昨日は関東以西の太平洋岸で軒並み気温が下がり、東京の日中の気温は12月上旬から中旬並みとされ、八ヶ岳など山間部では昨年より早く初冠雪が記録されました。東京にいると暑いだけの夏も寒いだけの冬も良い季節ではありませんが、降雪期の山の美しさを知ると冬はベストシーズンに変わります。日照時間が短かく太陽の照度が低い冬はセロトニン分泌が減りウィンターブルーで意欲もわかず、日本海側の地域では長期にわたる低気圧により気分が落ち込みがちです。アフリカ大陸など熱帯で生まれた人類は元来寒さに弱く冬は風邪、肺炎、脳卒中、心筋梗塞、高血圧、ガンなどの死亡率が上昇することが知られています。一方、自然の元では冬は満天に輝く星空が美しく、パウダースノーのトレッキングは歩くだけで幸せな気分になり、暖炉の火を眺めると心が落ち着きます。甲子高原のある阿武隈源流においても白一色の世界と静寂が支配する冬の神秘性はベストシーズンと言えます。都会がその華やかさで人々を引きつけ都市文化が発展したように、テレワークにより居住の束縛が解かれると冬は新たな文化を生み出す可能性を秘めていると思います。
アンビバレンスな習慣
英国にいる娘から昨夜LINEがあり、防護服を着た二人が寮の隣室のドアを凄い勢いでノックしていると言います。ジョンソン首相まで感染したイギリスは今も深刻な状態です。大統領選挙直前になってホワイトハウスがクラスターになり、英米の政治指導者がともに感染する不自然さといい、世界で進行するパンデミックの背後には何らかの意図を感じます。人工ウィルス説は今でも根強く、他方で検査数を増やせばパンデミックを演出して都市封鎖により経済を破壊することができます。不可解さは恐怖を増幅し、不安は人々から判断能力を奪い世論を誘導します。集団免疫獲得を狙ったスウェーデンは当初批判を受けましたが8月以降新たな陽性者が激減し日常生活を取り戻しているとされます。思い切った判断が奏功した形ですが、一見無策に見え獲得免疫の保有率が低い日本が感染者を抑え込めた理由は依然不可解で自然免疫が病原体を排除する幸運だった可能性があります。マスメディアやSNSによるデマ拡散を鵜呑みにせず、自分の思考回路を冷静に捉えて矛盾や相反する側面を客観視するアンビバレンスな脳の習慣が心理的な安定をもたらすのでしょう。
土のない都市
昨日は9ヶ月ぶりの対面授業で八王子に行きました。家でリモート授業をしているときは気づきませんが、一限がZOOMで二限が対面授業だと両者の違いが明確になります。対面授業に比べてZOOM授業は1.5倍程のスピードで進んでしまい、学生から授業についていけないと言われる理由がわかります。一方、東洋大学の調査では通学がなくなり復習もできるリモート授業を対面授業より支持する学生が多いと言います。授業の性格により両者の使い分けが進み、いずれ堅苦しい教室はシェアオフィスやスターバックスなどに分散化されると思います。好きな場所に住めるようになれば都会を離れる動きが進む一方で、最先端の消費現場の空気を吸えて、すぐに人に会える都心に住みたい人も多いはずです。しかし大半の場所は行かなくても想像がつき、今更どうしてもそこに身を置きたいと思える場所などないはずです。見る必要のないものを見て、会う必要のない人に会い、食べる必要のないものを食べることに時間を奪われるのが都市だと思います。世界中で文明病が蔓延するのは豊かさを求めて人々が都会に移り住んだ結果であり、身土不二が示すように本来人間と土は一体であり、土のない都市は脳を活性化するために旅する場所であって住むべき場所ではないと思います。
オフィスや教室を離れる罪悪感
1月23日に授業をして以来、ほぼ9ヶ月ぶりに今日から日本工学院の対面授業が始まります。一限はオンライン、二限が対面授業という新旧のやり方が併存する不規則な形態は、学校経営的にはより多くのリソースを消費します。企業のリモートワークは、通勤やマイクロマネジメントによる損失、賃料負担を消すだけではない多くのメリットがありますが、空気を共有する双方向性に一定の意味を持つ授業であるなら対面が望ましいと思います。しかし、コロナ惨禍の世界は一変し、誰もが予想し得ないスピードで進化が加速して、ZOOMやYou Tubeを通じて学ぶ時代は現実です。リモートワークや副業解禁への企業の姿勢が一つの踏み絵になるように、リモート授業への取り組みは規制産業での生き残りを決めるでしょう。成果重視で最大効果を狙うのであれば、仕事も学びも森の中や海辺、お風呂など、自分にとってより快適な環境で行うべきでありそれを阻害するのは、できないという思い込みとオフィスや教室を離れることへの罪悪感だけでしょう。
お金と切り離せない幸せ
昨日は上野原にある浜沢の大ケヤキを見ました。浜沢薬師堂の境内にある高さ19.5m、根回り9.5mのケヤキは樹齢300年とされます。谷に落ちる急傾斜地に立つケヤキは落雷などで主幹が途中で折れ、大きな亀裂が縦に走る幹は巨人が立ち上がったような異様な姿です。大きな空洞はかつては子どもたちの遊び場だったようですが、悪条件にもかかわらず樹勢は旺盛で、強い生命力を感じます。近所の茶店で薪がくべられるかまどで蒸した酒饅頭を買いました。饅頭の起源とされる酒饅頭は洗練とは程遠い食べ物ですが、火のある素朴な暮らしというコンテクストに置かれると魅力的です。質素な酒饅頭は洗練された美味しい食べ物のように、さらにおいしいものを求めて執着を増やし終わりのない双六を始めることもありません。欲望の増殖が止まらない構造は産業が成長するための条件です。都会的消費とは効用が長く続かず、たいした満足も与えない幸せに大金を払うことだと思います。お金と言う何でも図れる便利な尺度を手にしたために、われわれはお金と幸せを切り離すことができなくなったのでしょう。
教わらないのに何でも知っている
ラブラドールと権現岳に登りました。人間に付き合い不平も言わず無心について来る姿を見ると野生の偉大さを考えずにはいられません。人間が鎖に掴まる岩壁を、教えられたわけでもないのに器用に登り、登れなければ迂回ルートを探し出します。愚痴も言わず常にご機嫌で、人間よりはるかに高い運動能力とスタミナでぴったりと寄り添います。野生という言葉は野蛮や未開と同様に尊敬の対象ではありません。野生を失い文化的になった人間は、持ち物と雑念と余計な脂肪が増えただけで、今更マインドフルネスを学ぼうとします。犬はお産の仕方から人間との付き合い方まで、何も教わらないのに何でも知っていますが、何でも知りたがる人間は無知なままです。常に雑念に支配されデフォルト・モード・ネットワークが脳を疲労させ、何事にも執着し、損得を考え、常に不機嫌でいつも人目が気になり心は休まりません。人間の脳と筋肉組織がピークを迎えたのは7万年前から1万年前とされ、農耕中心の共同体をつくり定住してからは体力も頭脳も衰えたと考えられます。先進国で野生回帰の気運が高まるのは、人間社会を生き抜くために、断片化された五感を研ぎ澄ます必要が生じたからでしょう。
欲しいのは無為に過ごす時間
暑さが和らいだと思えば、火の恋しい季節になりました。人類の祖先がアフリカ大陸を離れ各地に広がったのは170万年前から70万年前と推定され、アフリカより寒い土地では火を使うことが必要になりました。ホモサピエンスの祖先は5、60人の集団で住んでいたと考えられ、暖を取るための火を囲み調理にも使い始めたのでしょう。多くの宗教が火を崇拝の対象と考え神聖視する伝統は、シリコンバレーの経営者が参加する年に一度のバーニングマンにも受け継がれます。カルト宗教とも言える3万人の参加者の興奮の渦が最高潮に達するのは、砂漠に建てられた10メートルを超える寺院と木像に火がつけられた時と言われます。焚き火も、森のなかのトレッキングも、ただそこに身を置き無為の時間を過ごすだけで幸せになれるのは、それが人類進化の過程で刷り込まれた遺伝情報であり、ストレスの反動や飢餓感の代償行為としての消費と違い、執着の入り込む余地がないからだと思います。本当に必要なものは森のなかの小さな小屋と暖炉、それに無為に過ごす時間でしょう。
自然選択がわれわれを走らせる
台風14号接近の悪天候のなか、昨日からトレイルランニングの100マイルレースが続き、FB友達も多く参戦しています。レースから1年ほど遠ざかると、苦行を自ら求める人間の習性は不思議です。アスリートの語源はギリシャ語でもがく、苦しむと言う意味に由来するようですが、持久系アスリートと苦痛は不可分です。世界的に有名な比叡山の千日回峰行のように、自らの身体を限界まで追い込み精神性を高めようとする宗教的行為に通じます。それゆえ過酷であるほど大自然のなかで味わう自己超越の瞬間は特別なものになります。人類が現代人のような効率的に走れる扁平の足を得たのは百万年前から二百万年前とされます。この頃大規模な気候変動により東アフリカの地勢は一変し、森林地帯は広い草原に変わり、祖先は食料調達のために長距離を移動し始めたと考えられます。長時間の狩りを耐え抜ける体を持つ者が生き残る自然選択は、食料を調達する必要のなくなった現代でも持久系アスリートを走らせます。高強度の耐久スポーツは距離が増えるほど筋肉が大量のマイオカインを分泌し、レジリエンスをもたらす脳内化学物質を活性化させることが分かっています。
世の中は不可解
GoToイートの不適切利用や持続化給付金の不正受給、不適切融資などコロナ錬金術が問題視されます。GoToトラベルも体力のある高級施設など特定事業者にメリットが集中し困窮者への支援は不十分に見えます。本当に困っている人は外食にも旅行にも行きませんので、マクロ経済政策が必要でしょう。他方でオンライン診療や授業、業務のデジタル化を一気に進める千載一遇の機会です。学問の自由を唱えながら片方では思想統一を強要するような左翼思想に汚染された組織への批判も増えています。「ここに手を出すと内閣が倒れる」と恫喝した学者を抱える日本学術会議は、首相の目論見通り行革のターゲットになりつつあります。一方で世界が注目する米国大統領選の主役はバイデンでしょう。オバマの名前を思い出せないばかりか、妻と妹の区別もつかず、コロナで1億2千万人が死んだと主張し、自分は180年前から議員をしていると言ったかと思えば生中継中に「ジョー・バイデンを倒す」と叫ぶあたりは稀代のショーマンであるトランプを超えます。なぜ支持率が高いのか世の中は不可解です。
行くべき場所と会うべき人
昨日は「スタンフォード式人生を変える運動の科学」を読みました。権威に弱い日本人に売るにはスタンフォード式やハーバード流は今でも有効で、運動と脳科学の研究ではアメリカに一日の長があります。人体には運動をさせるための精巧な仕組みが備わり、脳の最大の目的は体を動かしあらゆる生理機能の働きによって生きるためのエネルギーと目的意識がもたらされると言います。ロンドンを拠点にするボランティア団体のグッドジムではジムのトレッドミルを走る代わりにそのエネルギーを使って社会的に孤立した高齢者の元へランナーを派遣し、訪問を受ける高齢者たちはコーチと呼ばれます。何度も訪問するうちに本物の友情が育まれ、行くべき場所と会うべき人を設定することでランナーのモチベーションが維持されます。ランナーズハイと協力や親しみを促す脳の働きが密接に関わっているという仮説は刺激的です。運動に夢中になるメカニズムは人類進化の観点から説明されますが、古より自然と親しみ、早くから森林浴にも注目してきた日本がこの領域の研究で存在感を示せないのは残念です。既特権益しか眼中になく、学問の自由や言論弾圧だと騒ぎたてる知識人もその原因でしょう。