富士山山頂から3,000m付近まで滑落した男性が先週生放送していた動画を見ました。滑落の直前に男性が見た美しい雲海の景色とは裏腹にあまりの寒さに苦痛を訴えますが、死の危険が足元に忍び寄っていることには気づいていないように見えます。足を滑らせ滑落が始まり10秒ほどで動画は終わりますが、自分も何度か滑落しかかっているので身の毛がよだつ映像です。ネットには登山の無謀さを批判するコメントが並びますが論点はそこではないと思います。事故の3日前に飛行機からこの映像と同じように雲海に突き出た雪化粧の富士山を見ました。夏山でも15時には行動を終えることが登山の基本なのに軽装備で日没の早い時期の14時40分に日本最高峰の山頂に立つことは自殺行為です。しかし、男性は今年4度も富士山に登っていて降雪期も知りながらそれでも犯した判断ミスを無謀の一言で片付けることはむしろ危険です。福島に暮らすようになって6月と9月に山の遭難が多いことを知りました。都会の感覚では夏ですが山は突然冬の顔に豹変し牙を剥きます。小さな失敗で痛い目に会いながら人は危険を学びますが、自然と接する機会が少なく安楽に生活できる都市の暮らしが、自然のもたらす危険に対する感度を鈍らせていることを論じるべきだと思います。
今と過去をつなぐ首里城
天皇即位やワールドカップの明るい話題の反面、度重なる水害に続き沖縄のアイデンティティである首里城まで焼け落ちた2019年は記憶される年になるのでしょう。歴史文化の象徴である首里城は記録に残るだけでも過去4度消失していて、日本軍の総司令部が置かれた沖縄戦で破壊された後は城壁や建物の基礎の一部を残す状態だったとされます。一瞬で焼け落ちた首里城には33年間で240億円が投じられており、原因究明もされない段階での再建ありきの議論は疑問です。世界遺産に登録されるのは「首里城跡」であり復元された建物群は含まれません。首里城は何度か訪れていて今年の3月も行きました。正直なところ自分に何かを訴えかける場所ではありません。かつては信仰の対象でもあり特別な場所のはずなのに復元された建物にはそこに宿る生命力とでも言うオーラが感じられないのです。何年か前にアンコール・ワットから40kmほど離れたジャングルにあるアンコール遺跡群のひとつベンメリアに行ったとき、その場所から離れがたいほどの情感があふれてきました。全貌が明らかになればアンコール・ワットを凌ぐといわれるベンメリアですが崩壊が著しく原形を留めていません。深い森に打ち捨てられた遺跡を通してこそ直に歴史とつながることができます。見世物ではなく今と過去をつなぐ首里城のあり方が議論されるべきだと思います。
パソコンを捨てよ
昨日は日本工学院の授業があり、その前にマクドナルドで準備をするのですが直前になってパソコンが不調になりました。いま使っているパソコンにどこか愛着が湧くのは機械らしくなくて、放っておき数日休ませるとまた普通に動き出します。パソコンが動かないとき以前は苛立ちましたが最近は神がパソコンを捨てよと告げている気がします。知識の大半をパソコンに依存しているのですが、自分が社会人になった頃はパソコンのない生活だったので、パソコンなしに人は生きていけるはずです。パソコンが起動しなかったとき、手ぶらで4コマの授業をする方法を直前になって考えるのは刺激的です。元来心配性なので前もって周到に準備をする方でしたが、あるときから直前に準備しても結果は同じだということに気づきました。ドーパミンが分泌されるのかデッドラインの直前になればなるほど集中力が高まり何事も乗り切ることができます。生活が便利になるほど人は機械に依存して生きるようになりますが、一方でそれが人の能力を奪っているのだと思います。
人材育成が先かサラリーが先か
昨日は日米ホスピタリティ関連の教育関係者のセミナーに出ました。日本人のスピーチは失言を恐れてか原稿に目を落としたままで、一方天性のショーマンなのか訓練をされているのか米国人のスピーチには人を引き込む力があります。日本人留学生もアメリカに行くとオープンな性格に変わるようで、おそらく日本の閉鎖的環境が棒読みスピーチの元凶でしょう。ホスピタリティ関連の職場が高いサラリーを期待できない事情はアメリカでも同じらしく、上級管理職になるマネジメントスキルを身に付けるとか、不動産や投資分野などより稼げるスキルを身につける、ライフスタイルとして割り切るなど、どこか歯切れが悪い印象でした。観光立国政策で4,000万人のインバウンドを呼べても民間企業が8兆円の売上を稼ぎ出すのは不可能というデービット・アトキンソン氏の指摘は関係者に耳の痛い話です。昨日のテーマはホスピタリティ産業の人材育成で、高度な教育を受けた人材の不足が指摘されていましたが、企業が魅力あるビジネスモデルで十分なサラリーを払える体質に変わらない限りホスピタリティ産業が人材を呼び込むことは難しく鶏と卵の因果のジレンマに陥りそうです。
偏差値と利権が生む不幸
経産相の辞任を受け「緊張感を持ち政権運営する」と首相が陳謝したばかりですが、「身の丈発言」に続く「雨男発言」といい緊張感のない雰囲気が漂います。失言の背景にあるのは傲慢さで、おそらく身の丈を知らないからだと思います。傲慢は人を見下すことでしか安心を得られない臆病な内面の裏返しで、共通するのは組織の看板や利権あるいはまぐれの成功にあぐらをかいていることです。自分ではなく組織の看板に人が頭を下げることに慣れると自分を過大評価し人として成長しませんから、あとは尊大な態度しか残りません。組織を離れた今は不快な人間を避けることができますが、組織人にはその自由がなく人間関係のストレスは次なる傲慢の温床になります。日本軍を無謀な作戦や無能な作戦で敗退させたのは、海軍のハンモックナンバーのような高偏差値思想により選ばれたリーダーです。米国国務省も1970年代に入るまで優秀な学生を採用すれば望ましい外交成果が残せるという誤解に気づきませんでした。政治の世界がいつまでも進歩しないのは偏差値至上主義が利権と結びついているからでしょう。
近代西洋医学という迷信
一昨日は喉が痛く風邪をひきそうでしたが、何も食べずに生姜をすったジンジャーティーを飲んで早めに眠れば一晩で体調は回復します。勤め人はちょっと体がだるいぐらいで会社を休むことに躊躇し症状が悪化してから休みがちですが、それはかえって仕事の効率を落とすと思います。風邪は季節の変わり目に体が適応するための一種の自然現象でもあり、適切に対処をすれば簡単に治り症状が悪化することはありません。無理をして働いて何日も体調不良で過ごすよりも最初に不調を感じたときに素早く対処して翌日から本調子で働いた方が生産性は高いはずです。風邪薬をはじめとした医薬品市場は世界最大で日本人ほど薬を信頼する国民はいませんが、風邪の治療に最も効くのは何も食べないことと眠ることです。スタミナをつけようと食事をしたり、薬や栄養ドリンクを飲むことは代謝を悪化させ逆効果になり、解熱剤もよほどの高熱が続かない限り有害です。医者は民間療法や伝統医療を非科学的と批判しますが、対症療法でしかない近代西洋医学という迷信に頼り切る方がむしろ問題だと思います。
ハードワークでは死なない?
世間では「時短」の風潮がはびこりますが、これは本来ホワイトカラーには適用されないと思います。忙しければ就業時間などお構いなしに頭は四六時中仕事のことを考えるので、工場の労働時間とは意味が違います。知的労働をしているはずの会社でも休日にPCで会社のネットワークに入ると休日出勤とみなされ会社から注意を受け、もちろん個人のメールを仕事に使うことも禁じられています。仕事こそが自分を成長させる最大の機会なのに、働くことを苦痛だと思っている企業では業務実態を無視した建前だけの勤怠管理をします。かつて在籍した会社の役員は「土日のどちらか休めば平日はどれだけ働いても人は死なない」と公言していて、その頃はよくタクシーで帰宅し翌朝は9時前に出勤しプレゼン前は週に1、2度徹夜するような働き方でした。現役時代に主体的なハードワークをしていた人は組織を離れてもアグレッシブでいつまでも元気です。一方60代で亡くなる人を見ていて気づくのは、現役時代に省エネモードで仕事をしていたことです。ハードワーカー=早死といったイメージが世間にはありますがある程度エネルギーを発散して生きて行かないとむしろ生命力は先細りしていくと思います。
絶対王者も自己と戦う
昨日の朝は体を動かしに高尾山に行きました。多くのルートが通行止めになり、小下沢の林道も山から沢が入り込み土砂で埋められ豪雨の凄さが分かります。帰路立ち寄った武蔵陵墓地は大正天皇が埋葬されて以降4陵が造営される46万平米の皇室墓地です。京都の北山杉150本が植栽される400mの参道には荘厳な雰囲気が漂います。夕方始まった1位と2位による世界最高レベルのラグビーの試合はどこか後味の悪いものでした。イングランドの早いテンポのパスまわしの連続攻撃により立ち上がり1分過ぎの先制トライで不意をつかれたニュージーランドに、本来の完璧さはなく余裕のない苦しい展開になりました。プレー中にドロップゴールを狙うなど予想がつかないイングランドの攻撃と鉄壁の守りに攻撃を封じられ、相手のサインミスで得たラインアウトからのトライでかろうじて完封負けを救われた印象があります。形勢不利が進むに連れて、除々にミスや反則が目立ち始めたオールブラックスを見ていると、世界トップのチームでさえメンタルの怖さを思わずにはいられません。相手のいるチーム競技であっても、結局は精神性など自己との戦いなのだと印象づけられた一戦でした。
聞く力の本当の凄さ
立教大学や日本工学院の授業で聞く力の本当の凄さに気づいたのは偶然です。聞く力というと、傾聴に代表されるように相手を尊重し非言語の背景を理解する能力と解釈されますが、聞く力の本当の凄さは発想力や問題解決にあると思います。授業はケーススタディ形式で、同じような状況にあったA社は成長したのになぜB社は低迷したのか、といった質問をします。学生の前で恥をかくわけにいかないので自分の考えをある程度まとめてから質問をしていたのですが、あるときその理由が自分でも分からないうちに不用意に学生に問いかけたことがあります。頭が真っ白になりかけたのですが学生が言うことを集中して聞くと数人の学生が意見を言ううちに自分ではたどり着けなかった考えが見えてきて、以来自分の考えがまとまらなくてもとりあえず質問を投げかけるようにしました。学生なんてロクにものを考えていないという思い込みを捨て相手を信頼して聞いてみると、自分では出せなかったアイデアがどこからともなく降ってくる共同作業が単なる偶然ではないことに気づきます。
裏取引文化の再評価
東京五輪のマラソン会場を東京から札幌に移す計画の発表は衝撃的でした。開催地としての妥当性よりもその意思決定プロセスが新鮮です。裏取引で事前に物事を決め、もっともらしい顔で平穏無事に議事が決まる根回し文化に慣れた日本人にとって、大会担当国務大臣や開催地の都知事さえ寝耳に水のIOC決定には違和感を覚えます。欧米企業においてはリーダーシップが重視され、日本経営品質賞の先祖であるマルコム・ボルドリッジ賞(米国国家経営品質賞)ではリーダーシップの評点に重きが置かれます。日本的な集団意思決定と欧米的なリーダーシップカルチャーの違いは一長一短ですが、少なくとも日本人同士ならこの時期に開催地を変更する決定は下せなかったはずです。アスリートファーストとは裏腹に放送権やスポンサーを軸にことが決まり、決定事項には従順に従う日本的風土の再評価が必要な時期かもしれません。一度だけ出たグアムマラソンのスタートは朝の3時ですがそれでもすぐに汗が吹き出し、7時には太陽がのぼりますのでサブ4でないランナーにとっては過酷なレースになります。酷暑の東京開催を決めた人たちのなかにフルマラソンを走った人はいないのではと疑いたくなります。