昨日はロイヤルのGathering Table Pantry二子玉川店に行きました。店舗管理業務の効率化、調理工程の短縮、低投資型店舗を志向した次世代の店舗運営を探るR&D店舗です。提供される料理と同じものが買える冷凍ショーケースが店内に置かれ、ハラール、ヴィーガン認証の料理もあります。葉物野菜とワイン以外は冷凍される湯煎とオーブンレンジだけの鍋も油も使わない厨房は汚れず、2年前に開店した馬喰町の店は汚れが目立たないと言います。考えてみればロイヤルは1951年の創業時から機内食を手掛け1962年にはセントラルキッチンで業務用冷凍料理を作っているわけですから、そこから70年が過ぎても厨房調理にこだわる方が不自然に見えます。ウーバーイーツなど恐ろしい手間暇をかけてデリバリをすることなく、コワーキングスペースや火の使えない場所でも簡単なパントリー機能があれば本格的な料理を提供できることになります。電子レンジを使った料理教室が活況を呈するように、省力化の流れは外食、中食、内食のあり方をドラスティックに変える可能性を感じます。空前の人手不足が仇になり、職場から人を放逐する流れが加速度的に進む未来には複雑な思いがします。
起き上がって走り続ける
弁護士でありながら異国の地で囚われの身となり、部下は泥をかぶる出世の踏み台ぐらいにしか考えないゴーンに置き去りにされたグレッグ・ケリーは何を思うのでしょうか。平民国家の日本人が知らないプライベートジェットを使った手口で富裕ぶりを見せつけたレバノンでの嫌味な会見は、自身が経営する牧場で第二の人生を考えていたであろうその生活とは価値観が違ったのかもしれません。ゴーンはケリーが司法取引を拒んだことを褒めたたえ、尊敬に値する男と呼び忘れるべきではないと訴えましたが、その言葉は虚しいだけです。安倍首相が嘆くように一民間企業の問題が国際問題に発展した今、日本の面子をかけて、プライベートジェットの大きな荷物は検査されないという間抜けさをゴーンが見つけたように、彼が見落としている抜け穴を見つけて欲しいものです。重要な証人であったボスの裏切りに「私は起き上がって走り続ける。不満を漏らしているように思われたくはない」と語り、昼食はコンビニのサンドイッチかおにぎりというケリーには寛大な判決を望みます。
こここそが自分の居場所
昨日は夢からうなされて目が覚めました。営業を休止して2年弱の旅館の資金繰りに行き詰まる夢で、登場人物は見知らぬ人なのに妙に細かい数字のやり取りでリアリティがあります。めったに夢を見ませんが見るのはいつも気の重くなる内容で、起きたときに夢で良かったと感謝します。感謝の感情はドーパミンやエンドルフィンが分泌され海馬の機能を向上させ、ミトコンドリアを活性化し若返りや長寿に良い影響があるとされます。今自分が置かれた状況から最大の満足感を引き出す感謝は、欲のエスカレートを止めてくれます。最も貧しい大統領として知られるホセ・ムヒカは長年刑務所の床で眠り、マット一枚を与えられただけでその夜は幸せな気持ちになれたと述懐します。カルロス・ゴーンのような人たちが望む贅沢な暮らしは、無駄に時間を取られ、わずらわしさを呼び込み、しがらみに束縛されるだけだと思います。贅沢と対極の世界とも言える山にいる時はおにぎり一つ、煎餅一枚に感謝し美味しく食べることができます。世間には終わりのない消費ゲームに取り憑かれた貪欲さばかりが目に付きますが、こここそが自分の居場所と思えることが幸せなのでしょう。
消費者の気持ちが分からない
昨日は西岳(2,398m)に登りました。この季節の山頂往復では全く人に会いません。粉雪の舞う山頂付近のトレイルは雪に覆われ気分は小旅行ですがお金はかかりません。穏やかなペースで森を進むと前方を鹿の群れが渡っていきます。ひんやりした空気が漂う森で深呼吸するだけで五感が刺激され直感が冴え、静寂の森に鹿の鋭い鳴き声が響くとリラックスと集中が同時に起こります。一方一昨日登った入笠山は商業化され2人と犬でゴンドラを使っていたら往復4,000円かかり、山頂は絶景ですが人や犬が押し寄せる無粋な観光地です。これほど自然に恵まれているのに自然を編集して商品化するのが日本ほど下手な国はないと思います。内務省に管轄されるアメリカの国立公園は簡素で素朴ながら環境に溶け込んだ居心地の良いホテルが整備されますが、日本には悪夢のようなファンタジーリゾートか高過ぎて泊まれない宿しかありません。世を憚る深山での隠匿生活に憧れ、唯一の趣味が山歩きやトレイルランニングの自分の目下の悩みは、流行商品や娯楽を見ても欲しいと思えず消費者の気持ちが本音レベルで分からないことです。
フローと無縁のオフィスという風習
昨日は入笠山(1,955M)に登りました。スキー場のゴンドラで登れる山なのでたくさんの犬も来ていますが、登山道で登っても往復2時間半ほどの足慣らしの山です。八ヶ岳、南、中央、北アルプスが一望でき風もなく暖かい絶好の登山日和です。こんな穏やかな日に森林浴をしながらゆっくり標高を上げていくと「何がおもしろくて山を走るのか?」と言うハイカーの気持ちも分かります。リズム運動を伴うトレッキングはセロトニン系の副交感神経優位のリラクゼーションですが、トレイルランニングはフローになることもある交感神経優位のドーパミン系エクストリームスポーツです。急傾斜の岩場など危険な場所であるほどフロー状態に入りやすく、集中力が極限まで高まり筋肉に蓄えられた記憶によって脳を介さず自然に体が動く一種の幽体離脱状態で直感と本能に支配されます。フローに関係する神経伝達物質はドーパミン、ノルアドレナリン、エンドルフィン、アナンダミド、セロトニンの5つがあるとされ、とてつもない効き目をもたらします。科学者がフローとピーク・パフォーマンスの関係に気づいたのは100年以上前ですが、フローを企業文化の一部に取り入れるのはパタゴニアなどごく一部で、フローなど起きようがないオフィスで仕事を続ける風習は不思議に思えます。
老後破産は防げる
有り難くない2019年のトレンドに老後破産があります。年収の高い現役でさえ破産する時代は巧妙なマーケティングが生み出した弊害だと思います。マーケティングの仕事は価値のないものに意味を見出し記号化して価値を高めるサービスと言えます。かのボードリヤールはモノの消費は使用価値の消費ではなく、その商品がシンボリックに意味する記号として消費されると言いました。栄養豊富な豆腐やバナナをよく買いますがこれらは物価の優等生でしかも美味しく調理も不要です。一方日本人にとってロブスターは高級食材のイメージがあり人は高い支払いを惜しみません。かつてマサチューセッツ州は過剰に獲れたロブスターを刑務所食として提供していたところついに囚人たちがストライキを起こし食べるのを拒否したと言います。ロブスターテイルとイナゴは生物学的にはほとんど同じ食品とされます。現代人の五感は衰え記号に頼らないとモノの良し悪しが分からないのかもしれません。世間の常識や記号に踊らされずモノの価値を見極めて無用な消費を慎めば老後破産の一定部分は防げると思います。
金より自由が大事
多くの日本メディアを締め出しながら日本と日本人は好きだというカルロス・ゴーンの記者会見には違和感が残ります。日本の刑事司法制度の問題点や社内の陰謀への批判はさもあらんというところもありますが、人間関係のあやを巧みに利用し自分に黙って従うイエスマンに汚れ仕事をさせてきた彼に語る資格はありません。金へ執着し社会の公器である上場企業を私物化する振る舞いを正当化するものではなく、明らかな論点のすり替えです。日産での功績に比べ当然の報酬だとする見境のない強欲は、移民の子として生き抜いたゴーンには当たり前でも日本でもフランスでも報酬隠しで告発された米国でも通じません。日産を救った恩人を多くの日本人が尊敬しその経営手腕から学ぼうとしました。しかしゴーンは終始「報酬」にこだわり「金こそが評価」という彼の人生哲学は日本人には馴染みにくいものです。37億円を費やした逃亡劇はともかくとして、唯一共感できたのは年を重ねれば金より自由が大事という気持ちだけです。
不幸も金儲けのタネ
ゴーン事件に関して有罪率99.99%と報道され令和元年版の犯罪白書を見ました。裁判確定人員ベースで見ると公訴棄却などを除くと平成元年以降の有罪率はほぼ100%で小数点以下2桁まで100%の年もあります。目を引くのは裁判総数が減少するなか平成17、18年あたりに死刑、無期懲役判決が増えていることです。これは2001年(平成13年)の同時多発テロ以降の世界が戦争の時代に入りメディアを通じて暴力が拡散されたことと関係があるのかもしれません。ゴーン事件も霞むニュースは米国とイランの対立で大規模な戦争を予測する見方もあります。人の欲の行き着く先が戦争につながり、戦争が続けば戦争で儲ける人が増え、そうした環境下では人の心は荒んでいきます。中東情勢の緊張が高まり金融商品などの相場も乱高下し、人の不幸もすべては金儲けのタネにされます。欲は進歩の原動力であり同時に破滅の引き金でもあります。
利己的か利他的かは問題ではない
今日発表されるというカルロス・ゴーンの声明は、世界を驚愕させたゴーン劇場第二幕の趨勢を占う上で注目されます。映画化にふさわしい逃亡劇なのか、有罪判決99%という特殊事情を海外から指摘されたくない日本側が退路を用意したとの説もまことしやかに語られます。各宗教勢力の微妙なバランスの上に成り立つレバノンでは政治エリート層の腐敗に対して市民運動が活発化し安住の地となるかは微妙です。逃亡の中継地となった親日国トルコがいち早くこの事件に反応し、フランスのマクロン大統領も守銭奴のゴーンを嫌っているとされ、彼が心許せる場所は大統領待望論が起こるブラジルだけかもしれません。彼の不正蓄財は日本人的心情としては許せませんが、人生100年時代のロールモデルとして65歳のICPO国際手配の逃亡者が、故国ブラジルの大統領として経済危機を救う姿を期待したい気持ちもあります。野心家として知られるゴーンのモチベーションの原動力が利己的な我欲なのか、利他的な大我なのかは問題ではなく、その能力を社会のために活かしてほしいと思います。
食源病を放置する日本
昨夜近所のミニスーパーで、レジで前にいた同年輩の男性のかごを見るとはなしに見ると2Lのコーラ、カップラーメン、おにぎり2個、タバコが入っていました。先日も朝コンビニに行くとやはり同年輩の作業員風の男性がサンドイッチ、コーヒー、タバコを買っていました。おそらく日常的な食事風景だと思いますが、失礼ながらその老後が悲惨なものになるのは明らかです。アメリカでは医者になるのに栄養学は必須ですが、日本の場合医者ですら栄養学を学ぶ機会がありません。糖質過多の古い栄養学に基づいた食事が慢性疾患を招いているのですが、現代の日本の個食はそれ以前の問題です。欧米の栄養学のガイドラインは精製された穀物の危険性を警告しているのに、世界がその先進性に注目する和食文化を持つ日本は時代遅れの栄養常識を捨てようとしません。スポーツの分野でパフォーマンスを改善する栄養学が研究対象となったのは1924年のボストンマラソンとされますが、日本ではバルセロナオリンピックに管理栄養士が同行したことでスポーツと栄養学の関係が注目されるのは1992年まで待たねばなりませんでした。社会保障費の増加が国の財政を揺るがす日本で、食源病を放置する理由は何か意図でもあるのかと思わせます。