東京からは遠い魅力的な会津の山々

今朝の新甲子温泉は暖かい日差しが降り注いでいます。昨日は満天の美しい星空を見ながら3時半に宿を出て会津を代表する会津駒ケ岳に行きました。那須連山から遠望する会津駒ケ岳は春最後まで積雪を湛え、中門岳に至る稜線には美しい池塘群が広がります。会津の山は宿から登れる流石、大倉、三倉山もそうですが、やさしいなだらかな稜線が特徴です。

5時半に滝沢登山口から登り始め、会津駒ケ岳から中門岳に行く途中でその美しい稜線を眺めながら休息し9時過ぎに下山しました。この桧枝岐エリアは燧ケ岳や平ケ岳といった東京からはアクセスが困難な魅力的な山への登山口がありますが、宿からなら1時間半ほどでアクセスできます。

簡単でないから人生は楽しい

昨日は4時に起きて洗濯をして、温泉に入り、日の出前にラブラドールと阿武隈源流の森を散歩して、軽い朝食を食べ、手荒れを治しに7時40分頃開く那須湯元温泉の鹿の湯に行きました。46.3度の高温浴を2時間近く楽しみ白河で買い物をして宿に戻り、涼しくなる夕方まで屋外でパソコン仕事をし、那須連山に夕日が沈む頃再びブナ原生林の森に行きます。日々こんな感じで、ぼくにとって今の生活は理想的です。晴れた日に山に入れればそれで十分で、海外旅行やグルメのご褒美も要りません。ただ問題は稼ぐ手立てが確立できていないことです。以前は逆で稼ぐ手立てはあるのに、いつも理想の生活を探していました。簡単には行かないから人生は楽しいのでしょう。

3Kから最先端へ

今朝の新甲子温泉も気持ちのよい快晴です。散歩の途中で死んでいるヤマカガシを見つけました。カガシとは日本の古語で「蛇」を意味し「山の蛇」だそうです。子供の頃はよく見かけた蛇も東京近郊では絶滅したようです。都心の異常な夏の暑さや異常気象といい自然環境の変化が急激すぎると思います。

新甲子温泉に初めて来たのは一年前の今頃です。この宿を買ったとき、なぜ今時旅館を買うのか、と不思議がられました。それから1年が過ぎ、今のぼくは半ば本気で旅館再生ほど可能性を秘めていて面白いビジネスはないと考えています。

山と温泉好きの自分自身が楽しめますし、旅館は人が集まる場所ですから人から刺激をもらうことができます。旅館のオーナーは一定の信用を得ることもできますし、いろいろなビジネスとの組み合わせが可能で、自由な発想が許されます。何より零細旅館は誰も注目をしないマーケットなので、新規参入のないブルーオーシャンです。3K代表で後継者のいない零細旅館業界を最先端のビジネスにすることが夢です。

平和な朝

今朝の新甲子温泉も秋らしい気持ちのよい快晴の朝です。早くもトレイルランニングのレースシーズンが終わり、今年はレースにでることがありませんでした。1年レースから離れてみると、あれほど引き付けられていた過酷な競技が自分と無縁の世界に思えます。人生は飽くなき挑戦でありアグレッシブに生きたほうが幸せになれると思うのですが、トレイルレースも人生における挑戦だと思います。

肉体を酷使する世界と無縁の平和な朝は、ラブラドールとのスキンシップから始まります。ぼくが行くとラブラドールはすぐに寝床から飛び起きて挨拶に来てくれます。犬が最良の友と言われるのは当然で、なんていいやつなんだと毎朝感謝する気持ちになります。その後は日課の剣桂神社と源流の森を2kmほど散歩します。

都市の呪縛的意図

昨夜は庭の舞茸を収穫してオリーブオイルと塩で焼きました。舞茸らしい少し甘い上品な香りが厨房に入った途端にわかります。スーパーで買った舞茸に感動することありませんが、庭に生えていたと思うと愛着がわきます。宿の付近は自生の山菜やきのこも多く、鹿や猪も見かけるので食べ物に事欠きません。

他方都市は基本的に食物を生産することができません。都市の形成に詳しいわけではありませんが、都市とは何かを考えます。単純に効率のために作られたというより、その背後には呪縛的な意図があったと思います。城を中心に都市が形成される統治の時代を経て、近代への変遷のなかでは経済的な理由が大きいと思います。都市はもともと何も生み出せないからこそ、人を集め価値を生み出し経済を大きくするのに好都合です。大衆消費社会を創造し、人々の欲求をあおることで都市は輝いてきたと思います。

一方で田舎は、効率とは無縁だったゆえに経済優先の呪縛から自由だったと思います。週末に人々が自然豊かな田舎を目指すのは経済優先の息苦しさ故なのでしょう。

現代の異人歓待

今朝も生きていることを感謝したくなるすがすがしい朝です。旭岳の荒々しくも優美な山肌が青空に映えます。濁流だった阿武隈源流にも清流が戻り、見ているだけで幸せになれそうです。この森にいると自分が「したかったこと、すべきこと」が分かります。あとはそれを「できること」に変えるだけです。

今朝まで3名の方に連泊していただきました。宿にいる時間が長いので色々な話が聞けて、宿を経営する大きな楽しみです。ホスピタリティの歴史は、情報収集を目的に共同体の外から来た人をもてなす異人歓待にあるとされますが、居ながらにして宿泊した人から話が聞けることは貴重だと思います。

働く意識が消える

去年までは、山や温泉、海外旅行に行きたくなったものですが、山の温泉に生活しているのでこの一年そうしたレジャーとは無縁です。レジャーとビジネスを分けることがないために休日という概念もなくなりました。仕事にオンオフがなく疲れたらいつでも休むので休日を作る必要がありません。ほとんど休日を取らない経営者を以前なら猛烈に働くと思っていましたが、そもそも生活と労働が一体化しているので働くという意識もないのだと思います。

昨日は以前の宿のオーナーの方に庭に出ている舞茸を教えてもらいました。もちろん菌をつけたものですが、庭に舞茸が出るのは感動的です。

贅沢な田舎暮らし

今朝の新甲子温泉は穏やかな秋晴れです。

贅沢とは何かをよく考えます。本来の意味は、「必要とする以上の分に過ぎた消費」を指す言葉で、有り余るお金を意味したのでしょうが、それは都会の話だと思います。田舎暮らしにおける贅沢はそうした財貨の尺度とは異なり、都会で手に入れることができない希少な経験だと思います。

たとえば都心ではいくらお金を出しても隣の人家が見えない住宅を持つことはできませんが、ここ西郷村なら望めば誰でもそうした家を手に入れることができます。宿から遊歩道を5分下った阿武隈源流にイスとお茶を持って行くとそこは自分だけの最高のカフェになります。より本音に近いところで自分の満足点を探すと、都市論理の消費社会はいびつなものに見えます。

週末ごとに自然のもとに出かけて休息のし過ぎと移動で疲れてマンデーブルーなど、かえって体調を崩すことを考えると、自分の生活をミニマルにして田舎で暮らす選択肢はむしろ現実的に思えます。

居心地のよいリノベーション街づくり

快晴の昨日は宿から40分ほどの黒磯駅の近くにあるアウトドア用品店のLUNETTESに行きました。古い家屋2軒の1階部分を使った落ち着いた店内は、大がかりなリノベーションをすることなくセンスよくまとめられています。隣にはヴィーガン・オーガニック・サステーナブルがコンセプトのレストランと自然食品店のHIKARI SHOKUDOが、向かいには家具や雑貨を扱うROOMS、その並びにはレストラン、ゲストハウス、物販の複合施設のChus チャウス、さらにその隣には伝説のカフェSHOZO黒磯本店と魅力的な店が50mほどのエリアに集積しています。SHOZOカフェに端を発するリノベーション街づくりのショーケースのようなこの店舗群は、小奇麗なだけで面白みに欠ける企業主導の開発にはない居心地のよさがあります。

最小限が心地よい

台風一過の今朝は雲ひとつない青空が広がりました。快晴に誘われて阿武隈源流を歩きましたが降り続いた雨で至る所に沢ができ、見慣れた清流はラフティングができそうな激流に変わっています。

昨日は那須にある非電化カフェに行きました。非電化製品を売るショップを併設したカフェとアトリエ、ツリーハウスなどで構成され、エネルギーを浪費しない生活を提案しています。

灯油ランプの灯るカフェにいると時間もゆっくりと流れ、消費生活を最小限にするダウンサイジングの生き方が何とも心地よく思える場所です。

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