最新情報

Information

豊かさは自分の内側に


近所の三菱UFJ銀行に行くと、来年から法人機能がなくなり個人専用店舗になるそうで、カウンターがブース席に変わり少し上質になりました。昔出入りしていたシティバンクの店舗を思い出します。あの頃が俗世界に生きる人生の頂点で、当時存在した新幹線のグリーン個室で移動し、ポルシェに乗り、外資ホテルのクラブレベルに泊まる生活を幸せだと信じていた時代です。今は外食もせず、N-VANに乗り、休日は車中泊で山に登る素朴な生活です。華やかな生活を失った代わりに得たものは、当時より強化された体力と自由です。ステイタス消費は今でも魅力的ですが、面倒も同時に抱え込みます。他方で身体を鍛えることや自由に動けることは、豊かさを自分の中に蓄える気がします。見せびらかす消費はゲームとして割り切るなら楽しいのですが、本質的な豊かさは自分の内側にしかない気がするのです。

人間なのかAIなのか


沖縄に行く予定があり、猛烈な台風30号の接近により日程変更をしようと思い、コールセンターに電話をしました。こんな時につながるはずもなく、平均待ち時間は30分と音声が応答します。そこでチャットを試してみると、意外にも待機0人ですぐにオペレーターが対応します。予約した航空券の運賃条件を確認し変更可否を説明したこと、言葉が自然で、「ご予約を確認いたします。」と言った後しばらく反応しなかったこと、名前を名乗ったことを考えると人間が対応しているように見えます。人間なのかAIなのか確かなことは分かりませんが、求めているのは問題が速やかに解決することです。人間にしかできない仕事が何かは今や現実問題です。最近はメールを使わなくなり、チャットやメッセンジャーに置き換わったことを考えると、保留音を聞かされる苦痛な電話がチャットに変わるのは時間の問題に思えます。

ホルミシスと適応力


2025年の実質賃金は前年比1.3%減に対し、日経平均は26.18%上昇しました。しかも株価は配当を含まず、資産インフレはけた違いです。これは特定期間の比較ですが、働いて稼ぐだけでは資産価格の上昇に追いつけないことは、金持ち父さん、ピケティ以降多くの人が知るところになりました。目先で稼ぐことばかり考える人が多いことが資産格差の二極化を生みますが、他方でFIREなど資産が生み出す収益だけで生活することも、それは別の意味で怖いと思います。従業員として擦り切れる人生と、資産収益だけで安楽に暮らす人生が見落としているのは、仕事は単なる金銭との交換を超える点です。使命感、コミュニティ、刺激、成長の機会、運動に似た負荷など、人を健康にするホルミシス効果に仕事はあふれていると思います。ストレスをゼロにすれば最も良い状態になるわけではなく、適度な負荷と十分な回復こそが、適応力を支え豊な人生を作る気がします。

昭和の家


週末は妻の実家に柿をもらいに行きました。今月94歳になる父が一人で暮らす家は、鉄道沿線の丘陵地帯を造成した典型的な昭和の家です。都市部で深刻化した住宅不足を背景に作られた郊外住宅は、戦後の中流家庭が思い描いた「標準的な幸福」の器に見えます。人の家に行くと、この家に自分が住むなら、間取りやデザイン、外構をどのようにするか考えます。結婚した80年代から時が止まったままのような家のなかは、おそらく使われることのない持ち物があふれ、自分が旅館を買った時のように、不要物を捨て、照明器具を変えるだけでも場所の印象は大きく変わると感じます。ロビーにあった狸の置物を処分し、ポスターをはがし、事務所のような応接セットのあった場所に、一枚板のダイニングテーブルを入れ、薪ストーブとIKEAの照明器具を床に置いただけで、かつてを知る人は皆驚きました。必要なのは時代の価値観をアップデートすることだと思います。

他人の視線と自己高揚


春頃に騒がれたANAのラウンジ問題は、ANA対JAL戦争に発展し、株価にも影響したとされます。サラリーマン時代と違い、飛行機に乗る機会の減った今は、ラウンジ問題は関心の外です。日本人がトランジットに使うような空港には気の利いたカフェが充実し、とくにラウンジである必要を感じません。他方でロイヤリティを示してきた修行者が気分を害するのも当然でしょう。人々がラウンジに熱狂する理由の多くは、ステイタスが可視化される喜びだと思います。自己顕示欲求が凝縮された空間が売っているのは、「快適性」以上に「承認」だと思います。たかがラウンジと言えないのは、人からどう見られるかは重要だからです。スターバックスに行くと、たまに「今日はお仕事ですか?」と聞かれ安心します。毎朝決まった時間に来る年金生活者に見られないことは重要で、他人の視線も、自分の気分や意欲を高める気がします。

風流な生活


松茸が豊作だとされますが、それでも買える値段にはなりません。食品として健康や栄養の観点から見るなら、より高い効能を持つキノコがはるかに安価で売られます。その価格を正当化しているのは別の基準です。人工栽培が難しく、収穫量が自然条件に左右される松茸の希少性が、価格を押し上げます。そして独特の香りが秋という季節を象徴し、その体験を買う、ある種のイベント消費の側面もあります。しかし、最も大きな理由は、人が価格を品質の手掛かりにする性癖だと思います。商品の価値を自分で感じているのか、それとも周囲の評価に価値を感じているのかは、分けて考える必要があります。価値があるから高価なのか、高価だから価値があるのか。重要なのは価値を決める主体だと思うのです。秋の風情を味わうためだけにあの出費をするほどには風流な生活をしていないわが家では、今年も無縁でしょう。

暗闇の効用


N-VANで車中泊をするようになり、暗闇の効用について考え始めました。光源の少ない登山口でも、今の季節なら4時頃から周りの車で登山用のヘッドライトが灯り出します。N-VANの天井には5か所のライトが設置されますが、それらを使うことはありません。ソーラー式のLEDランタンも積んでいますが、ほとんど使わないのは、暗闇に慣れると人工の光を浴びることが不快になるからです。手の届く範囲で生活が完結する車中泊では、どこに何を置くか決めておけば視覚に頼らなくても指先の触覚が必要なものを見つけてくれます。安易に光に頼る都市生活により、人は増々視覚を中心に生きるようになりましたが、光を遮断することで本来の五感を取り戻すことができると思います。視界が遮られることにより他の感覚器の感度が上がり、味覚も鋭敏になります。暗闇を敵視するようになった結果、陰影など日本人が大切にしてきた光への感性も同時に失った気がします。

Not the NOT A HOTEL.


急成長するシェア別荘NOT A HOTELが注目されます。経営者や富裕層、法人の迎賓館として買うケースが多く、高い物件から売れると言います。粗利率65%の急成長企業とあれば、メディアが無邪気に礼賛するのも分かります。投資商品としても魅力的で、二次流通市場では購入価格の3割強に上昇したとされます。希少性、研ぎ澄まされたセンスの物件はCGの段階で9割が売れ、人気物件は即日完売します。それにしても年間10泊に数億円を払う感覚は理解を超えます。別荘よりコスパが高く、値が落ちないと言われますが、本当でしょうか。自然のなかに都会的価値観を持ち込む巨大な構築物、それをわずかな人だけが独占するとなれば、いずれ潮目が変わった瞬間に真逆の反応が起こる気がします。建築家による最先端の建築物は、自然というエコシステムに入り込んだ異物に映り、ビジネスエシックスに反した人間の愚かさの象徴に見えてしまうのです。

健康的に暮らす環境


健康のバロメーターはXSサイズのズボンです。自分にとっては、このズボンを快適にはけることが健康維持の目安で、ウエストが苦しいのは不摂生への罰です。八ヶ岳にいる時は運動量と食事の量がバランスをしているので緩いのですが、東京の自宅に戻ると、魅力的な悪魔の食べ物が手の届くところにあり、一方運動量が減るためにウエストは厳格に反応して苦しくなり、同時に自己嫌悪に陥ります。食べたいものがいつでも手に入る豊かな食生活と、身体を動かさなくても暮らせる都市の便利な生活は、健康とトレードオフだと思います。八ヶ岳にいると自然と体を動かし、誘惑に囲まれる東京では動かなくなる。つまり健康は、意志の力よりも生活環境で決まると思います。ダイエットは巨大産業ですが、重要なのは意志やメソッドの問題ではなく、健康的に暮らせる環境をいかに設計するかだと思います。

鍛えると傷めるの境界


左の肩こりが治らず整体に行きました。そこで言われたのが「むち打ち」症状です。思い当たる原因は、山道の下りで起こる転倒です。新しい靴でも、スピードが上がるほどグリップを失いやすく、ときには1メートル以上の高さから固い地面に自由落下するその衝撃は大きいはずです。衝撃を何度も受けているとの診断で、鍛えるつもりが、知らないうちに体を傷めつけダメージを蓄積させていたことになります。足に生傷は絶えませんが、目立った痛みのないダメージには気づきにくいものです。人間はわかりやすい痛みや疲労には注意を向けますが、繰り返す衝撃の影響は、自覚しにくいのかもしれません。長く山を楽しむためには、鍛える以上に、壊さない技術、回復させる技術が問われると思います。アスリートは体を壊す限界まで追い込みますが、素人に必要なのは限界に挑むことではなく、ダメージを蓄積させない技術でしょう。

Translate »