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仮想空間に生きる

米国系コンサルティングファームに転職した20年ほど前、「命がけで働く」と周りが言っていて、最初はドン引きしたものの、ハードワークを厭わない同僚と働くうちに自分でもそんな気になり始めます。サラリーマン時代はどこか仮想空間にいたと思います。長年組織固有の建前で生きていると自分が誰なのか分からなくなります。どこか身構えて、不条理に耐え、誰かの顔色をうかがい、ときに心にもないことを言い、損得を計り、相手を値踏みし、美辞麗句を並べ、お互いの嘘に目をつぶり、本音を隠し、敵を作らず、いつもダブルスタンダードで、思い込みと本心の違いが分からなくなり、こんな姿は自分ではないと思いながら残りの人生がすり減っていく恐怖を避けられない運命とあきらめていました。偽りの自分を演じて生きる辛さは組織を離れて初めて分かります。人生の判断には失うものがあります。第二の人生を始めて失ったものは要らなかったものだと気づきました。

自己超越的な成長

トレイルランニングのレースにデビューしたのは50歳の誕生日を迎えた5年前の夏です。長年運動もせず放置された肥満体は走ることができず、当時小学生だった娘と励ましあいながら15kmのショートコースを一緒にゴールしました。それから5年で多少なりとも走れるようになり、レースでも半分より前に着けるようになりました。エントリーする50kmや60kmのレースなどかわいいもので、友人の多くはマイラーと呼ばれ160km超のレースを不眠不休で走破します。人はなぜ苦しい道を自ら求めるのか考えます。それは苦難の先に自己超越的な成長があるからだと思います。2016年末に旅館を買ったあと営業許可が取れなくて4、5日食事が摂れないほどのストレスに陥りました。恥も外聞もなく人に助けを求め生き残るためにがむしゃらに前に進む場面でこそ人は成長し生きた知識を身につけると思います。自分の判断が正しかったのか今もって分かりません。ただ人生で遣り残したものへの未練が減ったことは確かです。

論理・左脳教育の限界

マーケティングが焦点をあてるべきはベネフィットにあり、顧客理解に長けることだと授業で話します。そして自分の授業のベネフィットは何かをいつも考えます。高等教育が直面する問題は画一的な講義で学生の学習意欲や興味を引き出せないことだと思います。これから社会に出て行く学生に働くこと、学ぶことの魅力を伝え行動変容を起こすことが対面授業の価値です。熱意だけでは十分な効果を生むことができません。自分の授業も含めて論理や左脳偏重の教育が授業を苦役にしていると思います。まず体で感じて、理論はその後です。自分が甲子高原で毎朝やっていたように、早朝の稜線で日の出を拝み、トレイルを駆け下りながら野生の感覚を取り戻し、そこから集中して頭脳労働をする、そんな全身を駆使する画期的な授業体験を実現できないものかと妄想します。

必要なのは政治より理性

昨日は大手町、日本橋に行きました。行く頻度が減ったせいか景色が新鮮です。再開発の進む街並みを見ていると景気低迷の実感はありません。他方で、消費増税に歓迎を表明する経済界、野党をはじめ誰も異議申し立てをしないことは不気味です。再々延期の可能性を残すものの、増税を促す国や学者、マスコミの権威などあてになりません。票や利権、大企業のエゴが見え隠れし、国の行く末を左右する重要政策のビジョンが示されることはありません。10%では足りないことは誰もが知っています。年々縮む世帯消費支出に見られるように国民は一層の生活防衛に入ります。問題を先送りし国が傾いてもなお目先の利益を漁るこの国に必要なのは政治ではなく、欲をコントロールする理性だと思います。

安住の地を捨てる

留学場所を移動する娘から週末に荷物と手紙が届きました。ニュージーランドの素晴らしさは宅配便の箱に至るまであらゆるデザインのモチーフが統一されるビジュアル・アイデンティティの一貫性です。国章から幻となった新国旗、オールブラックスのエンブレム、エアラインの機体からあらゆるものが大木に成長する木生シダのシルバー・ファーンやマオリ族伝統のデザインをモチーフにしています。五感の大半を支配する視覚情報として国のブランド価値を可視化するのは、小国ゆえの存在感を高める方法なのかもしれません。引越しのさなかに書かれた短い手紙からは日本を発つ前には想像ができないこの8ヶ月の成長が分かります。昨年暮から3ヶ月我が家にホームステイしていたオーストラリアからの留学生といい、多感な時期の10代半ばの成長には目を見張るものがあります。それに比べれば個人事業者になりこの2年で変わったと騒いでいる自分の成長など物の比ではありません。心地よい安住の地を捨て、厳しい環境で未来を切り開こうと必死にあがくことで、人は初めて成長できると思います。幸か不幸か今の日本社会はその逆を目指しているように見えます。

美しく衰退する桃源郷

昨日は甲子高原にいました。自然の懐に戻るとこの場所こそが自分の定位置だと思います。公害をはじめ多くの社会問題に直面しながら、社会人になる頃までは日本に生まれた幸福に感謝をしました。世界第三位の経済大国である今の日本を誇らしく思う機会は少なくなりました。少なからぬ国民が自信を失いときに自虐的になる理由は、国の将来への不透明感だと思います。ジャパン・アズ・ナンバーワンとまで言われた日本は、課題先進国のトップランナーです。ペリー来航以来165年、常に誰かの背中を追って経済成長の先にあるユートピアを目指してきた日本にとって、理想郷はもはや幻想であり、その地を目指す気概も能力も失いました。開催まで2年を切ったオリンピックに一縷の望みを託す向きもありますが、多くはその後に訪れるであろう不況を怖れます。不足のなかに心の充足を見出す「わび」の美意識を持つ日本が世界に問うべきは、美しく衰退する桃源郷だと思います。

すりかえられた理想の暮らし

昨日は紅葉シーズンの安達太良山に登りました。先月の安達太良山トレイルレース以来の山行で、すっかり体内の空気が入れ替わり頭も身体もリフレッシュしました。人類の長い歴史の舞台であった自然こそが人体のデフォルトです。55kmのレースの絶景ポイントだけを回る3分の1ほどの距離ながら、ハイキングとしてはそれでもハードです。麓からゴンドラで押し寄せた大量の行楽客が登山道を塞ぎ大渋滞で動きません。金で全てが手に入る都市の論理を安易に持ち込み、自然のリスクを軽視する姿勢は危険です。成長至上主義の必要悪だったはずの都市の生活が、いつしか理想の暮らしにすりかえられたと思います。

生き残るための革新性

後期が始まり学生と話す機会が増えると、彼ら彼女らの就職先である企業に思考が向きます。以前と考えが変わり今の自分は就職活動ではなく起業を勧めます。よい会社に勤めるという経済成長期に適合した発想を奨励することはむしろ無責任だと思います。中小企業の新卒の過半数が3年以内に退職する時代ですから、一社に生活の糧を依存して怯えるように暮らすのではなく、自分の力で仕事を創りだす道があることを伝えます。結果として大半の学生が就職するにしても、アントレプレナーの視点を持ち合わせればその職場で成長できる確率が上がります。人類進化とともに長年かけて組み込まれた遺伝子情報は、生存のための保守性と、環境変化を生き残るための革新性という矛盾したメッセージを内包しています。現代の社会で必要なのは後者だと思うのです。

失うものはない

子供の頃は心配性で慎重な性格でしたが、今の自分はリスクに無頓着です。このご時勢に借金をして旅館を買うなど冷静さとはまるで無縁です。50歳を過ぎてからエクストリーム系スポーツのトレイルランニングにはまるのも、以前の自分とは別人です。分別を欠く行動の背景にあるのは老いへの抗いだと思います。人生の残り時間を意識すると、その恐怖を消してくれるのは前に進む生き方です。人生で一度は見たいものは、世界の絶景や秘境ではなく、自分でビジネスをすることの先にある景色です。以前怖れていたほど失うものはないと思います。所詮われわれが見ている世界は脳が作り出した幻想なのですから。

自分は何を語りたいのか

行儀が悪いのですが、日本工学院で教室に行く前はアップテンポの曲でテンションを上げます。最初にすべきことは自分を動機付けることだと思います。話をしたいという気持ちが自分になければ相手には伝わりません。教科書で教えることができないのは、そこに感情移入できないからです。講義資料を作るのはいつも直前です。1ヶ月前に作った資料はすでに生気を失い自分の熱も冷めていて気分が乗りません。学生が何を聞きたいのかと同様に重要なのが、今の自分は何を語りたいのかです。居ながらにして情報を取れる時代になると、授業のような対面型プレゼンテーションは非効率で贅沢なコミュニケーションです。相手の心を動かし行動させることができないのであれば対面コミュニケーションは時間の無駄だと思います。大人の会合にありがちな形式的な挨拶など、日本中には無駄なコミュニケーションが今もあふれています。

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