昨日羽田から乗った飛行機の出発が30分遅れ、客室乗務員に遅れた理由を聞いても出発準備の遅れとしか答えません。ここがJALの素晴らしいところですが、その後別のCAが出発便のゲートに他の飛行機が止まっていたことが遅れた理由だと教えに来てくれます。しかし始発便にも関わらずゲートに別の飛行機が止まっていた理由は、聞いていないのか言えないのか教えてくれません。以前外資系企業で働いている頃に感銘を受けたのは、再発防止のために原因追求を徹底する姿勢です。日本企業の場合、だれかの責任が問題視されることを回避するために原因追求の手を緩める傾向があります。忖度、遠慮、和をもって尊しの精神は日本の良さであり同時に経営改善の観点からは致命的な弱点だと思います。責任追求をすれば誰かを敵に回すことでエネルギーを使いますし、仲間はずれにされることを極度に恐れる日本人は適当なところで問題に蓋をするか泣き寝入りします。飛行機が遅れたことより遅れた原因が放置されることに腹が立ちます。到着地の空港に近づくと普段の高度より低く、通常は空港をだいぶ行き過ごした地点で旋回をするのですが、空港のわずか手前で旋回して空路を短縮します。人の責任であっても何とかしようとするのが日本の美点なのかもしれません。
観光の終焉
2年前にわが家にホームステイしていたオーストラリアの留学生が、高校卒業後日本と韓国を一月半かけて旅行中にわが家に滞在しています。英語以外に日本語と中国語をほぼ完璧に話し今はフランス語を勉強しているという彼女の行動は従来の旅行者という概念ではくくれません。暮らすような旅という旅行の文脈を超えて両者が融合しています。留学時代の友人と会ったり、下北沢の古着屋を見たりグーグルマップを片手に大阪で買ったICOCAでどこにでも行きます。もはや旅行というカテゴリーでくくることが憚られるロングステイを見ていると、もしかしたら自分は都会が嫌いなのではなく、画一的な日本の都市を見飽きて退屈なだけだと思います。MaaSによりシームレスな移動が実現しそのICTプラットフォームに住居と仕事と信用スコアが乗れば働くことと世界中への移動が融合した新しい生き方が生まれます。人口減少と空き家、生産人口の減少に悩む日本が優秀な労働力という関係人口を世界から集めるために、目先のインバウンド集客など観光に留まらない戦略が必要だと思います。
忖度は日本のカルチャー?
かんぽ生命保険の不適切販売や総務省時代のポジションを背景に影響力を持ち、行政処分の検討状況を総務省から聞き出していた日本郵政の上級副社長の一連の問題は、周回遅れになっても懲りない旧態依然とした日本のムラ社会の健在ぶりを見るようです。変わらなくてはならないというのは対外的な姿勢だけで、いつまで経っても内輪のなれ合い論理が抜けず、そこには国民や消費者の目線はありません。秩序と調和を重んじ、変化の兆しを察知すれば出る杭を叩く風土からはイノベーションも斬新なアイデアも生まれなくなり社会との接点も閉ざされていきます。保身や忖度にまみれた非生産的な組織に長く身を置くと地位や名声、お金以外のものへの興味を失います。名誉ばかりを重んじ変わろうとしない組織ではお互いが忖度しあうことで双方の立場を守る独特の世界観が作られます。旧来の秩序を信奉するリーダーには確固たるビジョンや戦略がなく、挑戦に向き合うこともしない閉塞感がいずれ組織を劣化させます。イノベーションから遠いところにある組織は生き残りを賭けた切迫感がなく、遠慮や忖度を未だに尊い日本のカルチャーだと信じ込んでいるからです。リーダー自身が組織の外と向き合い変わらない限り大胆な挑戦ができないと思います。
結果にコミットの真実
問題解決で必要なのは原因を見つけることです。原因を特定しない対症療法では再び問題が起こります。西洋医学は対症療法ですから自ずと患者は生涯お世話になります。同様にあまたあるダイエット法はリバウンドを繰り返し事業者の経営を安定させます。太る原因を掘り下げないダイエットは体に無理を強いるだけです。ゆるい糖質制限で20kg体重を落としましたが、以後リバウンドはありません。リバウンドの定義にもよりますが仮に体重が増えても数日で元に戻せます。糖質制限については今でも様々な意見がありますが、糖質が肥満の主因で現代社会が糖質過多であることは疑いがありません。太るメカニズムに関与をするのは糖質摂取とグルコーススパイクによる食欲の暴走で、リバウンドする人は偽の食欲に騙されます。空腹と空腹感の違いが分かれば誰でも食欲をコントロールでき、自分で痩せられます。人の手を借りたダイエットはリバンドするのが常で、忙しくてライザップに通えなくなった有名人のビフォーアフターのリバウンド写真が一部でネタにされています。あと30年ぐらい経ってライザップのCMに出ていた人たちがどうなったか確認しないと、ライザップがコミットした結果の真実が分からないところに健康の難しさがあります。
半分ではなく2倍
一昨日眼鏡店で視力検査をした際、両目とも6年前の0.4から1.0に視力が回復していました。福島に移り住み山で運動を始めてから視力の回復は実感していて、運転時のメガネも不要になっていたのですが想像以上です。人間の身体が年とともに衰えると考えるのは誤解でわれわれは本来のパフォーマンスを生かしていないだけです。加齢により免疫力が低下すると言われます。NK細胞活性は20歳がピークで60歳はその半分程度に低下すると聞かされ失望します。しかし、免疫力が落ちると言って脅すのは医者であったり健康食品メーカーであったり、一種の脅し文句に使われます。60歳の免疫力でも普通の生活をしていれば健康維持に支障はなく、20歳は普通の2倍の免疫力があると考えるべきです。あれほど無茶苦茶な生活をしても誰も病気にならないのはそのためです。病気の50%は生活習慣、25%が生活環境に関係し遺伝や免疫の影響は25%とされ、加齢よりもストレスや大気汚染など暮らす環境の影響の方が大きいと思います。
商売の基本は普遍
昨日はメガネのレンズ交換にイワキに行きました。イワキは首都圏に約30店舗を展開する中堅チェーン店ですが、自分が知る限りあらゆる業種を通じて最良の顧客満足を提供していると思います。丁寧に検査をしてくれた上で、メガネを変える必要はないと以前言われたことがあり以来信用しています。紙で管理する顧客カードによると前回の来店は6年前のようで、決まった担当者がいるわけではないのですが、担当者した人がはずれることがありません。人手不足になる以前から接客で顧客満足を売りにするなど至難の業ですが、顧客のニーズを探りその課題解決に貢献しようとする真摯な姿勢が伺えます。やたらと本が出版されて神話が独り歩きするチェーンホテルには失望することが多いのですが、この店では買わずに帰るのが申し訳なくなります。高い商品を勧めるわけでもなく顧客の視点で考えることが徹底されていて、最終的にあなたから買いたいと思わせるところに看板倒れの理念を掲げる会社との違いがあります。近所に安いメガネチェーン店があっても今後もこの店を選ぶと思います。いつ戻ってくるとも知れない客を信じて正直な商売をすることは気が遠くなることですが、商売の基本は時代が変わっても普遍なのでしょう。
Health Star Rating
2年前にわが家にホームステイしていたオーストラリアからの留学生が高校を卒業して日本旅行の途中に昨日から2週間滞在します。35㎡のマイクロアパートに4人とラブラドールのプライバシーのない生活ですがこれも日本の思い出になるでしょう。持ってきてくれたお菓子に表示されていたHealth Star Ratingは2014年にオーストラリア政府が決めた食品の健康度を示す指標で、0.5点刻みの5点満点で表示されます。カロリー、砂糖の量など身体に害を与えるリスク要素、食物繊維などの健康にプラスの栄養素を基準に評価され、日本でもおなじみのこのクッキーの場合最低評価です。身体に悪いことは分かっていてもあえて最低評価を見せられると消費量に影響をするはずです。現在は表示義務がなく製造元の判断ですが、これは意味のある取り組みだと思います。日本でもカロリー表示は見かけますがカロリー悪者説が否定され始めた昨今、生活習慣病の主因である食べ物を健康リスクの観点から格付けすることは大きな効果につながると思います。ソーダ税の課税により肥満が減るという調査もありますが、広範な栄養知識や健康情報を一般消費者に求めるのは酷なことであり、食への意識を変えるきっかけになると思います。
社会を良くする怒り
現在のように人手不足になる以前から経営者の悩みの多くは人の問題です。企業における全ての課題は最終的には従業員のモチベーションの問題に収束すると思います。多くの経営者は「仕事がつまらない」ことを前提にやる気を出させる方法を考える無益の循環に陥ります。問題が複雑なのは、モチベーションがどこから来るのか定かでないことです。年配者に人気のあるマズローの欲求五段階説もあまり助けになりません。モチベーションは本来内発的なものですが、形に見えやすい外発的モチベーションと異なり把握を難しくします。人を突き動かす動機の一つはひどすぎる業界企業への怒りだと思います。フェラーリが普及品の部品を法外な値段で売っていたことへの怒りがフェルッチオ・ランボルギーニにフェラーリに対抗するスポーツカーを作らせたように、家族で泊まった悲惨なモーテルへの憎悪がケモンズ・ウィルソンにホリデイ・インを創業させたように、二人の娘と行った遊園地の不潔さと退屈でサービスの悪さがウォルト・ディズニーに夢の国を作らせたように、負のエネルギーが理想を求めて人を突き動かし、社会をより良い場所に導くと思います。
忘年会は守旧派最後の砦?
一時は絶滅の危機にあった社員旅行や運動会がチームビルディングにリニューアルされて復活する一方、昭和の名残を留める忘年会だけは若い世代に人気がないようです。宴席も仕事の一部という20世紀から受け継がれた風習は、終業後は会社の人との交流を避けたい人には受け入れがたいものです。働き方改革の議論がいつも的外れに聞こえるのはその出発点が見当違いだからです。21世紀に入っても多くの企業が工場労働方式を踏襲し、人事部は人を歯車や頭数として見る癖が抜けず、個性や相性を活かす発想に欠けます。アメーバー型組織や立候補制、360度評価など目新しい制度を導入しても事の本質は変わりません。副業や複業が突然ブームになったのもどこかヤラセの感じがします。今でも経済界を牛耳るのは時代の変化を受け入れたくない守旧勢力です。週一度は日本工学院に行き、授業が終われば帰る当たり前の働き方はストレスゼロです。働くことを窮屈にしているのは毎朝同じ時間に同じ場所に行き一日束縛されることへの無力感だと思います。自分のタレントを一つの仕事に費やす退屈さが、人より偉くなりたい、予算をたくさん使いたい、人を支配したいといった社内政治へと人を駆り立てるのでしょう。
富がもたらす恐怖
羽田空港に降り立ったカルロス・ゴーンが東京地検特捜部に連行された衝撃から一年が経ちます。日産の企業体質や日仏経済戦争もさることながらその贅を尽くした暮らしぶりが注目されました。諸行無常を最初に学ぶのは平家物語ですが繰り返し学ぶこの教訓ほど人生に生かされないものはありません。この世に存在する森羅万象はすべて、形も本質も常に流動する川の流れのようなもので一瞬といえども存在の同一性を保持することはありません。しかし人は形あるものにすがり執着し、それ故現代に至るまでこの物語が語り継がれるのでしょう。プライベートジェットや高級なヨット、豪華な邸宅、諸行無常だからこそ人はその一瞬の儚さにすがるのですが、執着が体を蝕むことには無自覚です。都市的な消費をゲームとして割り切っているうちは良いのですが、それが生きる価値と同化する錯覚に陥ります。この罠にはまるのは教養や社会的地位とは関係がないようで万事派手好みだったカルロス・ゴーンの教訓は印象的です。持ち物が増えれば失う恐怖が増えることに気づきません。富と名声を欲しいままにした権力者の晩年が恐怖に彩られる歴史はいつの時代も同じです。