昨日は日本工学院での授業の前に早朝の高尾山に登りました。最初の1.2kmで標高差250mほどを登る頃には呼吸も安定し汗が噴出します。そこから2kmはランニングに最適な気持ちのよいトレイルで、この頃になると全身に血が回り筋肉の動きがスムーズになります。最後に標高差100mほどを登るとそこから3km以上の幸せな下りが始まります。5時前でもハイカーが登ってきますので、速度を抑え気味にリラックスして走りますが、それでも50分ほどで往復ができ、仕事前に身体を整えるのには最適な運動になります。
シェアリングエコノミーが世界を救う
政界や経済界に明るいニュースは乏しく、前例踏襲に明け暮れる政治家や企業の時代は終わると思います。他方で閉塞感漂う世界にあって明るい兆しを感じられるのはシェアリングエコノミーの台頭です。米国の未上場スタートアップ企業の上位は軒並みシェアリングエコノミー銘柄です。シェアリングエコノミーこそ、拝金主義者に乗っ取られた資本主義が限界を迎えた今日に現れた救世主です。個人が個人として能力を発揮して生きることができる時代がすでに始まっていると思います。思考の固着したサラリーマン経営者に率いられる生産性の低い組織が淘汰されないことこそ不自然です。立場が変わると世界を見る眼が変わります。
身勝手な鹿の湯のレジェンド
昨日は那須湯元温泉にある鹿の湯に行きました。ここの魅力は源泉かけ流しの硫黄泉と湯治場風情です。客の少ない昼食時の浴場に天井から光が差し込み、冷たい風にあたっていると青森や秋田の湯治場そのもので、遠くまで出かける必要を感じません。もうひとつの鹿の湯の魅力は人間模様です。一見客の行動はいつも予想通りですし、年間100回以上は来るというレジェンドたちの行動も興味深いです。レジェンドに至る登竜門は「湯もみ」です。うまい人は上体を動かさずに素早く回すのでスキルレベルが分かります。ぼくは温泉会社の人を真似て、板を垂直方向に沈めて水平方向に戻す簡単なやり方をしますが、八の字にまわす亜流もあります。より上級者になると湯温調整をします。温泉の流れる樋を傾けるだけなのですが、ほかの浴槽の湯量が変わるために素人が手を出しにくい雰囲気があります。最上級者になると、浴槽の栓を勝手に抜いて、湯量を半分ぐらいまで減らして持参した湯の花で温泉成分を変えてしまいます。こうなると単なる身勝手としか言い様がありません。
多拠点居住の課題
今朝は2時に東京を出て福島に日帰りをします。土曜日に福岡で開かれた九州シェアリングサミット2018でも、多拠点居住における移動コストや負担感をどうするかがひとつの論点になっていました。新甲子温泉までの移動には車を使っており、普段は国道4号線を使いますので、片道のコストは燃料代の1,500円程とさほどの負担ではありません。時間も今朝のように夜中に東京を出れば4時間弱の所要時間です。自動車の移動中は瞑想を取り入れるとリラックスした集中ができ、アイデアを出したり考えをまとめたりして時間を意味あるものにすることができます。今朝の那須は雲間から太陽が覗く弱い雨で気温は10度ほどです。
食事がもたらす心の静けさ
昨日はシェアリングエコノミーのイベントがあり福岡に日帰りしました。福岡はホテルを開発していた頃、頻繁に来ていた場所です。旅行に行く楽しみの一つは食事だと思いますが、ぼくは食べることへの執着があまりありませんので、終日のイベントを利用して1.5日の断食をしました。ぼくにとってはどこで何を食べるかより、自分がどのように食べたかの方がはるかに重要です。高級料理店やその場所ならではの食事に興味がないわけではありませんが、自分と向き合い食べる普段の味噌汁や納豆とそれは同価値です。誘惑の多い飽食の時代に脳が作り出す幻想と距離をおくことは困難ですし、皆がそんなことを始めれば経済が回らなくなります。しかし、ストイックな状態で食事を通じて自分の内面と向き合う心の静けさを知ってしまうと、食べることに関する考え方が大きく変わります。
走ることの心地よさ
トレイルランニングの本格シーズンを迎えやっとお腹の贅肉が落ち始めました。もちろん痩せるために走っているわけではなく、瞑想でいうところの「リラックスした集中」状態で自分の内面と向き合う時間が至福のひとときだからです。とくに好きなのはスピードの乗った下りで、一歩一歩の着地に全神経を集中させ、同時に森を抜ける風のゆらぎや鳥たちのさえずりにリラックスできます。そのスピード感とスリルは、以前好きだった自動車の運転の比ではありません。数百万年の人類の歴史においてヒトは走ることで獲物を獲て生き延びてきたはずで、人間の身体や遺伝子は走ることを前提に設計されています。それゆえ走ることが無性に心地よいのだと思います。
高尾山は最高のリトリート
昨日は八王子にある日本工学院での授業の前に、朝の4時半から高尾山でトレイルランニングをしました。目覚めたばかりの森には鳥たちの美しい声が響き、薬王院の方角から鐘の音が聞こえます。最大心拍数の80%を目安に高度を上げていくとレースの感覚が戻ってきます。好きな音楽を聴きながら駆け下りる帰りのトレイルは最高のリトリートです。ドーパミンが分泌されるのか幸福感とともに全身からやる気が湧き起こります。下山後、6時から八王子のマクドナルドでパソコン仕事を始める頃には頭は完全に仕事モードになり一日が始まります。写真のルートは数ある高尾山のなかで一番好きな7kmのトレイルで、往復に55分ほど要します。
生産性は3倍になる

長年業務改善のコンサルティングをしてきましたが、反省すべきは定量データに頼りすぎていたことです。計測できないものは改善できませんので業務の定量化は必要なのですが、むしろ重要なのは生産性です。同じ1時間でも15%のパフォーマンスの日もあれば95%のパフォーマンスを発揮する日もあります。
早朝に森のトレイルを走る、渓流にイスを持ち出しアイデアを考える、風呂に入りながら電話会議をするなど、血流や自律神経バランス、神経伝達物質の分泌量を意識する仕事のやり方次第で生産性はまるで違います。空気の淀んだオフィスでイスに座ったまま動かない頭を使っても、一日をぼんやり過ごすことになります。ぼくの感覚では働く環境を工夫するだけで単位あたり生産性は3倍程度に改善されると思います。
会社が仕事をつまらなくする?

自営業者になって1年半で実感するのは働くことの楽しさです。一方で、会社はなぜあれほどつまらないのかと考えます。その原因はサラリーマン社会の弊害だと思います。サラリーマンはノーリスクで収入を得られる一種の社会保障制度です。生活保護同様に長年この庇護を受けるとそこから抜けられなくなります。
一方で組織が大きくなり注目を集めると、組織への信頼や評価を自分への評価と誤解して横柄に振舞う人が少なからず生じます。謙虚さを忘れた人々が会社や組織を乗っ取りつまらない場所にしているとぼくは考えています。働き方改革も良いのですが、そうした議論をする人たちが働くことの楽しさを本当に理解しているかが問題です。
認知の罠
旅館を改修して営業を始めた昨年の連休が遠い過去に思えます。一年でたくさんのことを経験したためか時間が流れるスピードが変わりました。子供時代は臆病すぎるほど慎重で手堅かった自分の性格が、いつから変わったのかは覚えていません。いまのぼくは自分が魅かれるものを実現できるなら、多少冒険的で先が見えない人生を歓迎します。むしろ冒険のない人生など、自分の人生を生きたと言えないと思います。以前は、早くリタイアしてハワイあたりでのんびり暮らす生活を目標にしていました。これが典型的な「フォーカシング・イリュージョン(Focusing Illusion)」や「快楽のランニングマシン(hedonic treadmill)」と呼ばれる偏向であることに気づいたのはそう昔のことではありません。このような認知の罠が次第に明らかにされ始めたことと、日本社会が失われた30年の低欲望社会を彷徨っていることは無関係ではないと思います。