
車中泊に最適な季節になりました。福島には頻繁に行きますが、今回は車中泊で2泊しました。N-VAN以前はあまり気の進まない不本意な宿にも泊まらざるを得ませんでしたが、今は気に入った宿が無い時は車中泊を積極的に選びます。近くに温浴施設さえ確保すれば車に泊まる方が下手な宿よりはるかに快適です。たいていは登山口の駐車場に車を停めて、朝一番で山に登りますが、こんな芸当ができるのも車中泊のメリットです。一人に最適な広さのN-VANなら、無音で真っ暗闇な森のなかで、新鮮な空気を吸いながら、使い慣れた寝具で眠る最高のグランピング体験ができます。昨夜は檜枝岐村に泊まり、今朝は日の出前から会津駒ケ岳に登りました。車中泊なら紅葉を見に押し掛けるハイカーより早く山頂の景色を独り占めできます。小さな車体でどこにでも入り込めるN-VANなら、停まった場所がグランピングテントになります。
惰性が招いた惨事

昨日は事故から14年7カ月が経った福島第一原発を見学しました。年間2万人が訪れるツアーですが、身元確認は厳重で、途中で東京電力のバスに乗り換えているのに、ゲートでは車体の下部と屋根の上に鏡をあてます。映画や資料映像で見たままの、広大で巨大な光景が眼下に広がりますが、第一印象は事故を起こした1号機から4号機が海に近いということです。元々海抜35mの断崖が海岸まで迫っていたようですが、岩盤に固定するためにわざわざ10mまで堀り込んだというあたりにばかばかしさを感じます。最大の問題は非常用ディーゼル発電を、襲来した津波により失ったことですが、津波の想定を3.1mにしていたあたりに、惰性仕事の罪を感じます。実際には15mの津波にのまれるのですが、海抜13mにあった5、6号機の電源は停止を免れています。かつては福島第二原発のPR施設だった廃炉資料館を見ると、廃炉への気の遠くなる道のりに愚かさと虚しさを覚えます。
雇用なき成長

ポストコロナに就職した娘を見ていると、自宅やカフェでのリモートワークが当たり前で、
付き合い残業や長時間労働が美徳だった昭和の残滓と言える自分の世代から見ると、羨ましく見えます。しかし、「今の若者は恵まれている」と考えるのは間違いで、生成AIの進化による一人ユニコーン企業に代表される、「雇用なき成長」が重要なトレンドになり始めています。人件費を抑えながら高度なスキルとテクノロジーを活用し、自動化を駆使した規模の拡大が可能になり、1人でも大企業に匹敵する影響力を持つことができる時代の到来は現実味を帯びます。一部の人にとっては、自由なライフスタイルを維持しながら収益を最大化できる可能性が広がりますが、終身雇用や経済成長が怪しい今の時代に、仕事に想いを持つことは難しいのかもしれません。会社に尽くす以外に選択肢がなかった自分の時代は、むしろ恵まれていた気がします。
刹那的な食


昨日は妻の実家で柿をもらいました。400個を収穫し、高所や敷地から道にはみ出たところには、まだ200個近い柿が残っていますので、例年にない豊作です。よく熟れて柔らかくなった柿は収穫をしながら食べますが、売り物以上の甘さです。無農薬の安心な果実を庭で得られることは都会にあっては贅沢であり、「食」について考えさせられます。帰宅の道すがら、昨年すかいらーくホールディングスがユニゾン・キャピタルからEBITDAの14倍とされる高値で買収したうどんチェーンの「資さんうどん」を見に尻手店に行きました。10時の開店直後にもかかわらず、店の外には50人ほどが列をなし、そのまま素通りしました。ほとんど外食はしませんが、人気の店舗は世間の空気を感じに行くようにします。女性の社会進出など、外食産業は今後も伸びると思われますが、産業の生み出す「食」は刹那的に感じてしまいます。
人生に悔いを残すかどうか

エクセルに日記をつけ始めたのは2001年の元旦からで、四半世紀が経ちます。その年に起きた9.11の日だけは例外的に長い文章がつづられます。印象に残ったことがある日以外はその日の行動だけを記録する日誌ですが、これが何かと役に立ちます。頻繁に使うのはかつて視察した場所の写真を見たいときに、日記を検索すればすぐに日時を特定でき写真と紐づけられます。それ以外にもさまざまな利用価値があり、はては法的トラブルの証拠になることもあります。しかし、一番役に立つのは内省で、3年前、5年前、10年前の自分が何をしていたかを思い出させてくれます。とくに給与所得者生活を辞めた2016年以降は小さな挑戦の連続で、ぼんやり生きている今の自分を戒めます。挑戦とは、失敗か成功かの問題ではなく、人生に悔いを残すかどうかの問題だと、いつも気づかせてくれます。
弟子入りで成り立つ?


サウナ施設の視察に行くと、自戒も込めてですが、この施設は3年後に生き残っているのだろうかと考えます。突然のサウナブームとコロナ後の補助金バブルによって、サウナビジネスは参入が容易な業界になりました。その代表格である飲食業は年間廃業率が4割、都市部ではさらに高いとも言われます。水曜日に行った神崎サンガサウナは、業界の有名人である大垣サウナの元支配人の経営で、サウナ施設としてはこの上ない大自然のロケーションに恵まれます。スタッフと話すと、オーナーに頼み込んで弟子入りをしたと言います。サウナ界ではこの弟子入りという特殊な雇用慣習や複数店の兼業などの特徴が見られます。施設によっては初期投資を数百万に抑えるところもあり、その点で参入がしやすく同時にレッドオーシャンのリスクに晒されます。どの業界であれ、自分で付加価値を作れなければ生きづらい時代なのは確かでしょう。
美しい街並みは取り戻せる





ブルーボトルコーヒー京都カフェと京都六角カフェを見ました。どちらも渋いロケーションで、一等地ではないまでも京都風情が残り、人が集まる場所です。とくに見たかったのは前者で、民家の前面を大胆にカットした断面図のような建物はインスピレーションを掻き立てます。後者も自転車店とのハイブリッド店舗というペナンあたりにありそうな情緒が参考になります。商業施設に限らず、現代的なデザインと融合させてこそ古民家は存在価値を放つと思います。譲り受けた南会津の古民家も解体直前でしたが、残された時間のなかで一軒でも貴重な古民家を次の時代に引継ぎたいものです。古民家は直しながら使えばほぼ永久に使えますし、日本伝統の建築は基礎を固定しない究極の免震構造で、壊れても直すことができます。古い民家は不便であり快適とも言えませんが、工夫次第で美しい街並みは取り戻せる気がします。
調う秘訣



昨日は神崎サンガサウナに行きました。岐阜の名店大垣サウナの元支配人が、オーナーの施設です。美しい二つの渓流が合流するこの上ないロケーションは、異なる水質の水風呂を体験できますが、難点はサウナ室から川まで歩くことです。人気は本場フィンランドをイメージした貸切のログサウナですが、人がひしめいて窮屈そうです。一方でパブリックのコンテナサウナは、入る人がなくこちらこそ貸切状態です。大きな窓から渓流を望む開放的なサウナ室は10数人が座れそうで、75℃と快適ながら適度に汗をかけます。以前買った10万円のサヴォッタのテントサウナでも快適に汗をかけましたので、サウナ室の快適性はかけたお金とは比例しないのかもしれません。サウナ施設に行くのは基本的に視察ですが、いつも落ち着かないのはそれが原因ではなく、日帰りだからだと思います。サウナは宿泊施設と組み合わせて初めて調うような気がします。
サウナホテルの標準



昨日はSAUNA HOTEL GIFUに泊まりました。岐阜市殿町で45年間営業してきたビジネスホテル花月を改装して、全客室にHARVIAのロウリュヒーターを導入しています。ストーブは80℃から110℃まで調整でき、ヒノキ材を使用したサウナ室は無理すれば二人で入れます。水風呂には長良川の地下水が使われ、1015のユニットバスはチラーを通して本格的な水風呂になります。オロナミンCとポカリスエット、水が無料提供され、1階のバーでは1時間限定で飲み放題がつけられ8,300円はバーゲンプライスです。屋上には金華山や中心街の街並みを望む開放的なととのいスペースまであり、名古屋の不動産会社による新規事業は採算度外視の道楽に見えます。難点はストーブが小さく、ロウリュでは湿度が十分に上がらないことですが、起動から30分ほどで入浴できる温度に上がり、常時サウナに入れてYouTubeや音楽を楽しめるのは、今後のサウナホテルの標準になる気がします。
投資回収が難しいサウナ事業



昨年8月に開業した岡崎市の龍城さうなに行きました。2021年3月に休業し解体予定だった、1925年(大正14年)開業の銭湯龍城温泉を活用した男性用サウナ施設です。建設会社と消防署に勤務していた高校の同級生2人が、30歳で脱サラをして挑んだのが、今年築100年の味わいのある銭湯の再生です。風情のあるレンガの煙突が残る場所は、釜炊きをしていた釜場で、今は外気浴に使われます。天井には古民家のような丸太の梁が眺められ、随所に大正時代の痕跡を見ることができます。意義深い事業と感じる反面、7カ月の工期と4,000万を投じた事業は、投資回収が難しいように見えます。鳴り物入りで開業したサウナ施設の多くが、実際に行ってみるとそれほどの盛況ではありません。開業時期からして事業再構築補助金などを使ったと思われますが、実際の投資額が半分だとしても、その道のりは平たんではなさそうです。