
今朝はUTMF/STYに出る妻が早朝に家を出ました。富士山を巡る168㎞/92kmの長いトレイルの走破は自分自身を探求する旅だと思います。冬の間は運動をせず、すっかり贅肉がついてしまった今のぼくは、そこまで肉体と精神の限界を見極める覚悟はありません。多くのフェイスブック友達がこのレースに出ることに、どこか後ろめたさがあります。
昨日も日本工学院のスポーツカレッジに行き、運動をする学生と話していると体を動かしたくなります。幕末、明治維新の志士がごく狭い町内から出たように、情熱は伝染するものだと思います。
水曜日、木曜日の午前、午後は日本工学院で授業を持つ生活が始まりました。ぼくは元来人前で話すことが苦手で、異様に緊張する性格でしたが、いつからか人前で話すことが苦にならなくなりました。米国系コンサルティング会社で受けたプレゼンテーションの研修はひとつの転機だと思います。プレゼンテーションの基本は聴衆の聞きたいことを話すことです。学生が聞きたいことと、ぼくが話したいことがシンクロしたときに良い授業になると思います。授業をするメリットは、自身が勉強する機会が増えたこと、授業の日は一日一食生活が無理なくできること、体と頭を適度に使うのでよく寝られることなどです。写真は学生がウェイトトレーニングをケースに、「スポーツと偏見」という研究テーマを説明したものです。偏見をなくすことでスポーツ市場は拡大するという課題設定は筋が良いと思います。プラトンが言うように、教育と運動で頭と体を鍛えることが人生を成功させる手段だと思います。
昨日は留学中の娘から月に一度の手紙が届きました。丁寧に書かれた手紙を読む機会など久しくありませんでした。待ちわびた手紙を読む喜びや、気持ちを込めて返信するのは懐かしい感覚です。ICTによる便利さは人間的感情を知らぬ間に奪っていると思います。いつも思うのは、パソコンなどの業務のデジタル化が本当に生産性を上げたのか、という疑問です。ぼくが入社した時代のオフィスにはパソコンは70人の事業部に3台でした。他方で一人1台のパソコンがあたりまえの今日においても、世界最高レベルの長時間労働は是正されていません。医療の進歩が生活習慣病に無力なように、ぼくらは何か肝心なことを見落としていると思うのです。

昨日は妻の友人が経営する川崎駅近くの複合商業ビルを見せてもらいました。1階には直営のバスケットコートがあり、テナントはワールド女子プロレス「ディアナ」のリング、卓球場やスモールオフィス、コワーキングスペース、カフェなど、今風でありながらかなり個性的な施設構成です。うちの宿と同じ昭和42年に建築された建物で親近感がわきます。バスケットコートやリングが、企業の会議や運動会、ドローンの飛行など多目的に使われるのも都会ならではです。古い建物活用では、どこも同じような苦労をしていることを知ると少し安心します。
昨日は日本工学院での授業のあと車で20分ほどの南高尾に行き、ラブラドールと大洞山に登りました。その後UTMF/STYの夜間走行の練習をする妻と合流して夜の高尾山でトレランをしました。山頂で日没直後の富士山を見ていると心が休まります。空気の澄んだ明け方の山が好きですが、夜の帳が下りる頃の山も、どこか人を不安にさせるような野生的な香りが漂い魅力的です。人の気配がしない山に入ると、普段は眠っていた五感が呼び覚まされるようです。夜行性ではない人間は、暗闇の森に入ることはなかったと思いますが、視界の効かない森を走っていると原始の記憶が蘇るようです。
昨日の夕方は二つのオフィスに行きました。最初に訪れたのは外資系企業でそのあとは以前の職場です。東京タワーを望む同じ森ビルの高層階にありながら仕事に対する考え方の違いが如実に現れています。前者はカジュアルな開放的空間で、スーツを着ている人はいません。壁には巨大モニターが内臓され仕事に必要な機能はすべて満たしています。このオフィスで話をしていると脳が活性化されるのか話が弾みます。そのあと訪れた元の職場については関係者もいるので語りません。