制限速度は悪夢?

昨日は速度の一斉取締を見かけました。1、2分立ち止まって見ている間に2台が捕まり、信号がなく見通しの良い50km/h制限の直線道路ですからいずれも善良そうな車です。先頭を走らない、制限速度+20km/h以上出さない、取締をしそうな道路や天候、時刻に注意するなどを徹底すれば滅多に捕まることはありませんが、それでも車で65万km、バイクで5万km運転するなか速度違反で3回捕まりました。覆面パトカーや白バイに追尾されたことはそれよりはるかに多く、捕まったのはいずれも注意力が散漫になっていたときです。実用的と言えない速度の取締に反感もありますが、速度制限が野放しにされる世界を考えると節度ある取締は認めざるを得ません。最近はゲリラ的に見慣れない場所で取締を行うケースが増え、神出鬼没の移動式オービスも導入されています。抜き打ち的な取締の不確実性が抑止力となり、低コストで違反者を減らす有効な方法なのでしょう。ビル・ゲイツは年間5回スピード違反で捕まり、交通裁判専門の弁護士を雇い訴えを取り下げさせていたとされます。ビジネスジェットで移動するエグゼクティブにとって、地上の遅すぎる制限速度など悪夢でしょう。

四季を感じる暮らし

行楽地に人が戻って来たようで、20台ほどが止まれる登山口の駐車場は朝5時過ぎには満車になり、あふれた車が道路を塞いでいたので登山は止めました。喉元過ぎれば熱さを忘れるで景気が回復してほしいものです。夏の名残のある東京とは違い、季節を先取りする山はすでに秋が進み、9月は遭難の多い季節でもあります。都会の9月はまだ残暑の印象ですが山頂などで風が吹けば低体温になり、天候が急変すれば遭難につながります。都会では嫌われる冬や夏こそ山が最高の輝きを見せる季節で、残雪から新緑に向かう季節も、空気が澄んだ秋の空も捨てがたい魅力があります。吉田松陰が29歳で刑死するとき、30年の春夏秋冬があったから後悔はないと言ったそうですが、その倍近い四季を経験しても未練があるのは、季節を身近に感じて来なかったからだと思います。田舎暮らしは何度かブームになり、初期のペンションブームの頃もそうでした。東京圏の転出超過が伝えられる今は、自然のもとでの四季を感じる暮らしが、都会で手にする収入以上の価値があると考える人が増え始めたからなのでしょう。

情報リテラシを測るマスク

新型コロナに関する感染症法の扱いが1-2類相当から5類への格下げもしくは法指定自体から外すことが安倍首相退任のタイミングで発表されました。感染拡大以後弱毒化したウィルスは、日本に関してはただの風邪だったことになります。中国からの渡航者を受け入れていた2月に東京都医師会の感染症危機管理対策協議会が発表した声明は極めて妥当なものでした。外出後は手洗い、うがい、咳やくしゃみをしている人はマスク、健康で症状のない人はマスク着用の有効性は高くないと丁寧に断っています。感染力はインフルエンザと同等かそれより弱く例年のインフルエンザでも重症化し、簡易的な診断方法も治療薬もなく、予防は標準的な感染症予防策で十分としています。そして最後に、多くの不正確な情報が氾濫していることを警告します。マスメディアはこうした良心的な声に耳を貸さず、デマを拡散する専門家と称する人ばかりを重用してきました。マスクを強制する感染症対策は、0.1μのウィルスを10μの粗さのマスクで防ごうという竹槍精神の為せる技でしょう。人と会うときは一応マスクをして相手がマスク警察でないときは外しますが、マスクは情報リテラシを測る手段になります。

上昇志向より下降志向

6年で13万km目前のフィアットが点検から帰ってきました。ワックスがけやコーティングは一度もせず、機械式洗車でさえ滅多にかけず、軽トラックのように酷使しているので、車内にはウッドチップや薪の破片と犬の毛が散乱しています。これまでに乗った車のなかで走行距離の伸びが最速なのは1km走るのに燃料費が4、5円と安く、かつ長距離の運転が苦にならないからです。1.2Lのディーゼルは低速域から厚いトルクがあり坂道でも遅いと感じることはありません。高級車やスポーツカーが、血管が縮小して一気に血流が上がる交感神経系の刺激だとすると、小さなエンジンが健気に回るフィアットはしみじみとした副交感神経系の喜びです。幸福感には2種類あり、高額な商品は決まって前者でその高揚感がすぐに終わることが難点です。車検を待たずに高級車を買い換えるのは節税やリセールバリューだけが理由ではなく飽きるからだと思います。そしてモア&モアの終わりなき上昇志向の欲望から抜け出せなくなります。車に求めるのは人の能力を低下させる安楽装置ではなくプリミティブな性能です。最小排気量のフィアットはもうこれより下がないミニマルな魅力があり、他の車に乗り換えたいと思いません。

30年というモラトリアム

海外では鉄壁と評されているらしい菅首相の内閣人事は、無難というより強い意思を感じます。免許証のデジタル化が早速報じられますが重要政策であるDXの推進に期待したいものです。名寄せできないマイナンバーが改善されれば、コロナ禍で不評だった給付金のもたつきもなくなり行政手続きの効率化とスピードアップが一気に進むでしょう。その影響は医療、教育、納税などあらゆる領域と民間セクターに及び、電子政府で周回遅れの日本にとっては先進国最低の生産性の汚名を削ぐ契機になるかもしれません。その前にすべきことは平成の失われた30年の総括だと思います。この間に米国がICTのソフト分野で、中国がICTのハード分野でそれぞれ躍進したように、日本の生存領域を明らかにすることが重要です。7月には東京圏の人口が、統計を取り始めて以来初の転出超過になったように、デジタル化の推進は地方への人の流れにはずみをつけることになります。大量消費を信奉する巨大都市が、幻想と虚構を産み出す神話の語り部であることに気づくのに、30年というモラトリアムが必要だったのかもしれません。

最良の治療は最小の治療

自粛の同調圧力が薄れた先月あたりから山に行く機会が増えました。一見体に良さそうな山での運動は不調と隣合わせです。膝、腰、胃腸を壊す人が多く、以前は常に膝の痛みに悩まされました。これは過体重が原因で今より20kg以上重ければ、体重の数倍の衝撃を受け止める膝が壊れるのは必然で、減量後は膝に不安はありません。昨年までは腰痛がひどく去年の上州武尊山スカイビュートレイルを50kmほどで棄権したのも腰の痛みが原因です。施術も受けましたが、これもごく簡単な方法で治癒しました。背中にテニスボールを当てながら骨盤を立てるコンディショニングを1分程度、運動後にするだけで完治しました。運動以外でも、花粉症は鼻うがいで、胃痛は冷たい飲み水をお湯に変えるだけで簡単に治り、大半の不調は誤った体の使い方が原因です。最も深刻な不調は食べ過ぎによる自傷行為で、生活習慣病の多くは自らが生み出しています。取り扱い説明書がない人体は、正しい使い方を学ぶ必要がありますが、一見豊かな生活は内なる声を聞けなくなり、手厚い医療体制が治療を人任せにしました。最良の治療とは最小の治療による自発的治癒に尽きると思います。

ハングリーがデフォルト

派閥に恵まれず不運なめぐり合わせに翻弄された新総裁の政治家生活は転落と復活の人生ゲームさながらのシーソーゲームでした。新人ながら有力者野中広務を敵に回し再起不能と思われたときも、やられればやられるだけ燃える、と流行りのテレビドラマさながらの不屈さです。非世襲、無派閥の苦労人に世論は概ね好意的です。安倍下ろしだけが存在価値で最も深刻な安倍ロスを被った大手メディアにとってはやりにくい相手です。生まれながらのエリートには華がありますが、雑草には生命力があります。日本に欠けるのはハングリー精神で、飢えこそが生命力をかきたてます。食事を減らして飢餓に近づくと体が必死になって養分を吸収しようとするのが分かります。飽食社会は詰め込むばかりに執着し栄養を消化吸収できません。世間が豊かな人生だと思い込んでいる幻想とは裏腹に、飢えを感じることこそが生命力を高める因子だと思います。厳しい環境を生き抜いた人体は、生命の危機を感じると脳幹が活性化され、逆に満たされた状態では生命力は徐々に蝕まれていきます。多くの宗教が禁欲を説くのは、それが抑制ではなく生命力の高揚に他ならないことを経験的に知っているからだと思います。

海の家のラーメン

大半の国民の知らない密室の数の力で決まった自民党新総裁には二候補も含めて国のリーダーらしいオーラを感じません。平日は5時に起きて赤坂の議員宿舎から40分ほど散歩をするのが日課とのことで、サラリーマン時代に六本木のスウェーデン大使館付近で二人のSPを伴い歩くスーツ姿の菅さんに何度か会ったことがありますが華やかな印象はありません。米露との太いパイプを持つ外交における安倍ロスは誰がやっても埋まらないので、安倍政権の経済政策が継続されるのであれば順当な選択でしょう。今でもインバウンド6,000万人を掲げIRなど素直に同意できない政策もありますが、民泊推進やラブホテルの一般ホテルへの改装支援、国立公園内の高級ホテルにも前向きな令和おじさんは観光、宿泊業界にとっては救世主かもしれません。平成おじさんから首相になった小渕首相をビートたけしが、まずいと思って食べたら意外と美味かった「海の家のラーメン」と評したように、安全保障、景気回復、成長戦略で望外の実績を上げてもらいたいと思います。

究極のグルメ

人は食べることに興味を持ちますが、最近の関心は食べないことです。体重は高校以降で最も軽い57kgになりましたが、今のところ健康状態は良好で登山のコースタイムに低下は見られません。人類誕生以来、食べることは最も大切な欲求であり疑念を挟む余地はありませんでした。体内合成という人体の不思議なメカニズムが次第に明かされ、エネルギー産生システムが3系統あることが広く知られるようになったのは比較的最近です。固形物を摂らずに生きる不食者は世界に数万から十万人に及びNASAの研究対象になっています。人間は経験から学ぶ存在であり、それが荒唐無稽な仮説だとしても自分の経験に根ざしたものであれば強い信念を形成します。ライトイーターと呼ばれる基礎代謝の半分程度のエネルギー摂取で生活することは経験的に可能だと思います。現代の栄養学と常識では説明できませんが、不足するエネルギーは食事以外の何らかの方法で体内合成している可能性があり、究明が進むと不食のメカニズムが解き明かされます。もし不食が可能になれば食べることは純粋な楽しみとなり、そのとき人は究極のグルメに到達するのでしょう。

登山は合理的な運動

昨日は300km超を始め海外の主要レースに出るトレランの友人と八ヶ岳に行きました。権現岳は雲のなかで眺望はありませんでしたが、雨まじりの天気でコケの美しさが際立ちます。今朝は編笠山、西岳に一人で登りそれぞれに楽しみがあります。ハイキングは遅い人に合わせますがトレイルランナーは速い人に合わせますので人と登ると練習になります。一人の登山は自分と向き合うために有効で、山は体を鍛えるジムであり、心を整える僧院にもなります。連日山に入るとかつての記憶を筋肉が取り戻すのか、体が自由自在に動くようになり、下り道が楽しくなります。登りは持久力のある赤筋を使うのに対して、下りでは体重の何倍もの負荷を受け止めるために瞬発力を発揮する白筋が使われます。引き延ばされながら何度も衝撃を受け止めることで筋肉繊維が破壊され、筋肉が回復する段階で大量の成長ホルモンが分泌されます。成長ホルモンは血管の強化や肌のハリも良くするなど若返りホルモンとして注目され、さらに白筋は回復すると太く強化されエネルギー源である糖質を吸収し糖尿病改善効果も指摘されます。バランスよく全身の筋肉を鍛えられる登山は合理的な運動だと思います。

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