サウナの経営者のなかには、全国のサウナ施設を回って最高のサウナを作ったと豪語する人が少なくありません。しかし、すでにレッドオーシャン化した業界の施設を見ることは、むしろ弊害の方が大きな気がします。他方でロイヤリティの高い顧客に支えられる施設もあり、週末に行った福島県郡山市逢瀬町にあるOUSE SAUNA TUULIはその一つだと思います。看板もなく、ビニールハウスを抜けた先にあるキャンプ場なのですが、美しい渓流に面するそのギャップにインパクトを受けます。自社が代理店をする北欧のバレルサウナ2台のほかに、北欧もきっとこうなのだろうと思わせる自作のサウナ小屋の居心地の良さは格別です。幅700mmの座面は天井高1,100mmと寝るのに適し、薪ストーブははるか足元にある理想のスペックです。TUULIはフィンランド語の風を意味するように、強風が吹き川の水量も危険なほどですが、冬のキャンプにサウナは必須と思わせます。
都心で野生動物の大群と遭遇

週末の朝ラブラドールと公園に行くと、上空を2、300羽の渡り鳥の大群が通過していきます。シベリアから越冬のために鹿児島県の出水あたりに向かうツルなのか、青い空を背景に大型の鳥が南西の方向に遠ざかって行きます。都心で野生動物の大群と遭遇することなど、この季節だけの貴重な光景と言えるでしょう。ヒマラヤの8,000m峰をも超え、現代の超長距離旅客機並みの13,000kmを体内に蓄えたエネルギーだけで飛び、GPSなしに正確に目的地を目指す野生のメカニズムと群れの集団知能は驚異的です。人類もある時期までは強靭な生命力と賢明な身体能力を持っていたはずですが、脳が作り出した欲望によって自らを甘やかし、ほしいままに振る舞う傲慢さで野生は失われたと思います。様々な発明によって肉体を拡張し生き残る戦略を採用した時から、人類は野生に戻ることを許されない宿命なのかもしれません。
インバウンドで盛り上がる?
ホテル価格が高騰して都内ではビジネス客が泊まれないと言われますが、年の瀬のこの時期と正月明けは旅行客が動かず、温泉地などの宿は安いシーズンです。昨日泊まった磐梯熱海温泉のゆとりろ磐梯熱海は、以前はゼビオの経営だったと思いますが、施設はきれいで、pH9.1のアルカリ性単純温泉の源泉温度は50.4℃あり、朝5時半からサウナが動き、ドリップコーヒーも飲めて4,600円はバーゲン価格に思えます。よく行く白河はビジネス需要中心で、比較的宿の値段が高く、1時間とガソリン代をかけてでも来ていいと思わせます。事前にバーコードが送られますが、フロントに人はいますので、完成度の低い省人化チェックインのようなストレスもありません。再生案件でも追加投資は必要であり、いつ来るか分からない客を相手に価格を下げざるを得ない業界の現状を見ると、インバウンドで盛り上がる業界の姿とは程遠いものを感じます。
普通に美味しい

カツ丼が好きですが、ほとんど外食をしなくなり食べる機会が減りました。例外は会津に来た時で、会津と言えばソースカツ丼という刷り込みがあるためか、昨日も食べました。ソースカツ丼の起源については様々な発祥地説がありますが、確かなのは大正から昭和初期にかけて全国で同時多発的に広がったことです。新宿区の早稲田鶴巻町で大正年間に創業した洋食店のヨーロッパ軒は有力な発祥説の一つですが、昨日行った昭和23年創業の、元祖煮込みソースカツ丼の店なかじま(会津若松)は、当時は洋食屋だった中島食堂の先代が発案したソース味で卵とじにした煮込みソースカツ丼で知られます。明治30年代の甲府のそば店とされるカツ丼の起源と、B級グルメの代表格とみなされるソースカツ丼はほぼ同時期に始まったことになります。元祖や老舗が喧伝されますが、結局は何を食べても普通に美味しいという以上のものではありません。
卓越した立地?
昨日は大月に出講する今年最後の日で、帰路奥多摩のNIPPONIA小菅源流の村と、JR東日本が出資する沿線まるごと㈱が展開するさとローグ青梅(Satologue Ome)鳩ノ巣棟を見ました。NIPPONIAは全国31地域に167棟を展開しますが、JRの事業も地域の魅力を再発見し、住民とともに運営を行います。さとローグは現在レストランとサウナのみの営業ですが、来年春には宿泊棟が加わります。地方創生モデルとしてJRが全国に展開する最初の施設として、様々なメディアで紹介され視察にも料金を徴収しますが、施設へのアクセスは問題になりそうです。崖に張り付く狭い土地に下る道は軽自動車でないと通行が困難です。60年ほど前まで養魚場が営まれた敷地全体に水路が巡り、ワサビ田のほか、サウナの水風呂には川の天然水が引かれます。正直なところ、取り立ててよいロケーションとも思えないのですが、養魚場跡で水が豊富なことを卓越した立地として評価したのでしょう。
サウナ界のイノベーション
日立市の「3UN 茨城一番の極熱サウナ」でウィスキングを受けました。北欧仕込みのウィスキングと、インド政府公認セラピストによるアーユルヴェーダを組み合わせたプログラムは4時間半に及びます。と言っても多くの時間は気持ち良さのあまりに寝落ちして意識を失いました。ホットヨガのような発汗による充足感と、氷点下に冷え込むこの時期、屋外のサウナ小屋で受けるウィスキングは、ラグジュアリーホテルのスパ以上の贅沢かもしれません。サウナとウィスキングとアーユルヴェーダの組み合わせには、サウナ界のイノベーションを感じます。1か月煮込んだアーユルヴェーダオイルは5分で骨髄に到達すると言い、翌日ストレッチに行くと、いつになく関節がよく動くとトレーナーに言われました。施設依存のサウナの時代は終わり、自然やセラピストによる施術を組み合わせることが、サウナが生き残る道だというのが最近の結論です。
手の届く幸せ
昨日はグランドエクシブ那須白河ザ・ロッジに宿泊しました。白河の宿泊施設としては最もグレードが高く、今後ともこのクラスの施設が作られる可能性は低いでしょう。日本離れした高い天井高を持つロビーは豪壮ですが、最も目立つ場所に造花を置く感覚は理解できません。ホテルが造花を使い始めるとつぶれるというジンクスが業界にはありますが、細かな不満など、和洋ともに品数豊富で魅力的な朝食ブッフェがついて8,000円少々で泊まれる今の時期なら、文句を言うのは野暮でしょう。普段は朝食を食べませんが、豊富な料理を前に避けているパンまで食べてしまい、同様に食欲をそそる和食には手がまわりません。同業者としては喜べませんが、手の届くアフォーダブルラグジュアリーをたまに手に入れるのは、庶民のささやかな幸せです。満点の星空を望む豪華な露天風呂につかっていると、平和な日本に生まれたことに感謝します。
自然と調和する暮らし
先日行った紀伊半島が、関東の住人にとっては秘境に思えるのは、東京から遠く伊豆半島より巨大だからです。明け方に運転していると1時間ほど車とすれ違うことがなく、車道でイノシシや鹿の群れと遭遇します。暗闇の山中で車を停めて星を眺めることも、都会暮らしにとっては非日常の贅沢です。新幹線誘致の看板も見かけますが、願わくば秘境のままでいて欲しいと思います。地方創生の時代こそ、日本を均質化するのではなく、むしろ田舎が持つ希少性を際立った強みに磨き上げるべきでしょう。紀伊半島の先端に近い、それほどメジャーとは言えない神社仏閣にも欧米のインバウンド客を見かけますが、簡単に手に入らないものこそ、有難く価値につながるのかもしれません。里山を背景にする古民家や美しい庭を見ると、それだけで幸せな気持ちになりますが、自然と調和する暮らしこそ世界に誇れる気がします。
美しさが引き立つ
岐阜県のかかみがはら航空宇宙博物館で、旧帝国陸軍の三式戦闘機「飛燕」を見ました。川崎航空機が開発・製造を行った戦闘機で、3,150機が生産されましたが、現存するのはこの1機のみです。メッサーシュミットやスピットファイアに通ずる美しい機体を実現できたのは、ダイムラー・ベンツからのライセンスで製造した、日本で唯一の液冷エンジンを搭載したからです。このエンジンをめぐっては、海軍側の愛知時計電機と、陸軍側の川崎航空機がそれぞれ50万円を払い、日本として契約をすれば半分で済んだとドイツ側の失笑をかったエピソードでも知られます。V型のエンジンは通常シリンダーヘッドを上に向けますが、このエンジンがシリンダーヘッドを下に置くのは、おそらく機関砲を搭載するためでしょう。兵器こそ究極の機能美をもたらすもので、塗装や展示の光加減が重要であり、無塗装がデザインの美しさを引き立て迫力があります。
庭の時代の建築
今さらですがラコリーナ近江八幡を見ました。営業時間前でしたので、見たのは外観だけですが、それでも世界を見据える美しさと迫力に圧倒されます。イタリア語で「丘」を意味するLa Collinaは、イタリアの建築家、ミケーレ・デ・ルッキ氏の人と自然が融合した場所というインスピレーションに、自然建築デザインの藤森照信氏の設計が加わる幸せな結婚だと思います。かつて隈研吾氏はジェフリー・バワを「庭の時代の建築家」と呼びましたが、独特の世界観を持つ藤森建築は理想的な庭を得たことで完成したのでしょう。50年、100年と歳月を重ねながら、実り豊かな森の中に人の暮らしが融合することこそがあるべき姿であり、日本の里山の美しさ、棚田の美しさに回帰すべきという妄想が膨らみます。もはや建築家のアーティスティックなエゴなど不要なのかもしれません。