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性格さえ変える森の空気

今朝の新甲子温泉は紅葉真っ盛りの快晴です。ラブラドールと赤面山から流れる沢に行くと、派手な紅葉ではありませんが、色づいた木々と渓流に癒されます。生命力に満ち溢れる新緑の季節が好きですが、紅葉の美しさは間違いなく日本人の美意識に大きな影響を及ぼしていると思います。

この1年を振り返ると自分自身に多くの変化が起こりました。一番大きな変化は積極的・社交的になったことです。ぼくには組織のなかをうまく立ち回る器用さがないので、給与所得者時代はいつも自分の体に合わない服を着せられている違和感がありました。組織の衣を脱ぎやっと本来の自分の身体に戻れた気がします。

30代に入った頃からいつもその違和感に悩まされながら転職という形でその場をしのいできました。しかし今は、給与所得者という衣を脱がない限り本当の自分には出会えなかったと感じます。

人に嫌われたくないとか、成果を上げたいとか、地位が欲しいとか、そんな執着をぼくが暮らす森の渓流の空気が浄化してくれます。もちろん人間の性格の歪みは簡単には直りませんので、性格がよくなったわけではありませんが、ストレスホルモンを分泌させることが少ない今の生活を続けていれば、いずれ性格も変わると思います。

自分ができる貢献

衆議院議員選挙があわただしく終わりましたが、ぼくは政治が何かを変えてくれるとは思いません。社会を望ましい方向に向けるためのイシュー設定がない状態で、ショーと化した政治に注目が集まる状況は不自然だと思います。日本の課題のひとつは世界最速の高齢社会の到来と生産人口の減少でしょう。他方で先進国最低レベルの生産性改善という伸びしろがあります。

所得格差が大きい国では国民全体の健康状況が悪く暴力が蔓延する傾向にありますが、日本は所得格差が小さい国とされます。40兆を超えた医療費も対GDP比で見ればOECD加盟国では優秀な方です。国の借金が多いとはいえ世界最大の対外債権を持ち、国債に占める国外比率が低いなど、国の運営状況としては及第点だと思います。それは日本のおかれた地政学的な環境や国際情勢がもたらした幸運という側面もあるでしょう。

問題はいつも自分の内面にあると思います。目先の利益や便益を求める自分の内面の我欲こそが問題であり、広い意味での政治システムそのものが問題だと思います。

阿武隈源流の森で暮らし始めてますます政治への関心を失いました。もし世の中を変えたいのであれば、政治に期待するのではなく、まず自分が地域に対して何の貢献ができるかを一人ひとりが考えることが先であり、それが結果的に政治の世界を変えていくのだと思います。

根源的な欲求を満たせない都市

新甲子温泉で暮らすようになりおよそ11ヶ月、身体の変化のひとつは疲労感を感じなくなったことです。仕事の内容が変わったことも理由だと思いますが、20%のエネルギーを脳が消費する原因とされるDMN(Default-mode network)の活動が低下し、脳疲労が軽減されたことが大きいと考えています。

脳全体のエネルギーの60%~80%がDMNの雑念回路で消費されると言われますが、森に暮らしていると深呼吸をする回数が多くなり、それがマインドフルネス状態をつくり脳の雑念回路を構成する部位の活動が低下したのだと思います。

二つの登山口に面した新甲子温泉では時間があれば山で体を動かしますので、ぼんやり過ごす時間もなくなり、これもDMNの活動が過剰にならない理由のひとつです。きれいな空気を吸うという、生きていく上でのもっとも根源的な欲求を満たすことができない都市生活に戻ることはないと思います。

400年の時を生き抜いてきた剣桂神社の森も、厳しい雪の季節を前に葉を落とし始めました。

トレイルランナーという幸せな生き方

昨日は二年前まで一緒に働いていた同僚とそのランニング仲間に泊まってもらいました。同じ運動をする者同士は初対面でも親近感があります。マラソンや山岳レースの苦しい共通体験とそれがもたらす高揚感を知る者同士ゆえのことでしょう。宿の営業を始めて半年が経ちますが、いまでも知らない人と同じ屋根の下で一晩を過ごすことは落ち着きません。日本に昔からある「一見客お断り」ビジネスは生理的に正しいやり方だと思います。

残念ながら台風の影響で滞在中の天気はよくありませんでしたが、雨天でも許してくれる寛容さがアスリートのよさです。屋外で行う競技は天候悪化が前提ですから、トレイルが滑りやすい雨天という状況に評価や判断を加えず、ただあるがままの状態で走ることは練習になります。マインドフルネスは「あるがまま」を意図的に行う技能ですので、トレイルランナーは自然とマインドフルネスを実行していることになります。

反応の選択こそが幸せの鍵

台風が近づくなか、新甲子温泉は雨の朝です。寒さが緩み昨夜は外で食事をしました。昨日は以前の会社の同僚が、一昨日は親戚が泊まりに来てくれました。自分のことを心配して気にかけてくれる人がいることほど心強いことはありません。他方で、やろうという気になりさえすれば何でもできる今の自由な生活は恵まれていると思います。

刺激と反応の間には間隔があり、その間隔には反応を選ぶ自分自身の自由があり、その反応こそが成長と幸せの鍵だと思います。今の状況を先が見えなくて不安と思うか、何でも自由に選択できると思うかによって人生の充実度は違ったものになるのでしょう。

哀愁の街道

今日は「うつくしま・みずウオーク2017源流の郷・西郷大会」が宿の周りの阿武隈源流を使って行われます。晴れていれば盛りの紅葉を見られるのですが生憎の天気です。

写真は今週行った会津中街道です。江戸と会津を結ぶ幹線であった会津西街道が水没で通行不能となったため、1695年(元禄8年)に整備された街道です。那須山中の三斗小屋宿から標高1,468mの大峠を経て会津に至る峠越えの難路です。最盛期は参勤交代にも使われたようですが会津西街道が再整備され次第に使われなくなったようです。幕末、会津側の防衛線であった大峠には今も塹壕跡がその山肌に痕跡を残しています。大峠から会津に向かう街道沿いには墓石も多く、この道を歩くと会津敗走の歴史を思い感傷的にさせます。

生き物の気配がしないパワースポット

今朝の新甲子温泉は冷たい雨が降っています。暖炉の火が心地よい季節になりました。雨に煙る源流の森を眺めていると呼吸が深く緩やかになっていくようで心が落ち着きます。

火曜日に写真家の春田倫弘さんに撮ってもらった鏡ヶ沼での写真を送ってもらいました。神秘的な静けさに包まれるこの沼はぼくにとってのパワースポットです。生き物の気配がしない早朝の沼はいつ来ても感動的な光景で迎えてくれます。

安らぎが訪れる森

今朝の新甲子温泉は冷たい雨です。温泉から雨に煙る阿武隈渓谷を眺めていると気分が落ち着きます。連日、赤面山、三本槍岳、三倉山と1,800m級の山に登っていますが、山が雪に閉ざされる季節は目の前ですので、毎朝でも登りたい気持ちです。厳しい雪山に埋もれる前に三本槍岳直下の鏡ヶ沼に行きたいと思います。晩秋の静寂に包まれる森の水辺に身を置けば、心を揺らす執着から開放されて安らぎが訪れることでしょう。

落ち葉のカーペットのトレッドミル

今朝の甲子峠付近の気温は5度で昨日同様の快晴です。7時に隣町の下郷町音金にある正一位稲荷神社の登山口から三倉山(1,888m)にラブラドールと登りました。那須連山最大の急登といわれるだけに前半は急登の連続で、さながら落ち葉のカーペットのトレッドミルです。後ろの山で猟銃の乾いた音が響き、三倉山の方からは鹿の鳴き声が聞こえます。三倉山への往復は距離10.12km、累積標高1,233mで往復に2時間56分を要しました。山頂付近は樹氷のついた山肌が太陽に反射して美しい光景を見せます。三倉山の山開きは7月中旬で、もう一ヶ月もすると長い冬が始まります。

ハイキングに勝るレジャーはない

今朝は6時過ぎから三本槍岳直下の鏡ヶ沼に撮影に行きました。深い霧に包まれた美しい沼は神秘的な佇まいで、時折遠くの山から鹿の鳴き声が響く以外はあたりを静けさが支配します。周囲数百メートルの小さな沼ですが、対岸は霧のなかです。文字通り鏡のような水面に木々が映し出されます。

鏡ヶ沼から大峠に戻り三本槍岳の尾根に向かいました。快晴の今日は寒くなく、むしろ暑いくらいです。雄大な眺めのよく整備されたトレイルで新鮮な空気を吸いながらのハイキングに勝るレジャーはないと思います。足の筋肉を鍛えながら中程度の有酸素運動ができ健康のためにも最適です。

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