
長年業務改善のコンサルティングをしてきましたが、反省すべきは定量データに頼りすぎていたことです。計測できないものは改善できませんので業務の定量化は必要なのですが、むしろ重要なのは生産性です。同じ1時間でも15%のパフォーマンスの日もあれば95%のパフォーマンスを発揮する日もあります。
早朝に森のトレイルを走る、渓流にイスを持ち出しアイデアを考える、風呂に入りながら電話会議をするなど、血流や自律神経バランス、神経伝達物質の分泌量を意識する仕事のやり方次第で生産性はまるで違います。空気の淀んだオフィスでイスに座ったまま動かない頭を使っても、一日をぼんやり過ごすことになります。ぼくの感覚では働く環境を工夫するだけで単位あたり生産性は3倍程度に改善されると思います。

旅館を改修して営業を始めた昨年の連休が遠い過去に思えます。一年でたくさんのことを経験したためか時間が流れるスピードが変わりました。子供時代は臆病すぎるほど慎重で手堅かった自分の性格が、いつから変わったのかは覚えていません。いまのぼくは自分が魅かれるものを実現できるなら、多少冒険的で先が見えない人生を歓迎します。むしろ冒険のない人生など、自分の人生を生きたと言えないと思います。以前は、早くリタイアしてハワイあたりでのんびり暮らす生活を目標にしていました。これが典型的な「フォーカシング・イリュージョン(Focusing Illusion)」や「快楽のランニングマシン(hedonic treadmill)」と呼ばれる偏向であることに気づいたのはそう昔のことではありません。このような認知の罠が次第に明らかにされ始めたことと、日本社会が失われた30年の低欲望社会を彷徨っていることは無関係ではないと思います。
穏やかに晴れた昨日は朝の4時半から那須連山の北端に位置する大白森山(1,642m)に登りました。山頂直下の崖に取りつけられた鎖は雪に埋まっており引き返しました。連休中は3日連続で山に入り、全身の血流が改善したのか体も頭も軽くなりました。ゆっくり過ごす週末も悪くありませんが、血流改善や自律神経バランス、睡眠の質の観点などから好ましいのは運動です。だるさや肩こりといった血流障害が原因の不調も多く、休日にふさわしいのは自然のなかで筋肉を動かすことだと思います。座りっきりの安楽なライフスタイル(Sedentary Lifestyle)はタバコ同様に癌、糖尿病、心血管障害、慢性呼吸器系疾患を引き起こす原因になるとWHOも警鐘を鳴らしています。
昨日早朝は一昨日に続き甲子山(1,549m)に登り、午後は会津側の小野嶽(1,383m)に登りました。小野観音登山口からのトレイルは、標高差1,000m近くを急登に次ぐ急登で一気に登るスパルタンなルートです。登りは心肺機能と筋肉強化のトレーニングになり、下りのランニングは集中瞑想状態の幸せなリラクゼーションです。この動的瞑想を朝一番にやることで一日が大変充実したものになります。自分の体とは思えないほど早く急な岩場を駆け下りるとき、都市生活では人間の持つ身体能力の数%しか使っていないと思います。
今の季節でも朝の3時を過ぎるとあたりが明るくなり始め、宿の前の江森山の穏やかな山容が闇に浮かびます。昨日は今年初めて甲子山に登りました。下界は穏やかな快晴ですが、1,549mの山頂付近では雹が降り始め次第に雪に変わりました。この稜線は6月や9月でも氷点下になり池が凍ります。普段から風が強く、天候が急変するために遭難が起こりやすい場所です。今年は雪解けが早いものの、それでも東北の山をあなどることがどれほど危険かは新甲子温泉に来てよく分かりました。自然への見積もりが甘いときに遭難は起きます。宿から程近い那須で、昨年起きた雪崩事故もその典型だと思います。慎重すぎるぐらいの判断と「備えあれば憂いなし」が自然と付き合う原則だと思います。

4日間食事を抜いてみると、体に変化を起こります。すぐに分かるのはお通じが理想的な状態に戻り、最大の免疫器官である腸内環境が改善します。さらに大きな効果は、普段の食事が瞑想になることです。高級な料理を前にするとき、私たちはあれほど味わおうと集中をするのに、普段の食事は粗末に扱っています。食べることへの満足と感謝の気持ちが戻ってくるのは、断食の最大の効果だと思います。普段の食事が、労せずして高級料理に変わります。それ以外にもサーチュイン遺伝子の活性化など無自覚な体の改善も少なくありません。内臓器官が使われなくなるデメリットを指摘する意見もありますが、断食により得られるメリットに比べれば深刻なものではないと思います。日常を慈しむ生活に運動が加われば、体は理想の状態になります。