長野県にいるときは一人でラブラドールと過ごすことが多く自炊をします。ほとんど料理をしなかったのに旅館を買い70人分の料理を作るようになって多くの時間を料理研究に費やしました。旅館経営の肝は料理と調理工程だと思います。参考にしたのはTOC理論で調理工程上のボトルネックを潰し最短で作れるレシピ、厨房動線、調理器具により冬は氷点下10度ぐらいまで気温が下がる厨房での調理時間を最小化しました。以来10分以内の調理作業で作ることを念頭にすると、味噌汁と納豆、干物、サラダと玄米という感じのメニューが多く、旅館の朝食というのは実は合理的に考え尽くされたものなのだと納得します。ご飯は炊飯器で炊きますが、味噌汁も干物も今の季節ならストーブの上に放置するだけですので光熱費も最低限です。時々チーズオムレツやリゾットが食べたくなることもありますが、多くの場合日本の伝統的な朝食に近いものに落ち着きます。重要なことは何を食べるかではなく、いかに料理と向き合い慈しむように丁寧に食べるかだと思います。
虚構の贅沢
突然打ち切られたGoToでは高級施設が活況と聞きます。しかし、らしからぬ失態で不快な思いをすることもあり、安い宿なら裏切られる心配がありません。消費者は記号を消費します。マグロなら大間、果物なら千疋屋、フレンチならミシュランのように記号を通じて高価格は正当化されます。メロンを有難がるのは千疋屋が数万円で売るからであって、滋養豊富なバナナの200倍の値段に納得するのはそのためです。手打ちそばが高級だと思うのは現代人だけで、文明開化の頃なら機械で正確に切られたそばに価値があったはずです。そう考えると非の打ち所がない高級旅館より民宿の方に現代の消費は軍配を上げると思います。Wi-Fiが使えず、隣室の音が漏れ、布団も自分で敷きますが、見せびらかし消費を卒業したフラッシュパッカーにとっては飾らない接客で嘘が少なく、リアルな日常に近い民宿を評価するでしょう。今どき高級旅館でさえセントラルキッチンや半製品を使う時代ですから、手作り料理を出す料理自慢の民宿は貴重です。われわれが演出された虚構の贅沢を好むのは審美眼が未熟で権威に弱くお金を払うことに意義を感じるからでしょう。
味わうことなく飲み込んでいる
糖質制限をしますが、一方で血糖値スパイクの元凶のようなチョコレートが好きです。運動をして過食を慎めば美味しく感じるものは何を食べても消化できると思います。122歳まで生きたジャンヌ・カルマンは1週間に1kgのチョコレートを食べていたとされ、チョコレートの適量は一日50gですからいかにも食べ過ぎですが長寿を全うしました。ビタミンとミネラル類が豊富な完全栄養食に近いチョコレートにはコレステロールの排出、整腸作用、ピロリ菌殺菌、糖尿病と癌の予防、アレルギーの原因物質であるヒスタミンの抑制、悪玉コレステロールの酸化防止などの効果が期待できます。空前のマインドフルネスブームは多くの人にたいした効果をもたらさなかったようですが、食べる瞑想は誰でも使えて健康に有効な方法だと思います。通常はレーズンを用いますが、より効果的なのはチョコレートだと思います。舌の上でチョコレートが溶けるにまかせ複雑なフレーバーを舌で感じるのですが、慣れないと噛み砕き飲み込みたい衝動に駆られます。普段から味わうことなく食べ物を乱暴に飲み込んでいることがよく分かります。
冬こそ運動
今週は一年で最も昼間の短い時期です。冬には暗いイメージがつきまとい、北欧など日照時間の短い高緯度地域ではセロトニン分泌が減りウィンターブルーと呼ばれる冬鬱が人口の1割に達します。冬眠する動物は冬眠しない同種の動物より長生きとされ、人間も最低限の栄養を点滴摂取して体を冬眠状態にすれば150歳から200歳まで生きられると主張する研究者もいます。発熱物質である内蔵脂肪は冬眠中の動物を飢えや寒さから守るために発達したものですが、消費エネルギーを節約するライフスタイルと無縁で、冬も食べ続ける現代人は内蔵脂肪の蓄積が多くの病気を引き起こします。おせち料理の売れ行きが好調なようですが、運動不足の寝正月を脳が冬だと判断して体の代謝を低下させ肥満を加速化します。屋外に出たくない冬こそ、静まり返った森と降雪により走りやすくなったトレイルは運動に最適な環境です。体を冬眠させず日々動かせば脳が代謝を活発にさせ細胞の修復が進みます。最適なウィンターブルー対策は日光浴とリズミカルな運動集中によって幸福感をもたらすセロトニンの分泌を増やすことでしょう。
価値基準を変える別の生き方
粗大ゴミと言えば定年退職後の男性と相場が決まっています。コミュニティに溶け込み居場所のある女性と違い組織を去った男に安住の地はありません。パートナーが昭和の価値観に染まった良妻賢母でもない限り待つのは無為で寂しい老後です。長過ぎるリタイア後に適応する方法は第二の人生と言う別の人生をやり直すことでしょう。第一の人生で成功した人ほど価値基準を変えることに苦労します。第一の人生の価値基準は金を稼ぐことであり、人より優位に立ち、贅沢な暮らしをすることですが、第二の人生は逆に、金より社会貢献、人に教えを請い、質素に暮らすことだと思います。その理由は更年期を境に生物としての体が変わり、瞬発型の解糖系エネルギー産生から持久型のミトコンドリア系になるからで、50歳前後で体調を崩す人が多いことも同じ理由です。見苦しいのは天下りのモラトリアムを繰り返し第一の人生を強引に続けようとする態度で、池袋で車を暴走させ悲惨な死亡事故を起こしながら、自分は目視の上ブレーキを踏んだとメーカーに責任を押し付けた上級国民の老人などはこのタイプでしょう。
人生は二つある
国の将来に暗い影を落とすのは高齢者問題です。一方で明るい話題は、昨今の脳科学やエネルギー産生に関する研究が老化という思い込みの嘘を除々に明らかにしていることです。第二の人生という言葉を聞きますが、生物学的にもこの呼び名は正しいと思います。生物は生殖を終えると死にますが現代の人間は例外的に長生きしそれを老後と呼びます。細胞分裂により成長し二十歳前後を頂点に後は一方的に衰えていくという従来常識が見落としているのは、更年期を境に体のメカニズムが変わることです。人生の前半と後半は生物学的には別物と考えるべきで、体が一方的に衰えるという老化思想こそが高齢問題の元凶です。100m走のタイムが落ちても、50歳を過ぎて始めたトレイルランニングなら体力低下を感じずに済み、100マイルレースのUTMBで59歳のマルコ・オムロが二年連続優勝したことはその左証でしょう。体脂肪の燃焼サイクルを極限まで研ぎすますなら体は老いず、心の老いも止めることができるのでしょう。間違ってもシルバーシートなどに座らず、日を空けず運動を続け筋肉とミトコンドリアを活性化することでQOLは飛躍的に改善するはずです。
現代の幸せ基準
娘が先日ラブラドールとカフェに行き犬用のランチを食べさせたところひどい下痢が数日続き動物病院で診察を受けました。何が悪かったのか分かりませんが、写真を見ると人間の食べ物に似せた餌でした。1.6兆円とされるペット関連市場を潤わすのは飼い主の愛情ですが、それらは歪んでいるのかもしれません。以前の飼い犬はそれほど長生きではありませんでした。今や20歳前後まで普通に生きられるのは最適化されたドッグフードの貢献だと思います。人間と同じ食べ物を与えることが犬の幸せだと考える気持ちは分かりますが、人間同様に生活習慣病を患うケースも増えています。動物を生きた道具として家畜化する歴史は9,000年前に始まりますが、犬だけは別格で3万6,000年前の埋葬された化石が発見されています。先史時代の狩猟集団は猟犬を従えていたと考えられ狩猟に大躍進が起き生産性は飛躍的に向上したとされます。犬は、もはやわれわれの体の一部のような存在ですが、人の幸せと犬の幸せは異なり、同様に先史時代から引き継ぐわれわれの肉体も、物欲まみれの現代の幸せ基準とは相容れないと思います。
夜逃げを載せないSNS
コロナ禍の生活は、リモートワークやGoToの方針変更に右往左往する大人たちではなく、若者の意識と行動をよりセンシティブに変えているようです。希望する大学に入りながら休学する学生も少なくないと聞きます。共同体に加わることに価値を置く日本の社会では、大学や企業は実体が存在しなければ意義を失うのかもしれません。去年まで娘が通っていた高校でも、リモート授業の増えた大学への進学に疑問を感じる生徒が目立つと言います。自分の人生を誰かに預ける忖度文化が限界を見せ始め、東京からの転出人口が超過に転じても、行動を変える人は少数です。一方、昨年まで就職ランキング1位の全日空や、タブー視される2021年のオリンピックやインターネット広告の影響で経営状況が注視される広告界のガリバー電通、盤石に見えたJRの経営でさえ安全圏とは言えません。ムラ意識に支配される日本人は他人の様子が気になりますが、マスメディアの偏向報道では社会の今を知ることはできません。自己顕示メディアでしかないSNSに夜逃げした話を載せる人もいませんので、雑音を消してひと目を気にせず生きることが平穏でいられる秘訣でしょう。
歴史の転換点
多くの日本人が知らないうちに米大統領選挙を軸に世界の歴史が動いているようです。ペンタゴンがCIAとの決別を公式に認め、全米50州で唯一歴史的に独立した国家であったテキサス率いる21州と民主党陣営22州の対立が鮮明化しました。人口と面積が全米2位で強い経済力を誇るかつてのテキサス共和国は、違憲状態となれば連邦政府から独立することを条件に合衆国に加わった経緯があります。われわれは今、歴史の転換点にいると思います。一方で大統領選挙二百数十年の歴史を紐解くとその底流にある流れは英国資本からの独立であり、中央銀行を擁するエスタブリッシュメント対反エスタブリッシュメントの戦いでした。その流れはわれわれが生きる現代にまで続きます。法廷闘争の限界は、それが正義を問うものではなく、法律への適合を問う点だと思います。戦後作られた言論空間の異常性に気づくなら見える世界が変わり、12月18日と来年1月6日以降に起こる異常な事態に備えることもできるのでしょう。
2つの食の貧困
ジョンズ・ホプキンズ大学の集計によるとコロナ感染は世界で7千万人を超え死者は160万人と深刻さを増しているとされます。2021年も明るい見通しを立てられる状況になく今後数年に渡り暗い影を落とし、多くの人の人生と社会構造を変えていくことでしょう。消え行くBEACH産業(B予約・仲介、Eエンタメ・イベント、Aエアライン、Cカジノ・クルーズ、Hホテル)や飲食を始めとする三密産業で働く人の数は膨大で経済的な打撃はメンタルを直撃します。一方で未曾有の危機に直面すると普通の生活に喜びを確認します。平時なら大量に資源消費した者が幸せになるとの錯覚に陥りますが、過剰消費が体に悪いのは、人体の本質が循環するエコシステムだからです。「新しい生活様式」の実践は健康的な生き方を確立するきっかけにもなると思います。食の貧困とは経済力の低さが安価で手に入る糖質過多の食生活に傾くことを指しますが、もう一つの貧困は経済力に関わらず欲の赴くままに野放図に食べる一見豊かな食生活でしょう。セネカが言うように何も持たない人が貧しいのではなく、より多くを渇望する者が貧しいのでしょう。