晴天の三連休は絶好の行楽日和ですが、朝ラブラドールと近所の公園で遊び、図書館で大量の本を借り、地下にある自宅のドライエリアのインフィニティチェアで、コーヒーを飲みながら青空を見上げ読書をすると至福感に浸れます。身近な暮らしの中に、ありがたみと喜びを感じる繊細ささえ持ち合わせていれば、人はお金に依存しなくても幸福になれると思います。幸せな気分をもたらす主要な神経伝達物質は、セロトニン、オキシトシン、ドーパミンがあり、幸せの三要素は健康、愛情、お金とされます。市場経済に幸福を委ねてしまえば、即効性がある反面すぐに消えてしまうドーパミン系の幸せだけが正当化されます。その結果健康や人間関係は犠牲にされがちですが、一通りの消費と失望を経験することでしか、人はお金依存のウェイトを下げることができないのかもしれません。
結束の象徴
昨日は親戚の集まりに行きました。祖父の兄弟に始まり、そこから5世代とその配偶者となる対象者はネズミ算的に増えます。家によって兄弟や親戚との距離感や付き合い方は異なり、毎年旅行に行くなど親しく付き合う家もあれば、何十年も親戚と音信不通になる家もあります。それでも結束しようとする一定の力が働くのは、今も親戚が住職を務める、500年前の1525年に開かれた寺の存在が大きいと思います。昨今、選択的夫婦別氏制度が議論されますが、寺に残る系図で14代にわたり同じ姓を継承してきたことは、結束の象徴であり、家に対する考え方の根本にあります。政治的な争点になる皇位継承問題で、男系男子を維持すべきと思うのは、それが自然発生的なものであれ、先人からの知恵であり、その正統性を失えば結束力が奪われ国が乱れると感じるからです。
時代の試練に耐える
週刊誌報道などで話題になった隈研吾氏設計の馬頭広重美術館に行きました。そのシンプルなプロポーションのためか、遠目には波板で作られた工場建築のようにも見え、世界的建築家のオーラは感じません。屋根を中心に腐敗が進む地元産の八講杉ルーバーは、塗料選定のミスとされ痛々しさが分かります。12億の建物に24年で3億の追加投資は、公共建築として疑問の声が出るのも当然かもしれません。かつて山下達郎は、自らの音楽について、時代の試練に耐える普遍性、つまり風化しない音楽、と語っていましたが、まさに風化した印象です。その責任は設計者だけではなく、トロフィーワイフ的な動機で依頼をした施主にもあるはずです。同じく隈研吾設計の那須歴史探訪館も見ましたが、こちらは改修予算の目途がついたようで、屋根の飾り木材を外した状態でしたが、隈研吾設計という誇らしげな張り紙が雰囲気を壊している気がします。
UIがすべて
UI(User Interface)の重要性が認識されるようになったのはだいぶ以前の話です。昨今では顧客がサービス利用時に感じるプラスの感情であるUX(User Experience)が重視されるようになりました。しかし、総じて日本の企業が提供するUIは劣っていると感じます。商品や会社概要を知りたいときに企業のホームページを見ても、知りたい情報にたどり着けないことが少なくありません。最近ではLineを顧客とのコミュニケーションに使う企業が増えましたが、クロネコヤマトと佐川急便では使い勝手に大きな違いがあると感じます。慣れの問題もありますが、クロネコの再配達は選択肢をいくつか選ぶだけで済み、自分のようにスマホ操作にアレルギーがある人間でも数秒で完了します。一方佐川は文字入力を要求するので、面倒になり再配達連絡をしないこともあります。几帳面とされる日本人ですが、企業がUIに無頓着なのが不思議です。
テレビを見ない世代
衆議院選が終わり、来週は世界の趨勢を決める米国大統領選を迎えます。一方国内で注目されるのは、おねだり、パワハラとマスメディアが煽った、兵庫県の斎藤前知事の失職に伴う来月17日の出直し選挙です。NHK党党首の立花孝志氏の立候補表明によって世論の潮目が変わり、前知事擁護派が勢いづくなか、対抗する候補者の立候補辞退も相次ぎます。真偽不明の噂話を拡散したマスメディアによって、正義の内部告発とされてきたことが、公益通報者保護制度を悪用した誹謗中傷や名誉棄損だった可能性が高まります。前知事が日本中を敵にするなか、その擁護の意見を最初に広めたのは若者を中心としたSNSであり、先の衆議院選挙においていきなり国政政党になった日本保守党の躍進も支えました。若い有権者は生まれた時からテレビを見ない世代であり、マスメディアによる洗脳が解けるのは時間の問題なのでしょう。
SNS組織票の破壊力
与党大敗を招いた石破総裁ですが、その功績は小泉政権のキャッチフレーズだった、「自民党をぶっ壊す」を本当に実現したことかもしれません。安定政権として戦後の日本を守ってきた自民党ですが、岩盤保守が離れた今、政党のスクラップアンドビルドは、避けられなかったと思います。比例代表に目を向けると、自民と維新が大幅に票を減らし、国民、参政、れいわが躍進する傾向が見られ、議席を大幅に増やしたように見える立憲の票は実はほとんど伸びていません。若年層の政治離れと無関心が問題視されますが、エックスなどのSNSで組織化された若者の票は、旧来の組織票に頼る自公政治の崩壊を加速したと見ることができ、最高裁裁判官の罷免投票が30年ぶりに大幅上昇した理由の一つとされます。国の根幹にかかわる外交安全保障が重大局面を迎える今、実行力のある安定政権の誕生を願うばかりです。
2人に1人が107歳に
昨日は妻の実家に行き、父の92歳の誕生日を祝いました。普通に一人で生活し、高齢者には見えない父を見ていると、かつて首相官邸で行われた「人生100年時代構想会議」で、リンダ・グラットンが述べたように、 2007年に生まれた日本の子供の2人に1人が107歳に到達するという指摘も、驚くべきものではないと思えます。自分の祖父母はいずれも80代で没しましたが、それでも長生きとされました。90歳を超えて元気な人は今や普通ですし、ときには100歳を超える人も身近になりつつあります。昨日も200個近い柿をもらいましたが、制止も聞かず高い脚立に立ち収穫をする父を見ていると、年齢を理由に何かを制限しないことが大切だと感じます。妻の会社の98歳の顧客は、毎日株価を見て取引をしますが、まわりが取引制限をしたり、免許を取り上げることは立派な人権侵害なのかもしれません。
昭和の民家

昨日は自宅から車で1時間ほどの、青梅市にある渓流沿いの古民家を見に行きました。神社の参道に面し、庭の前を美しい清流が流れ、敷地内には天然水が流れ込みます。JR青梅線の駅からも一応徒歩圏と魅力的な立地ですが、昭和の風情が残る家屋は朽ち果てた状態で、大規模な改修か建て替えが必要です。値段もそれなりで買うことはないでしょうが、古民家サウナを営業するには適した立地に思えます。米国では古い不動産を購入して、改修により物件価値を高めて短期の転売を行うフリップ(flip)投資が盛んです。一方、新築物件が次々建てられる日本でそうした事例が少ないのは、粗製乱造された残す価値のない家が多いからと感じます。築年数の古さに関心が集まる古民家ですが、幼少期の記憶によるものなのか、うら寂れた昭和の民家に郷愁を呼び覚まされます。
政治家や裁判官の素顔を知る
久しぶりに盛り上がりを見せる選挙当日を迎えました。「まつりごと」と「政治」はどちらも人々を引き付ける魔力を持ちますが、大きな違いは前者が地域の結束を高める役割を果たす反面、後者は往々にして社会を分断します。今回の選挙が歴史に残るとすれば、東京都知事選挙でその威力を見せつけたSNSにより、有権者の投票行動が短期間に変化することです。今まであまり話題に上がらなかった最高裁判事の国民審査においてさえ、落選運動が盛んなことも印象的です。これまでは政治家や裁判官の素顔を知ることなく、耳に心地よい言葉とイメージだけで投票していた人たちが、都市部を中心に、国や地域を良くするために働く人をシビアに吟味するようになったと思います。機能不全に陥った政治家を正すには、有権者が自ら調べ、投票行動に責任を持つ以外にはないのでしょう。
選択肢のない選挙
自公過半数割れが現実味を帯びるなか首相の三日天下も噂され、何が起きてもサプライズのないスリリングな衆議院選挙が最終盤を迎えます。ここにきて自民党の裏公認疑惑が発覚するなど、自党の存続しか考えない選挙互助会としてのひずみが露呈しました。一連の混乱を生んだ今の自民党に存続してもらっては困りますが、他方で、世界情勢が深刻な局面を迎えるなか、政権担当能力のない野党に任せることがどれほど危険かを国民は学習済みです。重要な政策が全く争点にならない今回ほど選択肢のない選挙は初めてで、候補者の過去の言動を調べました。世界は実行力のある安定政権を望みますが、選挙後のノーサイドはありえず、怨嗟のうずまく党内争いに発展することは必至です。場当たり的な言動を繰り返す石破さんの功績は、自民党の腐敗体質を分かりやすく体現したことのような気がします。