大物タレント逮捕のリーク情報通り麻薬取締法違反容疑で沢尻エリカが逮捕されました。実績をアピールしたい警察にとって十分な相手でしょう。12歳で芸能界にデビューし、流行語にもなった「別に」発言でも注目され、時の人であるハイパー・メディアクリエーター高城剛と2009年に結婚するも翌年には離婚を表明し、大麻使用疑惑を持たれながらも女優としての確固たる地位を築いてきました。そこからの逮捕は華やかな芸能界にありがちな予定調和の転落と見ることができます。裕福な家庭に育つ一方で馬主だった父親が9歳の時に失踪しその後病死、兄を交通事故で亡くすという不幸のトラウマに操られた人生にも思えます。人類と向精神性作用のある麻薬との関係は遥か昔まで遡ることができ、芸術や宗教の近くには薬物があり、薬物汚染は今や市民生活にまで浸透しています。挫折を経ながらがむしゃらに生きてきた苦労なのか、薬物の影響なのかその顔は33歳の割に老いが感じられます。気の毒なのか自業自得なのか金や名声は手にしてもその内面に平和が訪れることはなかったのかもしれません。
お知らせ
必死に働きたい!
必死に働いた経験のある人は何割ぐらいいるのか時々考えます。やれることは全てやったという完全燃焼した仕事の経験がある人は少数だと思います。自分のことを振り返ると外資系コンサル会社に勤務していた頃はハードワークで睡眠時間も満足に確保できませんでしたが、必死だったかと言われるとちょっと違う気がします。人は誰しも情熱の対象となる仕事を探していて、一方で企業経営者は仕事に情熱を注いでくれる人を探していますが、両者のニーズが合致することはまれです。必死に働く意味が少し分かったのはサラリーマンを辞めて旅館を買ってからです。営業許可が取れず5日間何も食べられなくなり、そこから恥も外聞もなく人に助けを求めて行動した頃は必死だった気がします。報われない努力だとしても必死だった時間にはどこか清々しさが残り自信にもなります。辛かったはずのトレイルランニングのレースが終わってみると美化されて清々しい思い出に変わることと似ています。仕事であれスポーツであれ、誰しも情熱を傾けられ必死になれる何かを人生に求めているのだと思います。
教科書と情熱
日本工学院の授業ではスポーツ関連企業のケースを使います。昨年扱ったライザップの事例では博打的な広告宣伝費などのリスキーな体質と体力を超えた成長追求、現代の教科書には書かれていないコングロマリット理論などの問題を取り上げたあとに一連の問題が噴出し業績が失速しました。失敗事例として用いたアンダーアーマーはアスレジャーブームで成長したあとアマゾンエフェクトにより頼みの流通チャネルを破壊され失速したように、外部環境変化への対応を誤ったケースだと思います。よく取り上げるのはプロ野球やJリーグ、B.LEAGUEなどの赤字企業を再生する新興企業のケースです。企業再生に成功する企業の共通点は教科書通りセオリー通りに、あとは情熱をもって地道に取り組むことだと思います。学ぶは真似ぶで先行する成功事例を正しくベンチマークすることは有用だと思います。成功する企業でも教科書から逸脱することがありますが、それは勝率の高い賭けであったり説明がつくものです。結局のところ一番の成功の源泉は情熱で、自分が好きで社会的な意義があり、マネタイズできることなのだと思います。
政治誘導された巨大市場
いくつかのビジネスは利益相反の側面を持ちますが、医療や製薬はその一つだと思います。戦争がなければ軍隊が存在意義を失うように病人がいなくなれば医者が不要になります。生涯薬を飲み続ける患者がいることで付加価値が最大化しますから、現代の医療が対症療法であることを批判するのはお門違いかもしれません。一部の正直な医者は「一生治らない」と事も無げに言い患者を絶望の淵に突き落とします。病気や症状の原因を聞いても答えは曖昧な割に、治らないことだけはなぜか断言します。余命宣告も多くの場合残酷で患者のことを考えた行いとは言えません。巨大産業となった医産複合体を悪魔のように扱うのは間違いで、人が病気になることで潤う産業構造を知らない方に責任があります。成熟した消費社会では不要なモノを売りつけないと産業は成立しませんので、病人を増やすことでしか成長できない宿命を誰も批判できません。治療や薬が必要ないことを告げる良心的な医者は少なくありませんが、薬を出さないと怒り出す客もいます。医療情報サービス会社IQVIAが発表する2018年の日本の医薬品市場は9兆円ほどですが、多様であったはずの医療を石油由来の合成医薬品による薬物療法だけに政治誘導することで作り出された巨大市場は、最も成功したビジネスモデルの一つだと思います。
危険を学ぶ遊び場
近所に60m四方ほどの公園がありその3分の1程度の面積を1億数千万円かけて改修するという看板が出ています。公園には防災時の機能もありますので何とも言えませんが民間の感覚では過剰投資に見えます。国土交通省の公園利用実態調査によると公園の利用者数はこの40年ほどで半分以下に減っていて公園のあり方を見直す時期に来ていると思います。全米で2,000ヵ所以上の公園を作った非営利組織KaBOOM!のように住民が公園を作る動きもあります。子供の頃からある公園ですが、安全性を考慮してかブランコの大きさは昔より一回り小さくなり、気がつけばシーソーもなくなっていました。シーソーから落ちた記憶もありますが、シーソーに乗ったときの上下動やバランス感覚は脳を刺激するはずです。昔はよく相撲をしましたが最近は見かけない気がします。子供が忙しいことや責任回避をする社会風潮により、子供が遊びながら危険を学ぶ場がなくなり身体感覚を劣化させていくことは問題だと思います。
退廃と堕落の空気
美しいメキシコの村で休暇中のMBAを持つビジネスマンが地元の漁師にアドバイスをする小話が好きです。午前中だけ漁をしてあとは昼寝をしたり友人と遊ぶ生活を聞いたビジネスマンは釣りの時間を増やし加工工場を作り最後は株式上場することを勧めます。その後はどうなるかと尋ねる漁師に、引退して故郷に戻り昼寝をしたり友人と遊びのんびり暮せば良い、と言う落ちです。金と名声しか人生を測る尺度がない現代を生きるわれわれに、この話は切実な問題提起をします。惑星限界を迎えてなお享楽に耽ける生活にしか楽しみを見い出せない姿は、食べるために吐く古代ローマの生活と同じです。搾り取った富を散財する事に情熱をかけた史上空前の快楽都市ローマはその極みとともに退廃と堕落の終焉を迎えます。非文明的な暮らしや人体の再野生化といった話に人々が拒絶反応を示すのは、無批判に是としている欲以外に信じるものがなくその幻想を追うからだと思います。若者が社会起業家や途上国支援に憧れるのは退廃と堕落の空気を敏感に嗅ぎ分けるからでしょう。
限界費用ゼロ社会に入った日本
花や植物は生活に潤いと生命力を与えてくれます。一年前に300円で買ったシクラメンは水やり以外の世話をせず、旅行中は1週間以上放置しても健気に次々と花を咲かせます。野の花に魅せられるのはそこに本質を感じるからだと思います。儀礼的な贈答品に使われる胡蝶蘭などは一種の通貨に見えてしまい美しさを感じることができません。人生100年時代の到来を前提に書かれた「ライフシフト」が主張する「自分の人生を生きよ」というメッセージは心に響きます。一世帯あたりの消費支出が減り続ける日本は、知恵を使えばお金をかけずに生きられる限界費用ゼロ社会に入ったとも考えられます。人生の時間を切り売りする金の呪縛から徐々に解き放たれることで、社会が決めた人生を生きるのではなく、自分の人生を生きられるのだと思います。お金を中心に動く世界では高級な車に乗り上質なレストランで食事をするような生活への欲求を煽り浪費させます。金や地位や名声などの表層が幸せの本質ではないことに気づくと人生の恐怖心や不安は自ずと消えていくと思います。
予防接種の嘘
寒くなり始めるとインフルエンザの流行が懸念され予防接種を呼びかける声を聞きます。会社によっては半強制的に予防接種を受けさせるようですが、自分は10年以上行っていません。発症することはありませんし、逆に予防接種をしていて感染した人の話を聞きます。インフルエンザワクチンの効果に疑問を呈する声は専門家のなかにもあります。記憶に新しいところでは子宮頸がんワクチンによる薬害が深刻な被害をもたらしました。ワクチン接種を法律で義務化したテキサス州では知事が製薬会社から多額の献金をもらい、ワクチンが逆に子宮頸がん発生リスクを44.6%も増加させていたとのアメリカ食品医薬品局の内部文書が暴露されたこともあります。産学による医薬品データ不正事件は後を絶ちません。血友病患者の4割をHIV感染させた薬害エイズ事件で中心的役割を果たした大手医薬品メーカーのミドリ十字の創立時の幹部は元731部隊です。戦争のための細菌兵器と医療が混然一体となった医産複合体は病人を増やすことで肥大化しました。中世ヨーロッパ以降近代まで信じられていた人体の血液を抜く治療法の瀉血と同じように、ワクチンには医学的根拠がないことがいずれ証明されるはずです。国を超えた大きな嘘に人々は気づきません。予防接種は後々様々な後遺症を発症させることで医療市場を潤わせることになるのでしょう。
感動が伝わる力
興味のなかったラグビーにこれほど魅かれるとは思いませんでした。ラグビーロスを癒やすために生では見ていない前回RWC2015の映像を見ました。W杯史上一度しか勝ったことのない日本の勝利倍率は、過去二度優勝している南アフリカの1に対して80とブライトンの奇跡を予期した人はいませんでした。ゲーム終了間際ワントライで逆転できる32対29と僅差に詰め寄った日本は13人のモールで押し込みインゴールしたものの79分25秒TMOでゲームが中断され結局トライとは認められません。80分を過ぎてゴール手前5メートルから日本ボールのスクラムと波状攻撃により、実況のアナウンサーが「行け!!」と絶叫するなか史上最大の番狂わせとして世界の耳目を集めたトライが決まります。歴史的勝利を収めた日本は予選プールで3回勝ちながら決勝トーナメントに進めなかった初めてのチームになりました。人々の心をここまで揺さぶるものはスポーツをおいて他にはないと思います。日本のスポーツ界に足りなかったのは感動が人々に伝わる力なのでしょう。
見直すべき人生のタイムライン
日本老年学会と日本老年医学会は高齢者の定義を65歳から75歳以上に見直すべきとの提言をしています。年金受給や定年を遅らせたい意図もあるのかもしれませんが、身体状況や活動能力は10~20年前と比べて5~10歳の若返りが見られるとされます。自分の印象では地方に行くと元気なお年寄りに会う機会が多く、那須湯本温泉の鹿の湯で会う80代の男性は現役で働いていて車も運転しますし、新潟の民宿では94歳の元気な女性が食事を作り送迎のマイクロバスを運転する75歳の男性は若者と呼ばれていました。都会の80代が働くと例外的とみなされますが、田舎に行くと仕事と言わなくても体を動かす役割があります。世界の多くの国が65歳以上を高齢者と定義しますが、人間はラベリングにより評価を固定し判断基準にしますから感覚的には80歳ぐらいからで良いと思います。老いという言葉がネガティブに受け取られる日本では「年だから体が悪くなって当たり前」と想起します。人体は良好な環境であれば120歳程度まで生きられるとされますので、100年時代が身近になった今人生のタイムラインを抜本的に見直すべきだと思います。