今朝の新甲子温泉も雪が降り続いています。この時期としては数年ぶりといわれる大雪で宿から見る光景は、厳冬期の積雪になっています。都会ならすぐに汚くなってしまう厄介者の雪もここでは、心を穏やかにしてくれる美しい景色です。フィアットの車載気温計は昨日より1度暖かくなって氷点下6度を指しています。寒い部屋で厚着をして雪を見ながらコタツで湯豆腐を作っているとささやかな幸せを感じます。便利で快適な都市に暮らしていると身近にある幸せを感じにくいと思います。
お知らせ
雪が思い出を浄化してくれる

昨夜は日が暮れる頃から雪が本降りになりました。夕方那須湯本温泉の鹿の湯に行くと3人ほどの入浴客しかいません。時折雪が吹き込む浴室は東北の秘湯風情です。雪で通行止になることが多い那須甲子道路ですれ違う車はありません。密集して吹きつける雪に視界を奪われ、目の前を大きな黒い鹿が横断します。見慣れた道路は積雪で道幅が分からなくなり秘境にでも向かう険しい山道に見えます。
今朝の新甲子温泉は降り続く雪ですっかり銀世界に戻りました。しんしんと降る雪を見ていると心が落ち着きます。一年前は厨房器具や洗濯機が入り生活ができる状態になった頃です。これから4ヶ月に及ぶ冬が本格的に始まるのですが、雪景色を見ていると雪が思い出を浄化してくれるのか、辛かった記憶があまりありません。
ないものは作れない
今朝の新甲子温泉は暖かい日差しに雪が舞う穏やかな天気です。12月に入りまとまった雪が降り大雪を危惧していましたが、今のところ昨年並みの積雪で宿の周りの道路も部分的に雪から露出しています。
かんじき作りツアーを年明け早々に企画していましたが、かんじきの材料調達がそれほど簡単ではないことが分かりました。都市に暮らしていると「ないものは作れる」という消費者論理で不自由を経験しませんが、かんじきひとつ作るにも材料調達を考えなくてはなりません。ネマガリダケ、ジダケ、リョウブ、アブラチャン、オオバクロモジなど、かんじきの材料はたくさんありますが、雪の降る前に材料を入手して生の状態で曲げておく必要があります。
天候に関係なくスーパーに行けばいつも大量の食料が満たされている都市生活は不自然です。不自由のない食料調達は、大量生産による野菜の栄養価の低下など、われわれ自身の健康に跳ね返ってきます。今回のことは改めてそのことに気づくよい機会となりました。循環、持続可能な形でのかんじき材料の調達ができる体制を考えたいと思います。
自分らしくない日本人

シドニーからの留学生を3ヶ月ほど預かっているのですが、日本人との違いがよく分かり勉強になります。娘が「友達と浅草に行くから行こう」と誘っているのに「私は行きたくない!」とはっきり断ります。決して協調性がないわけでも、マイペースでいい加減なわけでもないのですが、ありのままに自分らしく主張する姿勢は日本人が見習うべきところだと思います。
先日は、吉祥寺で買った洋服が気に入らないので、交換したいと言うので吉祥寺まで行きました。日本人ならあきらめてタンスの奥にしまいそうです。吉祥寺は魅力的な店が多く余計なものまで食べてしまいました。慶応SDMの前野教授が提唱する夢、楽観性、自分らしさ、感謝という幸せの4因子のうち、日本人に一番欠けているのは自分らしさかもしれません。
移動がストレスを消す

ぼくが理想と考える二拠点居住という生活スタイルにとって、車での移動は重要な要素です。もちろん移動自体は何でも良いのですが、自分の部屋ごと移動できる車での移動に勝るものはありません。東京と新甲子温泉の間は国道4号線を使って4、5時間ですが、何か考えをまとめたり、逆に何も考えずに運転に集中する瞑想に最適な時間です。
自動車の運転は執着を生みやすい行為だと思います。極端に遅い車から異常に早い車まで混在する道路ではストレスを生みやすく、渋滞すると隣の車線の流れが気になります。運転は重大な結果を招く危険行為でありながら、乱暴な運転が後を絶ちません。
時間を作って瞑想をするのも無駄だと思っていたので、移動時間を有効に活用しようと瞑想にあててみたところ、効果覿面でストレスを感じにくいだけではなく、疲れず途中で休む必要も感じません。いつもぼくの二拠点移動に付き合ってくれるラブラドールに、フィアットの荷室にちょうど納まるイケアのドッグベッドを買いました。
先の見えない旅

冬に入りすっかり運動をしなくなってしまいました。本来走ることが苦手なぼくは今でも強制されないと走りません。そのためにレースに出るのですが、強制されて辛さに耐えることで、初めて見る景色や初めて出会う自分、経験したことのない高揚感を味わうことができます。
人生も同じだと思います。これまで3度の転職をして、そのつど一度ならず前の会社に残れば良かったと後悔したものです。しかし4度目に会社を辞めてみて、収入は途絶え預金残高がゼロに向かっていく恐怖を日々味わいながらも元の生活に戻りたいとは思いません。
それは組織のしがらみから離れ自由を謳歌できるからではなく、辛いことがあっても自分の人生が前に進んでいる感覚があるからだと思います。企業組織にいた時代には会えなかった人に会え、自分の基軸に沿った視点で社会を見ることができます。先の見えない旅だからこそ高揚感があるのだと思います。
お金が必要だから幸せになれる

昨日はベンチャー企業支援を手がける一般社団法人MAKOTOのイベント「地方×宿泊業の可能性」に呼んでいただきました。当初定員を増やして開催されたイベントに、地方や宿泊業への関心の高さを感じました。懇親会でお話を伺うと多拠点居住や自然のなかでの仕事という考え方が、あながちぼくの独りよがりでないことを実感します。
会場の熱気からも自分の力で人生を切り開こうと考える人が増えていることは間違いないと思います。お金に依存する人生観が変わってきたことが背景にあると感じます。誰しもお金に不自由しない人生を望みますが、他方で安楽な人生では冒険する楽しみがなくなります。不老長寿を求めながら、一方で人生が無限なら苦痛に感じるのと同じでしょう。お金が必要だからこそ冒険に掻き立てられるのであって、そうした高揚感が幸せを感じさせてくれるのだと思います。写真は一昨日行った奥会津の早戸温泉「つるの湯」からの眺めです。
社会が失ったものを持つ山村
新甲子温泉から2時間弱のドライブで新潟県境に近い奥会津の豪雪地帯に行けます。昨日は三島町、金山町、昭和村とまわり、山深い集落に今も脈々と暮らしが引き継がれていることを感じました。交通インフラや移動手段がない時代の雪に閉ざされる集落での生活の辛苦を想像することはできません。
しかしそれは人類の半数以上が都市に暮らす現代の視点だと思います。他方で、都市生活者が自然豊かな地での簡素な生活に魅かれる動きがあります。ぼくらがこうした山村に魅かれるのは、いびつな形で消費させるために欲望を生み出してきた社会が失ったものを持っているからだと思います。
写真は昨日行った、三島町にある開湯1200年と言われる早戸温泉の「つるの湯」です。只見川を渡る冷たい風にあたりながら雪景色を眺めていると、頭で考えるようなステレオタイプのリゾートや旅館に行かなくても、心身に付着した世俗の垢を落とすことができそうです。
旅は真冬に限る
旅はつくづく真冬にするものだと思います。昨夜は奥会津の豪雪地帯、三島町にあるゲストハウスのソコカシコに泊まりました。会津宮下駅に近い古民家を改装した建物は随所にアートが感じられ、古くからある手の込んだ建具と改装により加えられた造形のコントラストが絶妙で、コタツのあるリビングには去りがたい居心地のよさがあります。雪の多い今年は今の時期でも冬景色が美しく、ときおり聞こえる只見線の音も旅情をかきたてます。
福島県にいても新鮮な豪雪地帯
今日は会津の豪雪地帯として知られる三島町に行きました。そのもっとも山深い集落に伺いかんじき作りについてお話を伺いました。しんしんと降り続く雪は同じ福島県でも新甲子温泉とは別次元の積雪で、阿武隈源流の雪に慣れていても新鮮な感動があります。炭焼きや農業を中心とした集落へは町の中心部から10kmほど離れていますが、立派な道路が整備されライフラインが確保されています。