最近の趣味は古民家を見ることで、築100年ほどの、山梨県で農業を始めた友人宅を見せてもらいました。誰もが知る政治家の書が客間に飾られる由緒ある建物は宝の山です。古民家の歴史などの知見はありませんが、リノベーションの素材として、ここに客室を作り、ここにサウナを作ると収支は合うか、と妄想をするのが好きです。自然素材で作られた古民家は風景に溶け込む住まいであり、残していくためには持続可能なマネタイズが必要になります。古民家再生を躊躇する理由は、解体してみないといくら費用がかかるかわからないために、見積を取れば安全サイドの天文学的な予算になり、見切り発車がしにくいことです。白河の古民家の解体が終わり、今まで垣間見ることしかできなかった床や天井の構造が露わになり、梁にあわせた設計変更などが必要になります。採算ベースに乗せることが難しい、出たとこ勝負が醍醐味なのかもしれません。
過去と現在がつながる山
昨日は山梨百名山の雨乞岳(2,037m)に登りました。山頂までは明るい尾根道で標高1,700mには水場があります。山頂から甲斐駒ヶ岳を間近に望む魅力的な山ですが、連休中でも登る人は少なく静かな山旅を楽しめます。古くからの雨乞い信仰の山で、従来は儀式に先だって参拝した石尊神社からのルートだけでしたが、2006年度に整備された昨日のコースはより短く、山頂までは1時間半ほどとアクセスも良好です。秋には紅葉が楽しめそうな広葉樹の林を抜けるトレイルはトレランにも最適です。雨乞いの儀式は山頂付近で行われていたとされ、いにしえの時代、人々が呪術的能力を得るために山に分け入っていたことを考えると、目の前の穏やかな山容が全く違った姿に見え始めます。国土が山に覆われている日本では、古代より神と山が常に近い場所にありました。雨乞い祈祷という自然信仰を通じて、過去と現在がつながる不思議な感覚になる山です。
都会を正当化するまやかし
昨日は八ヶ岳の西岳に登り、帰り道は山菜を取りながら下山しました。タラの芽など自分が知るわずかな種類だけでも結構な収穫量になります。より多くの山菜を知る地元の人は、袋いっぱいの山菜を収穫し、この季節の山は食糧庫になります。国だけではなく、個人レベルにおいても食料自給率を上げることは重要な課題です。薪ストーブを使えば、燃料も自給することができ、自然に近い場所であれば、お金を使うことなくある程度の生活を営むことができます。人はお金を貯めて使うことに執着しますが、お金を使うことは生活を他者に依存することであり、自立していない危うさと見ることもできます。お金を使わない生活は、他者に依存をしない点において真の自由と言えます。都市居住者が考える自由とは消費することの自由を指しますが、それは都会を正当化するまやかしなのかもしれません。
自然と調和した風景
古民家に魅せられる理由は、郷愁を誘いやすらぎを感じるからだと思います。自然と共生し暮らしていた江戸時代の趣を残す妻籠宿や大内宿に、観光客が押し寄せることでも分かります。たまたま時代から取り残された旧街道沿いの街並みが、粗製乱造された戦後の乱開発を免れ、自然と調和した日本らしい風景を今に伝えているのでしょう。木や紙といった自然素材で作られた古民家の数は、150万とする試算もありますがその多くが急速に失われ、風景に溶け込むたたずまいを今後作り出すことは困難です。都市に美しさを感じることはありますが、その多くは構造物が消された夜景であって、そこには一時の感動はあっても安らぎはありません。快適さを合理的に追及した結果である現代の住宅に、致命的に欠落するのは自然と共生する姿勢であり、今の街並みが醜く見えるのは、人間のエゴだけがぶつかりあっているからかもしれません。
唯一の幸せの指標
東京では桜の季節は終わりましたが、福島県では場所によってはまだ楽しむことができます。福島に限った話ではありませんが、自然豊かな場所で時間を過ごすと、花と新緑のこの季節はどこにいても幸せな気持ちになります。生命力を感じない都会では、自然がもたらす豊かさに代わる人工的な刺激を生み出すことによって、それこそが幸せの姿だと人々に信じ込ませることに成功しました。誰もが贅沢な暮らしに憧れますが、贅沢さはモアアンドモアの終わりのない執着を生み、幸せははかなく消え、満たされる日はいつまでもやって来ません。加えて消費者が支払うお金の価値は、限界効用低減の法則によって相対的に低下していきます。幸せを感じる時に分泌される神経伝達物質が、唯一の幸せの指標であるなら、幸せをお金で買わずとも、自然のなかに出かけるだけでいつでも幸せになることができるのでしょう。
スーパーバジェット業態
1泊2食付きで3,300円という破格の宿に興味をひかれて泊まりました。これに近い業態を探すと、学生時代に泊まったスポーツ合宿専門の宿ですが、ここまで安くはありません。採算が合うはずがないと思っていたのですが、国道6号線に面し、火力発電所の至近距離という立地が安定的な需要を生み、200室を超える客室により、スーパーバジェット業態が成立しているようです。アメリカのモーテルのように、駐車場内に分散される平屋の建物によるローコスト建設は照明器具が不揃いなど徹底しています。客室は10平米でユニットバスも最小ながら、必要な機能やアメニティは満たされます。夕食は定食屋さんの食事で、朝食のブッフェも普通ですが、文句などあるはずもなく、コンビニは目の前でリピーターを中心にまわっています。特殊なマーケットを囲い込んでいるために、朝食は山小屋より早い4時半スタートというビジネスに刺激を受けました。
永遠に再生できる
改修中の古民家を見に白河に来ました。江戸後期のこの家のように、伝統工法で建てられた家のメリットは、痛みの激しい部分を新しい木材と入れ替えることで、ほぼ永遠に再生できることです。現代工法のように基礎と土台をアンカーボルトで結合せず、耐震性が高いことも利点でしょう。伝統工法の石場建ての家では、柱を固定せず、石の上で浮き上がり地震のエネルギーを逃がします。差し鴨居のような木組みや土壁の柔軟性が、地震の多い日本で生き残ってきた理由を実感します。周囲の新しい家が倒壊した東日本大震災において、何とも心もとないこの家に被害がなかったことがその左証でしょう。家の内側に柱や耐震壁がほとんどないことも、開放的な空間を作れるメリットになります。現在の法規ではこのような家を建てることが難しいようですが、時代の流れの洗練を受けてきた、伝統工法の家で暮らす人が増えるような気がします。
評価を評価する
サウナ施設で使う設備機器や家電などをアマゾンで調べると、知らないメーカーをよく見かけます。洗練されたデザインで値段がずば抜けて安いのに、スペックは競合品に見劣りしません。中国製なのですが、ハイセンスのように日本の技術を吸収してお値段以上の商品もあれば、詐欺に近い粗悪品もあります。質の悪いことに、後者であってもアマゾンの評価が高いことが、問題を複雑にします。疑わしいときはYouTubeで検索して、製品を解体して詐欺の手口を紹介してくれる動画などを見ます。某宿泊予約サイトの評価も全く信用できないのですが、急いでいるときには賭けるしかありません。アマゾンで買う場合、聞きなれないブランドで魅力的なスペックとデザイン、抜群のコスパで、口コミも高い評価の場合に役立つのがサクラチェッカーです。精度は不明ながら、サクラによる評価の有無を評価してくれます。騙されない消費者であり続けることは大変です。
ほどよい緊張感
昨日の朝は近所のスターバックスで仕事をしようと思ったのですが、雨でついつい出不精になり家から離れられませんでした。四半世紀以上リモートワークをしていますが、気が散る誘惑の多い自宅で仕事を始めるのは、今も苦手です。簡単な仕事から始めるのがコツと言われますが、どうでもよい雑用や家事、楽し気な仕事、簡単に終わる仕事から片付け始めると、意外に時間を奪われます。雑用も誘惑も少ないカフェは強制的に仕事を始めるのに最適ですが、家より不自由なカフェにわざわざ出かけるのも癪に障ります。自宅が仕事に向かない理由は、自分を甘やかすコンフォートゾーンだからですが、その真逆のオフィスが仕事に向かないのは知人が多いからです。仕事を始めても、無駄な会議や話かけられることで集中が途切れます。自宅でも職場でもないサードプレイスが支持されるのは、そこがほどよい緊張感で誘惑が少ないからでしょう。
生涯消えない舶来信仰
仕事に使うHondaのN-VANを買いに、昨日は静岡に行きました。ディーラー流れの登録済み車両ですが、走行距離は5kmです。県外登録費用や陸送費用、その他のデメリットを考えると、価格のメリットは相殺されます。新古車を買う唯一のメリットは、車種によっては年単位にも及ぶ納車期間を早くできることです。先代が自転車屋から始めたこの店は、ビッグモーターも真っ青の1,100台の在庫を持ち、展示場を移動するのに車が必要なほどで、6速MT、4WDといった今回選んだ希少な車も在庫しています。旅館の軽トラック以来、自分史上2台目の国産車も日本が世界に誇る軽自動車です。現在も含め、これまで乗った車の大半が左ハンドルなのは、外国車がまだ高嶺の花で、ブルーバードやコロナとBMWの比較記事を読み、輸入車に憧れていた世代だからです。左ハンドルにステータスを感じる人は今や少数派ですが、この舶来信仰は生涯消えることがない気がします。