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心身を満たす食べない自由

3週間ぶりに那覇から帰り元の生活に戻ると、時差はないのに一種の時差ボケに似た症状が出ます。朝起きてその日の予定を考えるめりはりのない生活に対して、すべきこともあり時間の制約を受ける日常は、多少疲れるらしく睡眠時間が1、2時間伸びました。睡眠時間が伸びたもう一つの理由は、那覇滞在の後半に魅力的なアメリカンスタイルのスーパーに行くようになったからだと思います。併設のブッフェレストランで食欲を解放した頃から、脳が偽りの食欲にハッキングされ始め、不摂生が始まりました。食べることがあまりに魅力的なため、人は食べる自由を一方的に受け入れて来ましたが、食べる自由はまやかしの自由です。現代人の多くは食べない可能性を試してこなかったために、より少なく食べることで食事と向き合い、味わい、感じるという、心身を満たす食べない自由と人体の可能性を放棄してきたと思います。

閉鎖社会の最適戦略

アステラス製薬の日本人社員が北京市内で拘束されたのは、前中国大使の離任面会を岸田首相が断ったことへの報復でしょう。いつもの対応は手の内をさらすのと同じで、むしろ交渉相手に安心感を与えます。立憲民主党の小西氏が麻布食品との不自然な関係を問われて動揺し、Twitter投稿で墓穴を掘ったことも同様でしょう。自分に正直に生きない人間は、いつでも取り繕う必要があり、その心と虚勢は禍となってわが身に降りかかります。幕末の下田に来たハリスが、日本人を喜望峰以東で最もすぐれた民族と評したのは、身分に関係なく正直で勤勉で質素な生活を目にしたからと言われます。島国日本の閉鎖社会では、一旦信頼を失えばそれが終生つきまとう汚名になり、正直で勤勉に生きることが日本社会における最適な生存戦略と言えます。人をだまし安直に稼ごうとする人間模様が目立つ昨今、まっすぐ正直に生きる日本人の原点に戻るべきなのでしょう。

ムーアの予言

インテルの共同創業者であるゴードン・ムーア氏が3月24日に死去しました。集積回路あたりの部品数が2年ごとに倍になるという指数的成長の将来予測は、ムーアの法則として知られます。この経験則通りにコンピューターの処理能力は飛躍的に向上し、われわれの生活は考えられないほどのスピードで進化しました。この数日、Netflixで米国のドラマを20本ほど見てしまいましたが、20年前なら考えられないことです。テレビがインターネット経由の動画情報に代わり、われわれの脳は与えられた情報に接する時間が増え、一種の中毒症状を起こしていると思います。食生活に関しても、米国の成人人口の70.7%は太り過ぎで、38%は健康に害が及ぶ肥満体であり20年前から倍増しています。一見自由が拡大したように見えるあらゆる進化はムーアの予言をたどり、われわれがより優れた文明化だと思っていた暮らしは、脳の性質を変え始めていると思います。

人生は何とかなる

那覇より日没時間が46分早い東京に戻り、桜の季節に間に合いました。例年最も歩数が多い月が3月なのは花粉の季節に那覇やハノイにいるからで、スマホ計測による3週間に歩いた距離は400kmを超えます。東京にいれば外出を控えますので、新手の転地療法は健康維持の必需品と言えます。沖縄の不動産価格上昇の理由の一つは別荘需要と言われますが、リモートワーク人口が増え、空港アクセスが良く東京に2時間半で出られる那覇は、冬の寒さが苦手な人にとっても理想郷に見えます。首里金城町で見た慶良間諸島を見渡す住宅にエアコンはなく、ヒートアイランドで殺人的暑さの東京より年間を通じて快適です。米国による占領以前は世界に知られる長寿地域で、体をよく動かし清浄な空気を吸い、地域社会の絆が強く、南国特有の抗酸化力の強い食材に恵まれます。人生は何とかなると思える空気が流れる場所は、沖縄を置いて他にはないように見えます。

ほどよく米国らしさが融合した暮らし

自然の近くで暮らしたいが、都会から離れるのも寂しいという贅沢な悩みに応えてくれる都市は那覇でしょう。その魅力は冬でも10℃を切ることがない温暖な気候、南国特有の植生や鳥がもたらすエキゾティシズムによるゆったりとした雰囲気、世界5大ブルーゾーンの一つである料理、信仰と融合した豊かな自然、そして魅力的なローカルスーパーがあることです。昨夜はアメリカンスタイルのスーパーJimmy’s併設のブッフェレストラン、アイランドグリル那覇に行きました。ブッフェレストランにありがちな騒々しさがなく、落ち着いたインテリアの店内は高級感すらあります。ディナーは税込み1,800円で、同等の料理を出す東京の店なら2、3倍の料金を請求される水準です。海が美しく、物価が安く、ほどよく米国らしさが融合した暮らしは贅沢です。問題があるとすれば、食べ物が魅力的で食べ過ぎてしまうことでしょう。

壮絶な戦いを知る

汗をかかない今の那覇は、散歩をするにはベストシーズンです。朝は首里城あたりまで歩き、気が向くと普天間飛行場まで行きます。滑走路進入灯の脇には沖縄特有の大きな墓が残ります。日本の第32軍司令部のあった首里城から普天間まで歩くと、シュガーローフ、映画になったハクソーリッジ、嘉数高地といった激戦地をたどることができます。圧倒的な兵力差に対し、時には相手を圧倒するほどの戦果をあげたのは、固い珊瑚礁地盤に掘削され地下トンネルで接続された洞窟陣地と、丘の味方側に作られた反斜面陣地による持久戦略とされます。これらの激戦地が小高い丘と、川により深く掘り込まれた自然の要害であることが分かります。戦時の面影を残すものはほとんどありませんが、起伏のある地形を歩くと想像をめぐらすことはできます。平和を望むのなら、命を賭して祖国を守ろうとした先祖の、壮絶な戦いを知るべきだと思います。

偶然は必然

那覇で偶然会ったFB友達と昨夜食事をしました。そこにいるはずのない人と旅先で会う可能性などほぼゼロでしょう。百歩譲ってそれが空港や国際通りならまだしも、マイナーな通りで同じ時刻にすれ違う確率など無きに等しいと言えます。偶然に特別な意味を見出すべきではないという意見もありますが、偶然はいつでも必然であり、自分の人生にとって最善の出来事だと思います。人生は人間関係に左右され、その醍醐味はおもしろい人と出会う旅にある気がします。ノーベル賞につながる発見の大半は偶然ですし、そもそも発明自体が偶然の産物です。人間が進化により今日の姿になったのも遺伝的浮動という偶然であり、未来も偶然の積み重ねです。日経新聞の私の履歴書に頻繁に使われる言葉は、「偶然」、「たまたま」、「思いがけず」であるように、ここから何かが始まるのかもしれません。

生理現象しか残らない時代

ルーマニア政府が世界で初めて政治顧問にAIを導入すると発表しました。チャットGPT-4のリリースにより、AIは司法試験を通るレベルになり、恐らく大半の人のIQを超えます。知的ホワイトカラーの専門的な仕事は、米国なら月額10ドルから20ドルで使えるチャットボットに代用され、GAFAで進む人員削減もそれが理由に見えます。政治、教育、医療、法律、評論などあらゆる分野の専門家の仕事が置き換えられ、頭で考える仕事を奪われた人間がすることは何かを考えると背筋が凍ります。解析可能な言語パータンに置き換えられる資格仕事がほぼ全滅し、音楽、絵画など芸術の世界を瞬時に生成してしまえば、知性で競えない人類は科学成立以前に戻るしかないのかもしれません。知的生産を伴うあらゆる産業が影響を受け、感覚器に頼る生理現象とフィジカルしか残らない時代に適応する感性のみが、唯一の生存手段に見えます。

死と向き合わずに食べる

ローカルな市場は第一級の観光資源ですが、1950年から70年にわたり那覇の台所として営業してきた第一牧志公設市場が、昨日4年ぶりに開業しました。日曜日で周辺の店舗が閉店していることもありますが、公設市場のまわりだけが異様な盛り上がりを見せます。近隣には新しい飲食店もでき、来年にはアーケード街も改修されます。旧市場の薄暗い風情が好きでしたが、1階店舗で買った食材を2階の食堂で調理してもらう「持ち上げ」は健在です。東南アジアの市場との違いは、生きた動物を売っていないことです。海外に行くと、その場で鶏をしめる光景を目にしたり、血の流れる床に足を取られたりしますが、日本ではこうした光景を見ずに美味しい料理だけを楽しめます。命を奪うことなしに生きられないわれわれは、なるべく殺さずに生きるべきですが、死と向き合わずに美食だけを礼賛する風潮には違和感を覚えます。

最も避けたいものを最も食べたい

那覇滞在の楽しみの一つはローカルスーパーめぐりです。トップシェアのサンエーやかねひで、24時間営業のユニオンなどが知られますが、最も沖縄らしいのは米軍基地で働いていた創業者が1956年に始めた、アメリカンスタイルのスーパーマーケットJimmy’sかもしれません。直営店舗12店舗を含む20店舗に3つの食品工場を持ち、菓子・パン製造業、レストラン事業を展開します。普段から蛇蝎のごとく嫌う?砂糖と小麦粉満載のチョコクリームパイはホールで税込み1,630円という巧妙な価格です。最も避けたいものを最も食べたいという矛盾に、我慢するのはかえって良くないとか、たまには欲求を解放した方がいいとか、それ以上に運動をすれば大丈夫といった悪魔が囁きます。結局誘惑に負け、数回に分けて食べる最低限の理性は持ち合わせていますが、こんなに魅力的な店が自宅の近くにないことを感謝すべきでしょう。

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