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マスクよりリラックス

感染症は謎に満ちたミステリーから始まります。インフルエンザは渡り鳥を宿主としてその腸内にあるウィルスが突然変異により人への感染性を獲得したものとされます。どのウィルスも長期に渡る生存を続けるために何らかの生物内にとどまる必要があり、本当は宿主を殺したくないはずです。ウィルスが人間を殺すわけではなく免疫の過剰反応によりサイトカインが放出されることがインフルエンザ感染重症化の原因です。国立感染症研究所が新型コロナウイルスの分離に成功し治療薬などの開発が期待されますが、むしろ重要なのは自身の体調かもしれません。ワクチンやペニシリンが伝染病や感染症に著しい効果を発揮したために近代医学は薬物療法を信奉しますが、ウィルスは絶えず形を変えるのでワクチンの効果を疑問視する意見は根強くあります。ウィルスを攻撃するNK細胞は交感神経が緊張した状態だと働かなくなり、前向きで明るいタイプの人はインフルエンザウィルスに感染しにくいと結論する研究もあります。インフルエンザが自然治癒することは常識になりつつあり、マスクを買い占めるよりも栄養を摂りリラックスして質の高い睡眠をとることの方が有効だと思います。

人間の醜さと美しさ

WHOが国際緊急事態宣言をした中国を見ると、原発事故で被曝の危険と隣り合わせの現場に残り職務を遂行した「フクシマ50」を思い出します。情報隠蔽と責任逃れ体質の共産党幹部とは対照的に医療現場で身を賭して今も対応にあたる医療関係者がいるはずです。危機にこそ人間の醜さと美しさが現れると思います。リーダーの本質は非常時にこそ発揮され平時のリーダーはあてになりません。尊大な態度の人間が信用できないのは修羅場になると真っ先に逃げ出す卑劣さが見えるからです。自己犠牲を伴う使命感という点で自衛隊は過小評価されていると思います。実戦経験のない自衛隊の力量を疑問視する声もありますが、対潜水艦防御網を突破した海上自衛隊のディーゼル潜水艦が米空母撃沈判定を度々記録し、航空自衛隊のパイロットの技量は相手が米軍なら戦闘機1世代分のハンデが消えると言われるほどの練度とされます。陸上自衛隊はNATOの戦車射撃競技会で2位以下に大差をつけて優勝し、2,000人が3年間駐留したイラクでは一人の脱走も一人の暴行事件も一人の無銭飲食もなかったことが世界を驚かせました。企業にあって軍隊組織は人気がありませんが、それは権力集中と言論統制をする中国のようにコマンドアンドコントロールが不完全でいびつだからだと思います。

人類滅亡の危機?

人類は病原菌に対する戦いに勝利し感染症を克服したはずでしたが、変異を繰り返し威力を増す病原体の脅威に直面しています。検査キットもベッドも不足し肺感染が疑われる患者の多くが検査も受けられずに帰され、制御不能となった武漢の街からはおびただしい数の人々が脱出し、人影の消えた都市の映像はさながらホラー映画の世界です。クライシスマネジメントのお粗末さによる人災であったにせよ急激な感染拡大は、SARSコロナウィルスとエボラウイルスの生物兵器を研究していた中国科学院のウィルス実験室から漏れたとする不気味な説にも説得力があり、早い段階から制御不能を予言していた複数の研究者が敵前逃亡せざるを得ない状況とも符号します。気の早い人たちは中国崩壊説やオリンピック中止論、はては人類滅亡説まで唱え始めましたが、とにかく人混みに行かないことと手洗い、免疫力高める質の高い睡眠、できれば人口集中する都市から離れることだと思います。治療法がない以上生死を分けるのは免疫力の差だけで日頃から規則正しい生活を心がけ、右往左往せずにいつ人生が終わろうとも悔いを残さないように毎日を真面目に生きることが重要でしょう。

人生を変える体験が生む執着

2020という不思議な響きの年は何か大きな時代の転換を暗示している気がします。新型ウィルス肺炎の感染拡大は深刻な影響を世界経済に及ぼすことが懸念されます。真実が隠蔽される一方で、マスコミが人為的に刷り込んだ恐怖は連鎖的に拡散します。満足にモノさえ買えなくなった中国の1,000万都市はゴーストタウンと化し、金で手に入れる幸せは危機に直面するとその脆さを露呈します。一昨夜NHKで屋久島の幹周り16.4メートルの縄文杉を上回る巨大な屋久杉を発見するドキュメントを見ていて、無性に森に行きたくなりました。しかしわざわざ屋久島に行くことは合理的と思えません。国土の大半を森に覆われる日本にいながら、森を見るために飛行機を使うことは無駄ですし、移動による疲れから体調を崩すのが落ちです。樹齢4,000年でなくても数百年の巨木は日本各地にあります。その感動の一瞬はもしかしたら人生を変える体験になるかもしれませんが、同時にもっと見たいという執着を増やします。車なら1時間で行ける丹沢の森を歩き晴れた日に富士山を眺めた方が合理的なだけではなく幸せが長続きすると思います。

組織と人間の境界

昨夜は雪国のような箱根に泊まりました。経営危機に見舞われながらドラスティックな改革を行い成長戦略に転じた旅館です。問題が生じたとき、解決の答えを見つけることは重要ではなく何かを信じて実行することが全てです。答えが間違っていても実行しながら修正していくことはできますが、行動を起こさないことには何も始まりません。不安に身をすくめて動けずにいると直感までにぶります。行動に必要なのは自己否定であり、それなくして自分を変える第一歩を踏み出すことはできないと思います。弱い組織ほどトップが自画自賛をしがちでその歪んだ愛社精神は疫病のように組織に蔓延し、誰も現状否定ができなくなります。こうした組織では意識改革から始めねばならないために改革には気の遠くなる時間が必要になります。和をもって尊しの日本人は賛成、反対の境界をあいまいにしたままなんとなく改革へ移行しがちですが、中途半端な改革はリスクが大きくコストも高くつき改革者を反逆者にします。従来の組織論にもモチベーション理論にも興味がわかないのは、無機質な組織と有機的な人間の境界が曖昧なままだからだと思います。

われわれは進化などしていない

土曜日は確定申告に行きましたが、会社の決算が夏にあるので半年おきに似たような作業をします。徴税のために途方も無い時間とコストをかけるよりも最も手間のかからない税金に絞って税体系をシンプルにできないものかと思います。非文明的な作業をしていると政府の提唱するソサエティ5.0が単なる絵空事にしか思えません。日曜日は4年ほど使ったiPhone SEが壊れ8に交換しました。ここでも前近代的なパスワード地獄に見舞われ、世の中が本当に進歩しているのか疑わしくなります。全ての進歩は幻想と妄想から生まれる証拠に、携帯電話1台を交換するのに1時間半もかかります。われわれが進化と呼んでいるものは無駄な機能を加えることによる複雑化だと思います。それは医学の進化により専門分化が進んだ結果、人間全体の健康が置き去りにされたのに似ています。ハイテクノロジー・ハイコストのパラダイムが人間を幸せにするとの思い込みは幻想です。至るところで悲劇的なまでに無駄があふれているのは近代科学の愚行であり、本当に世界が進化してしまうと困る人たちによってわれわれは幻想を見させられているのだと思います。

年齢を半分にして生きる

昨日は誕生日でしたが、年を気にせざるを得ないこの日を祝う気になれず複雑な思いです。誕生日は自分がこの世に生を受けたことに感謝し、何のために生かされているのかを振り返る日だと思います。自分の使命を発見すると人生は一変すると言われます。誕生日を迎えたからと言って急に居住まいを正すこともありませんが、惰性的に過ごしてきたこの一年を反省します。多くの人がその潜在能力を封印したままこの世を去るのは、最晩年に後悔するように自分らしく生きないことが原因です。その理由は古いタイプの社会通念に従い、人生の本質とは関わらない消費に目を奪われ、あるいは執着を具現化するSNSなどの情報に振り回されるからだと思います。最初の人類は死を避け生きることに必死だったはずです。今の時代は命を奪いかねないものを避ける必要がなくなりましたが、皮肉にも生きることを意識する必要さえなくなり、尽きない欲望を満たすために金で買える刺激を求めます。そうした安楽な人生の時間認識は現在志向になり、人生のビジョンや生きる気力、やがて自らの生命力まで奪っていきます。年を嘆くと娘は「第二の人生まだ7歳じゃない」と言いますが、人生100年時代は年齢を半分にして生きるのがふさわしいのでしょう。

強くて脆い組織

SARSの10倍以上の感染規模とされる中国湖北省武漢市を中心とする未確認のコロナウイルスは不気味な広がりをみせ世界はパンデミックの淵に立っています。2,000万人が住む対象地域の交通遮断など強権国家の面目躍如ですが、対応が後手後手となった理由は硬直した集権体制による無責任、隠蔽体質との指摘もあります。昔は組織論に関心がありティール組織のような話に熱中しましたが、今は興味がありません。日本でも中国でも組織に巣食う人間のエゴが一見強くて脆い組織を生み出し、組織ありきの組織論は今後大きく見直されると思います。ネアンデルタール人が滅んだ理由を組織のサイズに求める主張もありますが、様々な関係者が協力して社会課題に取り組む時代には企業や行政に見られる伝統的な組織ではなく、社会という組織単位を前提に再構築する必要があります。社会を分断するこれまでの組織論を一度忘れ、ドラッカーの言う人間変革機関と市民性創造を担うための、社会におけるナレッジ・マネジメントという観点が必要だと思います。

過去を諦め許し忘れる

昨日は高校時代の部活の先輩、同級生と会う機会がありました。意外なのは自分が生涯忘れ得ないと思っている出来事を誰も覚えていないことで、同じ時間を共有しても捉え方は人それぞれです。歴史は勝者によって書かれるフィクションと言われますが、記憶は不安定で書き換えられ、過去や履歴を歪曲しない人などいないのかもしれません。大脳新皮質を経由せずに直接記憶を司る海馬や扁桃体につながる嗅覚は遠い昔の記憶を鮮明に蘇らせます。自分にとっては古いエレベーターで感じるオイルのような匂いが一瞬にして子供時代のある記憶を詳細に目の前に浮かび上がらせます。思い出すのは楽しい記憶が多く、嫌な記憶を都合よく上書きし美化して生きているのかもしれません。過去を諦め、許し忘れることは心がけ次第で可能になり、つらい記憶を浄化しない限り永遠に欲望と執着を取り去ることができないのだと思います。

働くことは生命力をみなぎらせる

新年を迎え早くも3週間が過ぎ昨年末から遅くなり始めた日没に次いで、先週から日の出時刻が早くなります。東京の日の出は6月中旬に向けて早くなっていきますので本格的な寒さを前にすでに冬が終わった感覚です。季節が変わるとき人は自然界に生かされていることを感じます。決まった回数季節が巡るとテロメアが細胞分裂の回数をカウントしていてやがて死に至ります。一方で人間は不自然なものに囲まれて生きていてその典型が消費だと思います。人は買うことで幸せを手に入れようとしますが、最高を求めることが序列化を生み執着につながります。われわれの目はより良い理想の消費を求めて外部にばかり注目し自分自身と分断している弊害を見落とします。幸せは社会や他人に認めてもらうことではなく自分が基準なのに序列を無効化することはできません。人生の気晴らしでしかない買うことに執着するうちに人生の持つ重要な価値を見失い、欲望を満たすために物財を消耗する行為の虚しさは人生の息苦しさにつながります。人は価値を作り出す、すなわち働くことでしか生命力をみなぎらせることができないのだと思います。

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