食べ物は芸術?

昨日は「蒲田初音鮨物語」を読みました。1893年(明治26年)から126年続く老舗寿司屋が、廃業寸前から予約の取れない10年連続ミシュラン二つ星店に変貌する話です。今日が人生最後の日なら最高の寿司を出す、というコンセプトで5,000円だったコースを2017年以降、25,000円、35,000円、45,000円と毎年1万円ずつ値上げしています。仕入れる魚の値段を聞いたことがなく、原価率は8割に届きわずか8席の店なのに仕入れだけで年間1億を超えます。これは外食経営の発想ではなく最高の寿司を具現化するアートの世界であり、生き様そのものです。最近になり夕食を二部制から三部制にしたことで、この事業は利益を生み出すはずです。読み終わって清々しい気分になるのは、ROE的な事業発想が今後のビジネスでは足かせになる可能性を示唆している点です。他方どこか後味が悪いのは、最高の食べ物はプライスレス=高いという発想は、単純過ぎて抵抗を感じます。写真はFBから拝借した店のまかない料理です。

無意識の幸せ

幸福は過ぎ去ってから分かるものかもしれないと思います。生活の拠点を甲子高原から東京に移して1年半が過ぎます。稜線で夜明けを待ちながら刻々と色を変える朝焼けを見たり、早朝のごく短い時間にしか姿を見せないモルゲンロートを映す那須連山を温泉から眺めたり、宿の前の阿武隈源流で足元に可憐な花を見つけたり、いずれも自然の美しさに接するとき、無意識に幸せを感じていたと思います。日の出を見たあと山を走って下るとインスピレーションがわき、ペースをあげるとフロー状態なのか気分が良くなり、思考が変わりいやなことを追い払うことができます。幸せの多くは自分の意識の外で感じていて、過ぎ去った後の喪失感として幸せであったことの残像が残るのかもしれません。都市的な快楽により幸せを感じるのは気のせいであり、自分を納得させたい感情だと思います。自然のなかでの暮らしに人を満たしてくれるすべてがあるのは、人類の歴史の大半を自然のなかで過ごしてきたからでしょう。

現代の道具が奪う直感

昨日は瑞牆山から信州峠まで往復しました。雲取・甲武信・金峰・瑞牆の4つの百名山を通る「分水嶺トレイル」に出る妻の下見に同行したのですが、この大会の特徴は踏み跡の曖昧なルートを使い、地形図とコンパス、ロープなど、かつての登山の道具が必携なことです。微かな踏み跡や古いテープを頼りに進むと、間違ったルートが何人にも踏まれてトレイルに見える箇所もあります。深い山でなくても、一般の登山ルートでも簡単に遭難が起こることは福島で経験していますので、遭難用に食料を残します。コースが整備されたおかげでわれわれは安易に山に入り、GPS頼りに道を知る必要もなくなりましたが、その代償に直感を失ったと思います。車をはじめ現代の道具は、より安易に快適にできることを主眼にした結果、運転の自覚もなくぼんやりと2トンもある凶器を走らせているとしか思えない事故も目立ちます。自然は人を癒やし、多くのことを教えてくれると思います。

清算対清算

日韓の対立が従来とは異なる次元で先鋭化するなか、日本は珍しく挙国一致で韓国と対峙しているように見えます。思い出したように反日を叫び始める厄介な隣人は日本人の悩みの種であり、政治や官僚が面子を保つ絶好の機会とも言えます。韓国は時代や状況にあわせてその時々の正義を持ち出しますが、ルールや約束を守るべきだと考える日本人はご都合主義を嫌います。公然と竹島を不法占拠しながら居直る姿も、勝つことが全てでルール無視など気にかけない姿勢に映ります。日本側の措置はあくまでも権利侵害に対する正当防衛であり、政権幹部が早い時期から公言してきただけに勝算があるのでしょう。苦労人で軍隊でも優秀だったとされる文在寅が見落としているのは、自らが主張する「積弊清算」が日本側にもあることです。日本人が執拗な反日無罪に耐えてきたのは、原爆投下や東京大空襲など戦争の悲惨さを理解するからだと思います。日本が世間並みに主張し行動するきっかけになるなら明るい兆しでしょう。

事実は小説より奇なり

昨日は「死に山-世界一不気味な遭難事故」を読みました。目撃者のいない真冬のウラル山脈で9人が悲劇的な最期を遂げた「ディアトロフ峠事件」として知られ、未知の不可抗力によって死亡したと言う謎の表現で捜査が打ち切られ、付近は3年間立ち入り禁止になりました。テントを切り裂き飛び出した6人が低体温症で亡くなり、3人は生前に暴力的な外傷を受け1人は舌がなくなっていたとされます。遺体に付着した放射線や不思議な光の目撃証言から様々な陰謀説が検討されました。紀元前より暮らす原住民のマンシ族が死の山と名付けた標高1,079メートルの不吉な山で起きた出来事を、リバースエンジニアリングによって再現する展開に引き込まれます。福島に住んでいた頃、旅館を揺らすほどの突風を経験していたので、9人が死の直前に受けた恐怖は少しだけ想像できます。事実は小説より奇なりで、人間の想像を超える知らない組み合わせや可能性について教えてくれるノンフィクションは魅力的です。

もう車はいらない?

昨日、日本工学院でeSportsの話をしていて、これはスポーツと言えるのかという論点では意見が分かれます。汗をかかないマインド・スポーツを含めるべきではないという意見が多数派です。運動と身体の関係を重視する自身も、フィジカル・スポーツに限定すべきと思いますが、こうした心情とは別に、独特の環境や法規制により出遅れた日本でも2018年のeSports市場は前年比13倍に成長しています。海外ではプロリーグがeSportsリーグを運営するように、FIA(国際自動車連盟)やWRC(世界ラリー選手権)の公認大会が開催され、マクラーレンのeSports大会優勝者はマクラーレンの開発シミュレーター・テストドライバーとして採用されています。無人機による本当の戦争が、遠く離れた米本土で出勤するサラリーマンによって操縦されるように、航空会社にとってフライト・シュミレーターは不可欠です。もはや純粋な楽しみのために車を動かす時代ではないのかもしれません。実際の車よりはるかに安く、燃料も使わず事故のリスクもなく、失うものはGが発生しないことによる臨場感だけです。怖いのはVR技術と脳に微弱電力を流すことで心を支配する技術が結びつくことですが、技術進化により生まれる新しいカテゴリーは身体性に注目が集まるきっかけになると思います。

都市という錬金術

週に1、2度でも通勤電車に乗るのは苦痛です。ピーク時間をだいぶ過ぎて渋谷に着いた昨日も、ドアが閉まらないほどのすし詰め状態です。何十年も満員電車に乗ってきた自分は洗脳されていたとしか思えません。体力と気力を奪い絶望的な気持ちにさせる電車で通勤させるなど狂気の沙汰だと思いますが、今後も無くなることはないのでしょう。サテライトオフィスや在宅勤務はだいぶ以前より試されていますが、未だに定着しません。アメリカなどの事例に習い1966年に鎌倉の梶原山の小高い丘に本社屋を作った野村総合研究所や、神奈川県足柄上郡大井町の丘陵に1967年竣工した大井第一生命館ビルのような先端事例もありましたが、結局どちらも都心に戻りました。不要なものを買い、無駄に消費させる装置として都市が金を生み出す限り、都市神話は続くはずです。無機質とか非人間的などと非難されようが、新しさや洗練と言う魔力で感覚を麻痺させ、消費者の欲望を増殖させる錬金術に加わらない選択肢など検討する価値すらないのだと思います。

製造業化するヘルスケア市場

健康関連の検索が多いのか、体重が減る、血圧が下がる、糖質制限など高価なサプリメントの広告がパソコンに表示されます。㈱インテージの調査によると健康食品・サプリメントの市場規模(2017年度)は1兆5,624億円あり、生鮮食品を含むヘルスケアフーズの市場は2兆6,856億円、ドラッグストア は5兆1,154億円あり、飲食業界の4兆8,692億円を超えます。普段から健康に関するヘルスベネフィットを意識して、飲食をしている人は64%に上りますが、サプリメントの類には気休め以上の効果はないか、むしろ有害だと思います。自分もビタミンCとDを摂りますが、摂取量を増やせば有害です。本質的な生活習慣を改善せずにサプリメントを免罪符と誤解することは問題です。高価なサプリメントを飲んでも健康な身体でなければそれらは吸収されずに排泄されます。業界が薬を売る製造業的発想から抜け出せないのは、生活改善や健康指導ではお金にならず、不健康が蔓延することが利益を生むからです。

信心深くない日本人?

健康本をよく読みますが多くは矛盾した主張をします。ある程度運動をした方が良いとか少食の方がよいといった一定のコンセンサスはあるにしても、一日三度の食事、7時間寝るのが最も長寿といった主張には異論もあります。結局のところその人なりの健康観が生活スタイルとして全体調和しているかが重要だと思います。人類の身体はこの数十万年の間、大きく変化していないと信じていて、日本では数千年の歴史しかない稲作以降の食生活は正しくない可能性が浮かび上がります。電気のある生活も、車のある生活も、つまり現代人が享受している大半の利便性や娯楽も人体本来のデフォルトとは異なります。トレイルランニングにひかれるのは、人類史の大半を占める狩猟採集時代の運動に近いからです。何を信じるかはその人次第ですが、信ずるものがあれば健康を人任せにすることなく主体化でき、矛盾する情報に折り合いをつけることができると思います。

狂乱が消した優雅さ

昨日は神奈川県葉山町にある登録有形文化財の加地邸を見せていただきました。フランク・ロイド・ライトに学んだ遠藤新の1928年(昭和3年)の代表作で、建築に詳しくなくてもライト独特の世界感に浸れます。富士屋、金谷、万平、奈良といったレジェンドを別格にして、東京ステーション、ニューグランド、蒲郡、川奈、雲仙観光といった代表的クラッシックホテルと同時代の建物は、ミシュランレストランの小笠原伯爵邸と同様に場所性や建築様式を超えて往年の空気を今に伝えます。昭和とともに失った最大の損失は、この時代固有の折衷様式が持つ優雅さだと思います。若い時の自分にとって憧れの対象だったホテルは、現存する上高地帝国や赤倉観光、かつての富士ビューや白馬東急でした。暖炉のある加地邸の客間に佇むと、どこか哀愁に浸りたい気分になります。上へ上へと日本人が未来を信じて高みを目指した昭和初期の優雅さは、その欠乏が満たされるとやがて損得感情の狂乱のなかで姿を消したのだと思います。

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