚の缶詰はDHAが失われておらず、味がしみて美味しいうえ添加物もなく、豊漁期に加工するので値段も高くありません。アボガドも簡単に剥けて水銀中毒リスクのあるトロより美味しく安価で健康的です。血糖値上昇が少なく腹持ちのよいナッツはビタミン豊富で悪玉コレステロールの減少効果があります。納豆はキムチをのせて亜麻仁油をかけるだけで健康的な一品になります。食材の鮮度と塩や油にこだわれば、調理なしで美味しく健康維持をすることは難しくありません。最も簡単な美食は食べずに次の食事を楽しむことだと思います。

2,000万円もいらない

「老後2,000万円問題」は収まる気配がありません。2,000万を貯めて安心するのも、2,000万など無理と悲嘆に暮れることも同様に不健康だと思います。悲嘆によるストレスが健康を害するように、有閑マダム的な生活は、お金で刺激を買う退屈さが体を蝕み生命力を奪います。人間は生かされている存在であり、課せられた使命は生体の維持と種の保存です。人体は環境変化に適応し生存確率を上げるように設計されていて、働く(動く)、人を助ける、飢餓対応の3つがその基本思想です。現生人類が奇跡的に今も生き残っているのはこの設計思想のおかげです。この3つが揃うとき、神経伝達物質は体をベストな状態に保持しようと機能します。あれこれ悩まず、日々働き、人を助け、必要以上に食べない日常を愛することが生命力を高める秘訣だと思います。2,000万どころか、何も持たないラブラドールがいつもご機嫌なのを見ていると、仮にすべてを失ったら南の島に行き、最低限の食料であとは夕日でも見ながら運動と瞑想の日々を送ればよいと、借金や隠れ負債を抱える自分は妄想します。

食欲を補正する擬似的飢餓

昨日のように日本工学院に行く日を含め、週に1、2度は一日一食で済ませます。24時間断食による擬似的な飢餓状態は食べ続けることで狂った食欲を補正する効果が期待できます。多くの健康関連書籍は、朝食をきちんと食べなさい、三食規則正しく食べなさい、と脅しますがこうした主張は過食による健康被害を過小評価しています。重要なことは人体が飢餓対応できるように進化してきたことです。数百万年におよぶ暮らしの大半が、毎朝決まった時間に朝食を食べ、6時間後に昼食、その6時間後に夕食という暮らしでなかったことは明らかです。数百万年前のわれわれの祖先は朝起きたときには糖質エネルギーを基礎代謝で使い果たし、狩りに行くときは体内脂肪から合成されたケトン体を使っていたはずです。毎日規則正しく食べることより重要なことは、設計が想定していない間違った体の使い方を定期的に補正することだと思います。

天国のような埋もれる暮らし

以前から長寿村に興味があります。世界の長寿地域であるブルーゾーンに共通することは急傾斜の地形です。急傾斜地は稲作等に適さずGI値の低い雑穀類が主食なこと、傾斜地の移動で足腰を鍛えられることが指摘されます。東京近郊では上野原市棡原(ゆずりはら)集落が有名で幾度となく足を運びました。俗世と隔絶された深山幽谷の古い民家を訪ねると、退廃的な贅沢とは無縁の穏やかな暮らしがこの上なく満たされた時間に思えます。アメリカの研究によると、もっとも健康に適する食事は江戸時代、とくに松尾芭蕉が奥の細道の旅に出かけ、赤穂浪士の討ち入りがあった元禄時代の和食とされます。動物性タンパク質より野菜や魚を中心とした質素な食事が似合う暮らしです。この世に天国があるなら、それはハワイやシンガポールの高級コンドミニアムではなく、人知れぬ山中での埋もれるような暮らしだと思います。

増税で執着を減らす

幸福を人から買うことが虚しいのはその価値が移ろいやすいからです。高級な車や美味しい食事で人々が幸せになるのは思い過ごしです。経済活動は計画的廃品化により浪費を促し、貧しい時代に適応した脳は自尊心を欲しがり永久に買い続けます。「経済は無駄な活動により水増しされた数字だ」と誰かが言ったように、不要なものを供給する経済システムにとって、大量消費を通じてしか自己を満たせない人が増えることは福音です。企業が商品を作り出すのは必要があるからではなく、そこに欲望があるからです。そしてすべての商品は消費者に恩恵を与えるためではなく会社の利益のために作られ、無用な価値は高い価格として消費者に還元されます。このペテンがバレないのは、いらないものを買うためにしたくもない仕事をする消費者と労働者が同一だからです。消費増税がそれほど嫌ではないのは、これを機会に執着を減らすことに一縷の光明を見いだせるからです。

治らないと信じ込ませる医者

週末は9ヶ月振りにトレイルレース復帰の予定でしたが、年初来の腰痛で棄権しました。40kmのレースならおそらく完走は可能ですが、不調を抱えながらでは楽しめません。腰はその字が示すように全身と関係しますがこれまで腰痛とは無縁でした。世田谷区の図書館には600冊近い腰痛関係の書籍があり、なかには奇想天外な原因を主張する本もあり楽しめます。引っ越しによる環境の変化、生活習慣(食事、運動、睡眠)の変化のいずれかが原因と考えられます。疑わしいのは、ベッドが変わり疲れが抜けず体に歪が生じたこと、靴が変わり走り方が変わったこと、運動不足による血行不良や筋力低下です。試しに何度かトレイルランニングに行き、血行不良説は原因から外れました。大半の人が自分の体を専門家に委ねるから病院経営が成り立つのですが、癌であろうと腰痛であろうと専門家に丸投げせず、自分が治療の主役になることが健康を取り戻す鍵だと思います。二流の医者なら加齢を原因に仕立てあげ、治らないと信じ込ませて生涯顧客にするでしょう。

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