
旅館であれカフェであれ、行った店を自分ならどのように経営するかを考えます。一昨日泊まった川治温泉の川治一柳閣本館は頭の体操をするための好事例でした。高度経済成長期とバブル経済期の特殊な市場環境に適応した大型旅館を人口減少時代に延命させることは、リスクに見合わない危険な賭けに映ります。同じ再生プレイヤーでも大江戸温泉物語のように、プレミアム業態化などの色気を出さず、食欲と低価格というストレートな欲望に直結する商品力で勝負する伊東園方式は、商品力維持の点で難易度が高いと感じます。リピートに至る高い満足度を維持しながら、飽きずに来させ続け、100室超の大箱を通年稼働させることは単純に見えて非凡な才能です。食事の質は高くありませんが、食材高騰の時代に、安い日なら7、8,000円で1泊2食を賄い、温泉などの水道光熱費を吸収して利益を出す運営は総合芸術にも見えます。
団体旅行文化を伝える遺構

昨夜は川治温泉の川治一柳閣本館に泊まりました。1934年(昭和9年)創業の老舗であり、100室超の川治温泉最大級の旅館です。ご多分に漏れず、足利銀行の経営破綻と連動して2008年に負債総額50億円で自己破産しました。現在は伊東園ホテルズ が取得し、首都圏からのバス送迎による平日シニア大量送客と、1泊2食バイキングにより巨大旅館を再生します。一人宿泊で7,000円台の価格破壊力は相変わらず魅力的です。食事内容に期待できるはずもなく、揚げ物中心のどちらかと言えば寿命を縮めそうな内容ですが、そこは大箱の強みで寿司や刺身も用意されます。この旅館のハイライトは5階にある露天風呂で、川を挟んだ対岸のほぼ垂直に切り立つ山の新緑が目前に迫る光景は迫力があります。昭和の巨大旅館の空気を今に伝える施設は、世界的にも稀有な日本の団体旅行文化の遺構として、残してもらいたいものです。
独自の世界観を形成する

昨日は大月市立短大の出講日でした。大月までの運転は気分転換になり、新緑の山を間近に望む教室に癒されます。大学生活と言えばカフェ、居酒屋や雀荘など都会的なイメージと重なりますが、自然豊かな環境で学ぶことは発想を広げ、人の身体性が注目される時代にはアドバンテージになる気がします。米国では2025年の後半から、学士号取得者の失業率が、準学士号取得者(短大)の失業率を上回り、これは1990年の統計開始以来初めてのことで、学位取得が投資に見合わないことを示します。AIが多くのホワイトカラー業務を自動化する時代には、大学教育に求められる役割も自ずと変わるはずです。ホワイトカラー大量生産モデルにおける知識供給機関の役目は終わり、AI時代における人間形成を再定義する必要がありそうです。人生設計的なキャリア教育を捨て、独自の世界観を形成することが求められているのかもしれません。
肌は中から美しくなる

昨日は西麻布のサウナ、アダムアンドイブに行きました。唯一のスキンケアは、肌のターンオーバーの周期に合わせて月一度アカスリに通うだけです。昭和の面影を残す施設は110℃近い高温サウナと、よもぎ蒸しのウェットサウナがあり、どちらの満足度も高いのですが、ハイライトは韓国式の摩擦圧の強いアカスリです。物理刺激の強いミトンを使い、体位変更により微妙な角度をつけてこするアカスリは卓越していると思います。アカスリ後にドライサウナに入ると普段より汗の量が増え、入浴後の肌艶も良くなります。サウナに定期的に入ると肌が潤い、那覇で2週間続けてサウナに入ったときは顔のシミも消え、サウナブームのなかでもサウナによる美容効果は過小評価されていると思います。肌は内臓の状態を反映していると言われ、暴飲暴食も避けるようにしています。外から取り繕わなくても、肌は中から美しくなるものだと思います。
最下層という潔さ

ポルシェを乗り継いだ近所の家がモーガンに替えました。最初に買った車がイタリアのオープンカーでしたので、モーガンは気になる存在です。スポーツカーは今も魅力的ですが、生活を複雑にしたくない気持ちがそれを打ち消します。2年前に旅館の業務用に買ったN-VANは最低価格帯の商用車ですが、6速MTは運転して楽しく、雪道に強い4WDは自分にとって最適です。53psと非力ながら80年代のボーイズレーサー的に高回転まで回せば過不足なく、小さなボディは登山口を目指すときの狭い林道での行き違いや駐車時にその威力を発揮します。ラグジュアリーな車の幻想に薄々気づいていましたが、最後に未練を断ち切ったのはヒエラルキーの最下層という潔さだと思います。人はDNAレベルに埋め込まれた性癖によって、階段があれば登りたくなり、終わりなきラットレースを最後まで走り続けるか、レースを降りるか2つの選択肢しかない気がします。
権威的な嘘

先月エベレスト街道から戻って以来、自分としては異例なことに睡眠時間は9時間に及びました。これは高度順応のために夜間も水分を摂取し、ほぼ2時間おきにトイレに起きていた反動です。今は普段通り5、6時間に戻り、これが自分の睡眠リズムだと思います。世間には7時間以上眠れといったプロパガンダが広まりますが、健康は個別の問題であり、一律眠れという主張は不自然です。睡眠に関しては未解明なことも多く、7時間説の根拠となるエビデンスは怪しく感じます。人々の最大の関心である健康を人質にとったビジネスは巨大で、ヘルスリテラシーとはこうした権威的な嘘に騙されないことかもしれません。健康体である限り、眠りたいときに眠り、食べたいときに食べることが最も健康的なはずです。人間ドックも受けませんが、毎日の便と尿を常にモニターする方が、体調を正確に反映していると思います。
良い旅の基準

昨日は会社の決算作業をしました。確定申告と会社の決算は、カード利用明細や口座取引、領収書を一枚のシートに集計するために、浪費を見直す機会になります。自分としては異例なことですが、今年は毎月海外に出かけたので、クレジットカードの引き落とし額は見るもおぞましい額です。「旅行は人生最大の消費」と言われますが、問題は旅が消費なのか、投資なのかだと思います。刹那的な快楽として旅に出るなら、その効果は短期間に霧消します。一方で投資的価値のある旅とは、自分の健康状態と認知能力をアップデートします。一人一人が生涯経済活動を続け稼ぎ続けるなら、高い認知能力を維持し、老後の杞憂も少子高齢化をはじめとした社会問題も解決します。良い旅とは、ビジネス上の思考領域を広げインスピレーションを得る体験だと感じます。
伊能忠敬界隈

長距離ウォーキングを楽しむ「伊能忠敬界隈」が、老若男女を問わず流行っているといいます。アメリカでは景気低迷など危機的な世相がランニング人口を増やすと言われますが、どちらもブームの背景にあるのは「身体性の回復」だと思います。若者にとってはデジタル以前の世界が持つ、身体というリアリティの再発見であり、中高年にとっては、56歳から測量を始めた伊能忠敬が、長い人生後半における挑戦の象徴に映るのでしょう。現実世界の感覚を取り戻す行為は、人々から仕事を奪い始めたAI革命に対する生存戦略でもあると思います。人間に残される最後の役割は、感覚器を使って現実世界と接続し、認識するデバイスという側面だけかもしれません。近代観光の主題である「どこへ行ったか」より、「どのように移動したか」という物語は極めて私的であり、自分基準の消費への回帰欲求のような気がします。
旅の主導権を取り戻す



例年ゴールデンウイークは、渋滞と人混みに巻き込まれず、ほとんどお金を使わず、それでいて満足度が高い観光地に行くという無理ゲーです。午後から天気が安定した4日は駒ケ根市の宝積山光前寺に行きました。樹齢数百年の巨木が多い境内にはヒカリゴケが自生し、本堂前の庭園には飲料に適する山水が流れ込み、人影もまばらで連休中とは思えない深山幽谷の風情です。そのあとスーパーのツルヤで手頃な総菜寿司を買い、陣馬形山(1,445m)にピクニックに行きました。山頂までは車道が整備される手軽な山ですが、眼下に伊那谷の絶景が広がるのが印象的で、居心地の良さに去り難い場所です。行楽シーズンの混雑した有名観光地は高額料金を払い、混雑に耐えることを求められますが、GWの後には自分の意思が働かない虚無感が残ります。巨大なピーク課金システムから距離を置くことは、旅の主導権を市場から取り戻すことと言えそうです。
AI時代の生き残り条件



昨日は八ヶ岳の西岳と編笠山に登りました。登るのは正月以来で、エベレスト街道を歩いたとはいえ、使う筋肉が違うのか身体はどこかぎこちない動きです。山では今が桜の季節で、編笠山の山頂は氷点下5度と寒く、標高を示す標識にはエビのしっぽがついています。そろそろ都会では過酷な暑さが始まりますが、山はこれから最高の季節を迎えます。健康を維持する上で、年々山の重要性は増していて、長時間のハイキングは脂肪を燃焼させ、筋肉をつけ代謝を正常化します。山の空気を大量に吸い込む呼吸は自律神経のバランスを調え、山を歩いているときに頭の中が整理され、同時にインスピレーションの源泉でもあります。加えてタラの芽などの食べられる山野草も今がシーズンで、採取は山歩きの楽しみです。山で鍛えられる身体性の回復は、AIの普及により賢さがコモディティになる時代の生き残り条件のような気がします。