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場当たりさが国をだめにする

昨日は諏訪大社に初詣をしました。この時期らしい快晴で一年を始めるにふさわしい天気ですが、里でも氷点下10度を超える冷え込みです。2019年の経済も冷え込むと思います。かつては車列を作っていたアウトレットに入る車はありませんし、リゾート施設やスーパーも人出が減り、よく行った店は閉店していました。増税を前に景気減速が始まった印象です。我が家のおせちもほとんど自家製でこの時期の食材原価上昇の影響は最小限です。食べない、買わない生活がある種の理想である自分にとっては増税はどちらでも良いのですが、消費を避けるライフスタイルに切り替える人が増えれば増税効果は薄まっていきます。税金で気になるのが徴収コストです。増税に合わせて事業者は負担を強いられますし、それはそれでビジネスを生むという議論もありますが不可解です。観光地の駐車場の多くもその徴収コストに見合わない方法で運営されていて大半が人件費に消えます。何ら価値を生まない雇用を作り出す場当たりさがこの国をだめにしていると思います。

新たな経済圏

新年あけましておめでとうございます。紅白ともカウントダウンとも無縁の氷点下12度の八ヶ岳で平穏な年明けを迎えました。シンクタンクの日本経済見通しによると今後5年は、消費・投資の深刻な調整を回避し緩やかな成長が続くとされます。しかし、主要国最低の平均1%にも満たない成長率の中身は安定とは程遠いものになると思います。身近に感じる変化は、若手優秀人材の一定層が、自由な働き方を求めて別の経済圏とも言える世界を形成しつつあることです。娘の高校で先生の話を聞くと、優秀な卒業生は横並びの大卒初任給ではなく、社会に出た途端に年収2,000万からキャリアをスタートさせると言います。これは極めて少数の例外とも言えません。重要なことはかつての学歴偏重や拝金主義ではなく、自分のやりたいことを突き詰めた結果としてそうなっていることです。社会規範や世間の価値観ではなく、自身の人生を生きることで価値を生み出す時代が始まると思います。

美しく偽装された幸せ

災害や偽装といった暗いイメージの付きまとう2018年でしたが、最も悪質なのは偽装された幸せだと思います。幸せはかつて社会的な成功と同義語でしたが、世間が羨む成功者が幸せとは限りません。むしろ富や社会的ステイタスの華々しさの裏には人知れぬ悩みがあります。エリートとされる人たちのなかには、笑顔なのに目が笑わない不自然な表情の人が少なくありません。幸せは相対的に語るものだと思います。今の自分を幸せとは言い切れませんけど、以前よりハピネスレベルは向上しています。世間に流布される幸せの多くは容易にパッケージ化され、幸せについて人々が深く考える間もなく商品として提供され続けます。美しく偽装された幸せは生活のあらゆる場面に浸透し、生活習慣病やストレスなどにより麻薬的に体を蝕み人々を不幸に仕向けます。昨日読んでいたAIの本には「身体を安定的な状態に維持するホメオスタシス自体が自己の根源であり意思決定や決断の源」と書かれていました。2019年は、何が自分にとって心地よいのかを真剣に考える一年にしたいと思います。

医療費の75%は不要

最近憂鬱な日が多くなりました。過去を悔やむことは少なくなりましたが、将来への不安を感じて気分が落ち込みます。しかしその理由は明確で単なる運動不足です。厳寒の甲子高原にいて宿の経営や営業は問題だらけで、将来への不安に押しつぶされるような状況でも不思議と平気でいられたのは毎日運動をしていたからです。9月に今年最後のトレイルレースに出て以来運動らしい運動をしなかったのが原因で、スマホの歩数計にもその傾向が見て取れます。今年一年の平均歩数は一日一万歩なのですが、今月はその半分です。運動が鬱の特効薬であり、しかも再発リスクが薬よりはるかに少ないことは知られるようになりました。肥満や糖尿病だけでなく鬱までもが簡単に自分で治せることが分かってしまうと困る人も少なくありません。自分の体をコントロールするそのメカニズムさえ理解してしまえば医療費の75%程度は不要になるはずです。

災い転じて福となす

昨日は打ち合わせがあり近所のファミリーレストランに開店の朝7時に行くものの扉は閉じられたままです。結局15分過ぎまで開かず、どこも人手不足は深刻です。先進国最低の生産性の足を引っ張るサービス業の現状は崩壊寸前と言えそうです。再来年のオリンピックではおもてなしなどと呑気なことを言っている場合ではなく、誇張された日本神話のメッキがはがれる気がします。時計の針のように正確だった鉄道は今や昔話で、電車が止まる心配をしなくてはなりません。一方でこの状況はチャンスだと思います。野村総研の試算によると今後10年から20年で日本の総労働人口49%の仕事が不要になるとされます。ビジネスの効率性を阻害しているのはある意味人の存在です。やらなくて良いことまで人がやる今は過渡的な状況で、一気に省力化が進み災い転じて福となすのかもしれません。

妄想がセーフティネット

気がつけば一年を振り返る時期になりました。2016年は後先考えずに会社を辞め、2017年は旅館経営と格闘し、2018年は一旦旅館から離れて新たな生活を始めました。死を意識する生き方が幸せだと最近思います。いつでも死ねるか自問すると、好きで始めた旅館再生を形にするまでは死ねません。たいした変化も起こらず味気ない毎日にうんざりしていた頃に比べ毎日を生きる実感があります。この2年間の出来事は自分が過ごした時間に思えません。自分の人生を生きるというのは新しい自分に出会う感覚なのだと思います。真剣に取り組むなら人生は何とかなるし、仮に何とかならなくても死ぬことは滅多にありません。どうにもならなくなったら、最後は南の島の海岸で一日何もせず、その辺の果物だけ食べて生きて行くのも悪くないと思います。この妄想が自分にとってのセーフティネットであり、それゆえ先の見えない未来のリスクに向き合う気になれます。

仕事への姿勢が全て

昨日は娘の高校で担任の先生と進路について三者面談をしました。かつての進路指導といえば序列化された日本の大学を選ぶだけで良かったのでしょうが、一人ひとりの生徒が希望する多様なキャリアを前提にしますので、先生の知識量は桁違いです。われわれ両親はそれぞれ4社で働いた経験があっても、途上国の教育格差解消を仕事にしたいと言う娘に対しては全く助言ができません。海外大学のメリットは課題量が多く、まわりを巻き込み高いゴールにコミットする必要があることから、リーダーシップや調整力、勉強習慣が身につくと言います。重要なことはやりたいことを突き詰める仕事への姿勢であり、キャリアを自分で作る意識を持てば、論理的に考え、信頼関係を作り気持ちよく回りを巻き込む能力が自ずと身につく、という助言は何より第二の人生を歩もうとするぼく自身に響きました。

時間を消したい現代人

昨夜熊本から戻りました。快晴の都市上空を飛ぶとき、戦時中の本土空襲を想像します。与圧室により高高度を飛行できたB29の搭乗員も自分と同じ高度から灯火管制された日本の都市を見たと思います。往路晴天の広島上空を通過したとき、エノラ・ゲイの搭乗員が何を感じたのか想像しました。広島の原爆投下には硫黄島のバックアップ機も含めて7機のB29が投入され、映像を見る限り悠々と飛び去った印象です。他方、初期の空襲では捨て身の迎撃機や対空砲火の恐怖のなか、地獄絵と化した地上の人を思う余裕はなかったのかもしれません。家の近所に墜落したB29の話を父から聞いたことがあります。命をかけることなく生きられる現代の日本では、ぼくらはあまりに小さいことに悩み、執着しときに人生に投げやりになります。空港では多くの人がスマホに没頭し今の時間を消そうとします。今を生きられることに感謝しない現代人は、未来へも希望が持てないと思います。

企業組織の終わりを告げる書

昨日の朝阿蘇に来る際、空港ラウンジが空いているのを見て振替休日だったことを思い出しました。人間の体は回復が必要ですから休日が必要とされます。今の自分には明確なオンやオフの日もありますが、大半の日はオンもオフも渾然一体として分離できずその必要も感じません。多くの企業がオンとオフを機械的に分離して時間に対して給料を払います。コンサルティング会社にいるときは就業時間中にビジネス書を読んでいても仕事とみなされますが、読書は自分にとって趣味ですから時間の切り分けには自ずと限界があります。知的労働が増えた現代においても工場生産の時間管理を疑問も持たず使い続ける経営層が少なくないことは驚きです。話題になったティール組織は企業の組織論を論じたものではなく、雇用と企業組織の終わりを告げる書だと思います。

幸せな職場

10代半ばの時間は成長のための無限の可能性をもたらすと思います。自分にとっての10ヶ月はわずかな期間ですが、留学から戻った娘の変化には驚かされます。話を聞きたければ相手が海外企業のトップであろうと物怖じせずにアポをとってしまうその鈍感力と根拠なき自信は、間違っても両親から受け継いだ資質ではありません。自分が16歳のときは当然として、今でもそんな離れ業はできません。従順であることを理想とした自分の時代の教育からは隔世の感があります。生徒の挑戦を許すには教員と学校経営層が腹をくくる覚悟が必要です。同じ職場でありながら、なぜこうも違う組織が並存しているのか不思議です。楽を求める人には勤まりませんが、娘の学校の先生は幸せだと思います。

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