
パリ五輪の日本は金20個、銀12個、銅13個のメダルを獲得し、米中に次ぐ世界3位の快挙です。しかし、オリンピックへの関心が年々薄れ、今年は競技を全く見ませんでした。テレビ全盛時代なら国民が一つのコンテンツで一体化し、国威発揚につながりましたが、もうそんな時代は来ないのかもしれません。スポーツは人々を熱狂させ今でも大量集客できますが、そこに感情移入できないのは、世界のトップアスリートより身近なヒーローにリアリティを感じるからだと思います。唯一関心があるのは、今も競技が続く富山県から静岡県までの山岳をつなぐ世界最長のトレイルランニングレースであるTJARだけです。多少かじったことがあればその大変さとゴールの感動を実感でき、出場者を知る親近感がわきます。公認のオリンピックよりも、アマチュアによる賞金も栄誉もない非公認の草レースに熱狂するのが今の時代なのでしょう。
家人がいない日は食事の回数を減らしますが、最も手軽な健康法は断食だと思います。飢餓を生き延びた人類は、食糧を得られない時に個体を延命させるシステムを備えるように進化しました。食べないでいると生命力を強化するメカニズムが働き、16時間の間欠的断食でも効果が現れます。仮に延命効果がないとしても、次の食事が美味しくなり、胃腸がスッキリすることを体感できます。断食の世界最長記録を樹立したアンガス・バルビエーリは、水分とミネラルのみで1966年7月から382日間断食し、体重は456ポンド(約207㎏)から目標としていた180ポンド(約82㎏)に達し自ら断食を終了しました。これはギネスブックに載る世界最長記録ですが、ギネスでは危険な行動が奨励されることへの懸念から、以後断食に関する記録の受け入れを中止しました。一年以上も生きられる人体は、無限の可能性を秘めているように見えます。
身辺をシンプルにしたいのでモノを増やさないことを心がけていますが、今年になってN-VANを買ってしまい、今また別の物欲が沸々と湧き起こりつつあります。半年ほど前に近所にあるヤマハディーラの店頭で、遠目には250ccクラスにしか見えないXSR900を見てから突然バイク熱が再燃しました。16歳から乗り始めたバイクは30代半ばには降りていましたが、80年代を彷彿とさせるネオクラッシック・デザインと、高校生の頃に衝撃デビューしたRZ250を思い出させるカラーリングに心がざわめきます。193kgの車体に120psのパワーウェイトレシオの暴力的加速の痛快さは、日常では起こりえない経験です。悪いことに、ワインディングを疾走するYouTube動画を見ると欲望の炎は燃え盛ります。買う理由があるとすれば、心の時計の針を戻すことで体が若返ることを証明したカウンタークロックワイズ研究にあるように、四半世紀前の自分に引き戻すことでしょう。
今夜の深夜0時に富山をスタートする、日本最長のトレイルランニングレースTJARの大会記録を樹立し、4連覇達成の偉業を成し遂げた望月将悟選手が、昨夜になって出場を見送ることになりました。南海トラフ地震の臨時情報を受け、万が一の事を考えた判断に日本人の生真面目さと仕事への献身さを賞賛したくなる一方、最有力優勝候補の土井選手も同じ消防の仕事をしており、変な圧力がかからないか心配です。尋常ならざる練習、準備をしてきたトップアスリートが、日本最高峰の大会を辞退するのは断腸の思いのはずです。1gでも軽量化したいレース本番の荷物に、万が一に備えて救助用のロープを加え、登山道のゴミまで拾う望月氏の存在は、トップアスリートが人間性においても模範となることを示しています。お盆のかき入れ時に海沿いを中心にホテルや旅館がキャンセルされるなど、地震予知の影響は広範囲に及びます。
小野裕史氏の著書「マラソン中毒者(ジャンキー)」を読みました。東大の大学院からスタートアップ企業のCEO、ベンチャー投資家に転じオーストラリアに移住するという世俗的な成功を手にしながら、2022年10月にインドで突然出家したことはIT業界に衝撃を与えました。マラソンにはまり20kg減量し、北極と南極マラソン、チーム戦で優勝したアタカマ砂漠マラソンに出るなど公私ともに充実しているように見えた人生は、一時は自死を考えるほどの苦悩を抱えていたことは意外です。誰かの幸せのためという純粋な思いでビジネスを始めたはずが、常に売上や時価総額を追いかけ永遠の拡大を求め、効率を追求し、いつも比較にさいなまれ、心を失ったと言います。佐々井秀嶺上人とのインドでの出会いによって、お金を持たなくても社会を変えることができることを目の当たりにし、名声も金も地位も捨て恩返しのために喜捨した選択から目が離せません。
草津温泉といえば湯畑に代表される硫黄泉というイメージですが、泉質は8つ程度あるらしく、昨日行った宿はph1.46の強酸性で皮膚に傷があると痛くて入れないのは秋田県の玉川温泉ゆずりです。最近の関心はもっぱらサウナに向かっていますが、他方で明らかな効能を体感できる温泉がいくつか存在することも確かで、そのひとつは草津温泉です。もともとは飲食提供をしていた宿泊施設が食事の提供ができなくなり、安い湯治宿となっているところも見受けられます。良い温泉を引く宿が4、5,000円で泊れるのは利用者にはメリットがありますが、追加投資ができるほどの収益性は期待できず、せっかくの泉質を持ちながら朽ち果てていく姿を見るのは忍びないものがあります。その類まれな泉質と自然湧出泉として湯量日本一の、源泉かけ流しの名湯を持ちながら、単なる湯もみショーで終わり、温泉療法の優れた効能をアピールできていない気がします。
昨日は草津温泉に来て、チェックインには早かったので、観光客が使える3つある共同浴場の一つ、白旗の湯に入りました。白旗は源氏の旗で、源頼朝が荒れた源泉を1193年に改修したことにちなみます。観光客があふれる湯畑の目の前に立地し、風情があり無料なのにいつも意外なほど空いています。夏場のためか湯温が高く、二つの浴槽は体感45℃で、もう一方は47℃と一般的ではありません。甲子高原にいる頃によく入った那須湯本温泉の鹿の湯の高温浴槽は、46℃と48℃で後者はたまにしか入れないのでおそらく47℃が入浴できる上限温度だと思います。明治政府に召喚され草津温泉の優れた泉質と環境を賞賛したドイツ人医師のベルツ博士は、「草津温泉は高温で入ると効果がある」と述べていたそうです。高温浴は体を一気に温め一種の至福感をもたらしますが、湯量を増やして温度を上げ、一見客が入れないようにしている気もします。
昨日は北高尾の小下沢で沢登りをしました。酷暑の今は東京近郊の山は暑すぎて登山に適しませんが、高速を使えば自宅からわずか60分で沢に浸かることができ、透明で清らかな水が流れる美しい沢は、自然の恵みがもたらす奇跡です。直射日光の当たらない谷筋は、自然のクーラーで冷やされる清涼な別世界で、水流が作った天然の登山道を登っていきます。沢登りと言えば水難や滑落事故が心配ですが、ここではファミリーでも穏やかな沢歩きが楽しめます。これが旅館のある阿武隈源流や南会津の湯ノ岐川だと、この季節でも長時間浸かっていることが難しいほどの冷たい水温のため、沢登りは蒸し暑い季節の東京近郊で行ってこそ最高のアクティビティです。風光明媚な避暑地に行かずとも、身近な自然のなかに、風情あふれる涼を感じることはできるのでしょう。
昨日は白河の古民家改修の現場に行きました。自宅の近所では古い家が数日で更地になり、気が付くと新築されているのに対し、古いモノを活用するリノベーション工事には時間も手間暇もお金もかかります。日本で伝統的に建てられてきた木造住宅は、直しながら使えば理論上永遠に住めますが、スクラップアンドビルドの対象になるのは、日本人の新しもの好きだけが原因ではないのでしょう。その結果日本の風景は、一貫性がなく無機的な猥雑さを感じる貧しいものになりました。メーカーの論理優先で次々と建てられ次々と壊すために、家への愛着は薄れ、代々使われてきた古民家にもその波は襲ってきます。人口が減る地方に行くほど古民家は大きくなりその活用を困難にしています。インバウンドが存在感を示すこの数年のうちに収益化し、日本らしい風景の古民家を次の時代につなぐことが必要だと感じます。