全米の暴動報道とは裏腹にアメリカでは雇用改善が急速に進み株価は依然高水準です。人間同士が接触できない影響は数多くの産業セクターを失速させ世界恐慌を超える惨劇を招くと一部では喧伝されますが、未知のウィルスによりもたらされる世界は予測不能です。自然界は予測不可能な複雑性であふれていますが、退屈な社会や組織の日常は予測可能なルーティンに埋没し、環境適応のための創造性を磨く機会がありません。人生は多少のストレスやチャレンジがあってこそ生き生きするものですが、社会が混乱するほど人は安定を求め内向きになります。成熟市場における企業は予測可能な一定方向に一群となって向かい同質化し、消費者にとって無意味な差別化で生き残ろうとします。人間が他の動物と違うのは危険を概念化して予測することですが、多くは無用なストレス反応を起こし自滅に向かいます。昨夜近所で落雷があるといつもは窓際に寝ているラブラドールはあわてるでもなく娘のベッドに移動しています。犬はいつもマインドフルネスの先生です。
森を歩くという奇跡
自宅の居室の多くは地下にあり自分の部屋と玄関が1階にあるのですが、屋内に階段のある家に住むのは30年ぶりです。階段のある暮らしで気づいたのは、朝起きた直後の脚はぎこちない動きで階段を下るという複雑な動きを器用にこなせないことです。寝ている間は硬直状態で一晩のうちに驚くほど身体機能が低下していることを実感します。椅子に座る生活と喫煙が同様に健康を害するように、身体機能を抑える安楽な暮らしは飢餓など生存環境が悪化しているという誤った信号を身体に送り、生存確率を上げるために新陳代謝を押さえ脂肪を蓄え、体は衰弱し気持ちも落ち込みます。運動をしなければ筋肉は減り関節は硬くなり、免疫系は低下し衰えが始まります。長い自粛生活が明け最初にしたいことは山に行き身体を動かすことです。生存が保証された戦後生まれにとって絶対的に必要なものなどありませんが、健全な精神衛生を保つ上で自然のなかで運動する時間が必要だと思います。外界の雑音から隔絶された森で過ごす時間ほど人間の生体リズムと調和するものはなく、森のなかを歩くという単純な経験さえも美しい奇跡に変わります。
行動変容が生き残りの鍵
31年前の昨日は天安門広場で大虐殺が起きた日です。1月7日に昭和天皇が崩御し64年続いた昭和が終わり、平成の始まるこの年は結婚した年でもあります。日本企業が世界の株式時価総額を席巻し、三菱地所がアメリカのロックフェラー・センターを買収したのも1989年です。ベルリンの壁が崩壊し、民主化への期待とは裏腹に経済成長を背景に中共政権が増々凶悪化し始め、日本の失われた30年が始まるのもこの頃です。経済成長を礼賛し続けた戦後の昭和が終わり、潮目の変化に適応できなかった30年が変わることに期待をしてはいけないのかもしれません。人は古い考えと行動を変えることが難しく、新陳代謝という淘汰が必要だと思います。新型コロナ騒動を契機に生活スタイルを変える人が出始め、自分の周りでも東京を離れる人が散見されます。人体は古いものから新しいものに常に生まれ変わっていて新陳代謝が終わるとき命も終わりますが、社会も同じだと思います。古い生き方にしがみつけば一緒に沈み、生活と行動を変容させられる人が生き残るのでしょう。
内省的な本音
すべての変化にポジティブな面を見いだせると人生は途端に楽になります。大恐慌の恐怖が世界を覆い7割経済に明るい未来を描けず、フリーポートとして繁栄した香港の民主主義が中共政権に蹂躙され、左翼扇動組織の加担した暴動が全米を覆う今でさえ、目の前の現実に一喜一憂し、あるいは目を背けるのでもなく、変化のなかに未来の可能性を感じることはできると思います。勝海舟は「生業に貴賤はないけど、生き方に貴賤がある」と言ったとされます。重要なことは外界に起こっている事柄ではなく、自分の人生に自らの使命とでも言える軸を見つけることでしょう。過密都市への信仰が薄れ、過去に悩まず未来を追わず今を大切にするきっかけを多くの人が持てるのであれば、新型コロナのもたらす災いでさえ好ましい傾向と言えるかもしれません。自滅的な現在快楽型の生活ではなく、未来を追いストレスだらけのワーカーホリックになり燃え尽きるのでもない、内省的な本音の喜びを感じる生き方に切り替えるだけで、運をつかむ確率を高めることができると思います。
写真はポルノ的愉しみ?
引っ越しを契機にほぼ全ての紙書籍を処分し、昨日は最後に残された写真のアルバムを処分しました。捨てることで心が浄化されるのは錯覚ではなく、執着が減るからだと思います。写真が捨てられないのは思い出を失いたくない執着があるからでしょう。シャッターチャンスにiPhoneのカメラが起動しないことがあり苛立ちますが、それも良い写真を撮りたいという執着です。良い写真を撮りたい理由はSNSに載せて自分を良く見せたいからかもしれません。米国の社会学者ニコラス・エッジの調査によるとSNSを使う時間が長い人ほど自分を不幸だと思う傾向が強いのは、他人の写真がたいてい楽しそうだからで、写真は自分をポジティブにさせる反面、他人を不幸にしています。投稿される料理の写真は栄養価より麻薬的に食欲を煽るフードポルノとして見る人を刺激し、多くの場合健康を害します。突き詰めれば美しい景色や楽しげな写真もポルノ的愉しみを推奨する点で同じです。写真は中学校の恒例行事だった槍ヶ岳登山のもので、このときは山に楽しみを見いだせませんでした。良い写真とは人にとってはどうでも良くても自分の感性をポジティブに刺激してくれるものでしょう。
当然の変化を加速させる効用
北九州の小学校の集団感染が報じられますが、ポストコロナの非接触社会で一番変わるのは教育現場だと思います。リアルとバーチャルの使い分けが進み成果がよりシビアに吟味されるのはビジネスの現場と同じです。米国の大学では年間7万ドルもの授業料を払うことの正当性が疑問視されているといいます。莫大な学費ローンは社会問題になりバーニー・サンダース躍進の原動力となりました。教育から対面が持つ人間的な側面が欠ける反面、授業の生産性は劇的に向上します。他方で、オンラインコースで得た卒業証書は価値が低いとして、全米50校で大学に賠償を求める裁判が起き、来年度の大学入学者数が15%減り2兆5,000億円という巨額損失になるとの予想もあります。コロナのはるか以前からDVDや衛星放送により一人の教師を数万の生徒で共有することの有用性は分かっていたことですが、リモートワークや遠隔医療など今回の悲劇は当然の変化を加速させる効用があったと思います。
エネルギーを発する美しい肉体
CHINA!という不気味なトランプのツイッター予告通りG7にロシア、オーストラリア、インド、韓国を加えた中共包囲網の構築が進みます。中共が塗り重ねた嘘に世界が気づいたことは好ましい一方で、100年前のスペイン風邪、ブロック経済、ファシズム、戦争という悪夢もちらつきます。先の見えない時代に一番必要なのは生きるエネルギーでしょう。世の中には健全な快楽と不健全な快楽がありその違いはエネルギーを生むか消費するかの違いだと思います。一番エネルギーを感じるのは山に向かうときです。とくにトレイルレースなどある程度の困難があるほどエネルギーを感じます。生理的には不快な冒険旅行に人がのめり込むのはそこに生命力がみなぎるからだと思います。昨年の夏に南アルプスで会ったアルペンクライマーの平出和也氏はパキスタンのシスパーレ (7,611m) 北東壁未踏ルートを登頂した際、マイナス20度で突風が吹く極限の世界で15kgの荷物を背負い11時間以上絶壁を登り肉体も精神も追い詰められながら、一日わずか500kcalの食料しか摂っていないといいます。野生動物のように研ぎ澄まされた美しい肉体を間近にするだけでエネルギーをもらえます。
一年分のスキルしかないベテラン
昨日は自宅にエアコンを取付けてもらいました。依頼したエアコン工事専門会社は内装工事会社の見積より4割以上安く、家電量販店より2割安いのに短納期で応対にも過不足なく仕上がりも丁寧です。数人で作業をするのですが先輩らしき人の指示は的確で動きには無駄がなく職人と呼ぶにふさわしい仕事ぶりです。熟練されたプロの仕事には寸分の隙きもなく見ていて惚れ惚れする清々しさがあります。プロのスキル習得には1万時間が必要という経験則があります。1日3時間費やすとして10年やり続けないとお金が取れる技は習得できないのかもしれません。いかなる仕事においても、向上心を持ちうるかどうかが肝心で、ごく狭い領域のひとつの仕事だとしても長く経験を積むことによって磨かれ到達できる境地があるのでしょう。同じ10年でもトム・ピーターズの言う「10回繰り返された一年分のスキル」や買い手が評価しない内部の論理にばかり長ける人が日本の組織には多いと感じます。
自粛警察は立派な病気
昨日住宅街を歩いていると年配の女性二人が誰の邪魔になるわけでもなく静かに立ち話をしていて、そこに近所の家人らしき年配の男が出てきて解散しろと言っています。リタイア後にすることもなくコミュニティにも馴染めない寂しい人に格好の正義を与えてしまったのが自粛だと思います。テレビしか見ない情弱の票が欲しい政治家は誰もが否定しにくい安心安全をアピールします。科学的根拠に乏しく使い方によってはデメリットの方が多いマスクをこれから暑くなる東京で強要する風潮も不健全です。電車のなかは静まり返り咳でもしようものなら白い目が集まる雰囲気です。マスメディアに洗脳され思考停止した歪んだ正義は日本社会を深く汚染しやらせツイートの拡散にも手を貸します。自由主義陣営にいながら世界で最も全体主義と共産主義を成功させた日本は、感染防止よりも周りに合わせることに意義を見出す不思議な国です。
地下住戸の方が落ち着く?
地下住戸に引っ越して一月が過ぎましたが、今のところデメリットは感じません。住宅街にあって外部の音や気配が届きにくい隔絶された環境が気に入っています。景色はドライエリアから見上げる空と植栽の緑だけなので、日の出前の4時過ぎに鳥の声を聞いているとここが東京の住宅街なのかと思うことさえあります。高さ制限などにより生まれた地下住戸のメリットは価格が安いことですが、一般住宅で地下を掘ることは難しくむしろ贅沢だと思います。地下の問題とされる湿気と日当たりの悪さに問題はなく、浸水被害の不安は残りますが豪雨時の浸水可能性があるエリアではないので目をつぶることができます。日当たりの悪さは外気温の影響の受けにくさになり、一年を通じて寒暖差が生じず外気温が上がる今の季節でもひんやりします。階下に気を使う必要もありませんし、集合住宅なのに戸建て住宅以上のプライベート感があり地震の揺れも感じません。都市は上へ上と住戸を高層化してきましたが、人類はもともと洞穴に住んでいた時間が長く地下の生活の方が落ち着くのではないかと思います。