自然のなかでの仕事

まだその道筋は見えませんが、いつも考えているのは国内に多数残る小規模旅館の再生方法です。その最有力候補は「旅館×サテライトオフィス」による再生だと思います。都心のオフィスで30年働いてきて思うのはその仕事のしづらさです。阿武隈源流に来てそのことに気づきました。自然のゆらぎがない人工の閉鎖空間では脳のパフォーマンスが上がりません。主要先進7カ国の労働生産性で日本は1994年以来最低を記録しています。それが長い労働時間につながり、世界各国の労働時間と自殺率には相関関係があります。

山歩きや森林浴をしながら自然のゆらぎのなかでする仕事こそ最高のパフォーマンスを発揮すると思います。有酸素運動をするとドーパミンが分泌され集中力、記憶力、思考力、作業遂行能力がアップします。屋外で日光を浴びることでセロトニンも活性化され心身ともに健康になれます。来年の夏には写真のような環境のオフィスを稼動させたいものです。

ユニクロが破壊したのは価格ではなく価値観

東京の冬も寒いのですが、新甲子温泉の冬は氷点下の気温に風が加わります。そこで重宝するのがユニクロのフード付きフリースやズボンです。東京では暑くて着られないほど温かく、機能だけでなくデザインや素材感も悪くありません。

これでは名前だけでやたら高い価格を正当化してきたブランド品の面目は丸つぶれです。ユニクロが破壊したのは価格ではなく、消費者の価値観だと思います。

オキシトシンを分泌させる?星空

今朝の新甲子温泉は星空の美しい朝です。外気は肌を刺すほど寒くはなく気持ちがよいです。星空が人間を幸せにするという研究を見たことはありませんが、オキシトシンが分泌されているような心地よさがあります。

昨日はクラウドファンディングの打ち合わせで福島市に行き、以前から行きたかった飯坂温泉の共同浴場・鯖湖湯に入りました。昔ながらの共同浴場らしい木造の建物は存在感があります。

湯温は高めですが、普段から那須湯元温泉で高温浴をしているので全く抵抗がありません。毛細血管に血液をいきわたらせることは健康の秘訣ですが、入浴している人はみな血流量が増えて皮膚が赤みがかっています。

手抜きでも美味しい

今朝の新甲子温泉も穏やかな快晴です。ラブラドールと阿武隈源流に行くと獣の臭いがして、猪らしい大型動物の足跡が岸辺に向かっています。雪上に動物の痕跡が残るこの季節は、普段は意識しない動物と共存していることを感じます。

最近蒸し料理がちょっとしたマイブームになっていて、今朝は魚の干物や豆腐を調理しました。寒い厨房を使う必要がなく下ごしらえも不要なことから一人の食事には最適です。水分や脂が保たれ、しっとりとやわらかく仕上がります。肉料理では鍋や電子レンジ調理に比べて脂質の含有率が高いとされます。しかも鍋よりも短時間・低コストで調理できることもメリットです。

自分で料理をするようになってから手を抜くことばかり考えています。これまでは美味しい料理には手間隙が必要だと思っていましたが、手抜きでも美味しいものが食べられることは最大の発見です。

充足感を生む雪のトレイル

今朝の新甲子温泉は快晴です。3時には除雪車が除雪をはじめその唸り声で目が覚めました。雪に快晴の青空がまぶしく映ります。ラブラドールと阿武隈源流に行くとトレイルには20cmから30cmの積雪があり、早くも厳冬期の風情です。雪のトレイルを歩くと満たされた気持ちになります。幸せという評価や解釈を加えることなく、直接的に「生きている」という充足感が生まれます。

人間の知覚には快楽順応があるといわれます。快楽をともなった変化にはすばやく慣れてしまうので、短い期間しか喜びが続きません。つまり人はストレスには弱い半面、ポジティブな変化には慣れやすいのです。加えて、快楽順応はより願望を強くすることから次なる快楽が必要になります。

高級車に乗る、海外旅行に行く、美味しい食事をする、といった消費から得られる幸福は一時的なものであり、充足感が絶え間なく訪れる、毎朝の散歩のほうが幸せになれます。とくに雪のなかの散歩は負荷が増すので、運動により不安やストレスは減り、あらゆる活動のなかで効果的に幸福度を高めてくれると思います。

職業ではなく生き方そのもの

昨年より早い冬の訪れで宿の駐車場は20cmほどの積雪です。フィアットの気温計は氷点下5.5度を示していますが、雪が積もるとさほど寒さを感じません。冬はマインドフルネスになれるもっとも好きな季節ですが、同時に一人でいると孤独を感じる季節でもあります。好きだけれども孤独という、相反する感情や評価を同時に抱く精神状態をアンビバレンス(ambivalence両価性)と言うそうです。

脳は成長するとアンビバレンスを持ち、相反する側面を冷静にとらえることで心理的に安定するといいます。厳しい季節ゆえに自分を客観視することが必要だと思います。

基本的にはすべてのことは相反する側面を持ちます。働くことを義務と思うのか権利だと思うのかによって意味が全く異なります。自分が仕事の主役として主体化することこそが働き方改革の本質だと思います。仕事は職業として選ぶものではなく生き方そのものなのでしょう。

無自覚に消費する都市

昨日は東京に居ました。すべてが洗練されていて、人々は着飾り颯爽と歩き、都市の光景はまぶしく映ります。二拠点居住をすることで東京を離れてから、東京を別の目で見ることができます。しかしそうした洗練を差し引いても都市に暮らす生活には戻りたくありません。都市にいると嗜好品から必需品まで、無自覚に消費をすることになります。生きるためには買うこと、すなわち稼ぐという選択肢しかありません。消費をすればそれを補てんするためにもっと働く必要が生じます。人生の最後に人々が後悔するのはたいていお金がなくてもできることです。お金と時間を引き換えた結果、家族と過ごす、他人に尽くす、幸せをかみしめる、自分らしく生きる、といったことが犠牲になるのだと思います。

最高の旅

例年今の季節になると一年を振り返ります。自分が30年のサラリーマン生活から離れた年だからかもしれませんが、2017年は特別な年だと感じます。資本主義がフロンティアを失い、歴史の歯車が静かに逆回転を始めた年として後世に記憶されると思います。これまで信じてきた思考の枠組みから離れることで全く違った景色を見せてくれます。

今まで自分が信じてきたものは浮き草のようなものだったと思います。だれしも幸せを求めますが、経済成長期の幸せ追及は執着を生むものでした。どこへ行く、何を食べる、どのように過ごす、といった記号的消費はドーパミンによる幸福感であり、その喜びはすぐに去ります。

経済至上主義の社会はものをたくさん売るために何事も執着を生むようにできています。中毒性のあるこれらの商品を買い続けることのむなしさに気づき、自分自身と向き合うことで、幸せは持続します。晴天に恵まれたこの週末はいくつかのトレイルレースがありましたが、これらのレースは自分と向き合うための最高の旅だと思います。

即物的だけど新鮮な施設表現

昨日は、メディアにも注目されたThe Ryokan Tokyo YUGAWARAに泊まりました。元は保養所と思われる館内を埋め尽くすステレオタイプの日本情緒の割り切りのよさはむしろ清々しいほどです。高度経済成長期の即物的な施設表現は時代が一巡りして新鮮です。この割り切り方は、古い建物の活用に悩む同業者としては共感できます。

週末の湯河原に1泊2食6,000円ほどで泊まれることを考えると、カーナビでは到達不可能な悲劇的な立地を差し引いても妥当と感じます。主たる客層と思われるインバウンドは、温泉はあまりお気に召さないようでシャワーを使っています。外人がこれを旅館だと思うと少し違いますけど、旅館という価値軸上で再生を図る場合のひとつの答えだと思います。

ゆらぎが仕事の生産性を高める

昨夜はまとまった雪が降り4時半頃には除雪車が来ました。青空に月が浮かび雪景色とモルゲンロートの美しい朝です。建物が古いので冬の生活は寒さや凍結との戦いですが、この季節が一番美しくやはり冬が好きです。
源流の森で暮らすようになって一年、なぜ森のなかにいるとこれほど心地よいのか考えます。以前からオフィスの仕事の生産性が低いことを実感していながらそれをうまく説明することができませんでした。一言でいうならそれは、ぼくが毎日森で感じている生命力だと思います。動物の気配がしない森でもそこには生命力があふれています。一方オフィスは人がいても無機質な空間です。森にある、そよ風、木漏れ日、せせらぎなど自然界の現象である「ゆらぎ」がそこにはないのです。
アルファ波が注目をされたように、脳全体の活動や自律神経の働きにはゆらぎがあります。ゆらぎがないオフィスなどの人工的空間は体内環境がゆらぎを失い思考回路が単純化すると言います。不規則な規則性が特徴とされるゆらぎには、微妙なずれがあるからこそ複雑性が生じて新たな発見が得られます。また、ゆらぎのある環境は疲労の予防や改善に効果があるとされます。多くの発明家や哲学者が散歩を日課にしたように、五感が適度なゆらぎを感じて脳にその情報が加わることでアイデアが生まれるのでしょう。

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