ペンシルベニア州のマクドナルド店舗で、トランプ前大統領がフライドポテトを提供するなど従業員体験をしたと報じられました。ハリス氏がマクドナルドで働いたと盛んに強調していることに対抗したもので、「ハリスより15分多く働いた」と主張し、渦中のマクドナルドも過去にハリスが働いた記録はないと公表しました。店舗の屋根には狙撃兵が配置される物々しさですが、こうした話題作りは、かつてリアリティ番組でホストを務めたトランプの得意とするところでしょう。米国民の8人に1人がマクドナルドで働いた経験があると言われ、かつてマクドナルドで働いたジェフ・ベゾスは、ファストフード・チェーンの自動サービスに魅了され、それがアマゾンの巨大ビジネスの出発点とも言えます。ウォーレン・バフェットの朝食は毎日マクドナルドとされ、米国に最も影響を与えた企業はマクドナルドかもしれません。
肉食をなるべく避けたい
週末の朝はラブラドールと1kmほど離れた公園に行き、ボール遊びをします。麻薬探知犬としての訓練を受けていた頃、ボールで遊んでもらっていたようで、ボールへの異様な関心を示します。公園に向かうときの歩く速さも普段の倍ほどで、目的地に近づくと走り出します。概してラブラドールは遊ぶことが大好きで、食事以上かもしれません。人間の7倍の速度で年を取ってしまう犬たちにとって、一日の大半の時間をただドッグベッドの上で過ごすなど、それだけで虐待のような気もしてきます。これだけ表情豊かな動物たちが感情を持っていることは確実で、肉食をなるべく避けたい理由もそこにあります。狭い牛舎、豚舎、鶏舎で、すし詰め状態で飼われる動物たちが、ただ殺されるためだけに育てられるなど考えたくもありません。
遊ぶ気力
実家暮らしの独身男性が経済的な自立により働かない「こどおじFIRE」が注目されます。実家暮らしや田舎暮らしにより生活コストを下げると、FIREは手の届くささやかな夢です。一方でFIREが必ずしも幸せに見えないのは、働いていた時ほどには自由時間が楽しめないからかもしれません。何をするにも気力が必要で、仕事の緊張感が途切れると、遊ぶ気力まで失われてしまう気がします。終身雇用で洗脳されてきた自分の世代にとって、会社という群れを離れることは死をイメージさせました。バブル期、就職氷河期、そして現在の複業時代と、社会に出た時代背景によって労働観は変わります。神から与えられた罰であり苦役としての労働の時代から、近代に入ると工場労働による人間疎外が起き、現代の労働観は多様で個別的です。しかし仕事や奉仕をしなくなると、社会に必要とされていない疎外感を受け、働かないことに耐えられる人は少数だと感じます。
老舗の多い日本の強み
20年以上大学などの非常勤講師をするなかで、公立大学で授業をするのは初めてです。学生の雰囲気は真面目で、授業中に私語をすることもなく、講義後に出してもらうリアクションペーパーを見ても、きちんとした字で、全員が授業内容を理解していることがうかがえます。以前は高等教育の現状を悲観していましたが、まだまだ日本は捨てたものではないと逆に希望を感じました。ベストセラーとなった「再興 THE KAISHA」のなかでウリケ・シェーデ氏は、「ルーズな文化」「タイトな文化」という観点から日本企業の行動様式を分析し、普段は窮屈だけど災害時には統制がとれ、暴動が起きない日本の強みを説きます。つまり、安定した社会環境とバランスを取りながら、着実に変革を進めるところに独自性があり、老舗企業が多い日本の強みを見失ってはならないのでしょう。
ストレッチ界のフーターズ
ドクターストレッチに行き、施術中にトレーナーとする会話は有意義です。先日もドクターストレッチの競合の話をしていて、「全力ストレッチ」というチェーンの存在を知りました。その戦略は興味深く、セラピストと呼ばれるトレーナーは全員が女性で、女性客が60分8,800円に対して、男性客が5割増しの13,200円になります。お色気とマッサージの組み合わせはどこか不健康で後ろめたいイメージが付きまといますが、ストレッチと組み合わせる斬新さと、女性も利用できるところがポイントです。健康的なお色気を訴求して、日本でも一世風靡したアンナミラーズやフーターズの商品戦略を想起させます。勝敗を分けるのは、アンナミラーズのホームメイドパイのように、差別化された商品と健康的なお色気を組み合わせるところにあると思います。ストレッチが差別化された商品力を持たない限り、あだ花になる気がします。
薪だけで癒される
週のはじめにサウナに行き、普段は4、5時間の睡眠が7時間に伸びました。因果関係の証明はできませんが、かるまるの屋上にある薪サウナの癒し効果が大きいと感じます。サウナ室は裸電球がぶらさがる暗い部屋で、壁の鏡を通してユラユラと燃える炎を楽しむことができます。何より燻製をいぶす時のような薪の香りが暗闇の室内に広がり、薪がパチパチとはじける音が、池袋のカプセルホテルの一角であることを忘れさせます。100℃超のサウナ室の最上段で我慢をする、以前のような入り方をしなくなり、水温へのこだわりはありますが、体と対話をしながら水風呂をスルーすることもあります。今でも毎月のように新規開業のサウナ施設が目白押しですが、ポストバブルに生き残る施設は、サウナ室の室温や水風呂の水温などへのこだわりより、気持ちよく汗を流すことに専念できる場所だと思います。
行動力こそ健康長寿の秘訣
週末は妻の実家に柿をもらいに行きました。まだ青い実が多く、もらってきたのは140個ほどですが、無農薬の果物があると助かります。今月92歳になる父は、長年ボーイスカウトの仕事をしてきたからか、15年前に妻を亡くしてからも不自由なく一人で生活をします。柿ひとつのために怪我をしたくないと、脚立の高所に上がることをためらっていると、こちらの制止も聞かずにどんどんと登ってしまい、子供が脚立を押さえるという、近所の人には見せられない構図になってしまいます。昔は木登りが当たり前で、自然の中で暮らし遊ぶことによって、体感が鍛えられてきたのかもしれません。そんな父を見ているので、我が家では90歳を超えても元気なのが普通、という感覚になっています。何事も、思い立ったことをやらないと気が済まないその行動力こそ、健康長寿の秘訣のような気がします。
アパホテルの進化系
気温が下がるとサウナに行きたくなり、池袋のかるまるに泊まりました。外気浴は気温が下がるほど気持ち良く、調いやすくなります。かるまるに行く目的は、薪ストーブのサウナ室で施術を受けるウィスキングですが、フロントで予約をしようとすると、無期限で休止をしていると言います。施術を行う人が退職したとのことで、確か4人ほどの施術スタッフが在籍していたはずですが、看板プログラムが行えないのは痛手でしょう。競合施設に引き抜かれたのかもしれませんが、こうした事業ではベテランが抜けるリスクを常に抱えます。他方で省力化したビジネスでは、新しい競合施設ができるたびに競争力が低下して顧客離反が起こります。それでもかるまるの入込が順調なのは、寝室が極端に狭い代わりにアパホテルの7割の料金で、大浴場とリラクゼーションスペースが圧倒的に充実しているからでしょう。
石こそが時代を超える
昨日は横須賀市と逗子市にまたがる、鷹取山(139m)に登りました。登ったと言っても実態は小高い丘で、大田道灌がたびたび鷹狩りをした場所と言われます。湘南妙義の別名が示すように、切り立った岩壁はかつてクライミングの名所として知られました。ハイライトは岩に彫られた巨大な磨崖仏で、高さ8m、幅4.5mの巨大な弥勒菩薩尊像は、1960年に凝灰岩の石切り場に地元の彫刻家が、1年をかけて制作した作品です。日本では縄文の昔から強いエネルギーを持つ巨大な岩への信仰が強く、磐座は神が降り立つ場所として祭祀が行われてきたとされます。住宅街からわずかな時間で登れる場所で、古代から続く信仰のエネルギーに触れることができる、貴重な場所だと思います。ピラミッドがそうであるように、石こそが時代を超えて遠い未来へとメッセージを残す手段であることは、現代においても変わらないのでしょう。
宗教の教えは経典にあらず
昨日は近所の築地本願寺和田堀廟所に墓参しました。本堂では毎朝7時から法事が行われ、静寂な本堂にリズミカルな読経が響きます。週末の朝聞く読経に癒され、経本を見ながら声を出すことも健康に良さそうです。読経をしていると、仏教二千数百年の歴史において、その教えを連綿とつないできたのは、経典ではない気がします。漢字が読めない現代人に限らず、一般庶民がその意味するところを文字から理解することは困難です。「唯可信斯高僧説」は親鸞が選定したインド2人、中国3人、日本2人の七高僧について、「ただこの高僧の説を信ずべし」という意味ですが、時代が変われば人を媒介とした解釈が必要になると思います。しかしその意味するところは、七高僧の教えを鵜呑みにすることではなく、高僧と同じように、教えを自分の内面に受け入れることが重要なのでしょう。