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モノが買えない社会

東日本大震災のあと5Lのガソリンを買うのに30分並んだことや外国人スタッフが帰国した外資系ホテルが営業を休止したことと、都市が今直面している状況は別次元です。夜のクラブ活動が敵視され多くの飲食店が営業できない世界は「モノが買えない社会」というかつて経験したことのない壮大な社会実験をしているようなものです。モノが買えないことの素晴らしい美点は所得格差が解消されることです。お金そのものには価値がありませんから使うあてがなければ格差は意味を失います。同様に世界には有望な投資先が限られ始めていて、超富裕層がさらに富を拡大することも難しくなります。そう考えると暴力的におぞましいほどの格差を広げた中国でウィルスが発生したことには納得がいきます。金で手にする幸せの儚さを世界が知るのであれば一連の騒動には意味があると思います。昔は美味しいものを食べられる人が幸せだと思いましたが、本当は美味しく食べられる人が幸せなのです。運動を増やして食事を減らせば本当の食欲が戻りすぐに健康体になりますが、都市の生活ではその逆が奨励されます。食料から燃料、そしてレジャーまで自前で調達できる自然のなかの暮らしへの憧れが増々膨らみました。

30年間進歩しなかった企業組織

トム・ピーターズの「新エクセレント・カンパニー」を読みました。36年前(執筆時)の前著は世界で600万部以上の大ベストセラーになりましたが、ケーススタディで取り上げた43社の過半数の経営が出版の5年後に失速したことでも有名になった問題作です。一番知りたいのはエクセレント・カンパニーが凋落した理由ですが、「36年のうちに大方の企業が輝きを失ってしまった。巨大企業の貢献はかなり過大評価されていた。」と他人ごとで反省の弁はありません。彼の著作はいみじくも世の中にエクセレント・カンパニーが存在しないことを示し、これに続く「ビジョナリー・カンパニー」もその点で同じです。しかしトム・ピーターズの偉いところは前著出版の直後に改心したことです。その後に連発される著作はワォ!やクレイジー!といった情熱系路線に宗旨変えし、ありきたりで退屈だったビジネスの世界に大地を揺るがすほどのワクワクとみなぎる元気を持ち込みました。今回の本が30年以上前の著書群から唯一進歩したのはサブタイトルに「AIに勝てる組織の条件」がついたことです。問題は今でもこの本が売れることで、この30年間企業組織は進歩しなかったことになります。もしエクセレント・カンパニーを一社だけ上げるなら彼も絶賛したサウスウエスト航空を置いて他にはないでしょう。

学校も会社もいらない

かなり控えめに言っても今の状況は戦後最大の異変ですが、重要なのはこの状況を味方にできるか否かだと思います。低俗なマスメディアの終焉が見えてきたこと以外にも好ましい面があります。グーグルによると、職場への移動は米国で38%、イタリアでは63%減に対し日本は9%減にとどまり、三密が好きな日本社会の対策の遅れが目立ちます。先進国のなかで一番遅れているとされるリモートワークやオンライ授業を日本もせざるを得ないことは明るい兆候です。ポストコロナに待ち受けるのはハコとしての会社も学校も不要になる社会です。さらに発展して世界から最良の教師や最良の従業員を選べるようになればハコだけではなく学校や会社組織そのものがいらなくなります。これは決して突飛な発想ではないと思います。教育は人格形成であるといった、理想論ときれい事で聖域を作り規制するのは権威に弱い日本人の悪い癖で、殺伐とした教室が人格形成にふさわしいはずがありません。三密の権化のような会社のオフィスもその不合理さと非効率さが露呈するはずで、硬直した建前文化を壊し学ぶや働くを再定義する抜本的な改革が進むことを期待したいと思います。

自然界に学ぶ人間界

戒厳令前夜の首都圏から離れた白河のマクドナルドでさえ人影がなく三密とは無縁の開店休業状態です。古代より天変地異は人間社会への天の警鐘であるとする古代中国の災異思想は非科学的な神秘思想として一蹴されてきました。近代科学は人間が自然を制服することを使命としてきた側面がありますが、科学が天変地異を制服した歴史は皆無です。古代人が怖れを抱いた日蝕や月食の現象を合理的に説明し予測することはできても、それらの現象に現代人が関与することはできません。SNSの外食投稿が自炊投稿に変わり、日々の地に足のついた生活を見直す風潮には好ましい面があります。人間の傲慢さの象徴である自然界との調和を無視した現代社会のあり方を見直す機会にすべきなのかもしれません。自然界は陰陽二気の調和によって成り立ち、人体も自律神経のバランスがなければ生きていくことができません。一方人間界では勝敗、損得、吉凶といった、数億年前に遠い祖先が爬虫類と分かれたときに受け継いだ脳のさもしい対立概念が社会を覆っているように見えます。

逐次投入を繰り返す日本

高度にデジタル化されスマホなしには生きられないはずの中国で過去3ヶ月に2,100万のスマホが契約解除され、少なすぎる中国の死者数の桁がだいぶ違う可能性を暗示します。一部の中国メディアは1、2月の国内失業者が2億人を超えると伝え、米国の失業保険申請件数はリーマンショックの10倍です。戦争を知らない世代は想像するしかありませんが、今世界で起こり始めている事態は戦時下に近いと思います。最優先は戦争に勝つ事であり負ければ財政再建の心配は意味を失います。日本軍が戦力を出し惜しみ逐次投入で痛手を負った教訓を活かすべきでしょう。非常時こそあらゆる面で改革を一気に進めるチャンスであり、真面目に働かないサラリーマン、真剣に学ばない学生を本気にさせて人生の主体性を取り戻す絶好の機会です。自分たちだけが安全地帯にいてリスクを取らず、事態の深刻さを理解できないエスタブリッシュメントが平成を失われた30年にしました。縦割り組織の狭い範囲でしか物事を考えず、これまでのやり方にこだわり、長いものには巻かれる空気がこの国から主体性を奪っていると思います。

知人が信じられない

一連のウィルス騒動の報道を通じて切り取り報道や印象操作といったオールドメディアによる視聴率、購読数を稼ぐ手口が明らかになったと思います。オールドメディアの権威を信じやすい高齢者層の行動を左右してしまうことは問題だと考えていたのですが、昨夜のNHKスペシャル「フェイクに奪われる“私”」はさらに深刻な内容でした。SNS上のフェイクを信じた市民に無実の人が殺害される事件は、信じたい情報だけを信じて真実が消されるSNS時代の恐ろしさを感じました。AI技術を使ったディープフェイクにより動画が巧妙に修正されることで世論操作は容易になります。フェイクニュースは反日国家の専売特許ではなく善良なはずのわれわれの知人のなかにも紛れ込んでいます。昨日だけでも医療現場の窮状を訴えるチェーンメールを複数見かけましたが、恐らく火事場泥棒的な特定組織の意図を持ったものでしょう。市民の善意を装う拡散希望が目の前で恐ろしいシェア数になり世論形成さてれいく現実を目の当たりにして背筋が凍る思いがしました。購買行動に最も影響を及ぼすのは知人の評価ですが、もはや知人が信じられない恐ろしい時代なのだと思います。

「創造的休暇」がポストコロナを決める

外出自粛でJRの乗客は路線によっては7割減、一方在宅勤務や休校によりデータ通信量は4割増加していると言います。アイザック・ニュートンが万有引力の着想に没頭することができたのは、ロンドンで腺ペストが大流行しケンブリッジ大学が閉鎖されたときです。故郷に戻った1年半の休暇中に、雑事から解放され落ち着いてじっくりと思索をめぐらす時間を得た「創造的休暇」がなければ世紀の大発見はなかったのかもしれません。サラリーマン時代を通じて20年以上リモートワークをしていますが、会社にいるときはあれほど忙しく拘束時間が長かったのに一人で仕事をすると業務時間が不思議と半減したことを思い出します。会社のオフィスには、雑務や人との調整、無意味な会議や付き合いなど、人が集まることによる付加価値を生まない無駄がいかに多いか実感しました。いかなる変化も起業家にとってチャンスです。今や世界中が「創造的休暇」に入っていますがこの時間の過ごし方がポストコロナの勝敗を分けると思います。

いつでも若返る

写真を見返していて気づいたのは東京に戻ってから福島時代と比べ急に老けたことです。外見と中身は同じですから身体の老化が進んだことになります。しかし仕方のないこととあきらめることも失望もしません。福島にいる頃は毎日のように山に入り、朝食?前に40km以上走破することもありました。後世の人達は21世紀の健康に最も貢献した学問として進化生物学をあげると思います。われわれの身体は狩猟採集の時代から進化しておらず身体を動かすことで代謝が正常化し、逆に動かさないと飢饉や冬眠期と判断して代謝を落とし脂肪を蓄えます。われわれが老化と呼ぶものはまさにこの省エネモードの状態で、体を動かさずにいると確実に衰弱と機能低下が進みます。毎日40kmも走る必要はなくても運動は多くの人の苦手種目で、できない理由を語るとき人は雄弁です。一足飛びにハードな運動を目指せば挫折しますが、誰もが楽しめる気楽な山歩きから始めて、そのうち下り道を走れるようになり、トレイルレースに出るようになり、平地も走れるようにフルマラソンに出るというステップで自分は運動にのめり込んで行きました。運動機会を増やせばいつでも若返ることができるので多少老けてもあまり気になりません。

もっと山で過ごしたかった

4月の異動シーズンになり新聞の人事欄にかつての入社同期の名前を見つけると少し複雑な気持ちになります。上場企業の役員クラスともなれば社会的なステータスは雲泥の差があります。今でも組織人の癖が抜けず、肩書や年収に執着がないと言えば嘘になります。一方で組織人としての肩書を持たない自分はこの先もそれを失う寂しさを味わうことはありません。肩書があれば周りから人が集まって来ますが、失えば離れて行きます。今の生活にはそれほどお金は必要ありませんから、年収を競い一喜一憂する執着から自由になる方が幸せだと思います。自営業者のメリットは定年退職がないことで、引退してやることもなく老け込むリスクを避けることができます。結局のところ、自分にとって「幸せな人生とは何か」という問にどれだけ正直に生きるかだと思います。人生最期の死の床で、「上場企業の役員になれたから本望だ」とは思わない気がします。自分が後悔するとしたら「もっと山で時間を過ごしたかった」だと思います。山に行く回数は会社員時代より増えました。

現代のアリとキリギリス

もう一度組織で働く自分の姿を想像できませんが、組織人には素晴らしい点がたくさんあります。最大のメリットは群れに居たほうが大きな獲物にありつけ生き残れる可能性が高まることだと思います。資金的余裕のない中小零細事業者はウィルス騒動など起こればひとたまりもなく、借金を抱えていればさらに悲惨です。組織人かフリーランスかはアリとキリギリスの話に似ています。アリのように働く組織人はどこまでも管理され、命令には逆らえず、だれかに忖度し、自分を押し殺して生きます。フリーランスのイメージは気楽な商売で、スーツを着ず、満員電車に乗らず、嫌なことをせず、職場のストレスとも無縁です。要は組織人という保険に入るか否かだと思います。保険事故が起きたときにお金が必要な人にとって保険料は必然です。一方で日本の素晴らしいところは無一文になってもそれがすぐに死に直結しないことで、場所を選ばなければただで住居を手に入れることも可能です。限界費用ゼロ社会をセーフティーネットと考えるなら組織のメンバーになるために支払う保険料は割に合わないと感じるかもしれません。若い人達がベンチャーやスタートアップに流れる背景も同じだと思います。

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