18世紀と変わらぬ仕事の本質

昨日は台風が近づく陣馬山(857 m)に登りました。天気が崩れるためかハイカーの姿はなく、早朝のバリエーションルートの森は静寂に包まれます。20kmほど歩いて最後は小下沢に下りラブラドールと沢で泳ぎ、裏高尾するさしの豆腐店で寄せ豆腐を食べて帰っても昼前には自宅に戻れて、お金もかからずそれなり贅沢な気分になれます。思えば福島に住んでいる頃は登山口が目の前というこの上ない贅沢な暮らしでした。天気が良ければ山に上がり、9時には戻って仕事が始められます。嫌なことがあっても裏那須の稜線から走って下ると悩みは霧散し、脳の血流が上がり仕事もはかどります。ワーケーションが叫ばれる昨今ですが、満員電車で疲れ果てて着いた淀んだ空気のオフィスで、蛍光灯の下で一列に並んでパソコンに向かう光景は18世紀の工場と変わりません。工場の生産方式が現代のオフィスに続くのは、仕事の本質が大量生産の工場と変わらないからだと思います。知らぬ間に実用化が進んだRPAがホワイトカラーの仕事の大半の業務時間を置き換え可能な事実に世間が気づけば、都心のオフィスのあり方を見直さない理由は無くなります。

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