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必要なものは驚くほど少ない

幸せのとらえ方は人それぞれですが、長年大きな誤解をしてきたと思います。稼いでは使う贅沢さに幸せを見出そうとした時期もありますが、お金で手にする豊かな時間は執着を生む悪魔の誘惑です。日本に暮らすことの特権とも言える季節の移ろいや四季を堪能できるのは山の懐に入るときで、自然のそばにいるだけで幸せです。日曜日の午後に行った八ヶ岳の湯川渓谷は1月に入り氷が白からアイスブルーに変わり、今月いっぱいはアイスクライミングが楽しめます。これから長野県に移住するというクライマーに会いましたが、仕事は何か見つけますと言います。山で過ごしている人たちはみな一様に幸せそうで、はつらつとして、どうやっても生きていけるという自信に満ちています。一方、都会で見かける老若男女は不機嫌か怯えて気が枯れたように見えます。来月に入ると今度は渓谷の反対側でロッククライミングを楽しむそうで、自然のなかで体を動かす習慣があれば、至福の時を過ごすのに必要なものは驚くほど少ないのでしょう。

根源的価値は小さな車

三連休は雪の八ヶ岳にいましたが、時間を活用するためには登山道に自動車でアクセスすることが有効です。首都圏居住者の割には雪道を走る機会は多いのですが、例年緊張し今頃になってやっと慣れるのは雪上での自動車の挙動を思い出すからかもしれません。シーズンのはじめに運転に慣れないのは雪国も同じで、甲子高原にいる頃は事故を見ましたし保険会社によると事故が最も多いのは12月です。フィアットの四輪駆動は除雪された道を走る分には頼もしいのですが、連休前に大量に降雪した林道となると過信は禁物です。元々狭い林道は雪により道路の形状が分かりにくくなり、すれ違いのためには小さな車が有利です。登山口にありがちな狭い駐車スペースに車を潜り込ませるためには大きな車は不利で自重で動けなくなることもあります。初めて乗ったゴーカートの楽しさを追体験する喜びがあるのは小さな車で、産業化のために生み出された贅沢な大型車より自動車が持つ根源的な魅力を感じられると思います。

自然と同化する理想の生活

昨日は八ヶ岳の唐沢鉱泉から黒百合ヒュッテを経て白駒池までスノーハイクをしました。三連休とあって唐沢鉱泉の駐車場は満車で、4WDを過信して新雪を押しのけて駐車スペースを作ろうとしてスタックしたフィアットを掘り出すのに30分ほどかかりました。遠く北アルプスを望む無風の山頂でコーヒーとカステラのカフェタイムを過ごしました。山にいるとあらゆる面で満たされますが下りのスノーランは別格で、その楽しさへの信仰はもはや宗教的です。太古の神道には教義も経典も教祖もないのは、山や森に身を置く自然崇拝が自己の霊的エネルギーを高め、誰もが今こそ最高と思えるからでしょう。修験道をトレイルランニングと同一視するのは無理があるにせよ、唯物主義に偏向した俗社会と距離を取るにはどちらも適しています。弘法大師は都の世俗生活のむなしさと、自然を相手に山中で暮らすことの素晴らしさを説きましたが、その教えは現代人のごく一部にしか届きません。五感が研ぎ澄まされやがて自然と同化する生活が理想に思えます。

心の平穏を保つ質素な暮らし

確定申告の季節になりましたが、支払いをカードに集めてからは手間もかかりません。なぜ払う方が作業をするのかと昔は思いましたが、見方を変えると裁量で申告できる有難い制度であり、利益は意見です。以前は青色申告会を通しましたが、会費の値上げを機に自分でするようになると手間も減り理解も進みました。加えて会社の決算や両親の確定申告もするので四半期決算をするようなものです。父はパソコンに触れたことがありませんので、無造作に紙袋に入れられた伝票の束と格闘することになります。いずれにしても一年間に使った金額を把握することは有益です。お金を稼ぐより使わないことが重要だと思うのは、いくらお金を貯めても超管理型社会では資産が把握され一瞬にして資産凍結が起こりうるからです。貯金よりも大切なのは貯筋で、お金に頼らず健康で体力を維持する方が安心です。稼ぐ人ほど使うお金に無頓着ですが、将来など心配せず何がなくても幸せな質素な暮らしで今を生きることが心の平穏を保つのでしょう。

大豆ミートは夢の食材

最近の我が家のマイブームは大豆ミートです。代替肉と言うとネガティブなイメージを想起しますが、健康的なだけでなく美味しく、家畜による温室効果ガスなど環境問題からも注目されます。ケンタッキーフライドチキンが今年に入り植物由来の代替肉Beyond Meatを期間限定ながらアメリカ全土で販売を始めました。20世紀が石油をめぐる争いなら今世紀は水と食糧をめぐる争いが始まるとされ、希望の星になるのかもしれません。ブロックタイプを生姜焼きにすると見た目も食感も豚の生姜焼きで味も良く、生肉を扱わないので衛生的で保存が楽で、しかも乾燥重量1kg1,500円程とあらゆる肉より安く、お湯で戻すだけの夢の食材です。低脂質でコレステロールフリー、高たんぱくで食物繊維も豊富となれば、ヴィーガンやベジタリアンだけの選択肢ではありません。生命を奪うことへの罪悪感に由来するギルトフリーのニーズにも応える食文化として広がっていくのでしょう。

自分を自分で受け入れる

昨日は英国にいる娘の20回目の誕生日でした。この時期を離れて過ごすのはニュージーランドに留学した高校二年以来二度目です。21世紀最初のオリンピックであるソルトレークシティ大会の開会式翌日の娘が生まれた日の写真を見ると、当時の自分は白髪もなく若いのですが、中年太りとは無縁の今の方が心身両面で健康だと思います。その時は娘の成人式の頃の自分の姿を想像したくありませんでしたが、執着心が強く我欲にまみれて肥満していた20年前の自分よりは今の自分の方が好ましく思えます。その間、愚かな判断をたくさんしましたが、少しは賢くなった今の自分を受け入れられます。組織を離れ、魂や宇宙への多少の理解が進み、社会はより乱れましたが以前より心穏やかでいられます。人は自分の将来に悲観的なバイアスをかけますが、愚かな習慣さえ断てば未来に実現する現実は予想ほどには悪くないのかもしれません。自分を自分で受け入れられる存在にすることが人生なのでしょう。

愛する者を意味するアマチュア

商業主義的なオリンピックへの批判は今に始まったことではありません。昨日は6日間でエベレストに2度登頂したトレイルランニング界の孤独なスーパースター、キリアン・ジョルネの自伝「雲の上へ」を読みました。あらゆる仲間に属さず、選ばれた集団が集まる場所には足を踏み入れない彼は、現在のスポーツはその源流であるローマ時代のサーカスのような見世物への先祖返りだと言います。すなわち、極限を披露する少数のアスリートを観客はジャンクフードを食べながら見る、馬鹿げた娯楽です。勝利は欲望を駆り立て金銭の魅力が人々に走る意味を見失わせてしまうのでしょう。過去にとらわれることを恐れ、優勝したレースのトロフィーは観戦していた子供にあげるか、分解してリサイクルゴミに出すか、まな板にして野菜を切るのに使うと言います。山とランニングを愛し、あらゆる刺激の影響を避けて人里離れた場所にキャンピングカーで隠れ、食事とトレーニングだけを繰り返し眠る生活は理想に思えます。

食べるモノではなく食べるコト

週末は氷点下10度近い南会津にあるタンボ・ロッジに行きました。東京に最も近い豪雪地帯?から戻って一夜が明けてもフィアットの屋根には南会津の雪が溶けずに残っています。この宿のアンデス料理をベースにしたヴィーガンメニューが気に入っていますが、最初に訪れた4、5年前は料理の量に少し物足りなさを覚えました。一日一食生活になった今は十分だと思えます。大半の人は食べることが大好きで食べものを研究しますが、自分の関心はもっぱら食べるモノではなく食べるコトです。料理にとらわれると執着し強欲になりますが、生きる手段として生活の基盤に食を据えると無暗に欲しくなくなります。フランス語では食の享楽を求めるグルマンと、食に関する深い知識と料理の味を知るグルメを分けますが、日本では欲を満たすだけの食事もグルメに含まれます。食べない自由を手にすることが究極の美食と考える人が少ないのは、食べたい気持ちの源やその正体を理解する以前に習慣的に食べるからだと思います。

山は同じ体力の人と行くべき

昨日は奥日光の秘境とも言える庵滝の氷瀑を見に行きました。土曜日に行った雲竜渓谷の氷瀑がとけ始めているのに対して、標高の高い赤沼・小田代ヶ原から行く庵滝は2月中旬までは自然の芸術を楽しめます。奥日光の美しい雪原を歩いて1時間少々の渓谷の奥にある秘境への道は、普段は人知れず流れ落ちる滝に至るバリエーションルートですが、自然の壮大なアートが見られる1か月間はハイカーが集中します。落差30メートルの庵滝は日陰にあることから氷がゆっくりと育ち、土曜日に見た雲竜渓谷の氷瀑より美しいアイスブルーを見せます。蔵王の樹氷を見に行くのは、天候のリスクと首都圏からの遠さがありますが、日光の氷瀑ツアーはお手軽です。しかし、ほとんど平地とは言え往復12kmのトレッキングは運動習慣のない人にとっては辛い距離かもしれません。ガイドによるツアーもありますが、夏山の山岳遭難事故としてはまれにみる惨事となったトムラウシのように、この時期に体力の異なる人と山に入ることは危険だと思います。

食事は雰囲気づくりの手段

昨日は日光の雲竜渓谷の氷瀑を見に行きました。林道を2時間近く歩きますがその価値はあります。首都圏近郊で最大規模のアイスブルーの氷瀑には100人を超える人が集まります。すれ違う人がラブラドールの足が冷たくないのか心配してくれますが、本人は至ってご機嫌です。暖かな晴天に恵まれて氷はとけ始めていますが、ピクニックには最適な一日で、持参した赤飯と温めた汁物のランチを食べました。普段は昼食を摂りませんが、壮大なスケールの自然の芸術作品を間近にしながらの食事のおいしさはこの上ありません。今や食事は栄養やエネルギー、快楽を得るための手段ではなく、自然のなかでのピクニックを楽しむための演出道具です。ダイエット法のなかで最もハードルが高いと思われる小食ですが、慣れてしまえば食事は人と会話を楽しむための道具であり、レジャーを楽しむための雰囲気づくりの手段になります。しかし、昼食を食べると普段より夕食前後にお腹が空き、無駄に食欲を呼び覚ますことは問題でしょう。

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