
昨日は大月に出講する日で、毎回聴講している大月市議会議員の方に15分ほど大月市の現状や課題、観光への取り組みについて話をして頂きました。大月市は桃太郎伝説が伝わり、集客のためのプロモーションだと思っていました。旧甲州街道には犬目宿や犬嶋神社があり、鳥沢は今も中央本線の駅で、日本三大奇矯の猿橋へと続き、犬、鳥、猿の地名が集中します。その先には鬼が棲むとされる岩殿山が圧倒的な存在感を示す岩壁を露出し、南下すると山深い九鬼山があり、大月本家説を補強します。近代に入り、岡山県が桃太郎プロモーションを始めるかなり以前から、桃太郎伝説の絵柄が様々な場所で使われ、その背景には富士山が描かれていることも信ぴょう性を高めます。松下幸之助氏をはじめ偉大な経営者の何人かが桃太郎型組織の有用性を語ってきましたが、東京に近く自然豊かな大月は、企業研修地としての可能性も高いと感じます。
お知らせ
自分だけの問いを持つ

6月9日に発表された世界最高性能「Claude Fable5」の利用について、安全保障上の理由から、アメリカ政府はアクセス停止命令を出しました。様々な憶測を呼びますが、AIは世界情勢の中心テーマです。産業革命により身体能力の高さが価値を失い、機械を使いこなす人が価値を持ったように、AIは知識の格差を縮小し、答えを知っている人よりも良い問いを立てられる人の価値が高まります。「何を問うか」が求められる時代には、専門知識よりは異分野を俯瞰する力と身体感覚を伴う経験が必要になると思います。近代に入り機械加工が普及すると、機械製麺による「均質なそば」は安くなり、他方で「不均質なそば」である手打ちそばの価値が上がったような逆転現象が起こる気がします。毎朝Facebookに投稿するのは一種の脳トレですが、「自分は何を感じたのか」を文章にする習慣は、AI時代に自分だけの問いを持つ上で役に立つのかもしれません。
古民家の価値


週末は南アルプス市のワイナリーとカフェ「月晴れる」に行きました。南アルプスの麓、富士山と棚田を望む場所に建つ明治とされる古民家は登録有形文化財で、かつては漢方医の家として使われていたそうです。化学農薬に頼らない自然派のワイナリーの草刈りを担うのは、生後4カ月の愛らしい合鴨です。かつては薬草を保存した空間はワインを熟成するために使われ、農業と自然が共生する風景は理想の暮らしに見えます。興味深いのは文化財指定の調査で、使われる釘の形状もその手がかりになり、四角い断面の和釘は明治初期以前などの特徴を持ちます。他方で長く使われた古民家は、代替わりの際などに改修をされることもあります。梁などに残る鋸跡も年代を知る手がかりとなり、近代に入るとマシンカットされるようになります。古民家が今に伝える歴史的景観は、農村風景に溶け込んでこそ本当の価値があると感じます。
踏破型か内省型か

昨日は池の茶屋峠(1,673m)を出発して、源氏山(1,825m)、岡松山(1,821m)、倉尾山(1,854m)、大峠山(1,908m)を回りました。山登りは身体を鍛える手段であって目的ではないので、毎日同じ山に登っても苦痛にならないのですが、山梨100名山踏破を目指す妻にとっては登る山が問題です。夜叉神峠を起点に南アルプス前衛の山々をつなぐ南アルプスフロントトレイル(全長70km)がルートの大半を占めます。ブナ、カラマツなどの疎林の中に緩やかに続く尾根道は気持ちが良いものの、YAMAPにも表示されないバリエーションルートで踏み跡も不明瞭です。よく登る西岳や編笠山のように勝手知ったる山では迷いようがありませんが、初めての山に行くとコースを外れないように集中しますので、脳が活性化される効果がありそうです。踏破型の登山は未知のルートを読み解き脳を鍛え、内省型の登山は余計な情報処理が減り、脳を休ませている気がします。
人に会いに行くビジネス

長野県にいるときはWi-Fi接続にスターバックスを利用します。諏訪湖付近にはなぜかドミナント出店をしていて、仕事や集中したいときは茅野中沖店、景色を楽しみたいときは一般道からもアクセスできる諏訪SA店、屋外席などでのんびりしたいときは諏訪城南店のように使い分けます。最も足が向くのは茅野中沖店で、雰囲気が優れているわけでも、眺望が良いわけでもありませんが、通うのはスタッフの接客が心地よいからです。注文時や商品の受け渡しの短い接点のなかでの一言と間合いが絶妙で、店全体の雰囲気を作るように感じます。チェーン店は均質なサービスが強みとされますが、実際には働く人によって店の人格とも言える空気感は意外なほど違います。こうした印象が店の売上と相関するのか分かりませんが、そこで働く人が空気を作ることは間違いありません。人に会いに行くビジネスはリピート確保の基本でしょう。
刺激から離れたい

今は一年で一番日の出時刻が早い時期で、梅雨の晴れ間は山に行く絶好の機会です。富士見登山口の気温は9℃ですが、西岳に向かトレイルでほどよく汗をかきます。多い年には50回以上登るホームグランドですが、自然のなかで過ごす時間は飽きる事がありません。一年を通じて森は表情を変え、山頂に咲く花も季節を伝えます。自然のなかで過ごしている時間が愛おしく、人工的な娯楽にお金を払う気がなくなります。人が集まり混雑する場所が嫌いで、それが有名な建築物や美術館であったとしても興味が薄れます。人類史の多くの時間を過ごしてきた自然を人は心地よく感じます。他方で刺激を求める混雑した場所は、脳を忙しくさせます。一方、森の中の情報は穏やかながら豊かです。風向きの変化、鳥の声、動物の気配は押し付けがましいところがなく、山に来るのは人工的な刺激から離れたいからかもしれません。
食べ物から離れる

長野県に来ました。自宅を離れて一人でいる時は基本的にダイエット週間です。4月にエベレスト街道に行った際はスリムだった身体は、三食食べる習慣だけが残り、運動もしないのに空腹感が増幅されます。体形を維持するのは自分がベストの体調のときのサイズのズボンです。常に苦しければダイエットせざるを得ません。自宅には自分が買ったもの以外にも健康を阻害しそうな食品が流入し、食べ物から離れることは重要です。一日一食の自炊生活なら、一口一口を大切に味わうようになり、満腹中枢が働き、狂った空腹感のセンサーをリセットできます。山が近くにあることは重要で、運動量が増え、体形をズボンに合わせるのに数日あれば十分でしょう。様々なダイエット法を試していた頃はどうやってもやせる気がしませんでしたが、空腹感に騙されず丁寧に食べることが体形マネジメントの基本だと思います。
日常使いのサウナ

昨日は大月に出講する日で、授業の前に大学の近くの温浴施設に行きました。昭和の健康センター然とした施設ですが、朝5時から開いていて600円と料金も手ごろです。富士の伏流水を使う薬草風呂には自社農園で無農薬栽培された薬草が使われ、薬草が香るサウナも程よい湿度で汗をかけます。深い緑に囲まれた外気浴スペースも気持ちよく、ここに来る日はなぜかいつも雨で、雨音に瞑想効果を感じます。過不足ないサウナ、富士の伏流水、自社農園の薬草風呂、雨音の外気浴と静かな時間が600円で手に入るコスパは最強クラスです。施設のディテールを作り換えて、雨音だけが聞こえる森の中のサウナといった物語性を創り出すことができれば唯一無二の施設になります。他方で単価を上げた場合、固定費を賄うだけの売上は見込めそうもありません。多くのサウナ愛好家が求めるのは究極の調いではなく、日常使いができるサウナなのでしょう。
心地よさをセンサーに

サウナは趣味であり、健康法であり、仕事のネタです。一時のサウナブームは落ち着きましたが、最近はサウナの入り方が変わりました。昔は同じ時間サウナ室に入り、同じ時間水風呂に入り、同じ時間外気浴で身体を冷やしていました。今はその日の体調にあわせて、自分が感じる心地よさをセンサーに入り方を変え、水風呂は最後の一回だけにすることもあります。自分が最も心地よく感じる水風呂は16℃で、先日入った南会津の山水の流れ込む水風呂の温度です。昨今のサウナ施設は「最高の調い」を追求し、調うことが目的化していることは危険な兆候に見えます。医学的には「調う」という状態は定義されていませんが、しっかり暖めてしっかり冷やすことが調うコツであり、もっと熱く、もっと冷たくを追求し始め、健康リスクを高めます。サウナは、「身体の声を聞く」ための環境であり、「調う装置」ではないと思うのです。
尖った商品は趣味から生まれる

自分の年代は年金逃げ切り世代とも言われます。地味に暮らしていれば逃げ切ることができるかもしれません。他方で現在の生活もすでに地味です。愛車は商用軽のN-VANですし、視察と家族の誕生日以外には外食をせず、唯一の贅沢と言えば月一度通うサウナぐらいです。毎朝コンビニでコーヒーを買うことも、自動販売機で飲み物を買うこともありません。倹約をするのは、事業と称する、趣味の一種に投下資金が必要だからです。まともな事業なら資金調達は可能ですが、トラックレコードのない企業の場合、一定の自己資金が必要になります。白河、南会津の古民家サウナに続く阿武隈源流の旅館跡地の新築予定物件は、ある意味この数年の集大成になります。半分趣味、半分事業という甘えがスケールできない致命的な理由ですが、他方で、尖った商品は非合理な趣味から生まれる気もします。