自然と同化する理想の生活

昨日は八ヶ岳の唐沢鉱泉から黒百合ヒュッテを経て白駒池までスノーハイクをしました。三連休とあって唐沢鉱泉の駐車場は満車で、4WDを過信して新雪を押しのけて駐車スペースを作ろうとしてスタックしたフィアットを掘り出すのに30分ほどかかりました。遠く北アルプスを望む無風の山頂でコーヒーとカステラのカフェタイムを過ごしました。山にいるとあらゆる面で満たされますが下りのスノーランは別格で、その楽しさへの信仰はもはや宗教的です。太古の神道には教義も経典も教祖もないのは、山や森に身を置く自然崇拝が自己の霊的エネルギーを高め、誰もが今こそ最高と思えるからでしょう。修験道をトレイルランニングと同一視するのは無理があるにせよ、唯物主義に偏向した俗社会と距離を取るにはどちらも適しています。弘法大師は都の世俗生活のむなしさと、自然を相手に山中で暮らすことの素晴らしさを説きましたが、その教えは現代人のごく一部にしか届きません。五感が研ぎ澄まされやがて自然と同化する生活が理想に思えます。

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