自分を偽らずに生きる場所

昨日は権現岳(2,715m)に登りました。かつては八ヶ岳権現と呼ばれ山頂には祠がある聖なる山です。山に行くことは神聖なものに近づくことで、自分を見つめる機会になります。以前なら敷居の高い山でしたが、荷物の少ないスピードハイクなら富士見登山口から西岳、権現岳、編笠山の3つのピークを抜けて5時間かからず朝食前に戻れます。山や森が人々を惹き付けるのはその美しさや清涼な空気だけでなく、大木や大岩に宿るオーラが傷ついた細胞を癒やしてくれるからだと思います。登りは規則正しい呼吸で一歩一歩筋肉に意識を向けますがデフォルトモードネットワーク(DMN)が動いて次々と雑念が頭をよぎります。過去の出来事を反芻するうちにアイデアが思い浮かんだりするので音声入力装置が手放せません。一方、下りはスピードを上げるので、滑る木の根や浮いた石に神経を尖らせる集中瞑想状態でDMNが停止し雑念が消えます。不思議な静寂に満ちた早朝の山は心を静め、本当の豊かさを感じます。山は誰にも邪魔されず自分を偽らずに生きる場所だと思います。

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