最新情報

Information

ドーパミンと脅しの幻想経済

例年なら梅雨明けの今頃は天候の安定する時期ですが、レジャー業界期待の四連休は雨が続く見通しです。世界最大の都市圏からの移動が難しくなり、起死回生のGoToキャンペーンも利権構造が明るみになりました。あらゆる業界が試練に直面する今、ビジネスは転換期を迎えていると思います。脳は利己的でエキセントリックな臓器です。生存本能を発揮する反面中毒や依存で他の臓器や細胞を犠牲にします。多くの業界は脳のこの性質を経験的に知っていてそこにプロモーションを集中してきました。中毒症状を起こす嗜好品やギャンブルはわかりやすい例ですが外食やレジャー産業の多くが購買行動を左右する脳の暴走を利用してきたと言えます。その結果中毒や肥満が蔓延してQOLが低下してもそれは自己責任であり、いまや商業的側面の強い病院でさえその例外ではありません。ドーパミンを活用した商品計画と脅しにより消費者の思考を奪う手口は頻繁に用いられます。両者に共通するのはフォーカシング・イリュージョンと呼ばれる幻想に焦点をあてる方法です。必要ないものを買わせる幻想経済のあり方を見直す時かもしれません。

自分を偽らずに生きる場所

昨日は権現岳(2,715m)に登りました。かつては八ヶ岳権現と呼ばれ山頂には祠がある聖なる山です。山に行くことは神聖なものに近づくことで、自分を見つめる機会になります。以前なら敷居の高い山でしたが、荷物の少ないスピードハイクなら富士見登山口から西岳、権現岳、編笠山の3つのピークを抜けて5時間かからず朝食前に戻れます。山や森が人々を惹き付けるのはその美しさや清涼な空気だけでなく、大木や大岩に宿るオーラが傷ついた細胞を癒やしてくれるからだと思います。登りは規則正しい呼吸で一歩一歩筋肉に意識を向けますがデフォルトモードネットワーク(DMN)が動いて次々と雑念が頭をよぎります。過去の出来事を反芻するうちにアイデアが思い浮かんだりするので音声入力装置が手放せません。一方、下りはスピードを上げるので、滑る木の根や浮いた石に神経を尖らせる集中瞑想状態でDMNが停止し雑念が消えます。不思議な静寂に満ちた早朝の山は心を静め、本当の豊かさを感じます。山は誰にも邪魔されず自分を偽らずに生きる場所だと思います。

美味しいものには関心がない

この2日ほど食事を抜きました。体調が悪いときや一人で食事を作るのが面倒なとき、忙しいとき、静かな時間を過ごしたいとき、出張のときに断食をします。時間はとくに決めておらず食べたくなったら食事を再開し、2日間ぐらい食事を抜くと正常な食欲が戻ってきます。断食には壊れた脳の欲求をデフォルトに戻す機能があると思います。本来、食べるという快感は生物が生き残るための動機づけとして存在します。しかしその快感が主観的な認識であるために飽食社会では快感の追求が無制限に許され、やがてドーパミンに依存した強迫観念や妄想により過食になります。断食の心地良さは、食に対してより真剣に向き合おうとすることです。脳が正常な欲求を区別できるようになると味覚も正常になり自分の身体に必要な食物を判断できるようになります。美味しいものに目を奪われると健康な身体を維持できなくなり、野放図な快楽を求める生き方は生命の危機とのトレードオフの関係にあります。関心があるのは美味しいものではなく身体に必要なものを美味しく食べることです。

今やただの風邪?

様々な説が取り沙汰される新型ウィルスの感染は、誰もが知るタレントの死やマスコミの扇動により形成された世論を変える事は難しい状態です。最大の謎は初動が遅れた日本の死亡者の少なさでしたが、ビックデータ解析に基づき、東アジア風土病説は仮説の1つから事実になりつつあります。国境封鎖が遅れたことが幸いして複数のウィルスにバランスよく感染した日本は集団免疫を形成していたと言います。抗体検査の陽性率の低さは検査数値の目盛りのトリックだったことになります。緊急事態宣言もPCR検査もマスクも自粛も不要で、重症患者のいない今やただの風邪と見ることができます。気がかりなのは最も早期からウィルスを研究しその起源を知る香港大学の閻麗夢氏が人類が遭遇したなかで最も毒性が高く、もう時間がないと警告していることです。フォックスニュースの4時間に及ぶインタビューの全てを見たトランプ大統領が翌日には初めてマスク姿でマスコミの前に現れたことも気になります。さながら成り行きのわからないミステリー小説ですが、一歩一歩真実に近づいていることは確かでしょう。

鈍感力は防衛本能?

週末にもうすぐ88歳になる義理の父が家に来ました。普段から一人で生活をして海外も含めどこにでも一人で出かけ、いくつになっても自立する姿は最も身近なロールモデルです。依存をしているのに内弁慶な世間の男性は妻に先立たれると短命ですが、足腰も丈夫でそんな気配などありません。驚いたのは再婚話を持ち出すところで、父を一番尊敬するのは「その年で」という世間常識の発想をしないことです。何かを年齢のせいにした時から死へのカウントダウンが始まると思います。かつては喫煙もしていたほどで決して健康オタクではありません。健康長寿の秘訣を分析するなら欲と鈍感力だと思います。趣味と実益を兼ねた株式投資のために社会人以上に経済誌を読み、重厚長大産業で勤め上げた割には人への忖度など全くしないその鈍感力も不愉快を超えて尊敬に値するレベルです。真面目でストイックに仕事に向き合う人気俳優の自殺の報を聞くと、ある程度のいい加減さや鈍感力は人間の防衛本能なのだと思います。

小利口よりもバカ

Go To TravelならぬGo To Troubleと揶揄される需要喚起キャンペーンは迷走中です。いつも思うのは徴税のためにおぞましいコストをかける愚です。旅館に送られて来る税務関連の書類の膨大さを見ると恐ろしい徴税コストを費やしていることが分かります。手間暇とコストをかけて集めた税金を利権と集票のためにまた手間暇とコストをかけてばらまき、政治家の仕事の多くは利権の分配に費やされます。期間を限った消費税廃止が最も簡単で経済インパクトがあり、お肉券やお魚券、旅行券などの利権に群がる政治家も一掃できます。財務省の主たる役割は税金を集めることで、国民に緊縮財政の洗脳をするキャンペーンのために海外にまでお金をばらまきます。財務省が消費を冷え込ます増税をやりたがるのは省益の拡大、引いては自分の生活の安泰のためです。小利口が最悪なのは、大局を見通すことができず国民の幸せとは無関係なところに能力を発揮してしまうことです。今の時代に必要なのは小利口ではなく既存の体制を全部壊す発想をするバカでしょう。

20世紀の亡霊

9,200万人の中国共産党員とその家族、人民解放軍、国営企業幹部のビザを取り消し米国から締め出す方針を米国メディアが伝えます。不正蓄財した資産を国外に逃している中共にとってこれほど効果的な制裁はないでしょう。死亡宣告をされたに等しい三峡ダムが水利利権のために起動した時限爆弾なら、人民解放軍も同じ運命だと思います。鄧小平時代に軍を養うだけの資金がないため商売を許した結果一層の腐敗が進み、将官クラスのポストに1、2億円の賄賂が必要とされます。利権にしか興味がなく幹部全員が汚職をする組織では相互監視が機能しないと言います。眠れる獅子と呼ばれた19世紀の清朝が張子の虎だったように、今の人民解放軍は小国台湾にも勝てないと分析する識者もいます。世界の禍を防ぐ唯一の方法は三峡ダム同様に中共政権を解体することしかないのでしょう。多くの幹部が間違いであることを分かっていたかつての大躍進政策と文化大革命が実行されるところが共産主義の恐ろしさです。独裁が汚職を生みやがて国を蝕む必然の愚を繰り返す20世紀の亡霊が今も存在するのは、力で押さえつけない限り国を統治できないという思い込みでしょう。

決まっていた王朝交代

金と暴力を信奉する中共に対する包囲網が世界に広がり、崩壊すると言われ続けた王朝の行方がにわかに注目されます。中共崩壊を予言する書は以前から多く、いずれもオオカミ少年状態でした。人の予想は当てにならない反面、あらゆる生態系は自然のリズムに従い時を刻んでおり、人間社会もその例外ではありません。自然の摂理に従うなら2020年の中国王朝交代説には説得力があります。唐代の天文学・数学者である李淳風によると金環日食帯が中国全土を貫くとき王朝交代が起こるとされ、夏至である今年の6月21日にそれが観測されています。1911年10月22日に同様の日食帯が観測され、翌2月12日最後の統一王朝である清朝が滅亡しました。中国における大乱は周期説で説明でき、1840年の第一次アヘン戦争、1900年の義和団の乱、1960年の大飢饉という60年庚子周期と54年日食帯周期が交差するのが2020年です。54年前の1966年に文化大革命があり、今年はすでに疫病、洪水、蝗害と大乱の兆しが揃っています。人間の努力でその宿命を変更することはできませんが、運命に逆らえないと思い込む人は運命に翻弄されます。自分の意思で運命は変えられるとの信念が混乱期には必要でしょう。

欠乏基準の誘惑

ウィズコロナの世界はオールドノーマルに戻らないと言われます。全てがニューノーマルになるのではなく、時代の流れが加速してニューノーマルの比重が増えていくと思います。世界の二分化は良し悪しではなく趣味嗜好でもなく個々人が持つ時代感覚と連動していくはずです。企業においてはオフィスワーク派とリモートワーク派に、終身雇用派とパラレルワーク派に鮮明に分離していくのでしょう。人と会えなくなる非接触社会は、見方を変えると従来会えなかった人と会える可能性に満ちています。コロナショック渦中の5月に転居してから生活が変わりました。知るべきことを伝えないマスメディアから距離を置くようになり、大きな冷蔵庫を捨てワンルームサイズの冷蔵庫にして、都内の移動は自動車から自転車になり、例年ほど暑くないこともありクーラーではなく扇風機を使うようになりました。小さな冷蔵庫は食べ過ぎと食品廃棄がなくなり、自転車で筋肉が付き、扇風機は寝冷えによる不調がなく電気代はクーラーの2、30分の1と言われます。欠乏を基準にした誘惑を断てば「足るを知る」ことの充足感を得られると感じます。

病院に行けないから健康?

首都圏の感染者数増加はK値モデルによれば先週末頃ピークアウトするはずでしたが、その予想曲線よりは上振れしているように見えます。検査数が5月の倍以上でリスクの高い接待業の関係者を重点的に調査すれば夜の街感染が増大するのは道理ですが、マスコミも緊急事態宣言を出せと言う政治家も恐怖を煽ります。日本経済はすでに深い傷を負いその深刻さを目にするのは秋以降になるでしょう。公衆の面前で咳ひとつすることさえ許されず、マスクをしなければ白眼視され、首都圏どころか都市ナンバーの車でさえ自警団が追い払う過剰な反応は良くも悪くも島国日本のエキセントリックな側面かもしれません。日本に関して言えば、手洗いやうがいが徹底されインフルエンザは激減したとされます。トータルの死者数が減り、コロナショックが日本の公衆衛生を改善したと見ることもできそうです。自治体の財政破綻などで病院が無くなると住民が健康になるという皮肉な結果は、コロナが怖くて病院に行けない今の日本にもあてはまるのかもしれません。医療の最前線で感染を食い止める医療従事者の努力を最大限尊重すべきと思う反面、一人一人が健康であるための自助努力が足りなかったことは事実でしょう。

Translate »