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毎日変わる景色

連休を前にして、一昨日から宿の前を通り甲子温泉に抜ける旧道の冬季閉鎖が解除されました。今朝も4時過ぎから阿武隈源流トレイルに行きました。原生林の木々は一日で景色が変わります。ブナの大木の若葉が開き、太陽を浴びて昨日の茶色から黄土色へと変化しています。

昨夜は前の職場の同僚が宿泊をしに来てくれました。今夜は20人の団体の宿泊で、炊飯器が動かなくなったり、ブレーカーが落ちたりと落ち着く暇のない一日でした。

瞑想不要の絶壁

昨日はいつもお世話になっているアーチェリー場(フィールドアーチェリーレンジ)に行きました。白河から来ると、日光国立公園のゲートを抜けてすぐの場所で、今はちょうど桜が見ごろを迎えていました。私が生まれた年にリンゴ畑をアーチェリー場に変えて以来50年以上も営業しているそうです。85歳のオーナーは年齢を感じさせないほど若々しく、現役で仕事をすることが健康長寿の秘訣なのだと思います。

今朝も阿武隈源流を見下ろすお気に入りの絶壁に行き朝食を食べました。四方を山に囲まれ二本のブナの大木の根元にあるこの場所は、ちょうど一人が座るのに適当な落ち葉のソファーになっています。足元は阿武隈源流にオーバーハングする形で100m近く切り立っていますので、落ちれば助かりません。ここに来ると不思議なもので、何をするわけでもないのにいつまでいても飽きません。瞑想と言わずとも純粋に今のこの一瞬にフォーカスでき無用な不安が消え元気になります。巨樹のある場所はパワースポットだと言われる所以が理解できます。

足元の至るところで生命が地表に顔を出し活動を始めています。ここで食べる朝食は簡単なものでも味わい深く満足できます。完全であり一貫性のある自然に身を置くことで、何が本質かを見つめることができそうです。健康な食事とは実は非常にシンプルなもので、小食、良く噛む、感謝する、といった程度のことだと思います。人は自分の内面と向き合いはじめて健康になれるのであって、人の良さ弱さにつけ込むような健康産業で健康になることはないと思います。

芽吹きの季節の偉大な自然

今朝の新甲子温泉は晴天で、那須おろしと呼ばれる風が吹いています。朝6時頃から阿武隈源流トレイルの散歩に行きました。芽吹きの季節を目前にした生命の息吹に満ち溢れる森は、わずかな時間の散歩だけで元気が回復します。長らく日本人が敬ってきた自然の偉大な力を感じずにはいられません。宿に戻り温泉浴場を清掃しました。清掃には高圧洗浄機を使うのですが、タイルが欠けるほどの威力で、先週誤って足にあてたら血がでました。高い天井を持つ浴室清掃には不可欠な機械で、これがない時代はどうしていたのか不思議に思えます。

自分で自分に語る

昨日は月刊「近代中小企業」誌の取材という良い機会をいただきました。普段一人で悩んでいると外からの刺激がないために思考がやがて隘路に至り停止します。昨日は適切な質問をいただくことで自分が考えていることが整理されました。睡眠中に脳が記憶を整理してくれて朝起きたときには頭がすっきりしている、という感覚です。自分の考えを人に話すというよりも、むしろ自分で自分に語っていたという印象があります。やはり人は話し相手のいない世界では生きられないものなのでしょう。女性のおしゃべりを男性は無意味と言いがちですが、そこにもきっと自己確認の意味があるのだと思います。今朝は立教大学で授業がありましたが、自分で3時間話しながら、結局これも自分に語っていて、自分の話を聞きながら気づくことがたくさんあるのもおかしなものです。
東京に行っている間にホテルの回りに残っていた雪はほぼ消えました。

季節を行き来する

昨日は午後から東京に行きました。新緑が眩い東京は、初夏の風情です。一部に雪が残り花が咲き始めた新甲子温泉で、春の訪れを感じるようになったのとは明らかに季節が異なります。東京までは国道4号線を使っても約4時間の距離ですが、季節を行き来できることは多拠点居住の魅力なのでしょう。同様に標高800mの新甲子温泉と300mの白河市街地では、わずか20分の移動距離で桜を長く楽しむことができます。新甲子温泉付近での桜の季節はこれからです。

素朴な贅沢

昨日は白河に出る途中の道沿いで桜を見ました。東京の花見とは違い、日曜日なのにどこも空いていて人がいないのは地方都市の良さです。夕食は、那須連山に沈む夕日を見ながら外で食べました。朝食やティーブレイクも含め三度の食事やお茶を外でしました。夕方は風が吹くと寒いのですが、こんな大自然の森に囲まれているのですから、外で食事をしない手はありません。足元では阿武隈源流が轟々と流れ、頭上でさえずる小鳥に呼応して遠くから同じさえずりが聞こえてきます。大きな倒木を背もたれにして、沈む夕日を見ながらの夕食は素朴な贅沢です。ハワイのホテルなどにはかなわないかもしれませんが、日常の一部にこうした時間を持てることは、都会暮らしの長いぼくにとっては夢の生活です。

コンビニの朝食なのに幸せ

今朝の新甲子温泉の気温は3度、少し標高の高い甲子トンネルで0度ですが風もなく寒くは感じません。この季節はたまにこたつをつける程度でヒーターを入れることはありません。今朝は会津下郷に行きました。湯野上温泉駅の桜はまだ二分咲き程度で連休中は人で込み合うことでしょう。帰りに八幡のケヤキ(下郷町中山の大ケヤキ)を見ました。樹齢950年、樹高36メートル、胸高周囲1,200cmのケヤキの巨樹です。若松城下から下野(栃木県)今市に抜け、今は通る車も少ない下野街道沿いにあります。

朝食は一人きりになれる阿武隈源流をはるか足元に見下ろす絶壁の上で食べました。宿の回りにはお気に入りの場所がいくつかありますが、ブナの大木と四方を山に囲まれたちょうど一人が座れる落ち葉のソファは一番のお気に入りの場所です。足元から阿武隈源流の流れが轟々と音を響かせるこの場所は何とも落ち着きます。朝コンビニで買ったサンドイッチですが、どんな朝食よりも贅沢で幸せな気分になれます。もう少し暖かくなったらここでパソコン仕事でもしたいと思います。

あっという間に一日が過ぎる巨岩

養生園から帰って以来視点が変わり、マルセル・プルースト(Marcel Proust)の言う通り「新しい目で見ること」ができるようになりました。自分の足元に広がる小宇宙に目が行くようになると、これまで見えなかった景色が見えてきます。爪の先ほどの小さな草花が愛おしく感じられます。

雪が消えると屋外でのティーブレイクや朝食など楽しみが増えます。写真はトレイルから外れる場所ですが、源流に突き出したお気に入りの巨岩です。天然のベンチになっていて、この岩に腰かけ阿武隈源流の流れを眺めていると、あっという間に一日が過ぎてしまいそうです。

本当の自分に戻れる場所

穂高養生園に2泊して、雑音にかき消され本当に自分がやりたいことを見失っていたことに気づかされました。養生園はストイックでスパルタンなために、僕と波長の合わない人には勧めませんが、本当の自分に戻れる場所です。そして何が一番大切なのかがわかる場所です。これがリゾートのあり方なのでしょう。

フランスの作家マルセル・プルースト(Marcel Proust)は旅の真髄について「新しい景色を探すことではなく、新しい目で見ることなのだ」と述べています。2泊の養生園滞在で視点が変わり、自分の足元に広がる小宇宙に目が行くようになりました。スーパーに行かずとも山には食べ物が豊富にあることを知りました。今日の朝食は養生園のお土産のふき味噌のスコーンを阿武隈源流で食べました。フキノトウは宿の回りの至るところに自生していますし、ゆきのしたやつくしなど食べ物は自分の足元に豊富にあります。

僕もそんな気づきを得られる宿を作りたいと思います。

悩みが人生に彩りをそえる

昨夜も穂高養生園に宿泊しました。来訪の目的は、最大の課題である料理のコンセプトを固めることです。この施設に来ると、自分本来のあるべき状態に戻ることができます。これこそが私が宿で目指していることです。現実の問題に頭を悩ますうちに遠ざかってしまった、心の奥底からやりたいことが何かを明確にしてくれます。目の前の現実と理想との間を行ったり来たりする日々ですが、そうした悩みが人生における生きがいや働きがいに彩りをそえてくれるのだと思います。

湧水の清流が流れる桜満開の川岸で、ハーブティーのティーブレイクをしていると、何でもない日常にこそ、忘れてしまった贅沢があるのだと再認識します。私以外の同宿者はみな女性で、口々に「幸せ」を連発します。普段の満たされた暮らしのなかでは幸せを感じにくくなっているのかもしれません。

昨夜も布団一枚だけの寝具なのによく眠れました。布団に入った記憶もないほどあっという間に眠りにつき、夜中起きることもありません。食事、運動、回復が健康の要であり、乱れがちな日常生活をリセットできる魅力は、私が目指している宿の姿です。養生園がリピーターを引きつけているのは、一見スパルタンなセルフケアというコンセプトと米国のスパ的な洗練が融合しているからだと思います。

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