時間の価値は人によって異なる

今日は我が家に3ヶ月ホームステイしていたシドニーの留学生が帰国するので羽田に行きました。日本で誕生日を迎えた16歳は「泣くと思っていたけど泣かなかった」と話していたものの、やはり羽田空港での別れ際にハグをすると泣き顔になっていました。

惰性で生きていると3ヶ月などあっという間ですが、日本に来たばかりの頃は日本語に不自由していた彼女は今では日本人とほとんど同じレベルです。同じ3ヶ月でも人によって時間の価値は全く異なることを実感します。日本人以上に気を配るのに、主張はストレートにするなど教育方針の違いを感じる3ヶ月でもありました。羽田空港からの帰りは温かい晴天に誘われて多摩川の土手を帰宅ランすることにしました。浮いた電車代は田園調布で寄ったカフェの喫茶代に消えました。

ビジネスと商売

昨日は宿の営業で有力なトレランショップに行きました。自分とは異なる業種の店でもいつも気になるのは商売のことです。コンサルタント時代のぼくはリアリティのないビジネスの世界に生きていたと思います。いまは目の前で現金が行ったり来たりする商売のことばかりを考えます。ぼくの感覚ではビジネスは損得勘定で割り切れる冷徹な取引ですが、商売はより広範な人間関係も含めた温かい取引です。これからの取引は工業化以前の商売の世界に回帰していくような気がします。

本音で話せるプライスレスな時間

昨日は様々な顔で働く方と会い3時間以上刺激的な時間を過ごしました。その人は複数の企業の経営と複数の大学の教員の顔を持ち、複数のプロジェクトをこなすまさに現代的な働き方をもう何十年も実践しています。会うのは20年ぶりぐらいなのに全く時間の経過を感じさせず当時と印象が変わらないのは幸せな働き方、ではなく生き方をしているからだと思います。

夜は以前の会社の仲間と会いました。ぼくが最後に働いていた会社で、30年のサラリーマン生活で最短の在籍期間ながら、毎日が学園ドラマのような、泣いて笑ってけんかする濃密な時間を過ごした職場です。本音で話せる人と過ごす時間はプライスレスです。

甲子高原はこれから本格的な雪の季節に入りますが、自宅近くの公園では梅がほころび、衣料品店には春物が並びます。

宿を通して編集すべき自然

昨日は山梨県にあるリゾートホテルに伺いました。バブル期に建てられしばらく放置されていた宿泊施設を改装しています。リノベーションされた施設を見ると、同業者としては改装コストやメンテナンスのことばかりに目が行きます。

うちと同じ800m強の標高からは、生憎の雨天ながら美しい雲海を望むことができます。宿を通して街の日常を編集する「まち宿」と同様に、豊かな自然に囲まれるリゾートホテルでフォーカスすべきは、宿を通して編集すべき自然の切り取り方だと思います。午後のひとときコーヒーを飲みながら窓の外に広がる雲海を眺めていると、今という時間の大切さを感じることができます。

偉大な日常

昨日は開業以来大変お世話になっている方の自宅に呼んでいただき宿の経営に関して有益な助言を受け、夜はリノベーションした「まち宿」のセミナーに行きました。住みにくい東京を離れたい思いはあるものの、先端の情報を得られることは依然東京にいる最大のメリットです。

写真は豊島区の椎名町で、空き家だった築50年のとんかつ店「とんかつ一平」を「宿」と「ミシンカフェ」にリノベーションした事例の紹介です。宿を通して街の日常を編集して特別な体験に変えた複数の事例からは、ステレオタイプの非日常ではなく偉大なる日常が価値を持つ現代消費の一面を垣間見ることができました。70人の枠に収まらず100人に増やしても満席というセミナー会場の熱気は時代が動き始めたことを感じさせます。

ささやかな達成感

週末のロードレースの余韻が今も筋肉痛として残っています。レースに出る素晴らしさは決意して達成する成功体験だと思います。重要なのはゴールセッティングです。たかだか21kmであってもゴールまで行くと決意することで、スタートラインに並ぶとアドレナリンがでます。途中のプロセスが辛くてもゴールをしたときのささやかな達成感が思い出を美化し、そのポジティブな感情はしばらく続きます。

写真は自宅近くの欅の大木です。長年住んでいるのに自然を愛でる余裕がなかったのか間近で見たのは初めてです。

挑戦を躊躇する落差

昨日は1年半ぶりのレースで21kmを走り、自分の筋力不足を不甲斐なく感じました。しかし運動らしい運動をしていなかった数年前の自分から見ると、21kmも走れること自体が想像できません。ぼくの周りでは100kmや100マイルのレースに挑戦する人が年々増え、もしかしたら自分も走れるのではないかという希望がわきます。

出来る人間にとっては簡単なことでも、できない人間には想像ができないという、この落差があるから人は挑戦を躊躇するのだと思います。スポーツの力は、やればできるということを教えてくれます。

昨日は人の力を実感することにもなりました。ゴール直前にいた友人をはじめ沿道の応援、とくに米兵のノリの良いハイタッチには力をもらいました。

緊迫感のない横田基地

今日は横田基地で第37回フロストバイトロードレースに出ました。普段は全く走っておらず1年半ぶりのレースで、ハーフマラソンとはいえ11km地点で太ももが上がらなくなり、15km地点ではひざが痛みゴールした後は歩くのも精一杯です。トレイルレースのロード対策の練習が目的ですので、21kmを走れたことだけでよしとします。

滑走路の端から見る奥多摩の山々は、あたかもロス郊外のような日本離れした景色です。お祭りムードの基地内に北朝鮮情勢の緊迫化は感じられず、C130輸送機が整然と整列しています。

主体性と挑戦意欲を喚起する

今日は普段離れて生活することの多い娘の高校の保護者会に行きました。学食で食べた360円のカレーは微妙な値段ですが、それなりに洗練されています。

未知の環境、困難な状況でサバイバルな経験をさせることを通じて、主体性と挑戦意欲を喚起するという教育方針は今の時代に必要なものだと思います。このように学校が変わり始めたことは未来への希望が持てます。

何をしてでも食べていける

「企業30年寿命説」など企業の限界を指摘する見解は古くからありました。他方で日本には世界有数の老舗企業が存在します。研究者によると老舗企業の特徴は(意外にも)、事業内容を途中で変えていたり、明確な理念や指針がなく口述伝承されていることだそうです。大企業が好きなKPI管理などおそらくやらないでしょう。

理想がない企業は惰性で仕事をします。社員も生きがいを感じられないので問題が起きます。高度だと思われていたホワイトカラーの仕事をAIが奪う時代になると、惰性で働くホワイトカラーはいらなくなります。他方で、儲ける仕組みの出来上がった組織で働いてきた人は、その歯車としてしか稼ぐことができないので、企業への依存を強めます。依存はやがて抜けられなくなりますので、愚痴を言いながら働き続けるのでお互いにとって不幸な状況になります。今のぼくはお金の不安はありますが、サラリーマン時代よりストレスは軽くなり幸福感も増しました。何をしてでも食べていく方法はあるはずだという根拠なき自信がついたことがこの一年の最大の成長かもしれません。

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