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生きている実感

安芸高田市の石丸市長の動画を見始めると、YouTubeは刺激的なサムネイルを次々に表示し、縁もゆかりもない小さな市議会の中継まで見てしまいます。政治をエンターテインメント化することで議会に人々の耳目を集め、意識改革につなげるという市長の術中にはまった形です。あえて炎上させるのは、世論が盛り上がる臨界点を理解しているからでしょう。稚拙な議論を繰り返す最大会派議員を完膚なきまでに叩き潰し、返す刀でマスメディアに切りかかるあたりは、退屈な議会論戦に慣れていた聴衆から喝さいを浴びます。しかし、最も感銘を受けたのは、トライアスロン競技を始めた理由です。ニューヨークの初代アナリスト駐在として米大陸9か国を担当する過酷な仕事のあと日本に戻ると、生きている実感がなく死にたくなったと言います。産業医が勧めたのは適度な運動でしたが、生きている実感を取り戻すには過度な運動が必要だったのでしょう。

政治家版半沢直樹

地方政治の台風の目は、人口2万5千人の安芸高田市でしょう。三菱UFJ銀行でアナリストとしてニューヨーク駐在などを経て、政治経験ゼロのまま37歳で市長となり、議会最大会派のみならず中国新聞との対決も注目されます。YouTubeは軒並み数百万回再生され、なかには一千万を超えるものもあります。元陸上部の長距離選手で、今もトライアスロン競技に出るアスリート市長は、汚職により市長が辞職し、副市長が立候補を表明するも他に立候補者がいないことを夜のニュースで知り、翌朝には会社に退職を伝える電光石火の意思決定です。驚くのはこの時点で投票日まで1か月にも関わらず、大差をつけて圧勝したことです。地方政治やマスメディアの既得権益に切り込む質疑の痛快さは、政治家版半沢直樹です。二元代表制の理念を忘れ保身に走る議員は、この自治体に限らないでしょう。9月にはふるさと納税が昨年の10倍に達するなど、熱血市長の真剣勝負から目が離せません。

路上の投げ銭

5月に開業したサザコーヒー東京農大店に行きました。コーヒー栽培から販売までを一貫して行う企業の出店を心待ちにした人も多いと思いますが、個人的にはわざわざ行くことはなさそうです。事務所仕様の内装、紙コップ、ハイカウンター席に電源もない素っ気ない店舗は、ブラインドテストをするには最適です。トップバリスタを揃える有名なコーヒー店であることを知らずに飲んだ人が、どれだけ支持するのかは疑問に感じます。少なくとも朝自宅で飲んだカルディで買った豆のドリップコーヒーに対して、520円の支払いを正当化するほどの差があるとも思えず、トップバイオリニストが路上で投げ銭をもらったときと同じ結果になるような気がします。以前行った老舗コーヒー店は美味しかったのですが、なぜか喫煙を許していて以後行くことがないように、専門家が飲めば違いは歴然としても、舌が全てではないはずです。

必然がなければ遊べない

昨日は打ち合わせと草刈りで白河に行きました。設計速度80km/hの新4号国道なら白河までは4時間弱で、無理なく日帰りができます。草刈りは実益を伴う趣味で、最近は車に草刈機とチェーンソーを積んでいます。運転は好きですから、一般道で500kmを日帰りしても苦にはなりませんが、他方で無目的にドライブをすることはありません。打ち合わせや視察ついでの小旅行が好きな反面、レジャーのために、ましてや人出の多い三連休に出かけることもありません。単に出不精なだけとも言えますが、正当化する言い訳や必然がなければ遊んでも楽しくない気がします。外食も同じで、あの店のあれを食べたいという欲求は弱く、打ち合わせや視察以外で食事に行くこともほとんどありません。趣味の山歩きも、身体を鍛える必然があるから行くのでしょう。生涯現役が望ましいと考えるのは、そこに生きる必然を見出したいからかもしれません。

欠乏状態で生きることが本質

先日大型書店に行くと、平積みの最も目立つ場所に「DIE WITH ZERO」が置かれています。出版から3年が過ぎた今も、この本が強く支持されているのでしょう。稼いだお金を自分の人生で使い切ることを勧めるライフサイクル仮説と同様の主張ですが、どこか違和感を覚えます。ワークライフバランス的観点から人生の時間とお金を最適化しようとするのは当然の帰結に見えて、人生の価値をコストパフォーマンスやタイムパフォーマンスで最適化することは後付けの理由のような気がします。人間は希少な資源を有難がりますので、仕事中心の生活でわずかな休日を楽しんだ方が満足度は高いと思います。お金や時間に余裕のあるリタイア後の人生が思ったほど楽しくないのは、結局どちらも希少な資源ではないからだと思います。空腹でこそ食事が美味しいように、人間は欠乏状態で生きることが本質なのかもしれません。

一瞬で青春時代に戻れる

晴海の頃は毎回足を運んでいたモーターショーに行くことがなくなりました。車への興味が薄れたわけではありませんが、経済成長期の通過儀礼であるマイカーが、夢を見る対象ではなくなったからでしょう。GX、DXの技術革新における自動車産業の重要性はむしろ増していますが、自動車のある暮らしに憧れた時代の意識に戻ることはできません。ジャパンモビリティショーと改名された記念すべき第1回の目玉は、マツダ・アイコニックSPだと思います。2ローターRotary-EVシステムを搭載するコンセプトモデルは、デザインスケッチそのままのような美しさです。斜め後方から見ると、今でも買わなかったことを後悔している、初代RX7を彷彿とさせます。ハーブ・アルパートのライズを聞くとときめくのは、RX7のコマーシャルに使われた影響だと思います。この曲を流しながら初代RX7で真夜中の高速を走れば、一瞬で青春時代に戻れるような気がします。

今の方が幸せ?

日本の名目GDPが2023年にドイツに抜かれ、4位に転落する見通しを国際通貨基金(IMF)が予測しました。2010年に中国に抜かれたときは仕方がないと思いましたが、遠からずインドにも抜かれることを考えると少し暗い気持ちになります。マスコミは「日本経済の長期的な低迷」という常套句を好みますが、円安の影響が大きく、ドイツを始めとした諸外国が高インフレに見舞われていることを考えると、今後に希望が持てないわけではありません。日本経済が世界を席巻し、日本の企業が時価総額上位を占めた時代もありましたが、必ずしも当時が幸せだったとは思いません。1958年から2000年までの間に、日本の一人あたりGDPは6倍以上に上昇しましたが、生活満足度にはほとんど変化がありませんでした。豊かな暮らしが幸せにつながるとけなげに信じ、消費額を競っていた時代よりは、今の方が心穏やかでいられます。

穢れた英雄

日産自動車元会長のカルロス・ゴーン氏に対しレバノンの裁判所は、2019年の逃亡以来居住する29億の豪邸から退去するよう命じました。日経新聞の私の履歴書は、ビジネスジェットの機内の描写から始まりました。何年か後に日本に到着したビジネスジェットで逮捕されるとは、想像もしなかったでしょう。ミシュランからルノー、日産の再生へと華々しく活躍した前半生に対して、今はヒズボラが支配する戦時下とも言えるベイルートで、家からも追い出されようとしています。グローバルスタンダードの経営がもてはやされた日本で、日産を再建してくれた聞き慣れぬ名の英雄に、日本中が熱狂しました。しかし日本人が彼に対して一斉に手のひら返しをしたのは、煌びやかな社交界の眩さの背景にある金への執着に、穢らわしさを感じたからかもしれません。彼が日本人に違和感を覚えるとすれば、金銭的な不浄を忌まわしく感じる、古来より続く観念体系でしょう。

人間関係を築くものは手間暇

週末は遠方の親戚が家に来ました。自宅なら気兼ねなく話ができ、家もきれいになり好都合です。以前であればケーキなどを買うことが多かったのですが、今やケーキの値段は気の利いた店なら7、800円する時代で、おいそれと買うことには抵抗感があります。一方で自家製のケーキやデザートなら、普段より上質な乳製品などを使っても、安い食材原価で作ることができ、かつもてなしをしているという印象も残ります。先日南会津町に草刈りに行った後、近所の家で郷土料理のばんでえ餅(板台餅)をご馳走になりました。固く炊いたうるち米の餅に、ネギの入った自家製の甘味噌を乗せる素朴な郷土料理ですが、後を引く美味しさで、手間のかかった家庭料理は印象に残ります。われわれは時間を惜しむあまり、全てをお金で解決しようとしてきましたが、人間関係を築くものは相手のために手間暇かける行為のような気がします。

天に任せるしかない

先月国税庁が発表した民間給与実態統計調査によると、年収1,000万円に達する個人が昨年は過去最多となりました。これは給与所得者数の5.4%にあたりますが、1,000万円以上の世帯の割合は一昨年で12.4%になり、アジア通貨危機前の1996年の18.9%より減少しています。1,000万円超の個人が増える理由は、女性や高齢者により就業者数が押し上げられているからです。しかし、年収1,000万円は所詮、相対的なものでしかないと思います。健康保険や厚生年金保険料の上昇、介護保険の開始などにより、可処分所得は減っていますし、住宅事情の良い地方と東京では1,000万は同じ価値ではありません。経費が使える立場なら年収にはさほどの意味はないでしょう。米国では7万ドルがひとつの目安とされますが、1,000万円で満たされない人はそれ以上稼いでも結局同じです。他方で、今の生活に満たされるなら金額は気にならなくなり、年収は結果だから天に任せるしかないのでしょう。

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