初詣は諏訪大社に行きます。日の出前に参拝するので寒い年は氷点下10度まで下がりますが、今年は氷点下3.5度の穏やかな元旦です。諏訪大社は創建年代が不明ながら、日本書紀に記録が残る最古の神社の一つとされ、伊勢神宮や熱田神宮より古い歴史を持ちます。全国に25,000社ある諏訪神社の総本社だけに四宮が散在し、例年は上社本宮に初詣をします。今年は一番古い社で、かつては祭祀の中心地とされる上社前宮に行きました。初詣客であふれる立派な本宮とは異なり、自然信仰の形態をとどめた前宮は、初期の神社らしくひっそりと静まり返り、むしろ有難みを感じます。日本人が年初に神社に行くのは、神道が自然と共生する暮らしの中に、独特の宗教観を育んだからでしょう。ご神体である背後の守屋山の鬱蒼とした森、見上げる大木、山の奥から湧き出る泉が流れる境内は、日本人が古来より崇め大切にしてきた自然崇拝の神聖な空間に見えます。
究極のサバイバル
本年もよろしくお願い致します。2024年を占うとき、脳は一般に悪い方に将来を見積もる癖があり、他方で災害は忘れた頃にやって来ます。コロナ禍が収束した2023年の世界は、戦火の拡大という新たな悲劇に見舞われました。しかし、過去を悲観すれば、未来への姿勢は萎縮し、唯一変えられる自分の未来だけを信じるしかありません。希望的な未来は、強固な基盤の上にしか成立せず、それは生命力を高める肉体改造と、自立した生活基盤だと思います。前者はジャンクフードを止め、小食でなるべく体を動かすことに尽きます。後者は、東日本大震災で露呈したぜい弱な都市以外の場所で、自給自足を念頭に非常時のオフグリッド拠点を確保することだと思います。どちらもネガティブに聞こえますが、サバイバルに励むことに希望を感じ、もはや趣味と言えます。究極のサバイバルとは、食べずに生きられる体かもしれません。
間違いなく幸せになる方法
昨日は西岳に登りました。登山口の気温は氷点下5度で、標高差1,000mの山頂は6度低いはずですが、風もなく穏やかな快晴です。往復2時間半の有酸素運動と寒さ、空腹の三点セットは最強の健康法だと思います。生命力の源であるミトコンドリアを活性化する最高の条件が揃い、同時にケトン体を産生します。ケトン体は脂肪酸が分解され肝臓で合成されるエネルギー源ですが、脂肪として蓄積される糖質とは異なり、長寿遺伝子を活性化し、脳の反応速度を速め、抗酸化作用をもたらします。ケトン体を作る酵素に欠損があったために、ネアンデルタール人は滅びたとする説もあります。加えて早朝の山歩きは森林浴の効果があり、リズミカルな下りはセロトニンが分泌され、さらにスピードを上げるとゾーンに入る集中瞑想で、脳疲労に効果的です。健康によく、お金がかからず、間違いなく幸せになる朝のルーティンを、来年は増やしたいものです。
静けさを内面にもたらす
来年の個人的テーマは「食べ物と向き合う少食」で、来年と言わず年末から始めます。都合の良いことに、妻が娘のいる英国に行くために、年末年始は一人長野県で過ごし好きに食べることができます。食べ物は麻薬なので近くに置かず、誘惑の少ない場所で迎える年明けは好都合です。大量買いをする買い物客を後目に、納豆、豆腐と生野菜程度しか買わず、あとは妻が持たせてくれた総菜で5日間の食事を賄います。食べると食べるほど食べたくなり、買うと買うほど買いたくなり、稼ぐと稼ぐほど金が欲しくなる人間の拡張願望が、あながち無益とも言えないのは、留まらない欲望が便利な生活をもたらしたからです。他方で、お金があると専らの関心はお金を使う外部の世界に向かい、消費の高揚感で人は脳を麻痺させ愚かになります。わずかな食べ物で過ごすと食との向き合い方が変わり、ミニマルな休日は、静けさを内面にもたらす気がします。
自分の原点に戻る年
日本漢字能力検定協会が発表する今年の漢字は、2014年に続き「税」が選ばれました。個人的に今年の漢字を選ぶなら「戻」でしょう。陰陽五行説の六十干支の干支が一巡して第二の人生というスタートラインに戻る一年と言えます。六十干支の最初の年は、十干の甲と十二支の子を合わせた「甲子」ですが、自分が第二の人生を始めるにあたり手に入れた旅館が引湯している温泉が、南北朝時代の至徳元年(1384年)、すなわち甲子(きのえね)の年に発見された名の由来を持つことには何か運命を感じます。他人軸で生きることの多かったそれまでの人生をから離れ、自分の原点に戻り本当にやりたいことを始める場所が、原点回帰の意味を持つ「甲子」だったことは単なる偶然とも思えません。第二の人生に必要なものは、お金でも時間でもなく、自分の本音に最も近いやりがいだと思います。
超越的な世界観が広がる?
今年の個人的なニュースは白河の戊辰戦争前の古民家改修計画が決まり、南会津に明治期の古民家を入手したことです。しかし一番は干支が一巡したことでしょう。定年が延びようとも、第二の人生を始める節目のはずです。第一の人生と第二の人生を特徴づけるのは、物質性から精神性に生き方の軸足を移すことだと思います。このぐらいの期間生きると、特段欲しいモノもなく、食べたい衝動も覚えず、行きたい場所も思いつきません。いわゆる「枯れる」ということですが、悪いことではない気がします。枯れるとは、勢いがなくなり生命を保つことができなくなることですが、同時に欲望と執着が減り精神的に安定することを示します。相変わらず未熟ながら腹を立てる機会が減り、肥満体型だった30代の頃より体力は充実しますので、本当にやりたいこととアグレッシブな気持ちさえあれば、超越的な世界観が広がるのかもしれません。
腰は要
不注意からバランスを崩して数十センチ下の地上に落ち腰を痛めました。腰は要と書くように、日常生活に伴うほぼすべての動きが制約を受け、動くたびに鋭い痛みが走ります。ベッドから起き上がるのにも時間がかかり、素早く動ける普段の状況がいかに恵まれていたかと感じます。失うまで人は日頃の生活に感謝も有難みも感じません。経済的に豊かになり多くを得ることの弊害は、有難さや感謝に対して鈍感になることだと思います。究極の何かを求め、経済的、物質的な地位財を追うほどに、そのゲームから降りることができなくなります。逆に、何もない生活に近づくほど、どんなに小さなことにも感謝や幸せを感じるような気がします。腰に痛みの走る生活がそれほど悪くないと思えるのは、慢性腰痛の主因である負担のかかる悪い姿勢を、日々どれほど行ってきたかを教えてくれる絶好の機会になるからです。
病気に近づく生活
年賀状を書きました。表裏とも印刷ですが、添える短い文章でさえ漢字が覚束ないことに愕然とします。学校でも黒板に書き始めて、いざ漢字を書こうとすると思い出せないことが少なくありません。生活が便利になるほど身体能力の劣化は加速度的に進み、いわゆるスマホ脳も深刻です。脳は情報そのものよりも、情報がどこにあるかを優先して記憶するため、物事を思い出せなくなるデジタル性健忘は若者にも広がります。外部のデジタル機器を参照すれば事足りるために脳は覚える力を失い、使わない脳は小さくなります。家を快適にすれば深部体温を調整して就寝や起床を知らせる体内時計が狂い、満腹まで食べればケトン体を生み出せなくなり、運動を怠れば全身の血流が悪化します。紀元前5世紀にヒポクラテスが「人間は自然から遠ざかるほど病気に近づく」と述べたにも関わらず、現代人は病気に近づく生活を選択しているように見えます。
悪魔の乗り物
コロナウィルスは鳴りを潜め、あの騒動は幻想だったのかとさえ思えます。コロナ禍に功罪があるなら、手洗いなどの感染症対策を徹底するようになったことは健康増進につながり、2019年以降風邪すらひかなくなりました。他方で健康への深刻な影響は、恐怖心から人々が内向きになり、運動をしなくなったことだと思います。外出が規制された2020年の年間平均歩数は以前の平年より2割以上減り8,876歩でした。翌年から9,322歩、12,530歩と回復し、歩くことを心がけた今年は14,241歩です。工業化以前の社会では、体が要求する運動の全てを日常生活が満たしましたが、現代人がすぐにできる運動は歩くことです。歩くだけで筋肉の7割が使われ、ふくらはぎの筋肉が収縮と弛緩を繰り返し血流が改善し、姿勢よく歩けばインナーマッスルを鍛えられます。昨今は街中で電動モビリティを頻繁に見るようになりましたが、歩く機会を奪う悪魔の乗り物かもしれません。
冬の空腹登山こそ最強の健康法
昨日は八ヶ岳の西岳に登りました。絶好の登山日和ですが、大半の人は途中から分岐する編笠山に登りますので途中で会ったのは一組だけです。氷点下8度の富士見登山口から標高差1,000mの山頂は、さらに6度低いことになります。冬の空腹登山が最強の健康法だと思うのは、エネルギー補給なしに寒さのなかで行う有酸素運動が、最も効率的にミトコンドリアを活性化するからです。同時にケトン体が生成されガンを始めとした生活習慣病の予防にもなり、肥満が解消されます。多くの人が良い医者を知っていることが健康長寿の鍵だと信じますが、最良の医者は自分自身でしょう。山歩きはレジャーであると同時に、将来の医療費を減らす利回りの良い投資ですが、ほとんどお金を投じる必要さえありません。無駄遣いに気づかないまま一生を終えるなら、最後までお金は足りないままなのでしょう。