留学先で16歳を迎えた娘が、昨日シンガポール経由で帰国しました。美しい自然と多くの動物に囲まれるホームステイ先は、まさしく人が本来暮らすべき場所です。互いに喪失感もなく10ヶ月以上離れていた実感がありません。変わったのは娘自身の将来に対する考え方が明確になったことです。自分が10代のときは社会の決める価値規範に従っていて、何をしたいか真剣に考えることはありませんでした。人生100年時代にはリタイアを前提とするサラリーマン的キャリアは安全な生き方ではありません。安定と引き換えに将来の選択肢を手放すより、先が見通せない不安定さであっても将来を自由に選択できるキャリアの方が生き残れる可能性が高いと思います。お金を尺度にする幸せの限界が見えたときから、不合理なルールに縛られ息苦しい生活を強いる社会規範に必然性を見出せなくなりました。特定の組織で働くという価値規範に規定されてしまうと、自分自身の居場所を俯瞰的に見ることができなくなり、それは不幸なだけでなく危険なことだと思います。
お知らせ
欲の二面性
誤った生活習慣を正す鍵は、欲の二面性に気づくことだと思います。食欲の赴くままに食べる快楽としての食事がある一方で、質素な食事にしみじみとした幸せを感じます。顕著なのは運動に関する欲求です。中年を過ぎて本格的な運動を始めるまでは楽をすることばかり考えました。山のなかを何十キロも走るなんて想像もしません。苦行のなかにある自分だけの静寂な時間を知ると、体を動かさない安楽な生活に罪悪感を覚えます。座る生活の有害さはいまや多くの人の知るところです。我が家の椅子は全てバランスボールですが、体幹を鍛えられバランス感覚が養われ、運動になり、移動が簡単で、楽しめそして安いと良いこと尽くしです。自分の意識を180度転換させた運動こそが幸福に近づく手段だと思います。
復讐する成功
カルロス・ゴーンの人生を狂わせたものを知りたくて、昨年元旦に掲載が始まった日本経済新聞の「私の履歴書」を読み直しました。ルノー と日産の官僚体質にメスを入れ、両社を再生させたばかりか日本の系列取引を破壊し鉄鋼業界の再編まで引き起こしたその破壊と創造は、日本の経済史に名を留めるに十分です。よもや2年後に逮捕され拘置所で日本の冬を迎えるなど想像もしなかったことでしょう。ブラジルに向かう高度1万4千メートルのコーポレートジェットの機内で書かれたという文書を読むと、感慨深いものがあります。複数ブランドを同じ製造ラインで生産する「クロス・マニュファクチャリング」や最良の人材を集める「クロスファンクショナルチーム」を最善と信じ、互いを尊重し合う文化の融合により統合すべき事業を一緒にする経営手法は、移民ゆえの多様性とアイデンティティーがそうさせたのでしょう。自分の原理原則を離れたときに失墜が始まると思います。30代半ばを過ごした米国のサウスカロライナ州での生活が公私ともに幸福な時代だった、と述懐している記述に目をひかれました。
救世主か乗っ取り屋か
暴動に見舞われるフランスの起死回生策として日産乗っ取りの片棒をかつぎ、今や日本の敵となってしまったカルロス・ゴーンですが、今も経営者としての尊敬の念は変わりません。1999年4月に日本に赴任し半年後に発表された日産リバイバルプランは誰もが実現不可能と思うほど挑戦的なゴールを設定しました。聞きなれないコミットメントという名の公約は、3つの目標のいずれか未達成の場合は経営陣全員が辞任するという大胆なものでした。「実績こそが信頼を培う。実績が上がらなくなったら、グッドバイだ。」という潔さは、無責任体質に慣れきった日本社会に衝撃を与え、そして計画は前倒しで実現されました。とくに親近感を覚えるのは、一貫したマイクロマネジメント嫌いです。それが行き過ぎた結果公私混同に至ったのであれば少し気の毒な気がします。
「いつかはクラウン」的幻想
昨日は打ち合わせのあと、クライアントの経営者としばし自動車談義で盛り上がりました。車が憧れの存在だった時代に成長したことが、特別な想いを抱く理由だと思います。自分のまわりの車好きの結論は似ていて、現代の車はどれに乗っても大して変わらないということです。付け加えるならどれも同様に面白くないのです。自分が運転したなかで最も高価な車は12気筒740馬力のフェラーリですが、無闇に速いだけで運転している実感に乏しく魅力を感じませんでした。これはフェラーリの問題ではなく、微細な差でしか差別化がはかれない現代の商品に共通する悩みだと思います。何かが違うと感じる消費者に、その本質を隠したまま、「いつかはクラウン」的幻想で欲望を煽ることに成功したのはマーケティングの勝利です。
色あせないプロの仕事

窓口などで待たされることが嫌いです。待つ時間以上に、遅い仕事ぶりを見るのが不快です。いらいらさせる相手に共通するのは忙しそうに仕事をする人です。あせっているので間違えますし肝心なことが抜けています。無駄口を叩き無駄な作業が多く、早く動いているようで普通の倍ほどの時間がかかります。以前勤めていた米国系企業のセクレタリーはいつ行っても涼しげな顔で全く忙しそうに見えないのに、70名以上のコンサルタントと多忙なパートナーの秘書業務を一人でこなして定時に帰っていました。依頼ごとにはいやな顔ひとつせず的確に、かつ期待以上の成果で応えます。県の幹部が突然来社することになったとき、どこにも会議室がなかったのに、当時最先端だったプロジェクター8台が常備された会議室を予約してくれました。そんな離れ技がなぜ可能なのか聞いたら、小さい会議室を少し大きな会議室と交換して、それを何度か繰り返したそうです。20年ほど前のことなのに鮮やかな仕事ぶりは今でも思い出します。
華やかな成功の代償
昨日は世界78カ国で公開され話題になった「ボヘミアン・ラプソディ」を見ました。よく似ている俳優とリアルなライブの映像には驚かされたものの、世間の評価ほどには感動しませんし泣くこともありません。クィーンは苦手意識があり当時は聞きませんでしたが、昨日はボヘミアン・ラプソディのメロディラインが頭から離れません。登り詰めるほど地位が欲しくなり、心を開くほど傷つき、友人が増えるほど猜疑心が強くなり、愛するほど孤独になる運命のいたずらには心を動かされました。コーポレートジェットから3畳の拘置所に送られたカルロス・ゴーンといい、華やかな成功の代償として人が失うものの大きさを考えさせられました。
職場のストレスが体を蝕む
自分のライフワークは若返り研究です。現代の科学では若返りはありえないとされ、アンチエイジングは病的老化を回避してゆるやかに年を重ねるとする考え方が一般的です。しかし運動を始めたことで自身の体力は向上しており、視力などの機能も回復していますから、年をとっても体がより良くなることは可能だと思います。人の寿命は記録が残る範囲では120歳を大きく超えることはなく125歳あたりと考えられますが、問題は最後まで元気に暮らせる健康寿命です。日々の暮らしのなかに若さを保つチャンスは頻繁にあります。カツ丼を選ぶか蕎麦にするか、エスカレーターに乗るか階段を使うか、クラクションを鳴らすか道を譲るか、DNA配列は変えられなくても環境要因を選択することで遺伝子発現を変えることはできます。とりわけ重要なのがストレス対処だと思います。最も深刻なのが逃げ場のない職場の人間関係によるストレスでしょう。上司も同僚もいない職場で仕事をするようになりそのストレスが大きかったことを実感します。
身につかない英語と決算書
12月に入りましたが、例年以上に年の瀬を迎える感覚がありません。昨日は旅館の40回目の決算申告と納税のために福島に行きました。買収後二期目、通期では初めての決算ですのでそれなりに思い入れがあります。決算書はコンサルタントになって頻繁に見るようになるまで、事業会社にいるときはほとんど無縁でした。ある上場企業の役員研修のときも、「取締役でも財務諸表の見方を知らない人がいる」と講師が嘆いていました。工学院の授業では有価証券報告書や財務諸表の見方を解説しますが、あれほど勉強しても身につかない英語といい、勉強のアプローチが根本的に間違っているのかもしれません。
働く動機は死への恐怖?
日本工学院でキャリア論の授業をするようになって働く意味を考えます。2年前にサラリーマン人生を止めた理由は複数ありますが、いま感じるのは先の見えない生涯働く人生こそが安息の地と思えたからです。これは以前の考えと真逆です。昔は先の見える働かない人生が理想でしたが、その考えがいつも感じていた不安の原因だと気づきました。先の見える人生はリアルに死を直視することになります。定年退職して蓄えをやりくりしてたまに海外旅行に行きながら徐々に体が弱っていく、そんな人生を受け入れる度胸はありません。リタイアは自分にとっては死亡宣告と同じで、歩みを止めれば死ぬのを待つだけの人生になります。一番の動機は死へのカウントダウンの恐怖だったと思います。働くことは対価が前提ですから一定品質を確保する義務と緊張感が生じます。それゆえ人間は前に進めるのだと思います。