最新情報

Information

好きなことの先にある人生

娘を見ていてうらやましいと思うのは自分の人生を好きなように描けると思っていることです。自分の時代も十分に豊かだったはずですが、「働かねばならない」という社会の制約が大きく、好きでもない仕事でも、乗りたくない満員電車でも疑うことさえ許されず働いてきた印象があります。好きなことをやりたいと言えば、「夢みたいな話」と否定され社会からはじき出されるのがおちです。もちろん今の世代でも生きていくために働かなくてはならないことは同じですが、やりたいことや好きなことの先に仕事があると思えるところに時代の変化を感じます。限界費用ゼロ社会の到来により起業のハードルが下がったこと、経済成長や消費社会への妄信の呪縛が解けたこと、核家族化が進み社会規範が緩んだことなど理由は少なくないと思います。長年人生に夢を見ることを許されず思考放棄を続けてきた世代にとって、リタイア後になって好きなことをして良いと言うのは酷な話です。

集団主義とエゴイズム

昨日は表参道を歩きました。歴史的建造物が都市の景観に埋没する美しいロンドンの街並みとの差は圧倒的です。よくも悪くも日本の建築表現は自由であり、都市景観への配慮はありません。ロンドンにもデザインを主張するビルがないわけではありませんが、伝統的な街並みとの対比にも一定の調和が感じられます。景観規制があるとされる京都の街並みでさえ汚く、そこには温かみがありません。許せないのが日本の住宅地で、日本中がスラムと化していると思います。ロンドンで見たいくつかの大学や刑務所でさえも温かみや美しさを感じます。普段は集団主義を重んじる日本が、こと不動産活用に関してはエゴイズムを認めるやり方には疑問があります。

失われた30年の原点

この一週間娘とロンドンの大学を回り、博物館や美術館を自由に楽しむ子供の姿を見ながら、日本の失われた30年の原点がここにあると感じました。日本の大学とは違い無機質な教室はなく、居心地がよく温かみを感じます。乱暴な議論ですが、日本の閉鎖的で強圧的な学びの環境と、その先にある偏差値選抜型リーダーによるトップダウンマネジメントが明治維新と戦後復興を成功させ、その過剰適応の反動が今の閉塞感だと思います。柔軟で多様な思考を排除し、常に比較にさらされる画一的風土が教育をゆがめ、働き甲斐と幸福感を奪い、思考を放棄して安易に生きる日本人を増やしました。多様性を認めず議論を嫌う全体主義的風土は動力革命の時代にはうまく適応しましたが、混沌とする頭脳革命の時代には不向きです。必要なのは自律と自立を育む教育であり、権力者が隠蔽する不都合な現実にも目を向け、多様な生き方に可能性を感じ、自ら切り拓く力だと思います。

欧米尺度の幸せ

時差ぼけが治らないまま一週間滞在したロンドンから昨日帰国しました。欧米諸国を訪れると日本は惨めで不幸な国に見えます。アジア人固有の欧米へのあこがれや単なる観光客目線、ないものねだりとばかりも思えません。都市の景観や自然、美術館や博物館、あらゆるデザインの洗練、余裕ある暮らしぶりなど大きな差があります。単に暮らしが豊かということでなく、ストレスや執着なく素で生きられる心の豊かさが日本やアジアの国より勝る印象です。他方ロンドンでは、日本に比べ時間も仕事もルーズな印象を受けますし、土曜日に突然公共交通の地下鉄が営業を休止する感覚は日本人には理解できません。ホテルや飲食店のスタッフも日本の方がよほど勤勉なのに、生産性が低いという事実を突きつけられるとき、何か大きな見落としをしていると思います。身の丈に合わない欧米尺度を採用しながら、日本固有の妙な完璧主義が軋轢を起こしているのでしょう。

必然を越える旅?

産業革命発祥の地イギリスに来て、産業化の意味を考えました。必然を越える純粋な娯楽として旅を商業化したのはイギリスの実業家トーマス・クックです。旅行に伴う移動と出費、時差ボケなどの苦痛や健康リスクを考えたとき、美味しい食事や素晴らしいホテルに泊まり、美しい景色や芸術に触れたとしても、旅の終わりに残るのは虚しさです。批判をしておきながらロンドンを満喫する自己矛盾を考えたとき、旅行には消費と投資の側面があると思います。大半の旅行者にとっての旅には何等かの目的があり、広義の自己投資である一方、そこに投下された資金は回収されることなく消費されます。自分にとって海外旅行に必要なものは、行く必然か人生を変えるほどのインパクトです。

確認行為のための美術館

朝ランニングをしていることもあり、ロンドンに来て6日間で212,647歩、168.6kmほどを自分の足で移動しました。高い物価にさえ目をつぶれば、ロンドンは治安もよく住みやすい街だと思います。広大な美しい公園で犬はリードなしにのびのび走り回り、日本のようにけたたましく吠える犬もいません。大英博物館をはじめとした無料の博物館や美術館はどこも見ごたえがあります。年代ものの絵は触れられる距離に展示され、日本なら行列を作る絵の前で子供は床で思い思いに絵を描き、大人が使える洗練されたカフェもあります。権威に弱い日本人は見たことのある有名な絵の確認行為のために混雑する美術館に行きますが、気軽に芸術に触れる機会は美的感覚や審美眼を育むと思います。

余裕のあるイギリス人

今日はハイドパーク付近で娘のフィールド調査につきあいました。テーマは職場における女性リーダーの状況で、有効と言えるサンプルサイズを満たしていないので、調査自体に大きな意味はないのですが、生の声を聞くことで一定の傾向をつかむことができます。女性リーダーの数が4割程度と答える人が最も多く、これは日本の感覚よりも、世間で言われるイギリスにおける女性活躍の割合よりも高い数字です。一方で回答にばらつきの大きいことが印象的で、少し年配の人は5%と言い、他方でキャリアウーマン的いで立ちの女性は起業家なのか100%と答えます。キャリアに関心がないのか少なくない女性が分からないと答えたのは日本の感覚と同じだと思います。起業家の割合も多く、欧米で30%ほどがインディペンデントコントラクターとされる統計と一致します。相手が高校生のためか大半の人が調査に協力してくれることが驚きです。他人に構う余裕のない日本ならまず相手にされないと思います。

教育の問題は大人から

今日は娘の志望するロンドン中心部の大学に行きました。日本の大学にはない学びへの熱気が感じられ、スタートアップ企業のオフィスに近い雰囲気です。講義風景を見ても寝ている学生などいません。多くの日本の大学のように同年代の日本人ばかりではなく、年齢も国籍も異なる人たちのなかで学ぶ緊張感がこの熱気を生み出していると思います。日本との歴然とした差を間近にするとき、何から教育を変えていけばよいのか考えます。学ぶ意欲も必然もなく、ただ仕方なく大学に通い、教育をする側もそれを追認している日本の状況は異常です。緊張感のない日本の大学への進学を、娘の高校の先生が勧めないのももっともです。高等教育を変えるには高校から、高校を変えるには中学からでしょうが、一番の問題は子供の手本になるべき大人が惰性で生きていることなのでしょう。

小さく感じるロンドン中心部

ロンドンの良さは中心部全体が街並み保存地区のように古い建物が整然と並ぶ一貫性だと思います。歩数計は連日3万歩5千歩ほどで、その半分程度は朝のランニングです。人の少ない朝食前に10数kmを移動できるランニングは都市観光に最適な移動手段だと思います。歩くには広いロンドンは走ることで行動半径が倍増し、コンパクトな街に感じます。街で気づく東京との違いは、路上喫煙が多いこと、太っている人がいないこと、ロールスロイスを見ないことです。

不便だが便利なアパート

二泊しても時差ぼけによる睡眠障害は治らず、日本の朝9時であるこちらの深夜0時にかかってくる携帯電話の振動で目が覚めます。今夜は2軒目の宿に移りました。今ではOTAサイトに普通にアパートが掲載されますが、不便なところも少なくありません。レセプションがないために鍵の受け渡しが必要で、昨日の宿は雑貨屋でセキュリティコードを告げ鍵を渡され、今夜の宿は路上で待ち合わせをしました。OTAサイトではクレジットカード番号のやり取りを再三禁じるものの、宿側はダメージデポジットを差し入れない限りチェックイン方法を伝えてきません。一度チェックインをしてしまえばキッチンや洗濯機のある広い客室の快適さはホテルの非ではありません。とくに家族で利用するにはスィート形式の客室の使い勝手がよく、今後はホテルを利用する頻度が減りそうです。

Translate »