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筋肉と同様に脳を鍛える

たまにしか激しい運動をしないためにレース後数日は筋肉痛が残ります。運動にはその強度に耐え得る筋肉を鍛える必要がありますが、なぜか仕事をするときには業務の手順は勉強しても脳を鍛えて能力を最大化する発想がありません。われわれの生活の多くを経済行為が占めているのに、新しい発想で脳を活性化してこなかったことは不思議です。一世風靡したブルーオーシャン戦略は自社のポジショニングやバリューカーブを他社と変えることで競合のいない市場環境を作り出しますが、同じ競合回避でも業界の閉鎖性により競争を避ける思考停止こそが斜陽産業を生み出したと思います。タクシー業界や宿泊業界など法規制などの参入障壁により新種のプレイヤーを排除する業界は少なくありません。1970年代の米国で航空規制緩和によりLCCが飛躍的に増えた時代があり、やがて危険な飛行機が空を飛び始めた苦い経験はあるものの、その経験がなければ今日われわれが低廉な価格で飛行機を利用する時代は来なかったはずです。必要なのは時代環境に適した従来と異なる発想に脳を使い、筋肉と同様に鍛えることだと思います。

怠惰な生活への懺悔

トレイルレースに限らずあらゆる運動やスポーツではトレードオフの克服が鍵だと思います。レースになると競争本能がそうさせるのか前に人がいると取りあえず抜こうとし、そのことがスピードアップにつながります。自分のように順位を気にする必要のない人までが早くゴールに着こうとしますが、エネルギー効率を縦軸にスピードを横軸にとるU字曲線を思い出します。スピードと消費エネルギーは比例しますので、前半にスピードを上げてしまうと後半にエネルギーが切れ、このトレードオフは筋肉とスピードの関係や、装備品の重量と体力消耗の関係にも生じます。自分のように78kmを走る筋肉やスタミナもないのに、ほとんど練習もせず20km程度のスピードハイクでレースに出てしまうと全身の痛みとしてその無謀さを戒めます。昨日出たレースには千数百人が参加し、自らの気力と体力の限界に挑む旅が人を集めるのは、安楽な環境では人は成長できないことと関係があるかもしれません。辛いことや不快なことも含めて自らの感情変化を楽しむ昨今の冒険旅行トレンドに似て、今の時代が持つ何らかの願望が人々を引きつけているはずです。自分の内面と向き合うストイックな旅は日頃の怠惰な生活への懺悔と言えるかもしれません。

自分を変えたい

今日は上州武尊山スカイビュートレイル(78km)に出ました。自分にとっては十分に長い距離ですが多くのFB友達は倍の144kmに出ています。バーチカルレースのようなスキー場の登りとハイスピードで下るゲレンデの衝撃で腰を壊し48km地点でリタイアしました。心残りは昨夜娘からラインで送られてきたベストを尽くすように、という言葉です。誰もベストの状態で臨めるレースはなく辛い条件は同じですからベストを尽くしたと言い切れない気持ちが残ります。走ることが嫌いで不得意な自分がなぜレースに出るのかうまく説明ができません。レースが持つ一種の達成感、高揚感は魅力的ですが、レースが近づくと憂鬱な気分になります。今もゴールでフィニッシャーを迎えるアナウンスが聞こえますが、あのゴールに立ったとき、きっと新しい自分に出会えるのだと思います。写真は前半のハイライト武尊山(2,158m)山頂からの眺めです。

始まるポストバブル消費

団塊世代が後期高齢者になる2025年問題が取りざたされます。単に例年の倍の人口というのみならず、この世代独特の感覚が消費をリードしてきたと思います。1980年代の後半に社会に出た自分にとっての原体験は短いながらも強烈なバブル景気時代です。団塊の世代に至っては1970年代、80年代の狂乱的な経済成長の時代に社会人生活の半分を過ごしていますから、2025年以降は本当の意味でのポストバブル消費が始まると思います。幸せな社会人生活を送り蓄えのあるこの世代のお気に入りは海外旅行です。働き詰めの企業戦士は短期間の海外旅行で一気に散財し、その消費パターンがいまの観光宿泊産業に根付いています。自分の30年のサラリーマン生活を振り返っても夏休みに1週間海外に行き、あとはほとんど休まないという働き方でした。しかし、時間が増えて安い航空券が取れる状況になると海外旅行はなぜか面倒に感じます。現地に数日滞在するために、往復20時間近く飛行機に乗る感覚は、かつてスキーシーズンに夜行バスで何度も週末スキーに行った消費行動を今の若者が理解できないのと同じだと思います。

見えない力に操られる世界

就任後最低の支持率となった文在寅大統領が朝鮮労働党秘密党員だとする仰天ニュースの真贋は分かりませんが、半島統一の最も現実的なシナリオは北朝鮮による統合です。これまでの文大統領の行動は国家転覆をはかろうとする目的なら辻褄が合います。それでも4割前後の国民が大統領を支持する韓国はミステリアスですが、日本から北朝鮮への帰還事業が1980年代半ばまで続いていたことを考えるとあながちありえない現象とも言えません。ポル・ポト政権下大量虐殺された多くのエリートが率先してカンボジアに帰国したように、祖国への愛は冷静な判断を狂わせるものなのでしょう。見方を変えると日本人こそ非常識とも言えます。太平洋戦争の戦場となりながらも国家が分断されることも難民となることもなく、70年以上に渡り平和な社会を享受しているわれわれの尺度は世界に通用しないのかもしれません。自由も民主も認めない国によって世界の半分が支配されていることを現代の日本人は想像することができませんが、今でも世界は見えない力によって操られているのだと思います。

努力脳と快楽脳

トレイルランニングがまだマイナースポーツの頃は「何十キロも山を走って何が楽しいのか」と聞かれました。山を駆け下りる瞬間は理屈抜きに楽しいのですが、共感を得にくい理由は努力脳と快楽脳の違いにあると思います。快楽脳は生存本能に従う原始的な脳です。不快を避けることで生存確率を高めてきたのですが、身体を動かさなくても生きられる現代になると脳のこの性格は問題を起こします。骨は加わる力に抵抗する最適な構造を発達させ、重力負荷のかかる運動をするほど強くなりますが、安楽な生活をしていると衰えます。人体は鍛えることで骨も筋肉も脳も成長を続けますが、生存脳である快楽脳は余計な努力を嫌います。ハイキングの魅力は快楽脳が感じる快ですが、トレイルランニングは努力脳の快で、苦行の先にある自己実現欲求を求める感覚は理解されません。対象が運動であれ、勉強であれ、仕事であれ、努力すべき対象を辛いものではなく楽しいことに書き換える脳の反応選択が起こるから、何十キロどころか数百キロを自分の足で移動するレースが人々を引きつけるのだと思います。

運動で取り戻す健全さと高揚感

週末にトレイルレースがあり、今更鍛える時間もなく付け焼き刃ですがせめて身体をなじませるためにラブラドールと八ヶ岳の編笠山(2,524m)、西岳(2,398m)に登りました。この一年の怠惰な生活が祟り身体にはキレがなく唯一の武器だった下りのスピードもありません。腰痛も完治とは遠く、追い打ちをかけるように昨日は登り始めてすぐにトレイル横の赤松の根本に巣のあったスズメバチに刺されました。長距離のレースはいつもトラブル続きでベストの状態で臨むことなどありませんので、これも練習のうちです。唯一の救いはこの1週間でお腹の脂肪がだいぶ消えたことです。レースがあると食事を見直し運動を始めるので、体調は相乗効果で良くなり運動に前向きになる高揚感が現れます。逆も真なりで楽な生活に流されていると食事もいい加減、運動も面倒になり加速度的に体調が悪化し、頭の回転も意欲も低下します。運動が学力を向上させることに関するエビデンスはありますが、働くことに関しても同様の効果が期待できるはずです。全身運動で筋肉と脳の血流が上がることで頭が回り仕事に意欲的に取り組む健全さが戻って来ると思います。

働く時間を希望に

敬老の日に昔ほど尊さを感じないのは、世界最高の高齢者比率28.4%を誇る日本の将来に光明を見出すことができないからかもしれません。医療費や介護費の多くは寝たきり状態で使われ、そのことが高齢社会のイメージを暗くします。そこに投じられる費用は教育とは違い国の競争力を高めません。社会保障問題の切り札は国民の健康ですが、誤解を恐れず言えば敬老精神が仇になっていると思います。敬うこと=楽をさせることと解釈された結果、高齢者の身体は本来の加齢スピード以上に弱り寝たきりになります。平日の昼間に那須湯元温泉の鹿の湯に来る人は7、80代が中心ですが、見た目より若い人はフルタイムでないにせよ現役の仕事を持っています。早いリタイアを以前は夢見ましたが、大半の人はある程度の強制力がないと安楽な生活に流されますので、仕事は貴重な存在です。健康長寿で生涯働き、年金受給開始を75歳にすれば人手不足も年金問題もほぼ解消します。二十歳前後の学生に、皆さんは半世紀以上働くことになると話すと絶望する声も聞かれますが、滅私奉公的なレイバーが自分を生かすワークに変われば、働く時間は希望に変わります。

空腹の真偽

1年振りのトレイルレースを週末に控えこの1週間で体重を5kg絞りました。長い山道を走るトレイルレースにとって5kgの衝撃が足に加わるダメージは大きく、減量は必須です。習慣で惰性的に食べていた不健康な身体をデフォルトに戻すことは爽快です。他の人が食べるから、食事の時間だから、食べ物があるから、空腹でもないのに何となく食べる習慣を止めれば身体は正常な空腹のシグナルと健全な食欲を取り戻し、適量を判断します。空腹状態こそ人体の設計上の正常ですが、飽食社会は満腹状態を理想と考え食べ過ぎます。過食により疲労回復は遅れ体が重くなると運動から遠ざかります。一方、運動をすれば身体は本来の活発さを取り戻し、血流改善により節々の痛みも消えて体調が良くなります。狩猟採集の時代、多くの狩りは失敗し1、2週間何も食べない生活に人体は適応し、余計に摂取された食べ物を脂肪として蓄えます。飢餓に苦しむ人類の長い歴史とは逆に、現代人はお金を払って痩せようとします。3ヶ月で50万円以上ライザップに払う人は10万人にのぼりますが、人体のデフォルトである空腹の真偽を見抜く感覚さえ掴めば、自分の体重を最適状態に管理できます。

消費社会の罠

昨日は新甲子温泉を起点に甲子山(1,549 m)、須立山(1,720 m)、三本槍岳(1,917m)、赤面山(1,701m)の四座23km(累積標高1,602m)を歩きました。旅館を営業している頃は余裕がある日に何度か行った正味5時間ほどの周回コースで、途中に2ヶ所の水場があります。山に行く楽しみの一つは冷たい山の湧き水です。昨日の気温は高くありませんが、それでも運動で失った水分と喉の乾きを冷たい湧水で癒やすひとときは至福の時です。自分にとっては過食の上に食べる高級な食事より、山で飲む自然の水の方がはるかに高い満足をもたらします。わが家で一番消費する果物はバナナで、黄色いものより酵素、食物繊維、ビタミン、ミネラル、オリゴ糖、アミノ酸が増える熟成した黒バナナは安く一本の値段は2、30円です。物価の優等生と言われるバナナは手軽で美味しく滋養強壮の素晴らしい食材ですが、時々こんな幻想をします。もしバナナが一本2,000円の高級果物だったら、安いバナナに見向きもしなかった人たちが喜んで食べるようになると思います。自分の評価ではなく需給バランスという社会の評価を追認する行為として消費社会は成立するのでしょう。

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