昨日は神奈川県葉山町にある登録有形文化財の加地邸を見せていただきました。フランク・ロイド・ライトに学んだ遠藤新の1928年(昭和3年)の代表作で、建築に詳しくなくてもライト独特の世界感に浸れます。富士屋、金谷、万平、奈良といったレジェンドを別格にして、東京ステーション、ニューグランド、蒲郡、川奈、雲仙観光といった代表的クラッシックホテルと同時代の建物は、ミシュランレストランの小笠原伯爵邸と同様に場所性や建築様式を超えて往年の空気を今に伝えます。昭和とともに失った最大の損失は、この時代固有の折衷様式が持つ優雅さだと思います。若い時の自分にとって憧れの対象だったホテルは、現存する上高地帝国や赤倉観光、かつての富士ビューや白馬東急でした。暖炉のある加地邸の客間に佇むと、どこか哀愁に浸りたい気分になります。上へ上へと日本人が未来を信じて高みを目指した昭和初期の優雅さは、その欠乏が満たされるとやがて損得感情の狂乱のなかで姿を消したのだと思います。
お知らせ
歳を理由にしたとき老化が始まる
86歳でトライアスロンに出ている人のテレビ番組を昨日見ました。レジェンドとして大会出場者の間では知られる人ですが、妻を亡くした70歳の頃からトライアスロンを始めたと言います。80歳を超えるスポーツ選手は昔からいましたが、走り方にどこか違和感があったりしたものです。昨日のテレビでは練習風景やレースの様子を撮影していますが、鍛えられた肉体は美しいフォームで力強い走りを見せます。現役登山家を続ける三浦雄一郎氏も同じ86歳で、多くはないにしても50歳台のまま80歳台を迎える人は珍しくないと思います。義理の父も同い年ですが身の回りのことを完璧に一人でして、今でも友人と海外に行き、50歳台だった30年前とそれほど印象が変わりません。2006年に発表された長期調査によれば全米の老年層における慢性障害の発生率は減少し、その減少率はこの20年の間に早まっています。皮肉なことに敬老精神が仇となり、歳を重ねるに従い多くの人は身体を鍛える機会を放棄してしまいます。歳を理由に何かをあきらめたときから老化は始まるのだと思います。
先祖伝来の知恵が残る鹿の湯
昨日は那須湯本温泉の鹿の湯に行きました。値上げの影響なのか昼前に行くと4、5人の客しかなく、明治・大正期の湯治場風情を残す浴室に癒やされます。自分の宿に温泉がありながら週に1、2度来ていたのは効用を実感できるからです。どこの温泉にも効能が書かれていますが、その効果が額面通りのところは少数です。46度と48度の高温浴槽で時間湯をするとありえないほどの発汗があります。旅館の仕事に付き物の手荒れも治りますし、ガンが治った人の話も常連の間では知られています。高級なスパに1、2泊しても気休めにしかなりませんが、民宿に泊まりながらここに一週間滞在すれば確実に効果を実感できます。温泉療法が定着していて、かぶり湯100回、高温浴槽は腰まで1分、胸まで1分、首まで1分など入浴の心得が浸透しています。常連は自分用のひしゃく、砂時計、長時間座るためのマットの三種の神器を持参します。738年開湯の記録が正倉院の古文書にあるようですが、おそらくそれ以前から鹿の湯は使われていたはずです。温泉療法にしても食文化にしても、先祖伝来の知恵を快楽に変えたときから、われわれは大切なものを失ったと思います。
車はリトリート
今朝は晴れ間も覗く甲子高原にきました。気温は18度と過ごしやすい気候です。移動にはいつも国道4号線を使いますが、高速を使わないのは費用対効果の問題ばかりではありません。街並みの変化を感じられる一般道は刺激が溢れアイデアを出したり考えをまとめるのに最適です。信号待ちで思いついたアイデアを音声入力することができるのも一般道を使うメリットです。退屈な高速と違い加減速を繰り返すので運転に集中でき、一種の瞑想効果もあります。今までは運転を価値のない時間と考えていましたが、運転時間が貴重なことに気づいてからは疲れを感じなくなり、甲子高原まではノンストップです。マインドフルネスドライビングほど瞑想に適し、その効果を実感でき、交通事故の減少など意義のあるものはないと思います。現役時代のビルゲイツが外界と遮断したThink Weekを重視していたように、4時間ほどの移動時間を一人になれることが重要で、車は身近なリトリートです。
先進国平均に戻るための複業
仕事上で会う人に占めるスタートアップ企業比率が年々高まる印象があります。新たなビジネスモデルを開発する企業は倍々ゲームで従業員を増やしています。出身母体は様々でも、受ける印象や行動様式は似ています。昨日も業界のルールを変える有力スタートアップの方々に会いましたがその印象は概ね変わりません。話し方が落ち着いているのにテンションが高い、服装に破綻がなくあまりスーツを着ない、メッセンジャーなどを使い返事が早い、自分の会社やビジネスを持っている、などが共通していてスマートな印象です。社会の損失は個人が持つスキルを一つの組織のためだけに使うことだと思います。日本が先進国平均の生産性を取り戻す切り札は、ダブルワークによる新しい働き方しかないと思います。お固いことでは右に出るものがないメガバンクの一角までもが解禁に舵を切り、予想を超えるスピードで社会が変わり始めていることは明るい兆しです。業界を覆う病的なコンプライアンスとどのように折り合いをつけるのかに注目したいと思います。
空腹の正体
空腹に興味を持ち注意を払う人はほとんどいません。その理由は空腹が欠乏状態、すなわち疑いのない悪だと考えるからだと思います。食べないで済ますことができる人は、不食を主張するごくわずかの例外を除いて存在しません。食べられない状態が続くと人は不幸を感じますが、いつでも食料を手にする社会は例外です。人類の長い歴史においては飢餓期が圧倒的に長く、その環境に人体は適応してきたはずです。その名残として空腹時に長寿遺伝子が働き、より多くのエネルギーを代謝にまわすことで身体はベストな状態に近づきます。消化が重労働であることを理解し、空腹を良い兆候として受け入れると食べ物に対する考え方や味覚が変化します。注意深く観察をすれば空腹はかなり早い段階で収まり、はるかに少ない量で満足できるのに、惰性で食べるうちに食事の途中で味覚が変わるサインを見落とします。美味しいものを食べることに人は執念を燃やしますが、美味しさの条件は内面にあり、身体に必要な栄養素が含まれること、本当に栄養を必要としていること、の2つだけだと思います。
半分が107歳まで生きる?
日本人を世界最長寿に押し上げた理由は戦後の衛生環境改善や国民皆保険、地理的条件、食事の優位性、日本人の気質など様々な要因があると思います。一方で、喫煙率が高く塩辛い食事でジョギング人口も少なく、人口過密でストレスと自殺が多く、大気汚染がひどく水道水には高濃度の塩素が入れられ薬を世界一消費する日本人がなぜ長生きなのか、海外の識者の間では不思議な現象と考えられています。2007年生まれの日本人の半分が107歳まで生きるという予測は実感とは離れたものです。確かに先進国の寿命は急速に伸びていて、一日生き延びるごとに5時間寿命が伸びるといった試算もあるほどです。我々が走っているハイウェイは恐ろしい勢いで工事が進んでいて、その終点は思わぬほど遠くにあるイメージです。しかし、寿命が伸びているのは日々肉体労働をする機会があり、世界が羨む長寿食に近い食事をしてきた戦中世代です。アメリカの食文化の洗礼を受けた沖縄が長寿県から一気に転落した例もあります。コンビニに行ってもスーパーに行っても外食店を見ても売られているのは死期を早める食品ばかりで、人は肥満し、働くことのストレスは相変わらずでうつや自殺も減りません。100歳まで生きる人が珍しくないのと同様に、50代で亡くなる人も少なくありません。半分が107歳まで生きるなら残りは何歳まで生きられるのか考えてしまいます。
医師信仰というメンタルブロック
コンサルタントの仕事をしていると何を見てもビジネスモデルに関心が行きます。人類史上最も稼いだビジネスモデルは死の商人だと思います。戦争を引き起こし武器を売るばかりでなく、病気を生み出し薬を売ることで肥大化した医産複合体も死の商人です。薬はドラッグの語源が干し草とされるように元来植物を用いましたが、植物が持つ薬効成分の化学的な構造式が分かると石油を原料に作られるようになりました。化学薬品と薬草の違いが副作用の大きさです。学界・政界支配により一流派でしかなかったアロパシー医学(薬物療法)を医療体系の中心に押し上げたビジネスモデルが最も成功したのは、世界の4割の薬を消費する日本です。医療に対するイメージが昨今芳しくないのは、その一部が闇に包まれているからだと思います。日本人を薬漬け、検査漬けにする上で少なからず役割を果たしたのは日本医師会です。医師信仰というメンタルブロックとは恐ろしいもので人々が本当の姿に気づくことを妨げていると思います。
身体が正気を取り戻す
コーヒーには体を消耗させる毒や中毒性があると言われましたが、この数年は逆に体に良いという主張が幅をきかせ、多くの人がこれを免罪符にコーヒーが美味しくなったと思います。かつてはバラエティ番組の定番は健康ネタで、何が身体に良いと言えば翌日にはスーパーから商品が消える熱狂でした。2015年には、「おもいッきりテレビ」で「お年寄りは脱水症状になりやすいから毎日2リットルの水を飲もう」と呼びかけたみのもんたが、これを実践してうっ血性心不全などを発症した主婦から、6,700万円の損害賠償を求めて訴えられました。この数万年人間の体はほとんど変化をしていないのに、健康トレンドが頻繁に変わるなどありえません。健康に絶対はないのに、このサプリメントで痩せる的な話を人は信じます。メディアが流す情報を鵜呑みにする前に自分の身体に聞くことが大切なはずです。週に一度一日一食にするだけでも、身体が正気を取り戻し満腹中枢の感度が戻り、添加物の味や匂いを嗅ぎ分け、コーヒーは一杯飲めば十分になります。外界の騒音を遮断する断食は身体に静寂な時間を与え、本来備わる感覚を取り戻すことができると思います。
運動栄養学のコペルニクス的転回
世界で最も会いたい人は現在70歳のマルコ・オルモ(Marco Olmo)です。イタリア人とトレイルランニング関係者なら知らない人がいないトレラン界のスーパースターです。世界最高峰のレースUTMB(Ultra Trail du Mont Blanc)で2005年の3位を皮切りに翌2006年、2007年に連続優勝しています。彼をウルトラトレイルの英雄足らしめているのは2007年優勝時の58歳11ヶ月という年齢です。フランス、イタリア、スイスとヨーロッパ最高峰を駆け抜ける総延長163 km(当時)、累積標高差1万 mの過酷なレースに3回続けて入賞するなど超人的離れ業です。37歳でベジタリアンになり、40歳からウルトラレースを始めて偉業を成し遂げた彼が、普段何を食べ、何を考え、どのように暮らしているのか興味が尽きません。イタリア北部の貧しい農村の出身で、家庭の事情から思うような教育を受けられず長年肉体労働に就いたと言います。レースは不本意な半生を贖うもので、還暦も近い年齢で世界最高の栄冠を勝ち取った物語ほど心踊らされるものはありません。優勝した2006年、2007年のリザルトを見ると、前半の20位前後からレース後半の100km地点以降一気に順位を上げ独走していることが分かります。解糖系エネルギー産生で圧倒的に有利な若手選手を制してマルコ・オルモが優勝したことは、糖質重視だった運動栄養学にコペルニクス的転回をもたらしました。