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オフィスや教室を離れる罪悪感

1月23日に授業をして以来、ほぼ9ヶ月ぶりに今日から日本工学院の対面授業が始まります。一限はオンライン、二限が対面授業という新旧のやり方が併存する不規則な形態は、学校経営的にはより多くのリソースを消費します。企業のリモートワークは、通勤やマイクロマネジメントによる損失、賃料負担を消すだけではない多くのメリットがありますが、空気を共有する双方向性に一定の意味を持つ授業であるなら対面が望ましいと思います。しかし、コロナ惨禍の世界は一変し、誰もが予想し得ないスピードで進化が加速して、ZOOMやYou Tubeを通じて学ぶ時代は現実です。リモートワークや副業解禁への企業の姿勢が一つの踏み絵になるように、リモート授業への取り組みは規制産業での生き残りを決めるでしょう。成果重視で最大効果を狙うのであれば、仕事も学びも森の中や海辺、お風呂など、自分にとってより快適な環境で行うべきでありそれを阻害するのは、できないという思い込みとオフィスや教室を離れることへの罪悪感だけでしょう。

お金と切り離せない幸せ

昨日は上野原にある浜沢の大ケヤキを見ました。浜沢薬師堂の境内にある高さ19.5m、根回り9.5mのケヤキは樹齢300年とされます。谷に落ちる急傾斜地に立つケヤキは落雷などで主幹が途中で折れ、大きな亀裂が縦に走る幹は巨人が立ち上がったような異様な姿です。大きな空洞はかつては子どもたちの遊び場だったようですが、悪条件にもかかわらず樹勢は旺盛で、強い生命力を感じます。近所の茶店で薪がくべられるかまどで蒸した酒饅頭を買いました。饅頭の起源とされる酒饅頭は洗練とは程遠い食べ物ですが、火のある素朴な暮らしというコンテクストに置かれると魅力的です。質素な酒饅頭は洗練された美味しい食べ物のように、さらにおいしいものを求めて執着を増やし終わりのない双六を始めることもありません。欲望の増殖が止まらない構造は産業が成長するための条件です。都会的消費とは効用が長く続かず、たいした満足も与えない幸せに大金を払うことだと思います。お金と言う何でも図れる便利な尺度を手にしたために、われわれはお金と幸せを切り離すことができなくなったのでしょう。

教わらないのに何でも知っている

ラブラドールと権現岳に登りました。人間に付き合い不平も言わず無心について来る姿を見ると野生の偉大さを考えずにはいられません。人間が鎖に掴まる岩壁を、教えられたわけでもないのに器用に登り、登れなければ迂回ルートを探し出します。愚痴も言わず常にご機嫌で、人間よりはるかに高い運動能力とスタミナでぴったりと寄り添います。野生という言葉は野蛮や未開と同様に尊敬の対象ではありません。野生を失い文化的になった人間は、持ち物と雑念と余計な脂肪が増えただけで、今更マインドフルネスを学ぼうとします。犬はお産の仕方から人間との付き合い方まで、何も教わらないのに何でも知っていますが、何でも知りたがる人間は無知なままです。常に雑念に支配されデフォルト・モード・ネットワークが脳を疲労させ、何事にも執着し、損得を考え、常に不機嫌でいつも人目が気になり心は休まりません。人間の脳と筋肉組織がピークを迎えたのは7万年前から1万年前とされ、農耕中心の共同体をつくり定住してからは体力も頭脳も衰えたと考えられます。先進国で野生回帰の気運が高まるのは、人間社会を生き抜くために、断片化された五感を研ぎ澄ます必要が生じたからでしょう。

欲しいのは無為に過ごす時間

暑さが和らいだと思えば、火の恋しい季節になりました。人類の祖先がアフリカ大陸を離れ各地に広がったのは170万年前から70万年前と推定され、アフリカより寒い土地では火を使うことが必要になりました。ホモサピエンスの祖先は5、60人の集団で住んでいたと考えられ、暖を取るための火を囲み調理にも使い始めたのでしょう。多くの宗教が火を崇拝の対象と考え神聖視する伝統は、シリコンバレーの経営者が参加する年に一度のバーニングマンにも受け継がれます。カルト宗教とも言える3万人の参加者の興奮の渦が最高潮に達するのは、砂漠に建てられた10メートルを超える寺院と木像に火がつけられた時と言われます。焚き火も、森のなかのトレッキングも、ただそこに身を置き無為の時間を過ごすだけで幸せになれるのは、それが人類進化の過程で刷り込まれた遺伝情報であり、ストレスの反動や飢餓感の代償行為としての消費と違い、執着の入り込む余地がないからだと思います。本当に必要なものは森のなかの小さな小屋と暖炉、それに無為に過ごす時間でしょう。

自然選択がわれわれを走らせる

台風14号接近の悪天候のなか、昨日からトレイルランニングの100マイルレースが続き、FB友達も多く参戦しています。レースから1年ほど遠ざかると、苦行を自ら求める人間の習性は不思議です。アスリートの語源はギリシャ語でもがく、苦しむと言う意味に由来するようですが、持久系アスリートと苦痛は不可分です。世界的に有名な比叡山の千日回峰行のように、自らの身体を限界まで追い込み精神性を高めようとする宗教的行為に通じます。それゆえ過酷であるほど大自然のなかで味わう自己超越の瞬間は特別なものになります。人類が現代人のような効率的に走れる扁平の足を得たのは百万年前から二百万年前とされます。この頃大規模な気候変動により東アフリカの地勢は一変し、森林地帯は広い草原に変わり、祖先は食料調達のために長距離を移動し始めたと考えられます。長時間の狩りを耐え抜ける体を持つ者が生き残る自然選択は、食料を調達する必要のなくなった現代でも持久系アスリートを走らせます。高強度の耐久スポーツは距離が増えるほど筋肉が大量のマイオカインを分泌し、レジリエンスをもたらす脳内化学物質を活性化させることが分かっています。

世の中は不可解

GoToイートの不適切利用や持続化給付金の不正受給、不適切融資などコロナ錬金術が問題視されます。GoToトラベルも体力のある高級施設など特定事業者にメリットが集中し困窮者への支援は不十分に見えます。本当に困っている人は外食にも旅行にも行きませんので、マクロ経済政策が必要でしょう。他方でオンライン診療や授業、業務のデジタル化を一気に進める千載一遇の機会です。学問の自由を唱えながら片方では思想統一を強要するような左翼思想に汚染された組織への批判も増えています。「ここに手を出すと内閣が倒れる」と恫喝した学者を抱える日本学術会議は、首相の目論見通り行革のターゲットになりつつあります。一方で世界が注目する米国大統領選の主役はバイデンでしょう。オバマの名前を思い出せないばかりか、妻と妹の区別もつかず、コロナで1億2千万人が死んだと主張し、自分は180年前から議員をしていると言ったかと思えば生中継中に「ジョー・バイデンを倒す」と叫ぶあたりは稀代のショーマンであるトランプを超えます。なぜ支持率が高いのか世の中は不可解です。

行くべき場所と会うべき人

昨日は「スタンフォード式人生を変える運動の科学」を読みました。権威に弱い日本人に売るにはスタンフォード式やハーバード流は今でも有効で、運動と脳科学の研究ではアメリカに一日の長があります。人体には運動をさせるための精巧な仕組みが備わり、脳の最大の目的は体を動かしあらゆる生理機能の働きによって生きるためのエネルギーと目的意識がもたらされると言います。ロンドンを拠点にするボランティア団体のグッドジムではジムのトレッドミルを走る代わりにそのエネルギーを使って社会的に孤立した高齢者の元へランナーを派遣し、訪問を受ける高齢者たちはコーチと呼ばれます。何度も訪問するうちに本物の友情が育まれ、行くべき場所と会うべき人を設定することでランナーのモチベーションが維持されます。ランナーズハイと協力や親しみを促す脳の働きが密接に関わっているという仮説は刺激的です。運動に夢中になるメカニズムは人類進化の観点から説明されますが、古より自然と親しみ、早くから森林浴にも注目してきた日本がこの領域の研究で存在感を示せないのは残念です。既特権益しか眼中になく、学問の自由や言論弾圧だと騒ぎたてる知識人もその原因でしょう。

正しさの賞味期限

人生が変わる経験など頻繁にありませんが、信じていたことに裏切られると人は信念体系を変えます。発想法の基本は逆の視点から考えることですが、自分の願望と対極にある世界を見逃します。卑近なところでは、食べるほどお腹が空くことや、山に入るとエネルギー補給をしない方がエネルギー不足に陥らないこと、あるいは病院が無い方が住民が健康になることを発見します。食べることを無条件に善と考えれば、断食や絶食は我慢を強いる禁欲に見えますが、人間の報酬回路は未だにブラックボックス化されていて、人体には食べない幸せも存在します。あらゆる分野における正しさには賞味期限があり、人間の思考は支配的な規範に拘束されます。失われた30年から日本が抜け出せないのは組織のリーダーが外界を見ている古いパラダイムに束縛されるからだと思います。天動説が長年人々を欺いてきたのは、それでも天体の運行を説明できたからで、肝心なことは真実ではなく、皆が信じているメンタルモデルです。国際政治が大きく動き、日本がやっとDXに向かう今、われわれに必要なのは真逆の可能性を考える思考回路だと思います。

デジタルシフトの三重苦

5月に引っ越した際の断捨離で、紙焼きの写真は自分でスキャナーにかけ、大量のネガはフイルムスキャンサービスに出しました。数日前に納品されたデータはベトナムで処理をするにしても今どき珍しく5ヶ月もかかります。画質や納期、分量によって価格は異なりますが、黄ばんだ写真の色補正をして一枚あたり17円ほどと妥当ですが、1.5倍の値段の国内処理でも納期は1.5ヶ月と長く、改善の余地があると思います。フイルムのスキャン需要は減っても、アナログ資料のデジタル化ニーズは巨大マーケットを形成し、規制改革、コロナ対策とともにスガノミクスの三本の矢となるデジタル庁に期待が集まります。仮想空間と現実空間を高度に融合させるソサエティ 5.0を阻むのは大企業病、縦割り行政、ムラ社会の三重苦が生み出すマインドだと思います。ビル・ゲイツは20年以上前に出版した「思考スピードの経営」のなかで、デジタルシフトに踏み出し最大限に活用する鍵は、個人に権限を付与する信念を持つことである、と述べています。彼に先見の明があったのか日本が遅れ過ぎなのかは議論の分かれるところでしょう。

生物学の皮肉

票が読める自民党の総裁選とは違い、混迷する米国大統領選さなかのトランプ大統領の新型コロナウィルス感染で不確定要素が加わりました。大統領ともなれば最先端の手厚い治療を受けられ、命もお金次第ということになります。顕示的消費が嫌われる日本では富裕層ほど慎ましく清い生活をすることが良しとされますが、お金を使わない富裕層が唯一贅沢をするのは医療費でしょう。健康、医療、介護、旅行、スポーツ、宗教関連の消費額は年齢を重ねるほど伸びます。人々がお金を使う究極的な理由は死という宿命を避けようとする行動であり、そこに巨大なビジネスが生まれます。他方で、90歳を越える元気な長寿者が圧倒的に多い世界のブルーゾーンに共通するのは、都会から離れた足腰を使う傾斜地で、貧しく生涯働く必要があり、地元の質素な食材と薄くてきれいな空気で、地域のコミュニティが濃密な場所です。経済大国になった日本は世界が羨む長寿国ですが、これらの長寿地域とは逆の生活であり、長生きしても晩年は苦痛に満ちたものになります。身体に一定のストレスをかける生活が健康長寿の秘訣なのに、人は安楽と快楽を求め、その代償として晩年にお金を使うのは生物学の皮肉に見えます。

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