一昨日眼鏡店で視力検査をした際、両目とも6年前の0.4から1.0に視力が回復していました。福島に移り住み山で運動を始めてから視力の回復は実感していて、運転時のメガネも不要になっていたのですが想像以上です。人間の身体が年とともに衰えると考えるのは誤解でわれわれは本来のパフォーマンスを生かしていないだけです。加齢により免疫力が低下すると言われます。NK細胞活性は20歳がピークで60歳はその半分程度に低下すると聞かされ失望します。しかし、免疫力が落ちると言って脅すのは医者であったり健康食品メーカーであったり、一種の脅し文句に使われます。60歳の免疫力でも普通の生活をしていれば健康維持に支障はなく、20歳は普通の2倍の免疫力があると考えるべきです。あれほど無茶苦茶な生活をしても誰も病気にならないのはそのためです。病気の50%は生活習慣、25%が生活環境に関係し遺伝や免疫の影響は25%とされ、加齢よりもストレスや大気汚染など暮らす環境の影響の方が大きいと思います。
商売の基本は普遍
昨日はメガネのレンズ交換にイワキに行きました。イワキは首都圏に約30店舗を展開する中堅チェーン店ですが、自分が知る限りあらゆる業種を通じて最良の顧客満足を提供していると思います。丁寧に検査をしてくれた上で、メガネを変える必要はないと以前言われたことがあり以来信用しています。紙で管理する顧客カードによると前回の来店は6年前のようで、決まった担当者がいるわけではないのですが、担当者した人がはずれることがありません。人手不足になる以前から接客で顧客満足を売りにするなど至難の業ですが、顧客のニーズを探りその課題解決に貢献しようとする真摯な姿勢が伺えます。やたらと本が出版されて神話が独り歩きするチェーンホテルには失望することが多いのですが、この店では買わずに帰るのが申し訳なくなります。高い商品を勧めるわけでもなく顧客の視点で考えることが徹底されていて、最終的にあなたから買いたいと思わせるところに看板倒れの理念を掲げる会社との違いがあります。近所に安いメガネチェーン店があっても今後もこの店を選ぶと思います。いつ戻ってくるとも知れない客を信じて正直な商売をすることは気が遠くなることですが、商売の基本は時代が変わっても普遍なのでしょう。
Health Star Rating
2年前にわが家にホームステイしていたオーストラリアからの留学生が高校を卒業して日本旅行の途中に昨日から2週間滞在します。35㎡のマイクロアパートに4人とラブラドールのプライバシーのない生活ですがこれも日本の思い出になるでしょう。持ってきてくれたお菓子に表示されていたHealth Star Ratingは2014年にオーストラリア政府が決めた食品の健康度を示す指標で、0.5点刻みの5点満点で表示されます。カロリー、砂糖の量など身体に害を与えるリスク要素、食物繊維などの健康にプラスの栄養素を基準に評価され、日本でもおなじみのこのクッキーの場合最低評価です。身体に悪いことは分かっていてもあえて最低評価を見せられると消費量に影響をするはずです。現在は表示義務がなく製造元の判断ですが、これは意味のある取り組みだと思います。日本でもカロリー表示は見かけますがカロリー悪者説が否定され始めた昨今、生活習慣病の主因である食べ物を健康リスクの観点から格付けすることは大きな効果につながると思います。ソーダ税の課税により肥満が減るという調査もありますが、広範な栄養知識や健康情報を一般消費者に求めるのは酷なことであり、食への意識を変えるきっかけになると思います。
社会を良くする怒り
現在のように人手不足になる以前から経営者の悩みの多くは人の問題です。企業における全ての課題は最終的には従業員のモチベーションの問題に収束すると思います。多くの経営者は「仕事がつまらない」ことを前提にやる気を出させる方法を考える無益の循環に陥ります。問題が複雑なのは、モチベーションがどこから来るのか定かでないことです。年配者に人気のあるマズローの欲求五段階説もあまり助けになりません。モチベーションは本来内発的なものですが、形に見えやすい外発的モチベーションと異なり把握を難しくします。人を突き動かす動機の一つはひどすぎる業界企業への怒りだと思います。フェラーリが普及品の部品を法外な値段で売っていたことへの怒りがフェルッチオ・ランボルギーニにフェラーリに対抗するスポーツカーを作らせたように、家族で泊まった悲惨なモーテルへの憎悪がケモンズ・ウィルソンにホリデイ・インを創業させたように、二人の娘と行った遊園地の不潔さと退屈でサービスの悪さがウォルト・ディズニーに夢の国を作らせたように、負のエネルギーが理想を求めて人を突き動かし、社会をより良い場所に導くと思います。
忘年会は守旧派最後の砦?
一時は絶滅の危機にあった社員旅行や運動会がチームビルディングにリニューアルされて復活する一方、昭和の名残を留める忘年会だけは若い世代に人気がないようです。宴席も仕事の一部という20世紀から受け継がれた風習は、終業後は会社の人との交流を避けたい人には受け入れがたいものです。働き方改革の議論がいつも的外れに聞こえるのはその出発点が見当違いだからです。21世紀に入っても多くの企業が工場労働方式を踏襲し、人事部は人を歯車や頭数として見る癖が抜けず、個性や相性を活かす発想に欠けます。アメーバー型組織や立候補制、360度評価など目新しい制度を導入しても事の本質は変わりません。副業や複業が突然ブームになったのもどこかヤラセの感じがします。今でも経済界を牛耳るのは時代の変化を受け入れたくない守旧勢力です。週一度は日本工学院に行き、授業が終われば帰る当たり前の働き方はストレスゼロです。働くことを窮屈にしているのは毎朝同じ時間に同じ場所に行き一日束縛されることへの無力感だと思います。自分のタレントを一つの仕事に費やす退屈さが、人より偉くなりたい、予算をたくさん使いたい、人を支配したいといった社内政治へと人を駆り立てるのでしょう。
富がもたらす恐怖
羽田空港に降り立ったカルロス・ゴーンが東京地検特捜部に連行された衝撃から一年が経ちます。日産の企業体質や日仏経済戦争もさることながらその贅を尽くした暮らしぶりが注目されました。諸行無常を最初に学ぶのは平家物語ですが繰り返し学ぶこの教訓ほど人生に生かされないものはありません。この世に存在する森羅万象はすべて、形も本質も常に流動する川の流れのようなもので一瞬といえども存在の同一性を保持することはありません。しかし人は形あるものにすがり執着し、それ故現代に至るまでこの物語が語り継がれるのでしょう。プライベートジェットや高級なヨット、豪華な邸宅、諸行無常だからこそ人はその一瞬の儚さにすがるのですが、執着が体を蝕むことには無自覚です。都市的な消費をゲームとして割り切っているうちは良いのですが、それが生きる価値と同化する錯覚に陥ります。この罠にはまるのは教養や社会的地位とは関係がないようで万事派手好みだったカルロス・ゴーンの教訓は印象的です。持ち物が増えれば失う恐怖が増えることに気づきません。富と名声を欲しいままにした権力者の晩年が恐怖に彩られる歴史はいつの時代も同じです。
可能性を信じるか否か
日本社会には人の可能性を閉ざす風潮があると思います。学校でも企業でも無気力を学習させられ、「どうせ自分などは」と可能性を自ら閉ざす人が多い気がします。学校や企業には国民を戦争に駆り出した時代の国家統制の名残が見え隠れし、企業の肩書は軍隊の階級を踏襲して権威主義の基盤になります。自虐的になればチャンスがチャンスと思えず偶然を味方にすることもできなくなります。ベンチマークすべき人を見ても「あの人とは元々違う」と決めつけ、成功者も最初は自分と同程度の能力、才能、センスしかないことを見落とします。長寿社会の魅力はいくつになってもチャンスがあることだと思います。今年86歳でアコンカグアに挑んだ三浦雄一郎氏ができるなら自分にもできると思うか、別世界の話と思うかによって人生は変わるはずです。先日亡くなった中村医師の成し遂げた業績は偉大でも、最初の一歩は誰にでも踏み出せます。未来の可能性を信じるようになったのは仕事を窮屈なものにする企業組織を離れてからです。成功は雪だるま式に蓄積され、幸運は挑戦者にしか訪れないと今は思います。長寿社会は年々チャンスが減っていくと思うと苦痛に、毎日が可能性に満ちていれば天国になるのでしょう。
星野リゾートは安倍政権?
先日某大学が運営するセミナーで、星野リゾートの人がゲストスピーカーで話をした際、並入る企業の幹部クラスを前に話したのは入社4、5年目の女性でした。ほかの企業が大学側に気を使って役員クラスを派遣してくるのに対して、自社のトレーニングの一貫と考えているのか、星野リゾートらしい強かさを感じます。話の内容に過不足はありませんし質問にも的確に答えていて新卒でも4、5年すれば対外的に会社を代表できるという自信は素晴らしいと思います。わずかな謝礼が出たにせよ収益を生まない付き合いに幹部を派遣するなど合理的な判断と言えませんし、体面ばかり重視する従来の企業風習を真っ向から否定する潔ささえ感じます。話で印象的なのは離職率で、リブランドなど他社からの複数のテイクオーバー物件があることを考慮すると想像より低い数値でした。積極的な情報開示により求職者にセルフスクリーニングをしてもらうことが雇用のミスマッチを防ぐ上で重要です。常にベターであり続ける強すぎる星野リゾートは、どこか好きになれないけど他に選択肢がないから認めざるを得ない安倍政権と似ているのかもしれません。
高級ホテルは新種の税金?
日本各地に世界レベルの高級ホテル50カ所程度の新設を後押しすると週末に菅官房長官が発表しました。滞在すべきホテルがないからハイエンドのインバウンドが取れないとか、ホテル業界に投資を呼び込まないといけないという意見には一理ある一方で性急なホテル開発を懸念する声もあります。なんとしても経済を活性化したい政府としては先進国の都市に比べて少ないとされるラグジュアリーホテルを増やす政策は魅力的でしょう。ニセコやそれに続く白馬などの活況にも刺激を受けたはずです。他方で、都会のホテルでさえ優秀人材が確保できない昨今、世界レベルのホテルをハードだけで作る考えには危うさがあります。中途半端なホテルを作れば富裕層から見向きもされずリゾートバブルの再来になります。かつては多くの日本人が最初に出会うホテルはプリンスホテルあたりの規格化されたホスピタリティ商品で、それでも一種の憧れを感じてきたのですが、日本が誇れるのは風土が育み、欧米でも評価される旅館だと思います。個人的には高級ホテルを使う機会もつもりもないのですが、富裕層からお金を吐き出させる新種の税金と考えれば、推進すべき政策かもしれません。
製薬業界の代理店
学術的知識を持つ専門職を指すキュレーターがトレンドセッター的により広範な意味で用いられるようになったのは比較的最近です。ファッションや食、旅行などスタイリッシュなライフスタイルを提案することで新しい流行傾向を先取りし消費者の好みや欲求を喚起します。流行にはいつも金の臭いと欺瞞がつきまとい、昨今のキュレーターという言葉にもどこか胡散臭さを感じます。キュレーターが真に必要なのは医療の分野だと思います。昔は金持ちの関心は有名な医者や政治家と知り合いになることでしたが、今では医者に近づくほど過剰医療の犠牲者になる可能性が指摘されます。医療費のかなりの部分は必要を超えて人為的に作られた病気に使われます。薬の処方頻度とアルツハイマーを始めとした様々な病気の発症には明確な相関がありますが、多くの人は因果が逆転していることを見落とします。「病院のCEOを選ぶなら病院を治療のための機関から、治療する人のマネジメントをする機関に変えることのできる人を選ぶ」と述べたのはピーター・ドラッカーです。日本を薬漬け大国にする理由は医療機関がキュレーターではなく製薬業界の代理店だからだと思います。