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生産性を削ぐ閉鎖構造

2年前の今日はペナンにいて、自分史上最長の帰国日以外に予定のない旅行をしていました。日記を見ると、8時からプールサイドのレストランで飲茶の朝食をして、リゾート地のBatu FerringhiまでGrabで行きました。運転する中年女性は毎日午前中はGrabで稼ぎ、午後はアート制作をしていると言います。帰りは途中の市場で食事をしながらジョージタウンまで20km弱をランニングで戻り・・という感じで、好きなときに安い航空券で気楽な旅行ができる自由はサラリーマン時代の憧れでした。個人事業者として独立したのは、サラリーマンで居続けることがたまらなく嫌だったからです。働くことは好きでしたが、本来楽しいはずの仕事をルールで縛り、主体性を奪いつまらないやらされ仕事にする会社生活が息苦しかったのです。日本の生産性が低いのは、自己完結的な閉鎖構造を企業が維持しようとするからだと思います。

違和感のある未来

昨日はフィアットを定期点検に出しました。4年で8万km以上走るのは過去最速のペースです。この2年は福島と東京を往復しているために年間3万km走ったことになります。納車以来の燃費が19km/Lの1.2Lディーゼルは二拠点居住の最良の友です。以前は車そのものが好きでしたが、今は運転が好きです。運転を楽しむならスポーツのような身体感覚が残る小さい車に限ります。いかにも乗せられている大きな車や、運転していることを忘れるほど快適な車、生体リズムと相容れない別世界の速さの車には興味がわきません。自分の体より大きな車を動かし、人間の身体能力を遥かに超える速度で走行できることに興奮し人は攻撃性を高めると言われます。一昨日銀座で見た日産のコンセプトカーは未来を感じさせるものの、運転の楽しさから遠ざかっているように見えます。

トレッドミルから降りるとき

昨日は京橋、銀座、日比谷を歩き商業施設を見ました。立秋はとうに過ぎたと思えない、東南アジアを凌ぐ暑さです。ユニクロも含めて銀座界隈の人出が減少した印象です。東京オリンピックが決まったのは5年前の今頃ですが、それを契機にインバウンドブームが加熱し、年初から上がり始めた株価と連動して好況感が日本を支配してきました。しかし、世界最速の高齢化や人口減少、国民一人一千万円の借金という現実は消えません。その先に未来がないことを知りながら誰もが手をこまねく状況はいつか来た道です。勝算のない戦争を始めた指導者の多くは戦後も責任回避に終始してきました。戦後の人口増加で膨らんだ経済を維持するための錬金術もやがて終焉を迎えます。不毛な快楽のトレッドミルから降りて、多くのものを手放すときが来ていると思います。

収納場所はいらない

仮住まいに引越して3ヶ月が過ぎ、一度は片付いていた部屋には物があふれています。部屋が散らかる原因は収納容量の不足と流入量の過多が考えられます。現在の35平米の住まいでも以前の70平米のときでも同様に散らかっていたので、原因は後者で部屋に入ってくるものに対して出て行くものが少なく滞っていることです。散らかっているものは書類と食糧・日用消耗品です。書類は定期的にPDF化しているのですが一部電子化できないものがあり収納場所が必要です。他方で食糧・日用消耗品は収納庫のなかで物が滞ることを考えると、収納せずに目の届く場所に露出させる方が良いと思います。最悪の解決法はバッファーとなる収納場所の増設であることは、20数年手付かずで収納されていた物を大量に捨てた今回の引越しでよく分かりました。

心穏やかな楽園の嘘

個人事業者になってから自由とお金の関係を考えます。働く最大の理由は生活の安定であり、その基盤は貯蓄です。他方で、ごく少数の人に富が集中することも、富を奪う戦争も本質は同じです。農業革命により食糧の保管という概念が生まれたときから人間の強欲は芽生えたと思います。誰もが求める生活の安定は必要を超えた欲求を生み、その欲は増殖します。安心や安定という名の心穏やかな楽園は、人間を堕落させ悪魔に変える禁断の地でもあります。映画「ハゲタカ」のエンディングで「金のない不幸、金のある不幸」という言葉が出てきます。お金をやり取りしない交換と交流にこそ共有経済の希望があると思います。

保身の道具にされたコンプライアンス

今朝は北高尾から陣馬山を経て南高尾までの35.11kmのトレランに行きました。累積標高は2,370mあり、週末に登った南アルプスの塩見岳(標高3,052m)の1,984mを凌ぎます。もう時効でしょうけど、サラリーマン時代も早朝の高尾山に登ることがありました。こういう社員がいるから管理が強化されるのですけど、ぼくは成果さえ測定していれば裁量労働の方が生産性は高いと考えています。大企業に見られるコンプライアンスに名を借りた病的なレベルの社内統制は企業の競争力を奪っています。コンプライアンスは費用対効果を考慮するリスクマネジメントとは別物で、経営陣の保身と利権拡大の道具にされているふしがあります。法令順守という一種の恐怖政治が社員を萎縮させる弊害は少なくありません。さらに深刻な問題は社員が判断や思考をしなくなることです。コンプライアンスを優先する企業の行き着く先はAIとロボットだけの会社だと思います。

商業スポーツへのカウンターカルチャー

日本海から太平洋まで3つの日本アルプスを自分の足だけで192時間以内に走破する日本最長のトレイルランニングレースTJARで、過去四連覇した望月選手が昨日夕方、静岡市の大浜海岸にゴールしました。トレイルランニングが草の根から始まった創成期のスポーツであるように、このレースも仲間と競うため2002年に創立され、最初の参加者はわずか4名です。名誉も賞金もない全行程415km、累積標高26,662mという絶望的な距離の世界一過酷なレースこそ人生を賭ける価値があると思います。ショービジネスとして産業化されたスポーツには興味がわきません。商業化されたプロスポーツへのカウンターカルチャーとして生まれた2年に一度のこのレースは特別で、この数日間、選手の現在位置を示すGPSトラッキングから目が離せません。レース4日目に全行程の中間点にあたる市野瀬の手前で、前人未到の無補給走破を目指す望月選手と偶然遭遇し直接応援できたことで感動が一層増します。望月選手は例年救助用ロープをザックに入れていますが、関門時間が迫る中、登山道で怪我をした一般登山者の救助を優先させる選手が何人も出たこともこのレースの素晴らしさを物語っています。

企業に都合のよい進歩

八ヶ岳は朝の気温は10度ほどと寒く、念のために持ってきたフリースなしに過ごせない寒さです。今朝は阿弥陀岳(2,805m)、赤岳(2,899m)権現岳(2,715m)西岳(2,398m)を回る20.6kmを歩きました。赤岳以降のルートは通る人もなく静かな山歩きを楽しめます。一方で小淵沢にあるリゾナーレは相変わらず5ヶ所の駐車場も満車の盛況ぶりです。心身をリフレッシュする自然の懐まで出かけながら、なぜ人は都会的な商業施設に集まるのでしょうか。その理由は進歩の概念のなかに、安易に手にするという思想があるからだと思います。安易な食生活が調理手間のないジャンクフードを生み、安易な娯楽が中毒性の高いギャンブルを生みだしたように、進歩の概念は企業に都合よく創造されたものだと思います。

仕事をする休日

社会人の夏休みははかなく終わります。何日も前から予定を入れ、天気に気をもみ、職場に気を使い、高い旅行代金と人混みや渋滞を甘受しなくてはなりません。昔は欧米的な長期のバケーションに憧れましたが、それも今の自分の感覚とは違います。仕事と生きがいが重なり翌日の朝が待ち遠しい日常が理想です。ワークライフを分離する働き方改革はうまくいかないと思います。人間の身体はサーカディアンリズムで動いており、自律神経優位のオンだけ、副交感神経優位のオフだけの生活が身体に良いとは思えません。塩見岳に登りTJARのルートを辿る山行が夏休みのハイライトですが、わずかな時間でも仕事をする休日を心地よく感じます。

賞金のないレースの価値

昨日は南アルプスの塩見岳(標高3,052m)に登りました。鳥倉林道から往復27km、累積標高1,984m、消費エネルギー1,579kcalのルートは、日本海から太平洋を目指す日本最長のトレイルランニングレースTJARのコースと重なります。数時間後にはTJARのトップランナーが通るはずの樹林帯を歩きながら、すでに200数十kmの北アルプス、中央アルプスを走破してきたランナーが、肉体と精神の限界の先で何を感じるのか想像します。南アルプスに入る頃には幻覚、幻聴に悩まされるといいます。賞金のないレースだからこそ人生を賭けるに値する内発的なモチベーションが生まれるのだと思います。帰路国道を車で走っているとき、TJARを四連覇し今年は前人未到の無補給走破を目指す望月選手と遭遇し写真を撮らせていただきました。この偉業の達成を願わずにいられません。

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