執着という名の荷物

山から戻り数日しか経たないのに、すでに夏山への憧れは募るばかりです。わずか5日ながら、コンビニもなく携帯の電波も届かない、布団も風呂もない山籠り生活はなぜかとても贅沢な消費に思えます。俗世間と距離を取り暮らす隠遁生活がいつの時代も魅力的に映るのは、極限まで肥大化した欲望が跋扈する社会に暮らす反動かもしれません。そのストイックさを心地良く感じるのは、世俗にまみれた生活の雑音が、自分が何者かを確認する術さえかき消すからで、本来の自分に近づくには最小限の荷物を背負い自然に身を晒す旅が最良だと思います。食料やテントを持つと、その重みで体は自由を奪われ運動能力が低下します。荷物の減った下山前日には体力が温存され行動距離が伸び、茶臼小屋に荷物を置き予定になかった光岳までのコースタイム12時間を空荷でピストンしました。ほとんど荷物を持たないトレイルランニングならハイカーの倍程度の距離を移動でき、その魅力は身軽さにより自由を謳歌する開放感です。執着という名の荷物を減らすと遠くに行けるのは人生も同じだと思います。

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