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偽りのホスピタリティ

30年と5ヶ月に及ぶサラリーマン生活に別れを告げてちょうど今日で1年になります。初めて新甲子温泉に来たのが退職後約1ヶ月の昨年10月3日。後先のことを考えず、ただ面白そうという直感に頼って旅館を買い決済したのがその2ヵ月後の11月28日です。

変に利口で思慮深くなかったからこんなに刺激的な経験ができることを思うと、人生は何が幸いするか分からないと思います。そこから苦難の日々が始まるのですが、どのエピソードもなぜか美化されて今となってはよい思い出です。それは多くの人が見返りを期待しない善意により助けてくれたからだと思います。

宿泊業はホスピタリティ産業といわれますが、ホスピタリティは本来見返りを期待しない無償の行為です。しかし産業としての宿が提供するのは金のための偽りのホスピタリティです。金を中心に経済が回っている以上避けられない問題ですが、答えを探っていきたいと思います。

晴耕雨読の住まい

今朝の新甲子温泉はさわやかな秋空が広がっています。

那須塩原市にある乃木希典那須野旧宅(乃木別邸)に行きました。乃木将軍が生涯4度の休職のおり晴耕雨読の生活を過ごした場所です。旧家、母屋ともに不審火と過激派による放火で消失しています。ぼくにはそうした思想的背景はなく、晴耕雨読のために自ら設計したという建物に魅かれます。

昨日は東京にいたのですが、ぼくにとっての都市は誘惑と中毒により欲望を金に変える箱です。ものを生産できない都市では錬金術が発達し、そのテクニックはより巧妙に洗練されていると思います。錬金術の分かりやすい対象が健康です。食事と嗜好品を散々売って体を蝕んだ上で、今度は薬や健康食品を売りつけます。この滑稽な罠にぼくを含む多くの人がはまるのは、都市では誰もがこの生態系とは無縁では生きられないからだと思います。今日はデトックスのために食事を抜きます。

店と客の共振関係

例年は夏の暑さに辟易していて、この時期には夏の疲れが出るものですが、冷涼な高原でひと夏を過ごしたために暑い夏へのあこがれがあります。人間には欠けたるものを補う心の欲求があるのでしょう。今朝は残暑厳しい湘南に行きました。山の暮らしに魅せられているぼくでも、海辺の独特の空気は魅力的です。

久しぶりに七里ガ浜のBillsで朝食を食べました。散歩ついでに来たといった風情の一人客の女性がテラス席に目立ちます。冬に来て、潮風に吹かれながら日がな一日読書をして、日光浴をしたいと思えるロケーションです。みな高額の飲み物を避け、料理をシェアする人が多いのは今のノリだと思います。そのためかスタッフはより高額なメニューに露骨に誘導します。店が客から多く取ろうとすれば店と客の間には共振関係は起きないと思います。

料理は挑戦の場

今日は、世界一のパエリア職人を決める「国際パエリアコンクール」の国際部門で2013年に優勝し、日本パエリア協会の設立を主導した栗原さんが代表を務める、日本で唯一薪火を使い炊くパエリアの専門店、El Tragón(エルトラゴン)に行きました。

ランチは大なべで炊いたパエリアをガスで温めていますので、ディナーに炊き立てを食べないとベンチマークにはならないのですが、味、見た目、米の硬さなど模範となる基準を知ることができて有益でした。料理を作るようになって以来、外食は楽しみの場というより勉強の場、研究の場になりました。どうやって作るのか、という探究心ができたことで料理に対する見方が変わり、観察力もついたと思います。薪は長野県から仕入れた細く割られた杉の間伐材です。パエリアパンとの位置関係なども参考になります。薪を使うことで日々調理の状況が異なるために、料理はルーチンワークではなく発見の場、挑戦の場になります。

人生を後悔する恐怖

新甲子温泉で暮らし始めて9ヶ月が過ぎ感じるのは、これまでの半生は惰性で生きてきたことです。黙っていても毎月給料が入るサラリーマンというシステムは社会保障の基盤としてはきわめて優れています。他方で、このすばらしい恩恵を受け続けていると人はいつしかそれを所与のものと錯覚し惰性で生きるようになると思います。不安定な日々ながら今の生活を好ましいと思えるのは、人生をより主体的に生きていると実感できるからです。

昨日お越しいただいた慶應義塾大学大学院システムデザインマネジメント研究科(SDM)前野ゼミの皆さまの研究領域は幸福学(well-being)ですが、より自分らしく生きている実感により幸福度は増したと思います。ぼくの場合、失敗するリスクや恐怖より、人生を後悔する恐怖の方が強いのでしょう。

幸せに出逢える宿

昨日は慶應義塾大学大学院システムデザインマネジメント研究科(SDM)前野ゼミの皆さまにお越しいただきました。幸福学(well-being)を研究される方々ゆえか、ゼミ合宿の堅苦しさはなく、ご家族連れでの参加も目立ち幸福のオーラに触れる2日間でした。幸せに出逢える宿を目指したいと思います。

山と温泉があれば何もいらない

昨日も那須湯元温泉の鹿の湯に行きました。平日にしか行ったことがありませんが、朝のうちは6つある浴槽に4、5人しかいませんので、ファンの回る音と硫黄泉の流れる湯音だけの浴場は時が止まったような癒しの空間です。温いお湯が好きだったぼくでさえ、鹿の湯の46度、48度の高温浴槽には魅せられています。浴槽に身を沈めた瞬間思わずため息がでます。もちろん効能もあって、水仕事で荒れた手などは2、3日で治ります。山に登って温泉に入る毎日なら、ほかには何もいらないと思えます。

もうひとつのひそかな楽しみは、高温浴槽を固めるレジェンドたちと一見客の行動を見ることです。年間100日以上来ている人が多く、芸術的な湯もみや湯面を揺らさないのにすばやく浴槽から出る技を目の当たりにできます。中には持ち物だけは一人前でレジェンドの域に達していない人もいます。湯温を聞くとわかります。レジェンドの誤差は鹿の湯の電子温度計と0.2度以内です。ぼくでさえ0.5度の誤差なら当てることができますが、似非レジェンドは1度ぐらい違う温度を言います。

悪趣味ながら、一見客の行動はほとんどエンターテイメントの世界です。勢いよく入って自分が乱した湯面の熱さに耐えられず浴槽から飛び出します。浴槽の周りの雰囲気や壁の注意書きに気がついてもらいたいものです。

神の領域の朝焼け

今朝は4時半に峠の茶屋を出発してラブラドールと朝日岳、茶臼岳に登りました。朝日岳を背景に見る朝焼けの美しさはもはや神の領域です。宿を出て1時間も経たずにこの景色に出会える日常はやはり贅沢です。下山後は那須湯元温泉の鹿の湯が7時40分に開くのを待って温泉に入りました。

昨日は以前からやってみたかった玄米のパエリアを作りました。玄米は手ごわく白米とは全く別物です。いつもより強火にしますがいつまで経っても炊ける気がしません。先を急がず話しでもしながら料理のプロセスを楽しむにはよいのですが、夕方から始めたのに気がついたら満天の星空になっていました。

玄米特有のわずかな苦味がオリーブオイルとローズマリーに調和して気に入っています。阿武隈源流の沢音と虫の音しか聞こえない暗闇ですっかり秋の気配の夜風に吹かれていると全身の力が脱力していきます。

真冬が待ち遠しい

今朝の新甲子温泉は穏やかな晴天です。冷蔵庫で持て余していたナスとインゲンでポタージュを作りました。普段ならまず一緒にしない組み合わせですが、ナスの甘みとインゲンのまろやかさが絶妙に合い定番メニューにしたい嬉しい発見です。健康に直結する料理こそ自分でやるべきですし、日々こうした発見があることも料理を作る喜びです。

創作活動をしない人が芸術に触れるだけでは幸福になれないのと同様に、料理も自分でやらないと本当の喜びはわからないと思います。

昨日の夕方、久しぶりに那須湯元温泉の鹿の湯に行きました。63度の源泉が昨日は50度しかないようで高温浴槽は温めです。自分のところに温泉があっても硫黄泉だけは特別です。その匂いを嗅ぐだけで遠くに来た気分になれ、わずか車で20分の距離なのに東北の秘湯にいる錯覚をします。浴室でしっかり体を冷やせる真冬が待ち遠しいです。

昨日の夕食時、パエリアの燃料のところでクワガタを見つけました。

田舎ならではの贅沢

今朝の新甲子温泉では虹が見られました。朝5時からラブラドールと那須の峰の茶屋まで散歩をしました。那須連山の稜線に出るよく整備されたトレイルに人の姿はありません。雲海から顔を出す朝日岳を目前に望む贅沢な散歩道です。

宿に戻り週末使い切れなかった野菜をパエリアパンで焼きました。オリーブオイルだけで調味料を使わないのですが、ナスやズッキーニは甘みがあります。初秋の心地よい風を受けながら焼きたての野菜を食べる外での朝食もやはり贅沢なものです。夏の気候が厳しく人が多い東京では希少な贅沢が田舎の日常にはあると思います。

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