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悲観的に準備し明るく実行する

星野リゾートの倒産確率30%という社内ブログが以前話題になりました。星野リゾートは事業拠点を分散化することで地震や噴火、水害などの災害リスクに備えてきましたが、今回の危機は日本と世界全体へのダメージですから30%と聞いたときは妥当な数字だと感じました。休業による重苦しい雰囲気の5月12日の社内ブログに、皆が面白がるんじゃないかと考え「星野リゾートの倒産確率」をお遊びで計算したと言います。この危機的な状況でさえ一種のエンターテイメントや学びに変えてしまう刺激的なノリこそが星野リゾートの強さでしょう。お遊びとは言え、売上、コスト削減額、資金調達額についてそれぞれ3つの変数を用意し27のシナリオのうち倒産パターンを推測し経営状況を全社員に伝えています。星野リゾートは一般に収益が安定しないリゾートや観光需要に軸足を置く言わば逆張り経営ですが、それが三密回避の風潮で奏功した印象です。「年間60日間スキー滑走」をKPIにする星野代表は頻繁に雪山からリモートワークをしており、その知見が商売に直結します。悲観的に準備し明るく実行する健全な危機感がこの難局を乗り切る力になるのでしょう。

手抜きと品質のセンス

旅館の朝食は以前からその重要性が問われてきましたが、人手をかけずに半製品などにより品数で満足させる流れが主流でした。一定規模の施設ではバイキング形式を採用し、品数勝負で地元の食材や郷土料理を出すという基本形があったと思います。業界誌の朝食特集のキーワードを真に受ければどこも似たものになるのは必然です。皮肉なことにもっとも印象に残る朝食はニューヨークのホテルで、そこはオレンジジュースとコーヒー、クロワッサンしかありませんでした。品数が少な過ぎて印象に残っているわけではなくそのクロワッサンがあまりに美味しかったことです。業界論理に支配されると大胆な発想の切り替えが難しくなくなります。長年業界慣習を踏襲すると「そんなことできるはずがない」という思考に陥ります。あちらを立てればこちらが立たずでがんじがらめにされたことが産業を衰退させたと思います。その点で昨日泊まった旅館の朝食はセオリー通りながら、業務スーパーなどの出来合い惣菜を使うことなく、作り置き惣菜をうまく使いながら、地元産のお米と絶妙な温泉卵などポイントをはずさず「美味しい」と言わせます。手抜きと品質と原価管理の絶妙なバランスは創業116年の為せる技でしょう。利用者の評点も高くセンスの良さを感じます。

欲しいのはリアルな記憶

昨日は旧中山道の下諏訪宿にある明治37年創業の旅館に泊まりました。明治時代から使われる建物のそこかしこに懐かしさを覚えます。気だるい暑さのなか開け放たれた窓から時折心地よい風が抜け、何とも懐かしい気分になります。子供の頃の盛夏の思い出は、今も父方の親戚が住職をする1525年創建の寺で過ごした記憶です。寺のある瀬戸内海の小島での夏休みが原体験になってその記憶と交差します。宿場町の流れをくむ温泉街はご多分に漏れず廃業した旅館が目立ち、日露戦争開戦以来の歴史を知る創業116年のこの旅館もいつまで営業を続けられるのか心配になります。ある時代に適応した業態は時代が代わり環境が変わればやがて淘汰されます。そして疫病の蔓延によりその新陳代謝は不自然なスピードで人々の懐かしい記憶を消し去って行きます。失えば二度と再生することのできない懐かしい建造物への愛着は、歴史的建造物を修復して現代風に活用する回顧趣味を超えて、自分の過去と現在をつなぐリアルな記憶だと思います。トレンドを追う空間デザイナーや建築家は現在を未来へとつなごうとします。しかし今欲しいのは、構えずに素でいられる等身大の過去と現在をつなぐ連綿と続く記憶です。

選択集中ではなく取捨選択

国際情勢が目まぐるしく動く2020年は、昭和天皇が崩御し、天安門事件、ベルリンの壁崩壊が起きた1989年と同等以上の現代史の転換点になると思います。米中対立は戦後レジームを突き崩し世界秩序のありようを変えます。国内政治は政権の起死回生策なのか消費税減税が議題にのぼり始め、いつの間にか4隻の空母を持ち、改修されるF15には長射程の巡航ミサイルを搭載することが決まり、気がつけばファイブ・アイズに加わる動きもあります。以前は経済一流、政治二流と言われましたが、今や政官が先行して日本のプレゼンスを高めている印象です。世界最大級の企業がたちまち倒産したリーマンショックを超えると言われるかつて経験のない赤字、底知れない市場環境の悪化に対して多くの企業経営者は手をこまねいているように見えます。村八分を恐れる日本人は伝統的に和を重んじ、衝突を避け群れから離れることを嫌います。孤独への不安から自分を押し殺す癖のついた日本人の脳は欧米人と異なりセロトニン受容体の機能が低く強い不安を感じるとされます。激動の時代に危険な選択は不作為ですが、固定観念に縛られいつも答えを教えてもらっていた日本人は無限の可能性を発掘することに不慣れです。選択と集中ではなく、悲観的に準備し楽観的に実行する取捨選択が必要なのだと思います。

今を生きる旅

夏は旅に出る人が増えますが今年ばかりは盛り上がりません。「人はなぜ旅に出るのか」など考えることもなくそういうものだと思っていました。その理由を汎地球規模に移動してきた人類進化の歴史に求める人もいれば、狩猟採集のDNAが人を旅に駆り立てるとの主張もあります。お伊勢参りや各地の講などの宗教、転地療法、行商、教育旅行としての近世ヨーロッパのグランドツーリング、そして現代のマスツーリズムへと発展する一方で旅に出ることを頑なに拒む層も少なくありません。旅に出る代償は大きく、経済的、肉体的負担と旅から戻ったあとの仕事への身の入らなさを考えると、今は旅に熱狂する気になりません。数年前からグランピングの次のトレンドとしてリュクスペディション(Luxpeditions)が取りざたされます。Luxury Expeditionの造語であるこのトレンドは軟派のグランピングに対して、高いアメニティと刺激的な冒険を組み合わせる旅です。いま最も魅かれるのは長距離を自分の足で移動する山旅です。温泉にも美味しい料理にも清潔な寝具にも無縁で自分の肉体に挑むスパルタンな旅以上に今を生きる高揚感を与えてくれるものはないと思います。

加齢が原因の嘘

昨年の今頃は南アルプス縦走をしたのですが、山旅に必要な準備は体調を整えることです。昨年は腰痛に悩まされましたが、かがむ姿勢を減らし骨盤を立てるように意識することや運動のあとテニスボールを背中にあてるなどで治りました。何人かの治療家に診てもらいましたが通ったのは一度で、指摘を参考にしながら自分の身体は自分で治すものだと思います。疲れに効くと言えば何にでも飛びつくような風潮は気休めにもなりません。年だから仕方ないと自分を納得させることは最も危険だと思います。自分は老化していくというトリックにかかると本当の老化が始まります。50歳までほとんど運動をしませんでしたが、今は20kg減量して学生時代の体重に戻り、山岳レースのタイムは早くなり、視力は0.4から1.2に改善し若返りと言わないまでも身体がある時点から進化したことは確かです。不調の原因は間違った身体の使い方にあり、正常な使い方をしていればいずれ元に戻り、その間に肥満、アトピー、花粉症、胃痛、腰痛などは自然治癒しました。人間は死ぬまで発達できると考えるなら、あるときを境に老化が始まり人生の後半につきまとう身体の衰えというイメージも払拭されます。健康と利益相反の医者が言う「加齢が原因だからつきあうしかない」に騙されている人は少なくないと思います。

1,000キロカロリーも動けない!?

昨日は八ヶ岳の権現岳に登りました。長時間全身を動かし、上りと下りでは違う筋肉を使い、山の冷気に触れる高所での運動ですから健康状態を良好に保つ上で登山は最適です。運動が健康に良い影響を与えることは衆目の一致するところで一般には散歩が良いとされ一日1万歩などと言われます。しかしエビデンスらしきものを探すと脂肪を燃焼し最高の健康状態になるには1週間に3,500から6,500キロカロリーを燃焼させる運動が必要とされます。5,000キロカロリーだとして週5日運動すると一日1,000キロカロリーとハードルの高い数値になります。昨日は登山口からの標高差が1,300mほどあり3つのピークを越える5時間ほどの運動ですが、おそらく消費カロリーは1,000キロカロリーに満たないはずです。家事労働等の消費エネルギーを加えるにしても常に動いていないといけないことになります。この数値に信憑性があるのは、夏休みなどでこの数値に近い運動をしているときの身体は絶好調でお腹の脂肪もほとんど気にならなくなるからです。健康志向の広がりに伴い肉体を酷使するエンデュランス系スポーツはさらに裾野を広げる気がします。

身軽に暮らす贅沢

昨日は西岳に登りました。快晴の登山は久しぶりで普段なら足早に通過する山頂で小一時間過ごすと、見落としていた花の種類の多さに気づきます。運動目的の登山はピークハントに意識が向かい、足元の草花を見る余裕がなくなります。人生も同様で目標に執着するほど余裕がなくなり、やがて怒りや悲しみに転化されます。執着を手放し日々満足して生きるのに都市ほど不似合いな場所はないと思います。昨今都市と自然のバランスを取る多拠点居住が盛り上がりますが、その先駆者は米国作家のヘンリー・デイビッド・ソローかもしれません。自然とつながるためにウォールデン湖のほとりで暮らし、今この一瞬を大切に生きる人生の意味について名著「森の生活」を書き記しました。余計なものをそぎ落としできる限り自然に近づくことでシンプルを極めた上質な生活ができると思います。意図的な持たない暮らしで選択肢を減らせば執着や悩みから開放され生活は物質中心主義からより思慮深いものになります。シンプルと上質は相反するものではなく、自然と一体になった身軽な暮らし以上の贅沢はないと思います。

悲壮感を消す妄想

企業の倒産や廃業・解散は国が支えている今年ではなく来年顕著になると予測されます。新型ウィルスの収束も見えず、世界情勢も不透明さを増し、オリンピックへの期待も聞かれなくなりました。社会不安が広がると給与所得者は保証された身分に安堵し、嫌なことも受け入れ宮仕えをしてきた判断の正しさに満足します。職業はアリとキリギリス、保証を取るか自由を取るかのトレードオフだと思います。終身雇用的慣行と価値観に根ざす日本ではなるべくリスクを取らず地道に働くことが重要でした。しかし売上が3割4割落ちる事態になるとローリスクだと思っていた職業がハイリスクになるケースも増えると思います。リスクは受け入れることで人生を強化する性質があります。昨今の企業経営者が資金燃焼率を念頭に置くように、自営業者は無収入生存月数を考えます。生活の保証がなければ常に前進を迫られますが、要はセーフティネットをどこに置くかだと思います。比較的温暖な日本では自由があり健康である限りどうやっても楽しく生きていける気がします。南の島にでも行って雨露をしのげる小屋に暮らす人生も悪くないと妄想するなら悲壮感は消えます。

日清、日露の再来?

台湾民主化の父であり日本とのゆかりの深い李登輝元総統が中共崩壊を見ることなく死去しました。世界はベルリンの壁とそれに続くソ連の崩壊と同様の歴史的転換点に立っています。ソ連が70年間嘘をつき続けたように、中共の恐怖政治がどれほど社会と経済を破壊して来たのか遠からず明らかになるはずです。脱党が検索上位に上がり自国民にさえ嘲笑され、ヒューストンの領事館員の亡命などエリートが寝返るのは体制崩壊の前兆と言えます。金以外の道徳的価値観を持たない故に道徳心を高める法輪功を弾圧してきました。長年に渡り中共の嘘に悩まされた日本も自虐史観から開放される日が来るかもしれません。中共崩壊の後に来るのは中共に取り込まれ汚染された日本の大手メディアの衰退です。トランプ大統領や安倍首相への個人攻撃や沖縄の反基地運動を扇動した背景が明かされるでしょう。中共のなかでも腐敗が進むとされる軍隊と軍事産業では、兵士が信用できないだけではなく武器にも欠陥品が多く、横流しで武器が揃っていない可能性すらあります。日清、日露の戦争は相手国の弱体化にも救われましたが、腐敗の進んだ中共は自滅の道を歩んだ王朝末期の清の再来に見えます。

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