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幸せ追求は糖尿病と同じ?

暑い日が続きますが、山はすでに秋の風が吹いています。自然に身を置くと人生の評価軸が変わります。世間では都会的な人生の評価軸が優先されてお金で買う産業的な幸せが重視されます。幸せという言葉は儲けるための軽薄なプロモーションツールになり、論じられた瞬間に胡散臭く見えます。一人ひとりが本音の心地よさを優先して暮せばよいだけのことで、本質はシンプルで感じたことがその答えです。幸せになれるという発想やノウハウは不健全で、幸せを意識するほど執着が強くなると思います。幸せを論じる前提は今に満足をしない状態ですから、モア&モアの罠に自分からかかることになります。人生には壮大な目標が必要だと錯覚するように、より幸せな暮らしという幻想は人々にさらに多くの欲望と商品を押し付けるのに好都合です。幸せの追求は理にかなっているように見えますが、食の快楽が高血糖とインスリン抵抗性を引き起こし2型糖尿病になるように、幸せに対する感受性を低下させるだけだと思います。本気で取り組むべきはポジティブサイコロジー以前の心理学がそうであったように不幸をなくすことでしょう。

その時まで生き延びていれば

75回目の終戦記念日を迎えます。敗戦を知らない自分の世代にとってそれに近いものを探すと90年代初頭のバブル崩壊ですが、今起きているのはそれを凌駕する事態です。5月頃は、夏休みには半分程度需要が戻すのではと淡い期待をしていた観光、宿泊産業は壊滅状態でもはや見捨てられた産業に見えます。現金なものでインバウンドが消えれば観光など所詮国の基幹産業ではないという冷たい空気です。宿泊産業には3種類の事業者がいると思います。半ば止めたいと思いながら以前からの経緯で続けている所、不動産収益物件として投資対象と見ている所、クリエイティブやイノベーティブがこの産業に変革をもたらすと信じている所です。生存確率が高そうなのは労働集約、装置産業というこの上ない悪条件に未来を描き、あえて飛び込んだ後者でしょう。春から夏の観光需要ばかりか秋の行楽シーズンも蒸発すれば観光産業は文字通り崩壊します。産業の崩壊を見越してその再構築に商機を狙う人もいます。時代が変わる節目となった2020年以降の世界ではクリエイティブさやイノベーティブさが伸びしろになる社会が到来すると思います。それはそれで楽しそうな世界ですが、問題はその時まで生き延びていればということです。

演出された第二波

広告収入が半減して苦しいはずのマスメディアは自分の首を絞めているのに感染拡大第二波の演出に余念がありません。PCR検査の陽性者の増加は7月前半の1万人、7月後半の1.6万人、8月前半の2.6万人と検査数を増やしたことが原因です。経済が崩壊しても安全サイドに盛っておけば責任を問われないと考える保身が日本中に蔓延していると思います。科学的根拠の乏しいマスクを強制する風潮は自分の頭を使わず答えを教えてもらう教育の賜物でしょう。新型コロナを指定感染症から外すべきとの提言もありますが、風邪やインフルエンザが重症化しても人が死ぬことは考慮されません。PCR検査は気道表面のウイルスの存在を調べるだけで感染から発症を引き起こさないケースが多く含まれるはずです。風邪を引いて喉が痛いからといって必ずしも熱が出ないのと同じです。SARSやMERSも当初は重症者や死者が出て恐れられましたが、数ヶ月で重篤性が低下し感染発症しなくなりました。PCR検査の悪用による新型コロナの誇張は、いずれ効果の怪しいワクチンを売るためのプロモーションにも見えます。

疫病克服は幻想?

ペルセウス座流星群が昨夜から今朝未明にかけて出現のピークを迎えました。星に興味はないのですが流れ星を見る機会が多く、東京でも夜や早朝のラブラドールとの散歩中に見ることがあります。星を見上げると人類の存在など小さなものだと思います。2,700万年周期で落下する隕石は地球上の生物に壊滅的な被害を及ぼし、かつて地球上に誕生した種のうち99%以上は既に絶滅しています。人類の歴史は600万年、ホモサピエンスの祖先であるミトコンドリア・イブがキリマンジャロの麓に生まれたのは17万年前で、われわれが太古の昔だと思っていることは地球の時間から見ればごく最近の話でしかありません。新型コロナウィルスの先行きは見えませんが、スペイン風邪や前回のサーズがこつ然と消えたように、人類は今でも非力で生かされている存在です。医療技術の進歩が数々の疫病を克服してきたとの思い込みは幻想で自然の摂理に従っているだけなのかもしれません。ホモサピエンス出現の前には少なくとも26種類の人類が存在し絶滅したように、われわれも自然の摂理によりいつかは淘汰される種の一つでしかないのでしょう。

インテリサラリーマンに未来は拓けない

昨日の東京都心の気温は37℃を超え群馬県や埼玉県では40℃を超えました。JAL123便が御巣鷹山に墜落した35年前も暑い日でした。夜のニュースが第一報を伝えた後あれほどの巨体の墜落地点がいつまでも明かされない苛立ちが後に数々の陰謀説を生んだ背景にあると思います。数日前に関西に住む祖母が同じ路線の日航機に乗っており他人事ではありません。「沈まぬ太陽」に描かれた日本航空は偏狭な共同体の存続が自己目的化していました。同質的なムラ社会の過度な共同体意識や愛社精神と自分の人生を重ねる日本人的な性は「半沢直樹」でも健在です。組織固有の出世競争のためのスキルはいずれ行き場を失うと思います。この手の組織にありがちなインテリサラリーマンは自分の金で事業を起こし資金繰りや金策の苦労をしたことがなく、窮地を脱するリアルなセンスを持ち合わせていません。大きな危機は新たなビジネスチャンスが生まれる新しい時代の幕開けですが、的確な判断力、行動力、胆力のある人材をいかに供給するかが日本経済の未来を決めるのでしょう。

物質的贅沢は本音にあらず

連休中は長野県にいて夕方はヒグラシの鳴く森をラブラドールと散歩し、夜は上空を頻繁に横切る人工衛星を眺めているだけで満たされます。常に何かを欲しがることは貧しさであり、人はすでに持っているもので贅沢に暮らすことができると思います。新型ウィルスの蔓延により三密回避の郊外や地方での居住がにわかに注目されます。以前経済産業省が行った定量分析によると、鳥取県倉吉市の年収500万円に相当する生活を東京で行うと1,100万稼ぐ必要があるとの試算が出されました。福島県で暮らしていた頃は食材の大半は半径30km圏で手に入り最盛期の野菜の価格は東京の4分の1で新鮮です。自然に親しむためのレジャー費用はほぼ不要になり、お金を使う誘惑が少なく、温泉が身近にあり、図書館はいつでも本を借りられ、何より満員電車の耐え難い苦痛がありません。今やインターネットさえ繋がれば仕事も娯楽も買い物も地域間格差を感じずに済みます。結局のところ都会的で物質的な贅沢は誰かに認めてもらいたい他人軸の満足であって自分の本音ではないと思います。

世界は巨大なエコシステム

2020年はあまりに大事件が多く正常な感覚を保つことは困難です。今年3月にデフォルトを起こしたレバノンは若年層の失業率が60%にのぼり1日4ドル以下で暮らす貧困層が国民の50%を占め十分な食事を摂れないとされます。食料自給率が低く8割を輸入に頼るレバノンの港で2,750トンの硝酸アンモニウムが爆発し小麦備蓄のサイロや港湾施設が崩壊し食糧危機は現実問題です。18の宗派が混在するモザイク社会のレバノンは自分たちの権益最大化に走り政治的にまとまることができない無政府状態です。ベイルートの建物の半分が被害を受け30万人が住めなくなった爆発はイランが支援するイスラム過激派組織ヒズボラ管理下の港で起きました。そのイランは盟友中共同様に新型ウィルスを隠蔽した結果7分に1人が死ぬ状況です。独裁政権には嘘がつきまとい、暴力や搾取が正当化され国民は貧困を脱することができません。贅沢な暮らしに慣れたゴーン被告は実質国外への脱出が困難な今何を思うのでしょうか。世界は巨大な内部循環のエコシステムですから快楽や贅沢のために人から奪ったり破壊すればやがて自分を脅かします。贅沢を禁じられ小学校で姉の服を着ていたという習近平もまた、父が願わなかった人生を歩んだ報いを受けるのでしょう。

悲観的に準備し明るく実行する

星野リゾートの倒産確率30%という社内ブログが以前話題になりました。星野リゾートは事業拠点を分散化することで地震や噴火、水害などの災害リスクに備えてきましたが、今回の危機は日本と世界全体へのダメージですから30%と聞いたときは妥当な数字だと感じました。休業による重苦しい雰囲気の5月12日の社内ブログに、皆が面白がるんじゃないかと考え「星野リゾートの倒産確率」をお遊びで計算したと言います。この危機的な状況でさえ一種のエンターテイメントや学びに変えてしまう刺激的なノリこそが星野リゾートの強さでしょう。お遊びとは言え、売上、コスト削減額、資金調達額についてそれぞれ3つの変数を用意し27のシナリオのうち倒産パターンを推測し経営状況を全社員に伝えています。星野リゾートは一般に収益が安定しないリゾートや観光需要に軸足を置く言わば逆張り経営ですが、それが三密回避の風潮で奏功した印象です。「年間60日間スキー滑走」をKPIにする星野代表は頻繁に雪山からリモートワークをしており、その知見が商売に直結します。悲観的に準備し明るく実行する健全な危機感がこの難局を乗り切る力になるのでしょう。

手抜きと品質のセンス

旅館の朝食は以前からその重要性が問われてきましたが、人手をかけずに半製品などにより品数で満足させる流れが主流でした。一定規模の施設ではバイキング形式を採用し、品数勝負で地元の食材や郷土料理を出すという基本形があったと思います。業界誌の朝食特集のキーワードを真に受ければどこも似たものになるのは必然です。皮肉なことにもっとも印象に残る朝食はニューヨークのホテルで、そこはオレンジジュースとコーヒー、クロワッサンしかありませんでした。品数が少な過ぎて印象に残っているわけではなくそのクロワッサンがあまりに美味しかったことです。業界論理に支配されると大胆な発想の切り替えが難しくなくなります。長年業界慣習を踏襲すると「そんなことできるはずがない」という思考に陥ります。あちらを立てればこちらが立たずでがんじがらめにされたことが産業を衰退させたと思います。その点で昨日泊まった旅館の朝食はセオリー通りながら、業務スーパーなどの出来合い惣菜を使うことなく、作り置き惣菜をうまく使いながら、地元産のお米と絶妙な温泉卵などポイントをはずさず「美味しい」と言わせます。手抜きと品質と原価管理の絶妙なバランスは創業116年の為せる技でしょう。利用者の評点も高くセンスの良さを感じます。

欲しいのはリアルな記憶

昨日は旧中山道の下諏訪宿にある明治37年創業の旅館に泊まりました。明治時代から使われる建物のそこかしこに懐かしさを覚えます。気だるい暑さのなか開け放たれた窓から時折心地よい風が抜け、何とも懐かしい気分になります。子供の頃の盛夏の思い出は、今も父方の親戚が住職をする1525年創建の寺で過ごした記憶です。寺のある瀬戸内海の小島での夏休みが原体験になってその記憶と交差します。宿場町の流れをくむ温泉街はご多分に漏れず廃業した旅館が目立ち、日露戦争開戦以来の歴史を知る創業116年のこの旅館もいつまで営業を続けられるのか心配になります。ある時代に適応した業態は時代が代わり環境が変わればやがて淘汰されます。そして疫病の蔓延によりその新陳代謝は不自然なスピードで人々の懐かしい記憶を消し去って行きます。失えば二度と再生することのできない懐かしい建造物への愛着は、歴史的建造物を修復して現代風に活用する回顧趣味を超えて、自分の過去と現在をつなぐリアルな記憶だと思います。トレンドを追う空間デザイナーや建築家は現在を未来へとつなごうとします。しかし今欲しいのは、構えずに素でいられる等身大の過去と現在をつなぐ連綿と続く記憶です。

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