31年前と変わらぬ日々

新甲子温泉は昨日、今日とも秋らしい快晴に恵まれました。昨夜は31年前に新卒入社した会社の同期14人が来てくれました。退職して18年が経とうとするのに今でも何かと気にかけてくれる同期の厚情には感謝するばかりです。不安な日々ながら前向きでいられるのはこうした友人の助けがあるからこそだと思います。今でも31年前の寮生活と変わらない印象の同期ですが、違いは夜0時前には寝て5時にはみなで散歩に行けたことでしょうか。

自分が選ばなかった人生

今朝も快晴で甲子山にラブラドールと登りました。秋から初冬にかけて歩きたくなる静かな登山道は歩いているだけで幸せな気分になれます。一転して帰路は気持ちよく走れるトレランコースで余計なものが身体から洗い流されていくような爽快感があります。距離14.81 km、消費カロリー811 kcal、累積標高928 m、往復2:44の一日を始めるのに適度な運動量です。

昨日は新卒入社した会社の先輩が、今日は同じく同期入社の14人が泊まりに来てくれます。結局ぼくは3度の転職で4社を経験して4度目は独立しましたが、いまや同期の皆は要職につき、一方のぼくはほぼ収入のない自営業者です。入社当時はこんな将来を予測できませんでしたが、自分が選ばなかった人生の行く末を今となっては想像することすらできません。

もともとぼくは予定調和の人生や行動しないリスクを恐れ、行動するリスクを軽視する傾向があるようです。それでも今の人生は、どこかスリリングで日々生きている実感があり満足しています。

エネルギー補給は無用

今朝の新甲子温泉は素晴らしい晴天で朝5時に宿を出発して赤面山に登りました。青白い明け方の空に満天の星が見えます。薄暗い森の中を手探りで登っていくと遠くの山から動物の遠吠えのような声が聞こえます。

今朝も何も食べずに登り始めましたが、赤面山往復14km強、消費カロリー778kcal程度ではエネルギー補給は不要です。先日の会津駒ケ岳に登ったときも中門岳往復18kmでも朝から何も食べず水以外の補給は不要でした。海外のトレイルランナーの間ではカーボローディングはもはやナンセンスと考えられているようで、ぼくの経験でも糖質を含む補給は25km程度の山登りであれば不要です。糖質制限によりケトン体濃度を上げていくと、人間の身体にマラソン数十回分蓄えられている脂肪分でエネルギーを作り出すことができます。これは脳にも使えるので頭が疲れたときに糖質を摂る必要もなくなります。誤解から長年悪者扱いされてきたケトン体ですが、こうしたエネルギー産生のメカニズムが浸透してくれば、トレイルレースのエネルギー補給だけでなく、糖質過多による多くの生活習慣病が一掃されるとぼくは考えています。

昔ながらのおおらかさ

昨日は以前から行きたかった、南会津町にある自然食マクロビオティック&ビーガン料理の宿「タンボ・ロッジ」に行きました。南米アンデスの食文化に詳しいシェフが作るオーガニック野菜の料理は食物アレルギーの人にも支持されています。ぼく自身はベジタリアンではありませんが、肉のない食生活を好ましいと思っていて参考になりました。この日は朝から何も食べず会津駒ケ岳、中門岳往復18kmを歩き宿の夕食一食で済ませましたが十分に満足できました。

食前に10kmほど離れた湯ノ花温泉の共同浴場4ヶ所に入りました。どこも風情があり、うち2ヶ所の混浴では地元のお年寄り(男女)と一緒になりました。清流の音と湯音が響き夕日の差し込む小さな浴室で石の浴槽につかっていると、とても幸せな気持ちになります。それは単に非日常的な風景だからではなく、混浴で世間話をする昔ながらのおおらかさが心地よいからだと思います。

東京からは遠い魅力的な会津の山々

今朝の新甲子温泉は暖かい日差しが降り注いでいます。昨日は満天の美しい星空を見ながら3時半に宿を出て会津を代表する会津駒ケ岳に行きました。那須連山から遠望する会津駒ケ岳は春最後まで積雪を湛え、中門岳に至る稜線には美しい池塘群が広がります。会津の山は宿から登れる流石、大倉、三倉山もそうですが、やさしいなだらかな稜線が特徴です。

5時半に滝沢登山口から登り始め、会津駒ケ岳から中門岳に行く途中でその美しい稜線を眺めながら休息し9時過ぎに下山しました。この桧枝岐エリアは燧ケ岳や平ケ岳といった東京からはアクセスが困難な魅力的な山への登山口がありますが、宿からなら1時間半ほどでアクセスできます。

簡単でないから人生は楽しい

昨日は4時に起きて洗濯をして、温泉に入り、日の出前にラブラドールと阿武隈源流の森を散歩して、軽い朝食を食べ、手荒れを治しに7時40分頃開く那須湯元温泉の鹿の湯に行きました。46.3度の高温浴を2時間近く楽しみ白河で買い物をして宿に戻り、涼しくなる夕方まで屋外でパソコン仕事をし、那須連山に夕日が沈む頃再びブナ原生林の森に行きます。日々こんな感じで、ぼくにとって今の生活は理想的です。晴れた日に山に入れればそれで十分で、海外旅行やグルメのご褒美も要りません。ただ問題は稼ぐ手立てが確立できていないことです。以前は逆で稼ぐ手立てはあるのに、いつも理想の生活を探していました。簡単には行かないから人生は楽しいのでしょう。

3Kから最先端へ

今朝の新甲子温泉も気持ちのよい快晴です。散歩の途中で死んでいるヤマカガシを見つけました。カガシとは日本の古語で「蛇」を意味し「山の蛇」だそうです。子供の頃はよく見かけた蛇も東京近郊では絶滅したようです。都心の異常な夏の暑さや異常気象といい自然環境の変化が急激すぎると思います。

新甲子温泉に初めて来たのは一年前の今頃です。この宿を買ったとき、なぜ今時旅館を買うのか、と不思議がられました。それから1年が過ぎ、今のぼくは半ば本気で旅館再生ほど可能性を秘めていて面白いビジネスはないと考えています。

山と温泉好きの自分自身が楽しめますし、旅館は人が集まる場所ですから人から刺激をもらうことができます。旅館のオーナーは一定の信用を得ることもできますし、いろいろなビジネスとの組み合わせが可能で、自由な発想が許されます。何より零細旅館は誰も注目をしないマーケットなので、新規参入のないブルーオーシャンです。3K代表で後継者のいない零細旅館業界を最先端のビジネスにすることが夢です。

平和な朝

今朝の新甲子温泉も秋らしい気持ちのよい快晴の朝です。早くもトレイルランニングのレースシーズンが終わり、今年はレースにでることがありませんでした。1年レースから離れてみると、あれほど引き付けられていた過酷な競技が自分と無縁の世界に思えます。人生は飽くなき挑戦でありアグレッシブに生きたほうが幸せになれると思うのですが、トレイルレースも人生における挑戦だと思います。

肉体を酷使する世界と無縁の平和な朝は、ラブラドールとのスキンシップから始まります。ぼくが行くとラブラドールはすぐに寝床から飛び起きて挨拶に来てくれます。犬が最良の友と言われるのは当然で、なんていいやつなんだと毎朝感謝する気持ちになります。その後は日課の剣桂神社と源流の森を2kmほど散歩します。

都市の呪縛的意図

昨夜は庭の舞茸を収穫してオリーブオイルと塩で焼きました。舞茸らしい少し甘い上品な香りが厨房に入った途端にわかります。スーパーで買った舞茸に感動することありませんが、庭に生えていたと思うと愛着がわきます。宿の付近は自生の山菜やきのこも多く、鹿や猪も見かけるので食べ物に事欠きません。

他方都市は基本的に食物を生産することができません。都市の形成に詳しいわけではありませんが、都市とは何かを考えます。単純に効率のために作られたというより、その背後には呪縛的な意図があったと思います。城を中心に都市が形成される統治の時代を経て、近代への変遷のなかでは経済的な理由が大きいと思います。都市はもともと何も生み出せないからこそ、人を集め価値を生み出し経済を大きくするのに好都合です。大衆消費社会を創造し、人々の欲求をあおることで都市は輝いてきたと思います。

一方で田舎は、効率とは無縁だったゆえに経済優先の呪縛から自由だったと思います。週末に人々が自然豊かな田舎を目指すのは経済優先の息苦しさ故なのでしょう。

現代の異人歓待

今朝も生きていることを感謝したくなるすがすがしい朝です。旭岳の荒々しくも優美な山肌が青空に映えます。濁流だった阿武隈源流にも清流が戻り、見ているだけで幸せになれそうです。この森にいると自分が「したかったこと、すべきこと」が分かります。あとはそれを「できること」に変えるだけです。

今朝まで3名の方に連泊していただきました。宿にいる時間が長いので色々な話が聞けて、宿を経営する大きな楽しみです。ホスピタリティの歴史は、情報収集を目的に共同体の外から来た人をもてなす異人歓待にあるとされますが、居ながらにして宿泊した人から話が聞けることは貴重だと思います。

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