3年前に福島で旅館を買ったのは阿武隈源流のブナの森が住みたいと思える場所だったからです。昭和の時代は目ぼしい仕事は東京が中心で、終身雇用とセットで住宅を買い定年までに返済する人生を多くの人は疑いませんでした。これらの制約が外れ空き家率の急激な上昇が始まる令和の時代は、家を持たない住所不定の時代だと思います。多拠点コリビング(co-living)の定額宿泊サービスが増加し、働く場所と住む場所を変える人が増え、旅行と居住の境界が消えていくはずです。会社組織でもコミュニティでも、内部に長く留まると視野が狭くなり自分のことも見えなくなります。人類は長年移動しながら暮らしていたはずで、移動はコミュニティに多様性を与え、その視点が仕事に価値を生むと思います。
お知らせ
Japan as Number One再び
自分でもあきれるほど単純なのですが、令和が決まってから日本が再浮上する時代が始まると信じるようになりました。中国の資源浪費型経営が行き詰まり、トランプが在外米軍を撤退させようとするなど、軍産複合体の錬金術にも陰りが見え始めました。産業構造の一大転換により有望な投資先が狭まる時代には、アメリカや中国における極端な富の偏在問題さえも大きな問題ではなくなると思います。巨大生産設備・インフラ、最強の軍隊、巨額のマネーが無用の長物となり、これまで価値の基準に置いていたものが逆転し、予想もしなかった方法で社会が変わり始めています。平成末期に強欲経営者が逮捕され世界を驚かせたように、米中型のいびつな社会とある意味対極にある日本が、昭和とは全く異なる方法でJapan as Number Oneを実現できると思うのです。
期待せず感謝する
結婚記念日を祝う習慣がなく毎年何日も過ぎてから思い出すのですがハワイの教会で結婚式を挙げたのは1989年4月1日(日本時間3月31日)です。30年目の今年ぐらいは祝おうと思いながら、その時間はハノイにいて帰国から2日が過ぎて思い出しました。家族の誕生日を忘れることは少ないのですが、それでも特段祝うこともなく普段通りです。家族で仲良くイベントをする家族を見ると羨ましくもありますが、祝いたい衝動が起きないものを無理に祝う必要もないと思います。30年も一緒に暮らせばお互いに飽きますから、多くを期待せず感謝を忘れないことでしょう。家族を特別な関係と思うところに相手への過剰な期待が生まれると思います。
大スターの予感?
西暦への変換の膨大な手間とコストを考えるとき元号には否定的です。一方で時代を象徴する記号には時代の空気を変える力があると思います。令和というなんともノスタルジックな響きの248番目の元号は平成を聞いたときほどの違和感はありません。自分の名前を人に説明するときに昭和の和と言っていたのをそのまま令和にも使えて便利です。世界最長期間使用された元号である昭和の時代に成人し、人生の半分以上を平成が占めながら平成は顔のない時代です。明治が文明開化と近代国家の形成、昭和が列強入りと敗戦からの経済成長という大スターなら、大正と平成は地味な脇役です。時代錯誤的でどこか古風な響きに、時代の空気を変え世の中を革新する大スターの予感がします。
Tourist Enclaves
日本に戻ると律儀に花粉症が戻ってきます。一般の人が必然を超えて旅に出る商業旅行の歴史はせいぜい100年ほどですが、何が人を旅に駆り立てるのか考えます。マズローの欲求段階説的にみると下層に生理的欲求があり、上層にはコミュニティー、社会的な交流、自己実現や創造性があると思います。限られた休日にただ旅行に出たいと思っていたときは旅の本質など考えることはありませんでしたが、旅の効用は新しい視野を持つことだと思います。現地の生活に溶け込む旅が志向される一方で、自分たちの生活スタイルを観光地に持ち込み、商店を中心に街の形を変えていく側面が指摘されます。一年ぶりに来たハノイで、こうしたTourist Enclavesの問題について話を伺い旅の本質を改めて考えたことは大きな収穫です。
惰性的行動様式
正味3日のハノイ滞在ですが、旅の醍醐味は自分達とは違う世界、異なる生き方を知ることに尽きると思います。同時に自分のことを客観的に見る視点が生まれます。日本社会であったり、日本人であったり、そして自分自身について考えます。ハノイの街に感じられる活力は、今日一日を生きるというダイナミズムです。アジアの他の都市と同様にクラクションの絶えない雑踏で、土産物、飲食、シクロとあらゆる商売の人が声をかけてきます。高度経済成長期の成功モデルを継承するうちに、日本人の仕事はいつしかルーチン化し、一日一日をやり過ごせるという幸運が惰性に陥らせたと思います。安定した毎日の同じような暮らしが、いつしか幸せと混同されるようになりました。皆が夢を見ることができた経済成長が止まったとき、安定した生活が持つ負の側面である惰性的に生きるという行動様式だけが残されたと思います。
柔軟でしなやかな社会
昨日はベトナム国家大学のキャンパスを案内していただきました。ハノイ中心部フレンチクォーターのエレガントな建物群とは異なり、どこかソビエトの影響を彷彿とさせる風情です。一方で4万人が受験する名門大学にもかかわらずピアスをつける男子学生が普通にいたり、教室にはスナックが用意されるなど日本の大学よりカジュアルな雰囲気です。つまらないルールや社会規範で縛りつける割には、勉強も仕事も本気でやらない日本の学校や企業は異端に見えます。交通ルールを守らなくても車、二輪車、歩行者それぞれが自律的に動き調和するベトナムの交通事情は、ルールルールで人間を窒息させようとする日本社会の硬直性とは対照的です。特定の項目だけを比較して日本が劣ると言う気もありませんが、新しい元号の日本社会が、より柔軟でしなやかに環境適応できることを期待したいものです。
格差は問題ではない?
昨日はハノイの貧しい人達が住むエリアに行きました。川に係留された小舟の上に仮囲いの住まいが作られ、付近はゴミが散乱し人の住む環境ではありません。さらに衝撃的なのはその場所からわずか数百メートルの商業地域にはロールスロイスのクーペが駐車することです。タイでもマレーシアでもインドネシアでもカンボジアでも同じような光景を目にします。中国のような農村・都市戸籍がないベトナムでは都市部に出た働き手が親戚のビジネスを手伝う形で親族扶助が機能しているようです。一方あまり表面化しないところで教育格差は固定化され極端な貧富の差を生むと言います。日本では格差問題が取り沙汰されますが、これらの国と比べる限りにおいて間違いなく優等生だと思います。すべての問題は相対的なものであり、何が日本の本当の問題なのかを改めて考える機会になりました。
生きることの形式化
昨夜、南国イメージの割には過ごしやすいハノイに一年ぶりに来ました。娘と二人で旅行をするのは十数年ぶりです。サラリーマン時代に旅行を本音で楽しめなかったのはそれが気晴らしを超えるものではなかったからだと思います。本来の旅の姿は人生を変えることにあり、日常を離脱し異なる視点から自身を見直すきっかけだからだと思います。旅の目的は娘の将来進路を考えることですが、同時に自分の人生を見直すことでもあります。人々は朝5時には道をはき、食事を作り、仕事を始めます。そうして生きる人々を見ていると日本人は生きていくことをあまりに形式化し過ぎていると感じます。
商品力が仇の戦略の自由性
「HOOTERS(フーターズ)」運営する㈱エッチジェーが民事再生法の適用を申請したことが報道されました。先週赤坂店に行ったときは昼時の来客の少なさに驚いたばかりでした。チアリーディングのコスチュームで話題となり入店待ちが普通だった時代とは隔世の感があります。参入障壁が低く出入りの激しい飲食店業界は、労働集約かつ装置産業でありブラック企業の最右翼といったイメージさえあります。コンサルタントとして関わった以外に自身でも飲食店を営業しましたが、2つの方向性があると思います。一つはフーターズや俺のシリーズのような商品ありきのアプローチ、一方はフード(食材原価)とレイバー(人件費)コストの最小化を考えるアプローチです。前者は商品力が仇になり戦略の自由性がなく業態転換など環境変化への適応を難しくしていると思います。