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複業の効用

今週から日本工学院の後期授業が始まりました。変化する今の時代を伝えたいので自分も勉強をします。スポーツが種目によって使う筋肉が違うように、同じ部位ばかり使っていると脳も疲労します。コンサルタントの仕事は異なるクライアントのプロジェクトが同時並行するので飽きないのですが、それでも15年間立教大学で教えていた時間は良い息抜きでした。いまや趣味になりつつある旅館経営も含めれば3つの仕事をかけもちする環境は脳にとって快適です。副業解禁の流れが加速するのも、こうした脳の使い方が生産性を高めるアクティブレストになるとの認識が広がっているからだと思います。複業こそがシェアリングエコノミーの本丸であり、人手不足の解消にもなります。毎朝同じ場所に通勤して同じ仕事をするなんて考えられない、という意見が自分のまわりでは普通になりつつあります。

個人の生き様が経営の未来

世界有数の巨大カルデラや火山群により生きている地球の痕跡を間近に見ることができる阿蘇に来ると、経営と自然の融合を考えます。高度経済成長期の経営は無機的な物質中心の世界で人間的な感情の介入を許さなかったと思います。モノが以前ほど重要でない官能性、精神性、霊性の時代になると、人間が直感的に感じたことをフレームワーク化する経営の仕組みが必要になります。個人が自分の中で納得するまでコンセプトを磨き込むことが未来を提案する上で重要だと思います。市場を熱狂させるアップル製品も東洋的神秘に魅せられたスティーブ・ジョブスが媒介でした。ビジネスのアイデアは理論化、言語化された瞬間に無機物になり輝きを失います。突出したひらめきは少数からしか生まれず、合意形成は時代を変える狂気をかき消してしまいます。理想の世界に突き進む個人の生き様こそが経営の未来そのものだと思うのです。

自分のなかにいる爬虫類

昨日雨の阿蘇に来ました。月一度でもストレスの元である都会から離れる転地効果は大きいと思います。飛行機から眺める阿蘇連山の雄大で美しい草原とダイナミックな火口、市内を流れる美しい水流を見るだけで副交感神経が優位になりそうです。都市はノイズに満ち溢れ、人はお金、肩書き、ブランド品などの刹那的快楽で構成された世界を世界そのものだと信じて人生を過ごします。それらの多くは健康を害するライフスタイルや時間つぶしの有害な娯楽です。進化生物学の観点からみると、人間の短絡的な思考は何億年か前に人類が爬虫類から進化したときの脳の名残だと言われます。自分のなかにいる爬虫類が人生を価値あるものにすることの最大の敵なのかもしれません。

脳が勝手に書き換える

シリコンバレーの企業では採用面接時に失敗経験を聞かれると言います。サラリーマン時代から海外不動産投資など手痛い失敗は数知れず、あのとき売っていたら、あれさえ買っていなければ、という後悔ばかりのタラレバ人生です。しかし、脱サラしてからは失敗することがなくなりました。自分が失敗と認めなければすべての失敗は学習機会であり、ピンチはチャレンジ、いやな人間は反面教師と脳が勝手に書き換えてくれます。人に批判されても所詮は人生観が違うからと反省などしませんし落ち込むこともありません。チャレンジすることでしか経験できない景色を見た今だからそう思います。ギブアップさえしなければいつでも再起のチャンスがあると信じています。減点主義の組織風土が、時代に適応できる時間は限られている気がします。

経営の主役を自然人に

晴耕雨読ではありませんけど、山に行かない日は本を読んで過ごします。多くは仕事に役立つのですが、ビジネス書を読まなくなりました。コンサルタントの仕事を20年ほどしていて、その間粗製乱造された理論らしきものが流行ファッションのように消費されてきました。有益な理論や方法論も少なくないのですが、BSCやKPIのような管理統制時代の遺物、CS経営のように誤解がそのまま広まったものもありむしろ有害であったり、理論的に正しくても実用的でなかったりします。近年話題のティール組織も例外ではなく、企業そのものが賞味期限を迎えている時代には後付け理論に聞こえます。今関心があるのは人間の生き様であり、人が動機づけられ最高のパフォーマンスを発揮する脳の使い方です。ぼくは経営の主役を法人から自然人に取り戻すべきだと思っています。

走るのは楽しみのためでも健康のためでもない

上州武尊山スカイビュートレイルに出る妻が今朝出かけます。標高2,000mを超える山岳地帯129kmを走破する過酷なレースです。「夜通し走るなんて正気じゃない」と言っていた自分が、今ではその世界に魅せられます。スパルタンな高低図を見ているとこのコースを体感したいという抑え難い欲求が沸きあがります。トレイルランニングの感染力と中毒症状がこれほど深刻なのは、人が生まれながらのランナーだからだと思います。走ることは捕食者から逃れることであり獲物を捕らえること、つまり生きることそのものです。走ることの原初的で飾らない単純さに人々が魅せられるのは、楽しみのためでも健康のためでもなく、長い狩猟採集時代の記憶を呼び覚ますからだと思います。多くの人には受け入れがたいことだと思いますけど。

オフィスは働く場ではない

在宅勤務やノマドワーキングを始めたのは20年前です。当時勤めていたコンサルティング会社では社員数の27%分の机しかなく、海外からの出張者が多い日は朝の9時過ぎにはオフィスに入れなくなり、同じビルのマクドナルドやカフェで仕事をしていました。居酒屋で5、6人がパソコンを出して奇異の眼で見られることもありました。当時の上司は「一番成果の上がる場所で仕事をしよう」「会社にはお金は落ちていない」と言っていました。先進的なのは、オフィスを働く場ではなく営業の場と捉えて、クライアント企業の経営会議を行うなどオフィスを収益化していたことです。今でも自宅で仕事をすることが多いのですが、自宅は会社のオフィス以上にノイズが多く仕事に適しません。ついつい読みかけの本を読んでしまったりします。一番生産性が高まるのはカフェです。誘惑がなく、オフィスのように人に声をかけられませんから、ほどよい雑音で仕事に集中できます。どこで仕事をするにしても、目前に迫る期限と仕事が自分の生きがいと重なることが重要だと思います。

イノベーションを生み出す健康経営

今日は健康経営のセミナーに行きました。健康経営が言われ始めたのは10数年前ですが、経済産業省の表彰制度により知名度が上がったのはこの数年です。健康に投資すると生産性が向上し企業価値が上がると同時に社会の課題が解決できるという触れ込みです。睡眠不足が重大事故の原因となった事例は数多くあり、平成28年に大阪地裁では勤務間インターバルが9時間未満のケースを過重労働とする判決が出ています。睡眠時間の確保は企業側の責任にしても、最終的には個々人の健康意識とヘルスリテラシーに依存する問題なのでしょう。経済損失をどう減らすかということ以上に重要なのは、イノベーションを生み出すためのベストコンディションをどのように作るかという発想だと思います。

クールではない都市の消費

昨日は青山に行きました。アウディの高級スポーツカーに乗った中年太りのおじさんは、あたりの気配を伺うと爆音を撒き散らして車を急発進させます。地位財の象徴たる高級車をこれ見よがしに誇示する行動はクールの対極にある消費スタイルだと思います。ぼくにとって最もクールなのは、週末に開催された信越五岳100マイルレースのような肉体の限界に挑むアスリートの姿です。歩くのも困難な痛みや全身から気力が失せるハンガーノック、補給食を受け付けない消化器系のトラブルなど、あらゆる試練に打ち勝ったゴールシーンは感動的です。夜は以前の職場の同僚と会いました。組織を離れ同じ境遇になると共感することが多く、お互いかつての組織人の面影はありません。共通するのは、もはや会社に管理される生活には戻れないこと、朝起きるのが憂鬱でなくなったこと、健康的で元気になったことです。

復讐心が社会を変える

目の前がゴルフ練習場ですが我が家ではゴルフをしません。ゴルフは歳をとってから始めるのに適したスポーツと言われます。フィジカルな条件に制約されるスポーツの世界では中年から始めてトップアスリートになることは不可能と思われています。長距離ランナーが最も力量を発揮するのは27歳から32歳と言われます。しかし、例外はトレイルランニングで、世界最高峰のレースUTMBでマルコ・オルモ(Marco Olmo)が二年連続で優勝したのは58歳と59歳のときです。何歳であろうと本気で取り組めば取り返しがつくと思えるトレイルランニングに魅かれます。「貧しかったので復讐のために走っている。」とオルモは語ります。イノベーションを起こす起業家もその行動の原動力は社会への怒りであり復讐なのだと思います。

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