今日は午前中に娘の高校の保護者会に行きました。自分の頃は父兄会と言っていましたが、この表現には当時から違和感がありました。先生と言えば世間知らずで話がつまらないと相場が決まっていたのですが、現代の教員は話がおもしろく、内容も子を持つ親としてだけでなく社会を知る上でも役に立ちます。どうでもいい話を延々とすることもなく、内容は簡潔で親が知りたいことを的確に話して短時間で終わります。先月出た理事長の懇話会もそうですが、積極的に行事に出たいと思える清々しさがあります。それは教員も生徒もお互いが建前なしに真剣に向き合っているからでしょう。建前重視の日本の企業組織が先進七カ国最低の生産性と言われるゆえんは、職場の人間関係の悪さが理由のひとつだと思います。
利権に支配された医学界
引越しをして環境が変わったためか風邪をひきました。昔は医者で薬をもらいましたが、この数年は医者に行くことがなくなりました。たいていの不調は、食事をせずに安静にしていれば自然に治癒します。医者に行かなくなって分かったのは薬を飲んでも飲まなくても同じように治るということです。薬で治ったと思っていたのは自然治癒の力だったのです。ヒポクラテスの時代から自然治癒力が指摘されながら、巨大利権に支配された西洋医学は医学界の常識をでっちあげ、長い間自然治癒力の存在を隠し続けてきたと言えます。
毒をもって毒を制す
昨日の米朝会談が画期的なのは、これまでの理知的な西側首脳による交渉では何の進展もなかったのに対して、予測不可能な狂人同士の直接対話だったことです。ヒットラー以降「狂人理論(Madman Theory)」は独裁国家の首脳によって用いられ、いつも世界を翻弄してきました。「全ての選択肢がテーブルの上にある」と繰り返し軍事オプションの可能性を示唆してきたのも自己演出でしょう。評判の芳しくないトランプ政権ですが毒をもって毒を制するには最適な役どころに見えます。
走る必要がなくなった現代人
圧政に苦しむ北朝鮮の国民は不幸ですが、金正恩も不幸だと思います。常に権力闘争や米韓による暗殺を恐れ、そのストレスなのか、単なるステレオタイプの欲望なのか肥満と喫煙で不健康そのものです。金正恩を笑えないのは、人は苦労を避け、快楽を求める傾向があります。それはいわば生存脳の性癖ですが、他方でわれわれの体は外部環境の変化に適応していて、不快状態が人体のデフォルトです。数々の気候変動を生き抜いた人類は空腹状態で、より長く生きるように設計されています。同様に、狩猟採集の長い歴史に必要だったのは走る能力であり、走る必要のなくなった現代人が不健康になる理由もそこにあります。皮肉なことに2億円以上するというプルマンのまわりを走るガードマンの方がはるかに健康で幸せだと思います。
メルカリの威力
引越しに伴う断捨離でメルカリを使うようになりました。AirbnbやUberが市民権を得られない日本ではメルカリは一番身近にシェアリングエコノミーを体感する場だと思います。商品が売れてお金が入るのはうれしいのですが、むしろ部屋からモノが無くなり片付いていくことが前向きにさせてくれます。メルカリの重要さはマーケティングを知る手段であることです。類似商品を参考に値段を付け、写真の撮り方、説明文の書き方、投稿タイミングなどによって売れ行きは違うと思います。ザ・ノース・フェイスやSALOMONは瞬間蒸発的に売れていきます。ザ・ノース・フェイスのグローブは掲載後1分で売れ、この一週間で出品した9点のうち6点はいずれも数時間以内に売れています。しかし、シェアリング経済における最大の価値は人のスキルですから、コ・ワーキングやコ・イノベーションの流れは今後も加速されるのでしょう。
マイクロアパートメントで十分
30.5㎡のマイクロアパートメントに暮らし始めて2週間が過ぎます。娘が留学中で夫婦2人が住むにはこれで十分です。バブル経済全盛の1989年にsonyが発売したミニコンポpixyのキャッチコピー「人間は、pixyの幅があれば生きていける。」を思い出します。30㎡の住宅は中途半端だと思っていましたが、20㎡前後のワンルームにありがちな閉所感がなく、それでいてワンルームのように何にでも手が届く機能性があり、掃除も楽で空調もすぐに効きます。住空間が拡大したのは玄関に唯一個室を得たラブラドールだけです。
働く必然性があるから幸せ

「LIFE SHIFT」が描く人生100年時代の世界がもたらす生涯働く時代は現実問題だと思います。働く必然性があることは幸せだと思います。働く必要がなければ元来怠惰なぼくなどは無気力で退屈な老後を送ると思います。人類史上最長の122歳と164日を生きたジャンヌ・カルマン(Jeanne-Louise Calmen)の言うように、長生きの秘訣は退屈しないことだと思います。働く必要がなければ朝起きてもやることがなく、脳がぼんやりしたまま刺激も潤いもない一日を過ごしそうです。
まだ10年は働けたコンサルティング会社を辞めたとき、我ながらリスキーな選択だと思いましたが、昔の秩序による安全な生き方はもはや安全ではないと思います。クラウドで働く時代の新たな秩序が形成される前に、退職後の準備が早いほど独立事業者として成功する可能性が高まります。
誰もが考えるケーススタディ
昨日、田園都市線に乗ったドアの前が、期せずして全国区の知名度となってしまった日大の危機管理学部の広告看板でした。先日の学長と文部科学省との面会でも、文科省側は日大のガバナンスの不明確さに苦言を呈していましたが、この学部に起死回生の秘策はあるのでしょうか。電車に乗っていると人の会話が自然と耳に入ります。先日も背後で新入社員と思しき4人が会社で受けた研修の話をしていました。上司から理不尽な指示を受けたときにどのように対処すべきか、というどこかで聞いた話です。ぼくも授業で同じ話をしており、誰しも考えつきそうなケーススタディです。会社から離れて1年10ヶ月が過ぎますが、会社内の話を聞いていると、どこか別世界の話のように聞こえます。
小ささは精神的に快適
アメリカでも都市型の小さな住まいであるマイクロハウジング模索の動きがあります。米国のURBAN LAND INSTITUTEによる2013年の報告書『The Macro View on Micro Units』では350平方フィート(32.52㎡)未満のワンルーム物件をマイクロアパートメントと定義しています。引越しで家の広さが70㎡の2LDKから30.5㎡の1LDKになりわが家もマイクロアパートメントの要件を満たしています。家が小さいと部屋のクーラーはすぐ効きますし、掃除が楽で、わずかな収納からあふれたモノは日々断捨離のターゲットになるので家が片付きます。冷蔵庫の容量も300Lから170Lに減り、小さい冷蔵庫は食材を日々あちこちに移すので目が届き、庫内の回転率も上がり廃棄ロスがない上に無駄に買わななくなり、冷蔵庫も良く冷えるから経済的です。車も体も同様で小さいとエネルギー効率が良くなり経済的であると同時に本当に必要なものだけにそぎ落とす精神的な快適さがあります。
自分史上最長の工業製品

引越しを機にモノの処分と並行して日々使うものはメンテナンスをするようになりました。昨日は結婚祝いにもらい29年以上使っている自転車2台のタイヤとブレーキを初めて交換しました。そういえば結婚記念日を祝う習慣がなく、20年目はもちろん、25年目の銀婚式も完全に忘れてスルーしていました。変速機を持たないベルトドライブの自転車は29年間全くのメンテナンスフリーでパンクすらしません。メイドインジャパンの面目躍如ですが、バブル経済真っ盛りの当時の日本品質は過剰なまでに高いのかもしれません。日用品の自転車でもここまで使うとその耐久性の高さには尊敬に近い愛着がわきます。自動車には10年10万キロ以上乗る主義ですが、走行距離は不明ながら29年以上使い続ける工業製品は自分史上最長です。
写真は先日までタンポポが咲いていた宿の裏庭で、今は別の黄色い花が咲き誇っています。