今朝は埼玉県と山梨県の境にある笠取山(1,953m)に登りました。笠取山の付近は荒川、多摩川、富士川の分水嶺でもあります。氷点下4度の登山口から往復12kmの雪のついたトレイルを3時間ほどで歩きました。木漏れ日の森を抜けるスノーランは森林浴とリズム運動によるセロトニン分泌の効果なのか、何とも言えない幸せな気分になれます。適度な運動による健康増進効果は疑いようがない事実ですが、定期的に運動をする人がまだ少ないことは残念です。これほど幸せな気持ちになれて健康増進につながりお金もかからないスポーツの楽しさをどのようにして伝えていくかが今年の課題です。
お知らせ
今日やることは本当にやりたいこと?

アジア諸国において日本人は、老いへの恐怖がとくに強いという調査結果があります。そうした背景が長寿世界一に関係するかは分かりませんが、重要なのは寿命の長さより質です。人生が無限であれば退屈して死にたくなるでしょう。人生の質を担保するものは「生きる意味」だと思います。
「何のために生きるのか?」と以前なら考えました。しかし個人事業者になり自分のやりたいことが形になれば「生きる目的」は明確です。「今日が人生最後の日だとしたら」で始まるスティーブ・ジョブズが遺した言葉に多くの人が魅かれるのは、人生に意義を見出したいからだと思います。人生に残された時間が少なくなれば、「今日やることは本当にやりたいことだろうか?」と自問をするようになります。終身雇用という社会保障システムの最大の弊害は無目的に惰性で生きる人を増やすことだと思います。自宅の近所の公園はすっかり春の風情です。
自由があるから生きている
言葉だけが先行する働き方改革ですが、その本質は生き方改革だと思います。働くことは自明であり、「なぜ働くのか?」について深く考えたことがありませんでした。以前はお金を稼ぐために働いていましたが、今は生活をするために働くという感覚です。前者は消費が増えれば際限なく稼ぐ必要があり目的と手段が主客転倒しがちですが、後者は身の丈にあった収入を指しますので余裕ができます。「何かをしなくてはいけない」という義務もありませんので、適当に思いつきで楽しそうなことにチャレンジしながら働いている感覚です。主体性を奪われた組織の歯車ではなく、自由があるからこそ生きていることを実感できるのだと思います。
最も生産性の低い場所

今朝は打ち合わせで山梨市に行きました。早く着いたのでマクドナルドに入るとソーセージマフィンとコーヒーがついて100円です。プロモーションのために無料のコーヒーは美味しいです。かつては格安ハンバーガーで競合を一掃したマクドナルドですが、動きの早い外食業界にあっても浮き沈みが激しいイメージがあります。ゆったりとしたイスと丸いテーブルの席から全面ガラス越しに山を見ながら仕事ができてこの価格は、マクドナルドによる社会貢献活動にしか見えません。窓際のカウンター席には電源が用意されます。
家にいると余計なことばかりして仕事の着手に時間がかかるのですが、ぼくにとって仕事がはかどるのはカフェです。カフェで仕事に着手して軌道にのったところで続きを家でするのが一番良い方法です。逆に最も生産性が低いのは、空気が淀んでいる上に気が散って集中できないオフィスだったというのは皮肉です。
生涯働けば老後はなくなる

昨夜は老後資金がいくら必要か話を聞きました。自分の場合90歳まで生きるとしてその時点までに2,400万円の生活費が必要になるそうです。この金額は人生のイベントに伴う出費や耐久消費財の買い替え、介護費用等は含まれません。
年金に期待できない時代になり誰もが老後を心配します。しかし生涯働けば老後はなくなります。以前はリタイアして、あとはお金が働くことを考えましたが、不確実な資産運用より確実なのは自分が働くことです。リタイアという発想は苦痛な仕事から開放されたいという考え方ですが、それは組織に支配された「やらされ仕事」の場合です。仕事を主体化すればそれは苦痛ではなく楽しみや生きがいになり、この考えはきれいごとではないと最近思うようになりました。
生涯現役の唯一の秘訣

昨夜は両親と食事に行きました。日常生活も覚束ない両親ですが、自分の好きなことへの関心と感覚の鋭さだけは昔のままです。今年85歳になる父は車が好きで、フィアットに乗るとエンジンのスペックなどを細かく聞いてきます。タイヤを交換したときも乗り心地が変わったことを指摘します。
ぼくは生涯現役でいられる仕事を見つけるためにサラリーマンが辞めましたが、ここから先は自分が本当に好きでやりたいことだけを仕事にしたいと思います。それが人生100年時代を生涯現役でいられる唯一の秘訣だと思います。
写真は先日出入りしている自動車屋さんで見たアルファ・ロメオのSUVステルヴィオです。30年前に初めて自分で買った車なので、アルファ・ロメオには今でも深い愛着があります。
手紙が伝える温もり
昨日は留学に出かけて1ヶ月が過ぎる娘から手紙が届きました。メールやメッセンジャーの時代に手書きの手紙が伝える温もりは印象的です。日本を離れてフレンドシックにはなってもホームシックにはなっていないようで、安心しました。こちらも「今何をしているかな?」とは思いますが、それなり適応性があるのか別段寂しいという感覚はありません。寂しさは依存の裏返しだと思いますので、お互いが独立できていることは喜ぶべきことでしょう。人生でやりたいことさえ見つかれば、それ以外のことであれこれ悩む必要もなくなり、前に進むことが孤独や不安を癒してくれると思います。写真は昨日登った甲武信ヶ岳(2,475 m)山頂直下の甲武信小屋です。
のんびりとした山歩きが楽しめる有雪期

今日は甲州(山梨県)、武州(埼玉県)、信州(長野県)3県の境にある甲武信ヶ岳(2,475 m)に登りました。先々週に登った蛭ヶ岳が神奈川県最高峰、その前の週に登った雲取山が東京都最高峰で、埼玉県最高峰は甲武信ヶ岳の隣にあって8メートル高い三宝山(2,483 m)です。氷点下5度の西沢渓谷登山口より往復5時間のトレイルには雪が残り、とくに下りのスノーランはリラックスした集中が心地よく瞑想同様の効果がありそうです。シーズンの夏山はトレーニングのイメージがあり、ペースを上げてしまいますが、この時期は無雪期よりトレイルが歩きやすく、会う人も少なくのんびりとした山歩きが楽しめます。
人体は不快対応できるように作られている

昨日は今年二度目の凍結による水道管破裂を修理してもらいました。最低気温が氷点下10度を下回る今年は水道管破裂が多く、水道屋さんによると例年の数件に対して数十件あるそうです。最近の製品はセンサーまわりのプラスティックなど壊れやすい部品が増えたことも一因のようです。
寒さは不快ではありますが、悪いことばかりではありません。人体は長い進化の歴史のなかで不快対応ができるようになっていて、冬は薄着をした方が体の芯の温度を上げようとします。快適さばかりを求めてきた発展の歴史は、むしろ人体のデフォルトに反していたと思います。
産業革命がもたらす不健康

氷点下7度の今朝は朝日が雪山を美しく照らします。誰にも平等に訪れる快晴の朝ほど気持ちの良いものはありません。他方で人体の本来のリズムであるサーカディアンリズムに反する夜型の生活は不健康を生み出します。
電気が発明されて以来都市は不夜城となり、欲望は増幅され消費は増えましたが、夜の活動は人間を鈍感にさせ身体に犠牲を強います。産業革命以降、人間が指数関数的に進歩させてきたものなど、本当はなくてもよかったものかもしれないと時々思います。