無意識の幸せ

幸福は過ぎ去ってから分かるものかもしれないと思います。生活の拠点を甲子高原から東京に移して1年半が過ぎます。稜線で夜明けを待ちながら刻々と色を変える朝焼けを見たり、早朝のごく短い時間にしか姿を見せないモルゲンロートを映す那須連山を温泉から眺めたり、宿の前の阿武隈源流で足元に可憐な花を見つけたり、いずれも自然の美しさに接するとき、無意識に幸せを感じていたと思います。日の出を見たあと山を走って下るとインスピレーションがわき、ペースをあげるとフロー状態なのか気分が良くなり、思考が変わりいやなことを追い払うことができます。幸せの多くは自分の意識の外で感じていて、過ぎ去った後の喪失感として幸せであったことの残像が残るのかもしれません。都市的な快楽により幸せを感じるのは気のせいであり、自分を納得させたい感情だと思います。自然のなかでの暮らしに人を満たしてくれるすべてがあるのは、人類の歴史の大半を自然のなかで過ごしてきたからでしょう。

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